蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

文字の大きさ
28 / 44
リオン城

アーロンの見解

しおりを挟む
 
 その夜、タイガはアーロンと食事をともにしていた。献立は皿に乗っているのは鮎のカツレツにリンゴのジャムと豆を添えたものだった。さっくりと香ばしく、葡萄酒によくあった。
「川魚なんて初めてです。俺が育った国はバルトニアですから、海の魚しか食べたことがありません」
「それでどうだ? 食べてみた感想は?」
 返事を訊くまでもなくアーロンは口いっぱいに頬張っている。
「うまいです」
「鮎のカツレツはカナトスの名物料理だ。リヨン湖で獲れた新鮮な鮎だから臭みもなく、うまいはずだ」
 一方、タイガは食欲がなく、半分も食べないうちにフォークをおいた。コンラッドに下げさせると、代わりに生肉を持ってこさせた。タイガは指を鳴らして、金のとまり木にいるマリーを呼びよせた。
 子供のドラゴンは、テーブルの上に舞い降りると、鋭い爪を立て、カチカチいわせながらぴょんぴょん飛び跳ねた。摘まんだ肉を親鳥みたいに口の中に落としてやるのだった。マリーは噛むことなく丸呑みする。小さな炎を出して喜んだ。しかし、お腹がいっぱいになるにつれて肉と遊びだした。鋭い歯でかぶりつくと、首を振りながら引っ張りっこする。それに飽きると今度はタイガの指にかぶりつき甘噛みするのだった。
「これ、これ、ふざけるとは悪い子だ。もうしまいにするぞ」
 タイガは小さな子供に言い聞かせるように言った。
「あの、その、タイガ様――」アーロンは言いにくそうにしている。
「なんだ、申してみよ」
「はい……。王様の寝所にいる闇祓いとはいかなる人物でしょう?」
 アーロンは葡萄酒をすっかり空にすると、若い女官に注いでもらうのだった。
「子細については私も判らぬ。知るのは兄が推挙したということだ。医者ではなく得体の知れない闇祓いを置くなどと、学識のある皇太子らしからぬ行いだ」タイガは腕にマリーを乗せ、止まり木に向けて羽ばたかせた「アーロンは、その闇祓いについて思うところがあるのか?」
「はい。われわれ魔導士は同じく魔術を扱いますが、精霊の何人なんびととの交渉をしないのが決まりです」
「ほう、その理由は?」
「なぜなら、その代償が大きすぎるからです」
「大きすぎるとは?」
「元来精霊は気まぐれです。ご存じかと思いますが、農村部では干ばつなどで雨の精霊に対し、雨ごいの儀式を行います。精霊に頼み事するわけですから、生きた動物を生贄にするなど貢物が必要です。だって、精霊は気まぐれなのですから、雨は降るときもあれば降らないときもある。それくらいならまだよいのですが、人間一人を呪詛により死に追い込みたい。相手の死を願うなら。死を司る精霊を呼び出します。死の精霊は地の深くの黄泉の国に住み、人間界と同じでバアルを頂点とした百の位が存在いたします。問題は王様を呪うために、どの精霊を呼び出したかです。欲深い彼らは度を超した条件をつけて契約を交わしたがる。ですが、身の程知らないのは、実は人間の方でございます」
「人間が身の程知らずとは?」
「黄泉の精霊たちと人間では時間軸が違うのです」
 黄泉の森にいたタイガは思い当たるふしがあった。リリスが同じことを言っていたのを思い出したからだ。
「仮に呪詛が成功したとして、王様が不幸にも亡くなられ――」
 アーロンが言いかけたところで、コンラッドはかぶせるように大きな咳払いをした。タイガはそれを手で制した。
「コンラッド大事ない。ここだけの話だ。アーロンは話をつづけよ」
「すみません……。とにかく目的が達せられたあと、いつまで代償を払い続けるのかという問題です」
「いつまでとは?」
「例えば黄泉の国の一日は、われわれ人間界の一年に匹敵するとしたら」
「なるほど、十日で十年か」
「はい。精霊の寿命は計り知れないくらい長いということです。依頼主が亡くなっても、契約は子孫に引き継がれ、代償を払い続けることに。だとしたら、子孫にとって、それはもはや約束事ではなく、契約そのものが呪いのような運命とすり替わることを意味しています」
「では、仮に我が国の皇太子がかかわっていたなら、契約は継承され、末代まで呪われた王が誕生するということか?」
「そうです。他の国々は死の精霊を悪魔と呼んでいます……」
「悪魔……。なんてことだ。私利私欲から呪われた王を作り出すとは」タイガは思った。リリスならどう考えるだろう。死の精霊の殺力からタイガを救った彼女なら。やはり自分にはリリスは必要だ。あの聡明な女人が傍らにいてくれたなら、どんなに支えになってくれるだろう。
 タイガは再びリリスの風車小屋を訪ねようと心に決めた。

