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第十九話 塔での宿泊
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蒼穹の塔、九階は七階、八階と似たような雰囲気です。ただ、周囲の有り様が少しだけ違う気がします。
うまく言えませんが、七階、八階が屋敷の下層階とするなら、こちらは中層もしくは上層でしょう。廊下の様子や扉の飾りなどが下とは違います。
「少し、雰囲気が変わったわね」
ニカ様も気付いたようです。
「出てくる幽霊も、変わるんでしょうか?」
「そう……ね。上級使用人に数が増えるのかしら?」
そうなると、いよいよこの塔がどこかのお屋敷に思えます。
地図によれば、九階は八階の倍の広さだそうです。……塔は上に伸びているはずなのに、どうして下の階より上の階の方が広いんでしょうね?
まあ、多分空間拡張の魔法が関わっているのでは? と思いますけど。そうなると、やはり「誰が」それを使っているのかが気になります。
迷宮……興味が尽きないですね。
九階に出てくる幽霊は、やはり上級使用人が多くなりました。お仕着せではなく、主人のお下がりらしき服を着用しているので、一目でわかります。
今倒した幽霊も、女主人からのお下がりらしきドレスを着用していました。
そして、彼等が落としたのはガラス玉ではなく水晶です。しかも、無色透明なものだけでなく、色つきのものや何か他のものが入った水晶もあります。
「この階層は、水晶が多く出ますね」
「……幽霊が上級使用人になったら、ガラスから水晶になったのね。では、使用人ではなく主や女主が落とすのが、宝石かしら」
単純に考えると、そうですよねえ。ただ、今回の私達の目的は、この階層で一泊して帰る事ですから。
「上の階に行く事になれば、その辺りもわかるかもしれませんね」
「そうね。でも、そういった情報は、協会に寄せられないのかしら?」
「どうなんでしょう?」
もしかしたら、こちらが聞かなかったから教えなかっただけで、協会にはその手の情報があるのかもしれませんね。
九階にある安全に過ごせる場所……拠点地と呼ぶそうです。そこまでは、現在いる場所からかなり距離があるようです。
「入り組んでますねえ」
「迷宮というくらいだものね。最短経路でも、そこそこの時間がかかりそうだわ」
買った地図には、最短で拠点地へ行ける経路が書き込まれています。他にも、開けられるタンスや引き出し、何かが手に入るかもしれない本棚の場所などが書き込まれていました。
こんなに情報が詰まっているのに、ただでくれるなんて。その分、魔物を狩り、迷宮産の品を見つけて戻ってこいという事なのでしょう。
私達は最短経路を通り、拠点地を目指しています。八階から九階へ上がる階段は、九階の中央やや下よりの場所です。
そしてこの階の拠点地は左側のかなり上よりの場所。ちなみに、十階への階段は、拠点地から少し右にいったところにあるようです。
直線距離ならそんなに遠くないのですが、通れない場所がある為遠回りしなくてはなりません。
「意外と、いやらしい経路ですよね……」
「そうね。壁はまだしも、通路があるのに家具が積み上げられていて通れなくなってる場所があるとは思わなかったわ」
地図上にもきちんと書いてあるのですが、通路があるのに何かしらの理由で通れない箇所がいくつもあるようです。
「この通路をまっすぐ進むと、床に大穴が空いている箇所があるようです」
「それで通れないのね」
「床の穴……落ちたらどうなるんでしょう?」
「試すのはやめてちょうだい、ベーサ」
「え!?」
どうして、試してみたいと思っている事がわかったのでしょう。ニカ様は、心を読む術式をお持ちなのかしら。
「魔法でなくともわかります。そんなに興味津々な顔をしていれば……ね」
私の顔に出ていたようです……反省しなくては。昔から、考えが顔に出やすいと母にも言われておりました。貴族の娘として、それは如何なものかと。
「上ってきた階段から、一度下へ向かって遠回りをして、今度は壁沿いに上へと向かってるところですね」
「現在地を常に頭に入れながら動かないと、すぐに居場所がわからなくなりそうだわ」
確かに。窓もない暗い廊下を歩いてばかりいますから、今自分達がどちらを向いているのか、わからなくなりそうです。
