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第五話 行き先決定

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 目の前の狼……カル=メルトさんは、少し体勢を変えて話を続けます。

「そうした迷宮にある宝箱や、魔物を倒した際にまれに出現する武器防具ってのは、性能がいいんだ。人が作ったものより、はるかにな」

 魔物を倒して、武器防具が手に入る……やはり、私達が魔物を討伐していた場所は、迷宮とは言えませんね。

 魔物を倒して得られるのは、魔力や術式を封じられる魔法石だけです。

「ベーサ」
「国内で魔物を倒しても、そうしたものが出た事はありません。得られるのは、ニカ様もご存知のもののみです」
「そう……」

 魔法石に関しては、国内でも極秘の情報だからここで口にする訳にはいきません。ニカ様も、それはご理解いただけたようです。

「何だかよくわからんが、迷宮に出る魔物と、そこらに出る魔物とは別物だぞ?」
「そうなのですか?」
「ああ。それと、現在迷宮の存在が確認されているのは、一国のみだ」
「まあ」

 ただ一つの国にのみ、存在する迷宮という「もの」。

「何だか、不思議ですね、迷宮とは」
「まあ、そうだな。で、俺の剣はその迷宮産なんだが、それが装備者を呪う剣だったって訳だ。呪いの内容は、見ての通り狼の姿になる事。条件は、月明かりを浴びる事だ。この姿でもう一度浴びると、人間の姿に戻る。厄介な呪いだよ、まったく」

 切れ味はいいんだがなあ、とぼやくカル=メルトさんは、呪われているというのに全く悲壮感がありません。

 それにしても、剣を装備しただけで狼になるなんて。どういう力が働いているんでしょうか。大変、気になります。

 いっそ、カル=メルトさんに協力してもらって、その辺りを解明するという手も……

「ベーサ。カル=メルトさんが怯えているわよ」
「あら?」

 いつの間にか、カル=メルトさんが尻尾を巻いて振るえています。

「どうか、なさったんですか?」
「あなたの目が怖かったみたい」

 それは、侮辱と捉えていいのでしょうか?



「い、勢いでこちらの事情は話しちまったが、そっちは聞かせてもらえるのかい?」

 こちらの事情……ニカ様を見ると、眉間に皺が寄ってらっしゃいます。いけません、ニカ様。そこの皺は癖になるのですよ。ほぐさなくては。

 手を伸ばそうと思いましたら、不意にニカ様がこちらに向き直られました。

「詳しくは話せないけれど、私は家の事情で国にはいられなくなりました。同じ事情で、追われてもいるの。今言えるのは、これだけよ」
「……そっちのおっかねえお嬢さんは?」

 それ、どういう意味ですか? おっかねえって、女性相手に使う言葉ではないと思うのですけど!

「彼女は被害者。私の、家の問題のね」

 ……どういう意味でしょう? 私は、お父様にかけられた冤罪のせいで、国外追放の罰を受けました。

 なのに、今のニカ様のお言葉は、まるで……そういえば、黒の君も似たような事を仰っていました。王家の罪と。

 あれは、オリサシアン様による婚約破棄を言っているのかと思ったのですが、違うのでしょうか。

 あとニカ様。おっかねえって部分は、否定してくださらないんですね……

「ベーサ。とにかく、出来るだけ安全な場所まで行きましょう。そこで、全てを話すわ。あなたに関わる事も全て」
「……わかりました。ですが、そのような場所が、あるかどうか」

 あの襲撃者達が、国外まで追って来ないとも限りません。もっとも、襲撃を指示している方がオリサシアン様なら、国外まで手を伸ばせるかどうかわかりませんが。

「なあ、あんたら。オーギアン王国に行かねえか?」
「はい?」

 いきなりのカル=メルトさんの申し出に、私とニカ様は声を揃えてしまいました。

 何故、オーギアン王国なのでしょう。そもそも、その国はどこにあるのかすら、私は知りません。

「いや、あの国は流民も簡単に受け入れてくれるんだよ。お嬢さん方、二人とも魔法を使えるんだろう? だったら、あの国に行けば食いっぱぐれねえし、何より生きやすいと思うぜ」
「それは……どういう意味でしょう?」

 魔法士が少ない国ならば、確かに仕事を探すのは難しくないかもしれません。でも、生きやすいとは、どういう意味なのかしら。

「オーギアンってのは、さっき言った迷宮のある国だ。あそこなら、年中人手不足を嘆いているから、魔法を使えるあんたらなら大歓迎だろうよ。それに、魔物を狩る腕があるなら、迷宮の探索者をやれる。うまくすれば、実入りのいい仕事になるぜ」

