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第十四話 毒
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二階から階段を使って、三階に来ました。ここからは、出てくる魔物の種類が増えるそうです。
「こっからはネズミは出ねえ。厄介なのは鳥だな。上から急降下してきて、くちばしで目を狙ってくる」
「えげつない鳥ですね」
「逆に、その習性を生かしてべたつく素材を使った捕獲方法が確立されてもいるぞ。特に頭部に素材を貼り付けておくと、まず逃さない」
「えげつないのは人間の方でしたか……」
魔物相手に、少し同情心が湧きました。いえ、魔物は人に害を為す存在です。同情などしている場合ではありません。
「後は足下に注意だな。犬型と猫型の魔物が出てくるが、特に犬型は足を狙って攻撃してくる。あいつらの顎は強いから、下手するとかみつかれたまま足を持って行かれるぞ」
「では、猫の攻撃方法は?」
「爪だな。しかも毒を使うのが殆どだから、引っかかれたら解毒剤が必要になる。猫を見かけたら、今回は逃げた方がいい。解毒剤の手持ちがねえ」
毒ですか……一度、攻撃を受けて毒の成分を調べた方がいいかもしれません。
成分さえわかれば、魔法で対応出来ると思います。
「一度、猫の毒を受けたいのですが」
「は?」
「成分がわかれば、対処の仕方も――」
「馬鹿野郎!!」
いきなりのカルさんの大声に、びっくりしました。
「毒は危険なんだよ! 甘く見るな! 爪の攻撃の毒で、命を落とす探索者もいるんだぞ!!」
「も、申し訳ありません……」
黒の会では、度々そうした事をしていたので、今回も大丈夫だと思ったのですが……カルさんが怖い。
「カル、そこまでで」
「けどよお!」
「私もそうだけど、彼女も毒に対する耐性はいくらか持っているの。多分、普通の毒では即死しない程度には」
「へ?」
「そういう魔法が、あるのよ……」
ニカ様は王族ですから、毒殺の危険が常につきまといます。ですから、王家お抱えの魔法士によって、幼い頃から毒に耐性が付く術式をあれこれ使われているはずなんです。
魔法で対処出来るのに、毒殺を仕掛けようとする人は後を絶たないと、黒の君が嘆いてらっしゃいました。
私の場合は黒の会経由で、主に魔物由来の毒の耐性を付ける術式を使ってます。
魔物討伐に参加するようになってからは、自分でもいくつか耐性系の術式を作りましたし。
ですから、猫の爪の毒も大丈夫ではないかと思ったのですが。
怖くて萎縮する私の肩を抱いて、ニカ様が質問します。
「カル、猫の毒は受けてからすぐに死ぬようなものなの?」
「いや……解毒剤が間に合わず、塔の入り口まで戻ったところで亡くなったから、即死の毒じゃねえ……」
カルさんは手で目元を覆って、その場にどっかりと腰を下ろしてしまいました。下に敷いてある絨毯、かなり厚手なので腰を痛める事はないでしょう。
彼の様子を見て、ニカ様が何かに思い当たったようです。
「亡くなったのは、あなたのお知り合いの方?」
え? 驚く私を余所に、カルさんは手元を覆ったまま答えました。
「叔父の仲間だった人だ。あの時、たまたま解毒剤を買い増しておくのを忘れていて……」
「そう……辛かったわね……」
猫の毒で実際に亡くなった方を目の前で見たんですね。しかも、その方は叔父様の仲間だったなんて。
きっと、カルさんとも親しかったんでしょう。確かに、私は軽率でした。
「カルさん、軽はずみな事を口にして、本当に申し訳ありません」
私は再度、謝罪しました。こんなところで、カルさんの昔の傷をえぐり出す事になろうとは。反省します。
なのに、カルさんたら。
「いや、いいんだ。俺が一人で熱くなっただけなんだから。そーだよなー。お嬢なんだから、通常の考え方が通用する訳ねえんだったわ」
顔を上げて天井を見ながら、そんな事を言うんですよ?
「……カルさん、その言い方はどうかと思いますけど?」
「いやいや、そんなそんな……お! お嬢、そこに猫が」
「カルさん! 話をはぐらかさないで――」
「ベーサ! 本当に猫よ!」
「え?」
ニカ様の声に、指差した方を見ると、本当に猫がいます。戸棚の上に優雅に寝そべり、こちらを見つつふさふさの尻尾を揺らす猫。
毛の長い種ですね。あれが、毒の爪攻撃を仕掛けてくる猫なんですか?