窓から外が見えれば、また違うのでしょうけど。
そうして進む事しばし。ようやく拠点地に到着したようです。
「ここ……ですよね?」
「目印はあるから、ここのはずよ」
私達がいるのは、質素な部屋の中です。造りとしては、物置のような感じですね。
地図に記されている目印は、扉の模様と取っ手の形状、そして部屋の天井のシミです。それら全てが合致しているので、ここで間違いないでしょう。
「ここを使う人は、殆どいないという話でしたね」
「そうね。九階は中途半端過ぎて、拠点設置をする人がいないって、受付の人が言っていたわね」
塔の最前線の探索階層は二十階です。その二十階に到達している団は二つ。どちらも十八階にある拠点地を使っているそうです。
「野営の道具を出しますか?」
「そうね……時間的にはまだ昼だから、この階層をもう少し回ってみましょうか」
暗いから時間の感覚もわからなくなりそうですが、ニカ様も私も懐中時計を持っています。
現在時刻は午前十一時半。塔に入ったのが大体八時ですから、そこそこの速度で上ってきたのではないでしょうか。
よそ見をしなかった結果ですね。
「まだ行っていない箇所は……地図で言う、右上と左下ですね」
ほぼ中央にある階段から上ってきて、右下を経由し左上の拠点地に来ましたから。
「昼食をここで食べる事を考えると、左下かしら」
「では、そちらに行きましょう」
ついでに、今まで手を出さなかったタンスなども、開けてみましょうか。余所の屋敷で盗みを働くような背徳感がありますが、ここは迷宮ですし。
相変わらず通路は暗くて、明かりがなくては進むのにも困ります。
「この通路をまっすぐ進んで、突き当たりを右ですね」
「先導はお願いね」
「お任せください!」
張り切って進む通路には、あちこちの壁や天井、床などから幽霊が現れます。これ、普通のお屋敷だったら悲鳴が上がりそうです。
迷宮の魔物だと割り切っているから、平気な顔をしていられますけど。
「火炎槍! ふう」
「ご苦労様」
「痛み入ります」
九階は、出てくる幽霊の種類が変わったのに加え、頻度が上がっているように感じます。やはり、迷宮というのは奥へ行く程厳しくなるのですね。
塔の場合、奥というよりは上へ上がるといった方が正しい気がしますけど。
左下では、目立った事は起こりませんでした。開けられたタンスや引き出しも三つだけで、どれも何も入っていませんでしたし。
「右上も、同じような感じでしょうか?」
拠点地に戻って、少し遅い昼食です。椅子とテーブルを出して、魔法収納に入れてあった料理を出しました。
まだ黒の会で行動している時に、あれもこれもと買っては入れていた料理でしたが、意外なところで役に立ちました。
私がもらした言葉に、ニカ様が首を傾げます。
「どうかしら? でも、今回の目的はここで一泊だから、何も出なくても問題はないでしょう」
「そうですね」
でも、どうせなら何か見つかるといいな。
昼食と少しの休憩を挟んで、今度は右上に挑戦です。左下でかかった時間を考えると、こちらも二時間程度で回れると思っていいかと。
「地図によれば、こちらの方が開けられるタンスや引き出しの数が多いわね」
「楽しみです」
今度は何か出ないでしょうか。地図によれば、本棚から本が手に入る事もあるそうです。
ただ、見つかる本はこの辺りで使われている文字ではないそうで、協会の方で研究が進められているんだとか。
文字そのものにも興味がありますけれど、読めない内容というのにもそそられます。こ
れから行く本棚で見つからないかしら。
右上は通路自体が折れ曲がっていて、なかなかまっすぐ進む事が出来ません。何だか、悪意を感じる程です。
「壁に穴を開けられれば、すぐそこなのに……」
「壁ねえ……これって、壊せないのかしら?」
「え?」
てっきり窘められると思ったのに、ニカ様はちょっとだけ悪い笑みを浮かべています。
「ねえ、ベーサ。ちょっと冒険してみましょうよ」
ああ、悪魔の誘惑とはきっとこんな風に甘いのでしょう。ついうっかり頷いてしまいそうになります。
「で、ですが、それで塔が壊れたりしたら……」
「きっと大丈夫よ。もう何百年も前からここに建っているのでしょう? 人の手で壊せるような代物じゃないと思うわ。ほんの少し、ほんの少しだから。ね?」
