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リオン城
皇太子とタイガ
しおりを挟むタイガが王様の寝所を訪れた翌朝、ようやく皇太子に会って外遊報告をする運びとなった。アーサーは両者のお付きの者を下がらせた。
「慣れない執務に追われ、なかかなか時間が取れなかった。待たせて悪かったと思っている」
久し振りに兄弟が水入らずで対面している。タイガの目に映る兄は、王の代わりを務める重責のせいか、たいそうやつれてみえた。
「王様が急に倒れられたのです。兄上の責務を考えると私などは後回しになって当然です」
タイガは赤子のために土産を持参していた。小箱受け取ったアーサーが蓋を開ける。
「これは、見事な帆船ではないか」
「はい、バルトニアの港で買い求めた模型にございます。制作した職人から訊いた話では、実物の千分の一の大きさだとのことです。港にはこのような船が幾艇も停泊しておりました。その圧巻の眺めに、国力の違いをまざまざと見せつけられた思いでした」
「我が国にも海があればもう少しましな貿易ができるものを」
「ですが、バルトニアは港こそ保有していますが、国境をめぐり争いごとも絶えず、軍備増強のため、貧富の差は甚だしいものでした」
表面的には王族としての穏やかな会話だった。だが、タイガは兄のアーサーとは本音で腹を割って話したことがなかった。したがって、“王様がなぜあのような姿になってしまったのか”タイガは問い詰めたい思いをぐっと堪えた。
「それで、道中、賊に襲われたと訊いたが、そなたに大事はないのか?」
小鬼を従えた刺客を、ただの賊とは……。皇太子の真実を告げる者はいないのか、あるいは話をはぐらかすつもりだろうか。兄の腹の底をさぐるように笑ってみせた。
「兄上、私はこの通りぴんぴんしております。騎士団に交えて剣術の稽古に励んだからだと自負しております。兄上も続けておられたら、賊の一人や二人簡単に討ち取りましょうぞ」
「そうか、ずいぶんたくましくなったものだ。そなたと違って私はどうも剣術というものは苦手である」
同じ血を分けた兄弟であったが、アーサーは剣の稽古が好きになれず途中で投げ出した口だ。弟と違って兄は学問や文学に興味があった。
「ところで、タイガ、近いうちに私の名代としてオルレアン大公の母君の誕生の祝いに出向いてくれないだろうか?」
大公の母は亡くなった皇太后の従妹にあたる姻戚筋にあたる。九十歳を迎える未亡人はカナトスの貴族の中ではもっとも長生きだった。最年長者に敬意を表するため祝いに王族が出席するしきたりがあった。
「王様がこのような状態でなければ、城にお招きしたいところだが、大公から質素に執り行う旨、辞退する申し出があった。だが、その後、大公の母君が祝いの品はいらないから、そなたの外遊の話を聞きたいと申し出があったのだ」
話の途中で、王妃クレアが入ってきた。理不尽にも執拗に嫌われるタイガは、相も変わらずの冷たい視線に晒される。クレアと話す理由もないことから、無事に帰った旨を簡単に伝えると、皇太子の執務室から退出することにした。
************************************
「皇太子、タイガをオルレアンのところにやるなどと……」
「いけませんでしたか?」
「あの男は、何を企んでいるか判りませぬ」
王妃は深いため息をついた。
「母上、オルレアン公の母君は現存する貴族中でも最高齢なのです。それに皇太后様のゆかりのある方なのですから」
「名代ならそなたの妻がおるではなか」
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「それと、皇太子。あのような得体の知れない女をなぜ受け入れたのです」
クレアはリリスについて言及した。
「それを申し上げるなら、祖父のユリウス伯爵にお聞きになってください。私に会いに来た者たちは、おじい様が王様をーー」
「これ!皇太子、滅多なことを申すでない」
王妃は言葉をさえぎると、辺りを見回してから声をひそめた。
「いいですか、私も驚愕しました。ですが、もう後戻りはできないのです。そなたは王になる。気を強く持つのです」
「では、タイガを襲わせたのはやはり‥‥‥」
「そなたは優しすぎる。弟は政敵なのですぞ。まぁ、よい。タイガも、あの女のことも、この母に任せるのです。ユリウスのおじい様と相談したうえでどうするか決めます」
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