「長毛であの大きさなら、毒は弱いぞ。良かったな、お嬢」
何でも、猫型の魔物は、大型で短毛種である程毒が強いそうです。でもあの猫、普通の大きさですよね。
「素直に喜べないのは、私がおかしいんでしょうか? それとも……」
「来るわよ!」
ニカ様が仰ったように、猫は戸棚の上からいきなり跳んでこちらに向かってきました。
まあ! あの猫ったら、ニカ様を狙いましたよ! 無礼な猫ですね。
思い切りはたき落としましたら、唸りつつ今度は私に攻撃を仕掛けてきます。あ、手の甲を思い切り引っかかれましたよ。
すぐに、傷口に解析魔法をかけます。それと同時に、手の甲から毒が回らないよう、解析の間だけ血の流れが止まるようにしました。
ふむふむ、この毒なら既に耐性を取得済みです。猫なのに、毒の型はキツネ型の魔物に近いとはどういう事なんでしょう。
「ニカ様、あの猫の毒はわかりました。対応の術式がありますので、すぐに使いましょう」
「んじゃ、あの猫はもういいな?」
言うが早いか、カルさんは背中の大剣で後いう間に猫を切り伏せました。
「さすがにあの小ささだと、ろくな素材が落ちないな」
猫の素材は爪と牙でした。どちらも小さいものが一つずつ。爪は解毒剤の材料に、牙は魔道具の素材になるんだそうです。
他にもいくつかの部屋を回ってみましたが、猫以外には見当たりません。
あ、でも一体だけ、中型の短毛種という猫を見つけました。これは先程の小型長毛種の猫よりも毒性が強いそうです。
なので、試しに引っかかれてみました。解析の結果、こちらは確かに毒の種類が違います。
今度は蜘蛛型の毒に近いですよ。本当に、どういう事なんでしょうか。
試しで入っただけなので、三階を見て回ったところで今日は終わりにしました。
「明日からは備えをしっかりして入るぞ」
「わかりました」
「て訳で、今日はもうしまいだな。そろそろ薄暗くなってきてるし……」
カルさんが空を仰ぎ見てます。確かに、日が暮れかけてますねえ。
他の街のように、野営するという道はないそうです。周囲を高くて厚い壁で囲まれてますからねえ。
門から外に出ればいいんでしょうけど、移動距離を考えるとやはり迷宮周辺にある宿屋を使った方がいいという事になりました。
「ここは他の街に比べると宿屋の数が多い。どうする?」
「お風呂のある宿がいいです!」
「お嬢ならそう言うよなあ……俺とは別になるが、ここには女しか泊めねえ宿もある。設備が整っていると評判なんだが、行ってみるか?」
なんでも、宿の主が女性で、昔探索者をしていた事があるそうです。それはちょっと心惹かれますね。
「ニカ様」
「行ってみましょう」
「はい」
という訳で、カルさんがその宿まで案内してくれました。といっても、獣車で向かったんですけど。
女性限定の宿は、迷宮を前にして左側のやや裏手にあります。
「どの店でもそうなんだが、迷宮の表側にある店は品がいいが高い事が多い。土地代そのものが高いんだ。裏に行けば行く程安くなるが、よく見ねえと欺される事もあるからな。気を付けろよ」
そういえば、今日のお昼を食べた食堂は裏側でしたね。
巡回獣車は、外の乗り合い獣車よりも簡素な作りになっています。具体的には、座席と屋根があるだけです。
迷宮の周囲にある壁が、賊からも外の魔物からも守ってくれるので、頑丈にする必要がないそうです。
その巡回獣車から、迷宮区を眺めます。本当に、迷宮の周りを囲うように店や建物が並んでいるんですね。
迷宮を中心に、同心円状に街が出来ているのだとか。
「壁に一番近い建物が、最初の頃のものだそうだ。そこから段々迷宮側に建物が増えてきて、今じゃこの通り。もうこれ以上迷宮側に増やす訳にもいかないから、新規の出店はまず無理だな」
ここに店を構える場合、屋台区画に行くか、古い建物を譲ってもらうしか手がないそうです。土地がないですから、仕方のない事なのでしょう。
辿り着いた宿は、こぢんまりしていますが手入れの行き届いた外観です。窓に置かれたたくさんの植木鉢には、綺麗な花が咲いています。
「綺麗ね」
「はい、本当に」
ニカ様と一緒に見上げて、しばし気が緩む思いがしました。
扉を開くと、元気な声が聞こえてきます。