もうダメです。これ以上は拒めません。ニカ様が指し示した壁に、山肌などに洞窟を掘る際に使う破砕という術式を使います。
範囲は私が両手を広げた程度。では。
「いきます! 破砕!」
魔法の力は全て向こう側に抜けるように計算された術式なので、こちら側に影響は出ません。
大きな音と、壁が崩れた際の細かいチリなどで一瞬視界が曇りましたが、すぐに向こう側へと向かって消えていきます。
ええ、向こう側、です。
「……穴、あけられましたね」
「そうね。行けるかしら?」
「ニカ様、お待ちを。私が確認します」
穴を潜りそうなニカ様を制して、私が先に潜りました。特に問題はないようです。ニカ様に合図を出し、来てもらいます。
地図で確認すると、先程の通路の隣にあるはずの部屋のようです。壁に空いた大穴は、たまに欠片が下に落ちる程度で修復される様子はありません。
「これ、このまま穴を開けて移動すれば、時間短縮になるのでは?」
「そうねえ。もっと上の階層で、時間が足りなくなりそうな時はやってみましょうか」
確かに、今は時間に余裕がありますね。では、このまま右上の探索を続けてみましょう。
結果、引き出しとタンス、本棚からそれぞれ読めない文字が書かれた紙切れと布地、それと小さな本……というか、日記帳のようなものが見つかりました。地図に書かれている品ですね。
という事は、これらはこの階層でよく出るもののようです。協会でも、あまり高額で買い取ってはもらえないかも。
ちょっとがっかりしながら、拠点地へと戻り一泊して今回の予定は全て終了しました。
結論として、塔での宿泊に必要なものは手持ちの品で何とかなるようです。せっかくお店を紹介してもらったのですが、残念な結果となりました。
「あとは、シェサナが注文に応じてくれるかどうか、ね」
「そうですねえ……あ、私もちょっとお願いしたいものが出来ました」
「そうなの?」
「はい。詠唱なしで術式を発動出来るような道具が欲しいです!」
無詠唱で発動させる人も黒の会にはいましたけど、残念ながらコツを教えてもらえなかったんです。ちびにはまだ早いって言って。
あの時、私はまだ十二歳かそこらでしたから、確かに背は小さかったですけど。こんな事なら、あの時食い下がってでも教えてもらうんでした。
うまく言えませんが、七階、八階が屋敷の下層階とするなら、こちらは中層もしくは上層でしょう。廊下の様子や扉の飾りなどが下とは違います。
「少し、雰囲気が変わったわね」
ニカ様も気付いたようです。
「出てくる幽霊も、変わるんでしょうか?」
「そう……ね。上級使用人に数が増えるのかしら?」
そうなると、いよいよこの塔がどこかのお屋敷に思えます。
地図によれば、九階は八階の倍の広さだそうです。……塔は上に伸びているはずなのに、どうして下の階より上の階の方が広いんでしょうね?
まあ、多分空間拡張の魔法が関わっているのでは? と思いますけど。そうなると、やはり「誰が」それを使っているのかが気になります。
迷宮……興味が尽きないですね。
九階に出てくる幽霊は、やはり上級使用人が多くなりました。お仕着せではなく、主人のお下がりらしき服を着用しているので、一目でわかります。
今倒した幽霊も、女主人からのお下がりらしきドレスを着用していました。
そして、彼等が落としたのはガラス玉ではなく水晶です。しかも、無色透明なものだけでなく、色つきのものや何か他のものが入った水晶もあります。
「この階層は、水晶が多く出ますね」
「……幽霊が上級使用人になったら、ガラスから水晶になったのね。では、使用人ではなく主や女主が落とすのが、宝石かしら」
単純に考えると、そうですよねえ。ただ、今回の私達の目的は、この階層で一泊して帰る事ですから。
「上の階に行く事になれば、その辺りもわかるかもしれませんね」
「そうね。でも、そういった情報は、協会に寄せられないのかしら?」
「どうなんでしょう?」
もしかしたら、こちらが聞かなかったから教えなかっただけで、協会にはその手の情報があるのかもしれませんね。
九階にある安全に過ごせる場所……拠点地と呼ぶそうです。そこまでは、現在いる場所からかなり距離があるようです。
「入り組んでますねえ」
「迷宮というくらいだものね。最短経路でも、そこそこの時間がかかりそうだわ」
