言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

118.奈美とモップ洗い場で亡くなった女子生徒の幽霊。

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モップ洗い場で亡くなった女子生徒の幽霊は、亡くなってしまった後の変化に興味を持てない様子。

「あのね。

幽霊になってからも、幽霊になる前と同じでいることは、実に幽霊らしい。

これからは、楽になりたい?」

「在り方を変えれば、私は楽になる?」

楽になるかならないか、は、モップ洗い場で亡くなった女子生徒の幽霊の心に響いた。

「あのね。

最初から楽になるとは言わない。

最終的にはね。」

モップ洗い場で亡くなった女子生徒の幽霊が関心を示しているのを霊感の触手から察した奈美は、いったん口を閉じる。

幽霊が幽霊として楽になる、ということは、幽霊ではなくなるということと同義。

幽霊に幽霊でなくなる話など、奈美は口にしない。

幽霊に幽霊でなくなる話をすることは、人間に幽霊になる話をすることに似ている。

奈美の感覚では、両者が全く同じ、にはならないので、似ていると認識している。

人間が幽霊になるには、命を失うという過程を経て、存在の仕方が変わる。

これが奈美の認識する幽霊の成り方。

幽霊が幽霊でなくなるとは、幽霊としての存在がなくなる、または、存在しなくなること。

幽霊という存在がそこに在ったのに、在ったものが無くなった状態になる、という認識だ。

出会う幽霊の全てについて。

奈美は、良い幽霊、悪い幽霊という分類はしない。

幽霊は、幽霊だ。

犬は犬。

猫は猫。

犬や猫を、飼い犬と飼い猫、野良犬と野良猫に分類するのは、人。

良い幽霊と悪い幽霊を分類するのも、人。

生きている人にとって良い結果をもたらせば、良い幽霊。

悪い結果をもたらせば、悪い幽霊。

幽霊の分類については、その幽霊が、生きている人に有益か否かが、判断を分けているんだろうと奈美は思っている。

奈美にとっての幽霊は、良くも悪くも、雑多なことを話す通りすがり。

幽霊は、まともに取り合うものじゃない。

生者と死者は混じり合わなくてもよい。

生者は、生者の時間を精一杯生きればいい。

生者が死者に引きずられる必要は全くない。

死者は、生きている時間を終わらせた人達。

死者は、本来、生者と同じ時間軸に立つことがない。

死んでから後悔する、という旨の発言を生きている人がしているのを聞いたことはある。

だが。

死んでから後悔している幽霊を奈美は見たことはない。

死ぬ前の心残りを錘にして幽霊をしている幽霊なら見た。

幽霊は、口煩い通りすがりと認識している奈美には。

幽霊に対する同情心も好奇心もない。

出会った幽霊を良い幽霊にしたいと思ったのなら、どう行動すればよいか?

簡単だ。

有益な情報が欲しいのなら、幽霊から情報を引き出せばいい。

幽霊を自分に有益な存在にしたいのなら、有益になるように扱えばいい。

幽霊が見えて、幽霊の声が聞こえて、幽霊と会話もできる奈美は。

幽霊との付き合いに情を混ぜ込まない。

生者が幽霊に情を見せたら、取り憑かれたり、惑わされたり、調子を狂わされたりする。

幽霊が見える奈美は、幽霊が見える他の人に会ったことがある。

幽霊が見えることを話す人もいれば、何も言わない人もいた。

奈美が見えている幽霊が見えていない人もいた。

奈美が見えていない幽霊が見えていると話している人もいたが、奈美は見えていない幽霊についての真偽を語ることはしない。

幽霊については、話さないのが一番生きやすい。

幽霊に影響されて何かをしでかしたという主張は通らない。

幽霊は、責任をとらない。

幽霊からどんな影響を受けていたとしても、行動するのは生きている人。

責められるのも、生きている人。

幽霊は、言い訳として通用しないと奈美は知っている。

幽霊は、証拠にならない。

幽霊の影響を情状酌量の余地とすることはない。

幽霊の痕跡は、証拠として残せない。

奈美は、よく理解している。

幽霊についても。

幽霊と関わりある人についても。

幽霊については、奈美の思うままに扱って問題はない。

厄介なのは、幽霊と関わりのある人だが、ここにはいない。

幽霊が見える奈美は、幽霊が見える他人と距離をおくようにしている。

干渉し合わない方が、奈美はやりやすい。

幽霊に怯える人。

幽霊を忌み嫌う人。

幽霊を気にしない人。

幽霊に優しさを振りまく人。

奈美が出会った幽霊の見える人は色々なタイプがいる。

生前幽霊が見えた人が幽霊になったら、幽霊になったときにはどのように世界が映るのだろう?

生前、幽霊が見えた人が、幽霊になってから幽霊について語る機会があれば、聞いてみたいと思わないでもない。

「私は、牡丹の庭中学校に入学してからずっと、学校の至るところにいる幽霊が見えていた。

幽霊は、牡丹の庭中学校の先輩方で、私に色々教えてくれた。

これから起こる鬱な中学生活も。

誰がどこで、何をされているかも。

私は巻きこまれないように、逃げ回った。

逃げて、逃げて、昨日までは逃げ延びたけれど。

とうとう、逃げられなくなった。

今日、私の番が来た。

痛くて、苦しくて、助からないんだ、と涙が溢れたとき。

学校の近くに誰かがいる、と幽霊が教えてくれた。

牡丹の庭中学校の人じゃない人がいるって。

私を助けに来てくれた、と思ったのに。

間に合わないなんて、酷い。

私は最後まで、苦しんだのに。

あんたが早く助けに来ないから。」
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