「いらっしゃい! ……何だ、カル=メルトじゃないか。ここは男はお呼びじゃないよ」
「わかってるって。俺じゃなくて、こっちの二人が客だよ」
カルさんは大きいから、前にいると私達の姿が見えなかったのでしょう。
「おや、こっちのお嬢さん達かい。いらっしゃい。『星の和み亭』にようこそ」
どうやら、「星の和み亭」というのが、この宿の名前のようです。
「こっちのお嬢二人、風呂のある宿がいいんだと。で、ここを紹介した」
「そりゃ、女性なら誰でもそう思うさ。おや、あんたらオーギアンの人じゃないんだね? 暗い髪色は初めて見たよ」
そういえばこれまでの街や迷宮で、ちらちら見られた事がありました。あれは、私とニカ様の髪の色を見ていたんですね。
「訳あって、国から出て来ました。迷宮の探索をするんですけど、まだ支度が調わなくて」
毎度思いますが、ニカ様ってすらすらと偽りの身上を口に出来ますよね。私はつっかえてしまって、全くダメでした……
「ああ、長く籠もるつもりなんだね。それなら、反対側の魔道具を扱っている店で色々と揃えるといいよ。良ければ紹介するから」
「ありがとうございます」
お風呂がある事や、女将さんの性格などが気に入ったらしく、ニカ様がここに停まる事をお決めになりました。
「二人一部屋でいいのかい?」
「はい」
普通なら、王族であるニカ様と同室など畏れ多い事ですけれど、それこそ今更ですからね。ここまで、何度野営をした事か……
「うちは一階が食堂、二階から上が宿だよ。一階の食堂も女性限定だから、安心して使っとくれ」
女将さんが鍵を渡しながら教えてくれました。徹底していますねえ。
「よし、んじゃ明日の朝、ここに迎えにくるわ。じゃ!」
宿が決まったのを見届けると、カルさんは慌ててこの場を去りました。月の明かりを浴びてしまうと、狼になってしまいますからね。
宿はその日の夕食と翌日の朝食がついて、一泊一人中銀貨一枚。安宿なら小銀貨三枚で泊まれるので、ちょっとお高めです。
ただ、高級宿と呼ばれるところよりは低いので、そこそこといったところでしょうか。
何より、お風呂があるのにこのお値段! それだけでいい宿だと言えます。
「こっからはネズミは出ねえ。厄介なのは鳥だな。上から急降下してきて、くちばしで目を狙ってくる」
「えげつない鳥ですね」
「逆に、その習性を生かしてべたつく素材を使った捕獲方法が確立されてもいるぞ。特に頭部に素材を貼り付けておくと、まず逃さない」
「えげつないのは人間の方でしたか……」
魔物相手に、少し同情心が湧きました。いえ、魔物は人に害を為す存在です。同情などしている場合ではありません。
「後は足下に注意だな。犬型と猫型の魔物が出てくるが、特に犬型は足を狙って攻撃してくる。あいつらの顎は強いから、下手するとかみつかれたまま足を持って行かれるぞ」
「では、猫の攻撃方法は?」
「爪だな。しかも毒を使うのが殆どだから、引っかかれたら解毒剤が必要になる。猫を見かけたら、今回は逃げた方がいい。解毒剤の手持ちがねえ」
毒ですか……一度、攻撃を受けて毒の成分を調べた方がいいかもしれません。
成分さえわかれば、魔法で対応出来ると思います。
「一度、猫の毒を受けたいのですが」
「は?」
「成分がわかれば、対処の仕方も――」
「馬鹿野郎!!」
いきなりのカルさんの大声に、びっくりしました。
「毒は危険なんだよ! 甘く見るな! 爪の攻撃の毒で、命を落とす探索者もいるんだぞ!!」
「も、申し訳ありません……」
黒の会では、度々そうした事をしていたので、今回も大丈夫だと思ったのですが……カルさんが怖い。
「カル、そこまでで」
「けどよお!」
「私もそうだけど、彼女も毒に対する耐性はいくらか持っているの。多分、普通の毒では即死しない程度には」
「へ?」
「そういう魔法が、あるのよ……」
ニカ様は王族ですから、毒殺の危険が常につきまといます。ですから、王家お抱えの魔法士によって、幼い頃から毒に耐性が付く術式をあれこれ使われているはずなんです。
魔法で対処出来るのに、毒殺を仕掛けようとする人は後を絶たないと、黒の君が嘆いてらっしゃいました。
私の場合は黒の会経由で、主に魔物由来の毒の耐性を付ける術式を使ってます。