買った地図には、最短で拠点地へ行ける経路が書き込まれています。他にも、開けられるタンスや引き出し、何かが手に入るかもしれない本棚の場所などが書き込まれていました。
こんなに情報が詰まっているのに、ただでくれるなんて。その分、魔物を狩り、迷宮産の品を見つけて戻ってこいという事なのでしょう。
私達は最短経路を通り、拠点地を目指しています。八階から九階へ上がる階段は、九階の中央やや下よりの場所です。
そしてこの階の拠点地は左側のかなり上よりの場所。ちなみに、十階への階段は、拠点地から少し右にいったところにあるようです。
直線距離ならそんなに遠くないのですが、通れない場所がある為遠回りしなくてはなりません。
「意外と、いやらしい経路ですよね……」
「そうね。壁はまだしも、通路があるのに家具が積み上げられていて通れなくなってる場所があるとは思わなかったわ」
地図上にもきちんと書いてあるのですが、通路があるのに何かしらの理由で通れない箇所がいくつもあるようです。
「この通路をまっすぐ進むと、床に大穴が空いている箇所があるようです」
「それで通れないのね」
「床の穴……落ちたらどうなるんでしょう?」
「試すのはやめてちょうだい、ベーサ」
「え!?」
どうして、試してみたいと思っている事がわかったのでしょう。ニカ様は、心を読む術式をお持ちなのかしら。
「魔法でなくともわかります。そんなに興味津々な顔をしていれば……ね」
私の顔に出ていたようです……反省しなくては。昔から、考えが顔に出やすいと母にも言われておりました。貴族の娘として、それは如何なものかと。
「上ってきた階段から、一度下へ向かって遠回りをして、今度は壁沿いに上へと向かってるところですね」
「現在地を常に頭に入れながら動かないと、すぐに居場所がわからなくなりそうだわ」
確かに。窓もない暗い廊下を歩いてばかりいますから、今自分達がどちらを向いているのか、わからなくなりそうです。
窓から外が見えれば、また違うのでしょうけど。
そうして進む事しばし。ようやく拠点地に到着したようです。
「ここ……ですよね?」
「目印はあるから、ここのはずよ」
私達がいるのは、質素な部屋の中です。造りとしては、物置のような感じですね。
地図に記されている目印は、扉の模様と取っ手の形状、そして部屋の天井のシミです。それら全てが合致しているので、ここで間違いないでしょう。
「ここを使う人は、殆どいないという話でしたね」
「そうね。九階は中途半端過ぎて、拠点設置をする人がいないって、受付の人が言っていたわね」
塔の最前線の探索階層は二十階です。その二十階に到達している団は二つ。どちらも十八階にある拠点地を使っているそうです。
「野営の道具を出しますか?」
「そうね……時間的にはまだ昼だから、この階層をもう少し回ってみましょうか」
暗いから時間の感覚もわからなくなりそうですが、ニカ様も私も懐中時計を持っています。
現在時刻は午前十一時半。塔に入ったのが大体八時ですから、そこそこの速度で上ってきたのではないでしょうか。
よそ見をしなかった結果ですね。
「まだ行っていない箇所は……地図で言う、右上と左下ですね」
ほぼ中央にある階段から上ってきて、右下を経由し左上の拠点地に来ましたから。
「昼食をここで食べる事を考えると、左下かしら」
「では、そちらに行きましょう」
ついでに、今まで手を出さなかったタンスなども、開けてみましょうか。余所の屋敷で盗みを働くような背徳感がありますが、ここは迷宮ですし。
相変わらず通路は暗くて、明かりがなくては進むのにも困ります。
「この通路をまっすぐ進んで、突き当たりを右ですね」
「先導はお願いね」
「お任せください!」
張り切って進む通路には、あちこちの壁や天井、床などから幽霊が現れます。これ、普通のお屋敷だったら悲鳴が上がりそうです。
迷宮の魔物だと割り切っているから、平気な顔をしていられますけど。
「火炎槍! ふう」
「ご苦労様」
「痛み入ります」
九階は、出てくる幽霊の種類が変わったのに加え、頻度が上がっているように感じます。やはり、迷宮というのは奥へ行く程厳しくなるのですね。
塔の場合、奥というよりは上へ上がるといった方が正しい気がしますけど。
左下では、目立った事は起こりませんでした。開けられたタンスや引き出しも三つだけで、どれも何も入っていませんでしたし。
