エミちゃんとネコになった僕

むとう けい(武藤 径)

文字の大きさ
1 / 7

ネコになった僕

しおりを挟む
 

 気づいたらネコになっていたーー。

 ネコになる前は……

 おそらく人間の男子だったと思う。たぶん高校生。判っているのはこれだけ。家族がどうしたとか、住んでいた家はどこだとか、ネコになる前の僕がどんな顔だったとか、残念ながらまったく記憶にはない。

 当然、名前も忘れてしまっている。たまたま通りかかったコンビニエンスストアのガラスに映る、毛むくじゃらの自分を見て、腰を抜かしてしまったのだ。
 
 いつネコになったかって?
 
 たぶん今日からだ。



 ミャーミャー(お腹がへったよ)
 ニャー(温かい家に帰りたいよ)
 ニャー(お願い、誰か拾って)
 僕は見知らぬ家の玄関前に座ると鳴いてみた。

「しっ! 野良ネコめ」

 窓から顔を出した老人が拳を振りあげ、ものすごい剣幕で僕を追い払った。恐れをなした僕はその場を去った。

「あら嫌だ、野良ネコ。保健所に連絡しなきゃ」
 道端で遭遇したご婦人がエコバッグから携帯電話をひっぱり出した。
 捕まったらセンターの人が捕まえにくる。僕は背を低くしながら駆ける。側溝に潜り込み、まるで海兵隊の隊員のように匍匐前進ほふくぜんしんしながら進む。家の軒先、裏道を通り抜け、気づいたら公園にたどり着いていた。

 ベンチに美しい白いネコが気持ちよさそうに寝そべっていた。ふさふさとしたしっぽを、ゆらりゆらりと揺らしている。ニャーと言った言葉は“きみ可愛いじゃーん”って言っているような気がした。これってミュージカルのキャッツみたいだと僕は思った。

 不意に毛が逆立つような奇妙な感覚を覚えた。背後から”うーっ”という、唸り声が聞こえてきた。白ネコがツンとすまし顔で立ち上がると、くるりとお尻を見せ、繁みに消えてしまった。僕は恐る恐る後ろを振り返る。

 

 キズだらけの爆弾おにぎりみたいなつらのボスネコが(たぶんボスねこだと思う)“シャー”と雄叫びをあげ、僕を威嚇する。ついさっきネコになったばかりの僕は、早くもに出くわしてしまったようだ。縄張りを荒らしたよそ者に、ボスネコは敵意丸出しで牙をむきだした。背中の縞模様を山みたいにして、毛を逆立てながら『殺す』と言ってきた。震え上がった僕は一目散に逃げ出した。



 ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
 雨宿りをしようと、駅前の人通りのある生け垣に隠れた。腹がへった。誰か拾ってくれないかな。どうせ拾ってくれるなら、優しいお母さんみたいな人がいい。そんなことを考えているうちに綺麗にお化粧をした女の人が改札を出てきた。
 
「ニャ~」といって僕は猫なで声で近づく。
「汚いネコ!」その女の人の声はどういうわけか野太かった。綺麗なお姉さんは、姉さん違いのだったようだ。“おりゃー”とばかりに尖ったヒールで蹴とばされそうになった僕は、間一髪で生け垣に逃げ込んだ。ショックのあまりしばし呆然とし、世間はなんて冷たいのだろうと、その理不尽さに、僕はまるで幼児みたいにしくしくと泣くのだった。


 降り出した雨はやがて本降りとなる。僕は生け垣の中でをかきながら、行き交う人々の靴を眺めていた。不意に水色のスニーカーが立ち止まった。

「ネコちゃんどうしたの?」
 しゃがんだ女の人は、淡いピンクの口紅をつけたとびきりの美人だった。
「まぁそれに君はネコのくせに、こんなにも濡れ鼠になっちゃってーー」
 ふっくらとした唇が微笑む。
 
『ミャー、ミャー』と、僕はすがるように鳴いた。

「まぁ可愛い」
 白くつるつるの手が伸びてきて、気づいたら僕はいい匂いのする、柔らかな胸の中に抱かれていた。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

正当な権利ですので。

しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。  18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。 2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。 遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。 再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

処理中です...