魔物討伐に参加するようになってからは、自分でもいくつか耐性系の術式を作りましたし。
ですから、猫の爪の毒も大丈夫ではないかと思ったのですが。
怖くて萎縮する私の肩を抱いて、ニカ様が質問します。
「カル、猫の毒は受けてからすぐに死ぬようなものなの?」
「いや……解毒剤が間に合わず、塔の入り口まで戻ったところで亡くなったから、即死の毒じゃねえ……」
カルさんは手で目元を覆って、その場にどっかりと腰を下ろしてしまいました。下に敷いてある絨毯、かなり厚手なので腰を痛める事はないでしょう。
彼の様子を見て、ニカ様が何かに思い当たったようです。
「亡くなったのは、あなたのお知り合いの方?」
え? 驚く私を余所に、カルさんは手元を覆ったまま答えました。
「叔父の仲間だった人だ。あの時、たまたま解毒剤を買い増しておくのを忘れていて……」
「そう……辛かったわね……」
猫の毒で実際に亡くなった方を目の前で見たんですね。しかも、その方は叔父様の仲間だったなんて。
きっと、カルさんとも親しかったんでしょう。確かに、私は軽率でした。
「カルさん、軽はずみな事を口にして、本当に申し訳ありません」
私は再度、謝罪しました。こんなところで、カルさんの昔の傷をえぐり出す事になろうとは。反省します。
なのに、カルさんたら。
「いや、いいんだ。俺が一人で熱くなっただけなんだから。そーだよなー。お嬢なんだから、通常の考え方が通用する訳ねえんだったわ」
顔を上げて天井を見ながら、そんな事を言うんですよ?
「……カルさん、その言い方はどうかと思いますけど?」
「いやいや、そんなそんな……お! お嬢、そこに猫が」
「カルさん! 話をはぐらかさないで――」
「ベーサ! 本当に猫よ!」
「え?」
ニカ様の声に、指差した方を見ると、本当に猫がいます。戸棚の上に優雅に寝そべり、こちらを見つつふさふさの尻尾を揺らす猫。
毛の長い種ですね。あれが、毒の爪攻撃を仕掛けてくる猫なんですか?
「長毛であの大きさなら、毒は弱いぞ。良かったな、お嬢」
何でも、猫型の魔物は、大型で短毛種である程毒が強いそうです。でもあの猫、普通の大きさですよね。
「素直に喜べないのは、私がおかしいんでしょうか? それとも……」
「来るわよ!」
ニカ様が仰ったように、猫は戸棚の上からいきなり跳んでこちらに向かってきました。
まあ! あの猫ったら、ニカ様を狙いましたよ! 無礼な猫ですね。
思い切りはたき落としましたら、唸りつつ今度は私に攻撃を仕掛けてきます。あ、手の甲を思い切り引っかかれましたよ。
すぐに、傷口に解析魔法をかけます。それと同時に、手の甲から毒が回らないよう、解析の間だけ血の流れが止まるようにしました。
ふむふむ、この毒なら既に耐性を取得済みです。猫なのに、毒の型はキツネ型の魔物に近いとはどういう事なんでしょう。
「ニカ様、あの猫の毒はわかりました。対応の術式がありますので、すぐに使いましょう」
「んじゃ、あの猫はもういいな?」
言うが早いか、カルさんは背中の大剣で後いう間に猫を切り伏せました。
「さすがにあの小ささだと、ろくな素材が落ちないな」
猫の素材は爪と牙でした。どちらも小さいものが一つずつ。爪は解毒剤の材料に、牙は魔道具の素材になるんだそうです。
他にもいくつかの部屋を回ってみましたが、猫以外には見当たりません。
あ、でも一体だけ、中型の短毛種という猫を見つけました。これは先程の小型長毛種の猫よりも毒性が強いそうです。
なので、試しに引っかかれてみました。解析の結果、こちらは確かに毒の種類が違います。
今度は蜘蛛型の毒に近いですよ。本当に、どういう事なんでしょうか。
試しで入っただけなので、三階を見て回ったところで今日は終わりにしました。
「明日からは備えをしっかりして入るぞ」
「わかりました」
「て訳で、今日はもうしまいだな。そろそろ薄暗くなってきてるし……」
カルさんが空を仰ぎ見てます。確かに、日が暮れかけてますねえ。
他の街のように、野営するという道はないそうです。周囲を高くて厚い壁で囲まれてますからねえ。
門から外に出ればいいんでしょうけど、移動距離を考えるとやはり迷宮周辺にある宿屋を使った方がいいという事になりました。
