言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

41.君下が甥姪に話していない姉の結婚前の話その1。一回り年上の男と結婚を決めたとき、高校生だった姉。親戚の伝書鳩をした君下の悔恨。

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君下きみしたの姉は、高校三年生のときに、高校を卒業すると同時に結婚して家を出ると宣言して、家を出ていった。

家族に我儘を言わない人だった。

迷惑をかけない人だった。

男遊びをしたわけじゃなく、お見合いをして年上の男の嫁になった。

君下きみしたの姉が結婚した男は実業家だった。

姉が結婚すると決まったとき。

姉は若いから玉の輿に乗れたんだと親戚から言われて真に受けたことを君下きみしたはずっと後悔している。

君下きみしたの姉は、真面目を絵に描いたような人で、お洒落に興味を示さなかった。

制服以外は安く買える服をいつまでも着られる限界まで着ていた。

制服以外にも、化粧をしたり、アクセサリーをつけたりという華やかな面を誰にも見せたことがない人だった。

姉の第一印象は、真面目で地味だとよく言われた。

親戚にも、君下きみしたの知り合いにも。

結婚前の姉は、君下きみしたの友達に近付くことはなく、君下きみしたの友達から姉に近付くこともなかった。

君下きみしたの姉は、近付きたくなる異性ではない、と君下きみしたの友達に思われていた。

君下きみしたは、姉がどんなことを考えているかなんて、知ろうとも、知りたいとも考えたことがなかった。

君下きみしたは、両親とも君下きみしたとも喧嘩をしたことがない姉のことを、大人しく控えめで、派手さを好まず地味でいたい人だとずっと思っていた。

君下きみしたは、恋愛とは無縁そうな姉が高校卒業前に見合いで結婚を決めたと聞かされたとき。

義兄となる人は、どうしても姉と結婚したかったんだ、と思っていた。

高校生の姉と結婚することを決めるくらいだから、義兄となる人は、地味な姉にベタ惚れなんだと君下きみしたは思い込んでいた。

君下きみしたは、思い違いをしていた過去の自分を殴りたくなる。

結婚式に呼んでほしい、や婿殿を紹介してほしいと親戚に頼まれた君下きみしたは、来てよ、と気持ちよく答えていた。

義兄になる人に会ったときに、親戚からの頼まれ事を一から十まで伝えるときも、君下きみしたは、姉が実業家と結婚するから、弟の自分はこういう風に頼まれるんだ、と思っていた。

親戚から催促されたら、催促された通りに、義兄になる人や姉に伝えていた。

玉の輿に乗れる姉の弟が頼めば断られないと親戚に言われたことを君下きみしたは、親戚の言葉を疑わなかった。

若くて地味で大人しく、お洒落にも恋愛にも興味がないまま生きてきたのに、年上と結婚することに同意する女子高校生。

君下が親戚からの伝言を伝えて、ことごとく断られた後。

そちらの親戚とは親戚付き合いをしない、と義兄になる人は言った。

まだ、結婚前だった。

君下は、驚き過ぎて、ポカンとしていた。

君下の両親と姉は、ただただ義兄となる人に対して頭を下げていた。

両親の平謝りする姿を見た君下は、年下の女にころっといったチョロい男という義兄となる人への認識を初めて改めた。

義兄となる人との結婚を急いだのは姉の方で、義兄となる人ではなかった。

その席の後、両親と君下と姉の四人だけになったときに初めて。

姉本人が結婚を急いだ理由を聞かせてきた。

君下の両親の仕事は、姉が生まれてからずっとうまくいっていなかった。

『私は、これ以上両親に養われていたくないの。』

それが、姉が結婚を急いだ理由だった。

『お洒落に興味を持っても自分のものにはならないから、諦めていただけ。』
と話す姉は、事実だけを伝えてくるかのように、淡々としていた。

『お姉ちゃんが生まれたときはうちにお金がなかったんだとしても。

俺が生まれたときには、お金があったよね?

お姉ちゃんが、我慢しなくても良かったと思うんだけど?』

君下が疑問をぶつけると。

『私が我慢していたから、君下は我慢しなくて済んだの。』

姉は淡々と君下に伝えてきた。

『お姉ちゃんに我慢しろなんて、お父さんとお母さんは言った?』

なおも、君下が食い下がると。

『君下が我慢しないのを見て、私も我慢するのを止めようとした。

ああ、こんな我儘を言っても許されるんだ、ここまでは言っても大丈夫なんだ、と。

君下が許されるなら、私も許されるはず。

君下もそう思うでしょ?

私は、そう思っていた。

でも、違った。』

姉が生まれてからずっと、我儘を言わない姉に慣れていた両親は。

姉の言う我儘が、君下の言うものより小さいものでも、受け入れがたくなっていた。

『弟に張り合って我儘を言うのは、止めなさい。』

『今まで、そんな我儘を言う子じゃなかっただろう。』

両親に否定されたと感じた姉は、我儘を言わない娘に戻った。

『私が何かを望むことは、お父さんお母さんと私との間に不調和を生み出すことに気付いたから。』

望みを口にしただけの姉自身を否定されたと感じた日から、姉は、両親や君下に望みを伝えなくなった。

『君下だけが悪いわけじゃないけれど、君下が悪くなかったことはない。』

姉は、親戚にチヤホヤされて、親戚の伝書鳩になっていた君下をそう断じた。

『私の人生にとって一番悪かったことは、お父さんとお母さんの子どもに生まれて、君下が弟に生まれたことだと私に言わせたくないなら。

私の犠牲の上に君下の今があることは、絶対に忘れないで。』

君下は、その日、姉から垣間見えたものが、本当の姉の姿なのかもしれない、と姉への認識を改めた。

しかし。

姉にとっても、君下にとっても、良くないことは終わらなかった。
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