言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

75.楓に指示を出す奈美。明佳の願望。

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奈美と萃は、スケートボードを抱えた少女、かえで明佳めいかと話をして、スケートボードで怪我した男児の居場所を聞き取りして、二人の少女を家に帰すことにした。

スケートボードで怪我した男児のところに案内すると意気込む楓に、四人で向かったら目立つから邪魔が入るかもしれない、と告げると、楓は引き下がった。

楓と明佳から話を聞いた萃は、楓に提案した。

かえでは、楓と楓ママがどんな親子なのか、楓の目から見てママはどんなママかを今日から考えてみたら?」

「うちのママは、良いママよ?

二人のママは?

というか、二人の名前は?」

奈美と萃は、楓と明佳に、名前を名乗らなかった。

「簡単に倒せない相手と戦うためには、準備が必要だから秘密。」

「邪魔しに来られたら準備ができないから、名前は言わない。」

「あなた達が、準備するの?」

考えるよりも先に疑問が口から出ていく楓。

楓の質問に答える素振りさえ見せない奈美と萃の無反応ぶりを見て安心する明佳。

楓が知っていることが増えると楓を黙らせなくてはいけなくなる明佳の仕事が増える。

「考えて準備してから動くのは、楓の苦手分野だから。」

首を傾げる楓に、明佳は淡々と呟く。

「楓は、今日からママに話すんじゃなく、ママの話を楓が聞く、ということを意識して生活して。」

奈美は、楓に一つの指示を出した。

「私が、ママの話を聞くの?」

「趣味があるから、とか。

思春期だから、とか。

考えることがたくさんあるから、とか。

ママといるとき、楓は聞く側に回って、ママの話を聞く。」

楓には具体的な行動の指示が必要だと感じ取った奈美は、楓がすることに加えて、楓の行動の言い訳を提示した。

「私が話したいときは?」

楓は、何を意図している指示かなどは尋ねない。

「楓は、明佳に話したくなるかもしれないけど、明佳には話さないで。」

奈美の指示に明佳はほっとした。

「無理。」

やりたくないから無理と言える楓。

ざわざわした気持ちで、明佳は成り行きを見ている。

楓は、明佳とは違う。

やりたくないことはやれと言われない。

やりたくないことでもやりたくないなんて、明佳は口が裂けても言えなかった。

今だって、そうだ。

明佳の気持ちとしては、楓のやりたいことに付き合っているだけ。

明佳自身は、能動的に動こうとは思っていない。

能動的に波を起こすことは、明佳には求められていない。

楓といる限り、主役を張ることは、明佳に求められない。

楓を褒めたり、認めたりすることは、その行為自体に意味がある。

大人も子どもも、楓に賞賛を集めようとする。

保身と、楓を褒める連帯感からくる快感が両立するから、現状に不服を述べようとする人はいない。

牡丹の庭には。

今日、明佳が楓に思っていたことを吐き出せたのは。

明佳には楓の面倒を引き受けるという役割がある。

楓と楓の周囲、そう認識している。

万が一があっても、楓を誤魔化すか、しらを切るつもりだった。

もう一つ、通りすがりだという二人組の女子が、楓に肩入れしそうじゃないと勘付いたから。

牡丹の庭において。

同じ女子中学生でも、楓と明佳、それ以外は同じに扱われていない。

楓は、特別扱いに何にも感じていない様子だけど。

明佳は、楓とワンセットになる恩恵とともに、針の筵をかんじてもいる。

楓とワンセットにされている明佳は、楓以外とは相容れない。

楓は、特別扱いされる理由があるから、誰とでも分け隔てなく仲良くやっている。

でも、楓のワンセットになっているだけの明佳は、他の人から好かれていない。

楓に近付く人はいても、楓のワンセットになっている明佳に近付きたい人はいない。

大人も子どもも。

明佳の心は、ずっと、誰にも理解されず、味方もつくれず、一人だった。

明佳の胸のざわつきは、どんどん大きくなっていく。

ずっと奥底に押し込めてきた。

我慢してきたのに、今にも揺さぶられて、溢れ出しそう。

明佳の願望は、絶対に悟られてはいけない。

牡丹の庭に、楓と明佳を対等に扱う人はいない。

楓のための明佳。

牡丹の庭が、一生抜け出せない地獄だから、明佳は楓とワンセット。

高校に進学して、牡丹の庭から離れた明佳が、楓とも牡丹の庭の人達とも関係ない世界で生きられるようにしてくれるヒーローが現れますように。

明佳は、毎夜、月に願ってきた。

ヒーローがきて全部嫌なものを壊して、明佳が主役になっても誰も楓ちゃん

小学生の低学年までは、まだ、夢を見られた。

明佳は、楓と明佳の扱われ方の違いを痛感し、自身の扱われ方が酷くならないように、と細心の注意を払って生きてきた。

明佳が何を思って楓といたか、など楓は考えたこともないだろう、と明佳は思う。

楓は、思いやりを見せる対象に明佳を含めていないことに気付いていない。

明佳に面倒を押し付ける楓ママは、意図的だが、楓は、楓ママと明佳の関係を学習して当然のように明佳に面倒をもたらしてくる。

今日のスケートボードの件だって。

ずっと前から。

明佳は楓に巻き込まれていた。

楓が言い出したから、明佳はスケートボードを貸す羽目になった。

『スケートボードなら、私が持っているから貸してあげる。』

『もう一ついる?』

『明佳ちゃんも持っているから、もう一つは明佳ちゃんに借りたらいいの。』

明佳のスケートボードは、明佳が使うために買ってもらったものなのに。

明佳が使っていると、楓はわざわざ言ってくる。

『皆で使うものだから、壊さないで使ってね?』

明佳は、楓が消えてくれたらいいのに、と願わずにはいられない。

巻き込まれて、気に食わない男児にスケートボードを使われて壊された明佳のことを可哀想だとは露ほども感じていない楓なんか。

いなくなってほしい。

明佳の胸の内で肥大していく願い事はまだ、明佳の口からはみ出ていない。

明佳は、何食わぬ顔で、楓の近くに立っている。
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