「ここは他の街に比べると宿屋の数が多い。どうする?」
「お風呂のある宿がいいです!」
「お嬢ならそう言うよなあ……俺とは別になるが、ここには女しか泊めねえ宿もある。設備が整っていると評判なんだが、行ってみるか?」
なんでも、宿の主が女性で、昔探索者をしていた事があるそうです。それはちょっと心惹かれますね。
「ニカ様」
「行ってみましょう」
「はい」
という訳で、カルさんがその宿まで案内してくれました。といっても、獣車で向かったんですけど。
女性限定の宿は、迷宮を前にして左側のやや裏手にあります。
「どの店でもそうなんだが、迷宮の表側にある店は品がいいが高い事が多い。土地代そのものが高いんだ。裏に行けば行く程安くなるが、よく見ねえと欺される事もあるからな。気を付けろよ」
そういえば、今日のお昼を食べた食堂は裏側でしたね。
巡回獣車は、外の乗り合い獣車よりも簡素な作りになっています。具体的には、座席と屋根があるだけです。
迷宮の周囲にある壁が、賊からも外の魔物からも守ってくれるので、頑丈にする必要がないそうです。
その巡回獣車から、迷宮区を眺めます。本当に、迷宮の周りを囲うように店や建物が並んでいるんですね。
迷宮を中心に、同心円状に街が出来ているのだとか。
「壁に一番近い建物が、最初の頃のものだそうだ。そこから段々迷宮側に建物が増えてきて、今じゃこの通り。もうこれ以上迷宮側に増やす訳にもいかないから、新規の出店はまず無理だな」
ここに店を構える場合、屋台区画に行くか、古い建物を譲ってもらうしか手がないそうです。土地がないですから、仕方のない事なのでしょう。
辿り着いた宿は、こぢんまりしていますが手入れの行き届いた外観です。窓に置かれたたくさんの植木鉢には、綺麗な花が咲いています。
「綺麗ね」
「はい、本当に」
ニカ様と一緒に見上げて、しばし気が緩む思いがしました。
扉を開くと、元気な声が聞こえてきます。
「いらっしゃい! ……何だ、カル=メルトじゃないか。ここは男はお呼びじゃないよ」
「わかってるって。俺じゃなくて、こっちの二人が客だよ」
カルさんは大きいから、前にいると私達の姿が見えなかったのでしょう。
「おや、こっちのお嬢さん達かい。いらっしゃい。『星の和み亭』にようこそ」
どうやら、「星の和み亭」というのが、この宿の名前のようです。
「こっちのお嬢二人、風呂のある宿がいいんだと。で、ここを紹介した」
「そりゃ、女性なら誰でもそう思うさ。おや、あんたらオーギアンの人じゃないんだね? 暗い髪色は初めて見たよ」
そういえばこれまでの街や迷宮で、ちらちら見られた事がありました。あれは、私とニカ様の髪の色を見ていたんですね。
「訳あって、国から出て来ました。迷宮の探索をするんですけど、まだ支度が調わなくて」
毎度思いますが、ニカ様ってすらすらと偽りの身上を口に出来ますよね。私はつっかえてしまって、全くダメでした……
「ああ、長く籠もるつもりなんだね。それなら、反対側の魔道具を扱っている店で色々と揃えるといいよ。良ければ紹介するから」
「ありがとうございます」
お風呂がある事や、女将さんの性格などが気に入ったらしく、ニカ様がここに停まる事をお決めになりました。
「二人一部屋でいいのかい?」
「はい」
普通なら、王族であるニカ様と同室など畏れ多い事ですけれど、それこそ今更ですからね。ここまで、何度野営をした事か……
「うちは一階が食堂、二階から上が宿だよ。一階の食堂も女性限定だから、安心して使っとくれ」
女将さんが鍵を渡しながら教えてくれました。徹底していますねえ。
「よし、んじゃ明日の朝、ここに迎えにくるわ。じゃ!」
宿が決まったのを見届けると、カルさんは慌ててこの場を去りました。月の明かりを浴びてしまうと、狼になってしまいますからね。
宿はその日の夕食と翌日の朝食がついて、一泊一人中銀貨一枚。安宿なら小銀貨三枚で泊まれるので、ちょっとお高めです。
ただ、高級宿と呼ばれるところよりは低いので、そこそこといったところでしょうか。
何より、お風呂があるのにこのお値段! それだけでいい宿だと言えます。
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