 そこにサー・ブルーが入ってきた。タイガに向かってうやうやしく一礼する。
「タイガ様、夕食のご歓談中失礼いたします。貴族院と枢機卿が皇太子様に願い出て、引き続き私、サー・ブルーがタイガ様の護衛隊長を務めることになりました」
「隊長だと?」
「はい。私の下に数名の部下がつきます。それから我々の馬が無事に戻って参りましたのでご報告を」
「ブルーさん、お久しぶりです」
 赤毛の少年が人懐っこい笑みを浮かべた。サー・ブルーは目を凝らした。
「そなた、アーロンか?」
 タイガのおさがりを身に着けた少年は驚くほど小奇麗になっていた。
「サー・ブルー、女官たちは、それは楽しそうに磨き上げておったぞ」
 その実は逆だった。野良犬みたいな少年を女官たちが悲鳴をあげながら風呂に入れたのだった。
「いずれにしても、私の傍にサー・ブルーがいてくれるのは心強い。しかし、挨拶なら明日の朝でもよいものを、夜に現れるとはもしや急な用向きでもあるのか?」
「はい、久しぶりにタイガ様とお手合わせを願えればと思いまして――」
「珍しいこともある。このような夜更けに剣術稽古とは。ではドームへ参ろう?」
「いえ、タイガ様。今宵は月が美しゅうございます。稽古場ではなく中庭で手合わせいたしたいかと」
「月が美しいだと? 剣術の稽古だぞ?」タイガは噴出した。「月がどうのこうのなどと、幼いころより剣術しか頭にない兄弟子あにうえから、よもやそのような言葉を聞こうとは」
「ともかく、タイガ様、あまり時間がございません。急ぎ参りましょう」
 サー・ブルーはタイガを急かすと、意味深いみしんな眼差しを向けた。

 北塔から出てきた二人は、練習用の太刀たちで剣術の稽古を始めた。中庭で皇子と若手筆頭の剣術使いが練習しているとあって、衛兵らも公務の傍ら見物に訪れた。
「今宵、月があがるのはもっと夜更けではないのか?」剣を交えながらタイガは尋ねた。「そなたが、ここでの練習したい真の目的は何だ?」
「実は一人、気になる人物がおりまして。その者を、ぜひご覧いただきたいと存じます」
 そうこうしているうちに、東塔の侍女たちがぞろぞろとやってきた。彼女らはカナトスの皇子に礼を尽くすため足を止め、お辞儀をする。侍女たちの真ん中にベールをかぶり、黒いドレスを纏った女人が、ゆったりとした仕草で礼をした。
「サー・ブルー、あの黒い衣服を着た者は……?」
 侍女たちは回廊を通り過ぎるのを見届けるとタイガは言った。
「あの女人が王様の闇祓いを行っております――」
 女と聞いてタイガは驚いた。
「まさか、王妃が寝所に女官以外の女を入れるとは――」
 ふとタイガは別の可能性を考え始めた。








 


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...