「右上も、同じような感じでしょうか?」
拠点地に戻って、少し遅い昼食です。椅子とテーブルを出して、魔法収納に入れてあった料理を出しました。
まだ黒の会で行動している時に、あれもこれもと買っては入れていた料理でしたが、意外なところで役に立ちました。
私がもらした言葉に、ニカ様が首を傾げます。
「どうかしら? でも、今回の目的はここで一泊だから、何も出なくても問題はないでしょう」
「そうですね」
でも、どうせなら何か見つかるといいな。
昼食と少しの休憩を挟んで、今度は右上に挑戦です。左下でかかった時間を考えると、こちらも二時間程度で回れると思っていいかと。
「地図によれば、こちらの方が開けられるタンスや引き出しの数が多いわね」
「楽しみです」
今度は何か出ないでしょうか。地図によれば、本棚から本が手に入る事もあるそうです。
ただ、見つかる本はこの辺りで使われている文字ではないそうで、協会の方で研究が進められているんだとか。
文字そのものにも興味がありますけれど、読めない内容というのにもそそられます。こ
れから行く本棚で見つからないかしら。
右上は通路自体が折れ曲がっていて、なかなかまっすぐ進む事が出来ません。何だか、悪意を感じる程です。
「壁に穴を開けられれば、すぐそこなのに……」
「壁ねえ……これって、壊せないのかしら?」
「え?」
てっきり窘められると思ったのに、ニカ様はちょっとだけ悪い笑みを浮かべています。
「ねえ、ベーサ。ちょっと冒険してみましょうよ」
ああ、悪魔の誘惑とはきっとこんな風に甘いのでしょう。ついうっかり頷いてしまいそうになります。
「で、ですが、それで塔が壊れたりしたら……」
「きっと大丈夫よ。もう何百年も前からここに建っているのでしょう? 人の手で壊せるような代物じゃないと思うわ。ほんの少し、ほんの少しだから。ね?」
もうダメです。これ以上は拒めません。ニカ様が指し示した壁に、山肌などに洞窟を掘る際に使う破砕という術式を使います。
範囲は私が両手を広げた程度。では。
「いきます! 破砕!」
魔法の力は全て向こう側に抜けるように計算された術式なので、こちら側に影響は出ません。
大きな音と、壁が崩れた際の細かいチリなどで一瞬視界が曇りましたが、すぐに向こう側へと向かって消えていきます。
ええ、向こう側、です。
「……穴、あけられましたね」
「そうね。行けるかしら?」
「ニカ様、お待ちを。私が確認します」
穴を潜りそうなニカ様を制して、私が先に潜りました。特に問題はないようです。ニカ様に合図を出し、来てもらいます。
地図で確認すると、先程の通路の隣にあるはずの部屋のようです。壁に空いた大穴は、たまに欠片が下に落ちる程度で修復される様子はありません。
「これ、このまま穴を開けて移動すれば、時間短縮になるのでは?」
「そうねえ。もっと上の階層で、時間が足りなくなりそうな時はやってみましょうか」
確かに、今は時間に余裕がありますね。では、このまま右上の探索を続けてみましょう。
結果、引き出しとタンス、本棚からそれぞれ読めない文字が書かれた紙切れと布地、それと小さな本……というか、日記帳のようなものが見つかりました。地図に書かれている品ですね。
という事は、これらはこの階層でよく出るもののようです。協会でも、あまり高額で買い取ってはもらえないかも。
ちょっとがっかりしながら、拠点地へと戻り一泊して今回の予定は全て終了しました。
結論として、塔での宿泊に必要なものは手持ちの品で何とかなるようです。せっかくお店を紹介してもらったのですが、残念な結果となりました。
「あとは、シェサナが注文に応じてくれるかどうか、ね」
「そうですねえ……あ、私もちょっとお願いしたいものが出来ました」
「そうなの?」
「はい。詠唱なしで術式を発動出来るような道具が欲しいです!」
無詠唱で発動させる人も黒の会にはいましたけど、残念ながらコツを教えてもらえなかったんです。ちびにはまだ早いって言って。
あの時、私はまだ十二歳かそこらでしたから、確かに背は小さかったですけど。こんな事なら、あの時食い下がってでも教えてもらうんでした。
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