 迷宮の探索者というのは、迷宮に入って産出される品を取ってきたり、魔物を倒して素材を手に入れたりする人達の事だそうです。

 確かに魔物討伐は慣れていますが……一人での討伐も経験がありますし、出来ない訳ではありません。

 何より、今の今まで自分でお金を稼いだ事のない世間知らずの私では、他にいい仕事を見つけられるとも思えませんし。

 生きて行くにはお金が必要だと、黒の会で教わりました。でも、魔物を討伐する事がお金になるというのが、どうにもよくわからなくて。

 黒の会で魔物を討伐しても、お金をもらった事はありません。魔物から出た魔法石も、殆ど会の研究に使ってしまいましたし。

 なのに、迷宮では魔物を倒せばお金をもらえるという。いえ、倒した際に手に入る素材を売るんでしたか。それもよくわかりませんが。

 でも私が迷宮に行っている間、ニカ様の護衛をどうしましょう……

「いい案ね。私も迷宮に興味があるわ」
「えええええ!?」

 あ、いけない。はしたなくも大きな声を出してしまいました。慌てて口を押さえましたけど、もう遅いですよね……

「ベーサ、あなたには負担をかけてしまうけれど、どうか了承してちょうだい。迷宮に入って、魔物を狩ってみようと思うの」
「私は構いません。黒の君からも頼まれておりますし。ですが、ニカ様を危ない場所にお連れするのは、やはり気が引けます」
「そこは気にしないで。本当なら、私一人で逃げなくてはならなかったのに、兄上があなたに頼ったから……」
「そんな! 頼っていただけて、嬉しい限りです。私、あのまま一人だったら、きっと……」

 今頃、お父様やお母様の苦労を案じて、我を忘れていた事でしょう。

 私は、本当は強くないんです。

 今だって、ニカ様の為にと大義名分を唱えつつ、あれこれしていました。そうしていないと、怖い考えに取り憑かれそうだったから。

 お父様が鉱山で命を落としていないか、その前にどこかで殺されているのではないかという、とても怖い考えが頭に浮かぶのです。

 お母様も、修道院でお健やかに過ごされているのか。ああいった女性だけの場では、新入りは苛められるといいます。

 お母様がそんな目に遭っていたら、どうしよう。人のいいお父様にお似合いの、優しいお母様ですもの。苛めなどには耐えられないでしょう。

 一人で山の中にいたら、そんな事ばかり考えて暴走していたと思います。

 正直な話、私が魔法を使えば、お父様とお母様を連れて国外に逃亡する事は可能でしょう。

 ですが、それをやったが最後、私達は二度とサヌザンドの地を踏むことは出来なくなります。親族だって、どんな目で見られるかわかりません。今でさえ、心苦しいばかりなのに。

 冤罪を晴らす可能性がある以上、それだけは避けたいのです。その為にも、冷静に事に当たらなくてはいけません。

 ニカ様がいらしてくださったから。黒の君が頼ってくださったから。だから、私は今こうして普通に過ごしていられます。

 感謝こそすれ、負担だなどと思うわけがありません。

「……ありがとう」
「いいえ。私の方こそ、本当に感謝しております」

 黒の君にも、感謝します。離れていますが、この感謝が通じますように。

「それで? オーギアンには行くのか? 行かないのか?」

 カル=メルトさんに確認されて、思わずニカ様と顔を見合わせて笑ってしまいました。そこ、まだ決めてませんでしたね。

「その国は、私達にとって安全かしら?」

 ニカ様の問いに、カル=メルトさんは少し上を向いてから答えます。

「保証は出来ねえが、すくなくとも エントやホアガンよりは国として安定しているし、治安もいいぜ」
「そうなんですか?」

 カル=メルトさんによると、エント王国とその隣にあるホアガン王国というのは、治安があまり良くないそうです。

 エント王国……お父様が冤罪をかけられた、密輸相手がいる国です。本当は、エント側から冤罪を調べようと思っていたのですが。

 あの山道で黒の君から直々にニカ様を守るよう申しつけられましたし、何より自分が生きる為にお金も稼がなくてはなりません。

 悩んでいると、ニカ様が声を掛けてらっしゃいます。

「ベーサ、ひとまずオーギアン行きを考えてみない?」
「ニカ様……申し訳ありません。生活と安全の為にはその方がいいと思いますが、私にはやらなくてはならない事が……」
「やらなくてはならない事?」
「父の無実を証明する事です」

 私の言葉に、ニカ様は一瞬目を見開かれ、そして俯かれてしまいました。

「ニカ様?」
「……その事については、大丈夫。国内の方が落ち着けば、私があなたのお父様の無罪を証明します」
「え?」

 どういう事ですか? ニカ様が証明って……

 もしや、父の冤罪には王家が関わっているのでしょうか?

「ともかく、今はオーギアンに行きましょう。カル=メルトさん、その国は、ここから遠いのかしら?」
「そうだな。ここからエントに抜けて、その隣のホアガン王国を抜けた先にあるのがオーギアン王国だ。あの国は、迷宮王国とも言われるくらい、国の至るところに迷宮がある事でも有名でな」
「まあ」

 世界でオーギアンにしかないと言われる迷宮。それが国の至る所にあるなんて。一体、どんな国なのでしょう。

「では、オーギアンに入ったら、私が抱えている事を話すわ、ベーサ」
「ニカ様……わかりました。その時をお待ちしております」

 覚悟を決められたニカ様は、まっすぐな目で私を見ています。宮廷で、遠目に見ていた時もお美しい方だと思っていましたが、今改めてそう思います。

 生気に満ちた瞳。凜とした態度。それらが全て、ニカ様の魅力を引き立てているのです。さすがは王家の姫君といったところでしょうか。

 オリサシアン様の婚約者という事で、宮廷に出る事はありましたけれど、いつも遠巻きにされてあまり仲良くしてくださる方はいませんでした。

 そんな私が、国外追放を受けた途端、ニカ様とこんなに親しくさせていただくなんて。

 人生、何が起こるか本当にわかりませんね。
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