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第二十七話 憶測

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 とりあえず、進むのか戻るのかだけでも決めた方がいいのではありませんか?

 そう提案すると、ニカ様が頷かれました。

「そうね。あなた方はどうするの? 一度外に出て、改めて誰か護衛を雇ってもう一度上ってくるか、それとも別の手段を考えるか。一番手っ取り早いのは、家長である父親に全て話し、跡取りを決めさせる事では?」
「出来ません! ……父は、夫人の言いなりです。まるで人が変わったようで、私の話など何も――」

 ティージニール嬢の言葉に、思わず息を呑みます。誰かの、言いなり。まるで人が変わったような。

 そんな状況を、私もニカ様も経験しています。

「ベーサ」
「はい、ニカ様」
「……何か道具が使われているとして、その道具の存在をあぶり出す事は出来て?」

 答えられません。ない訳ではないのですが、私は苦手であまり使ってこなかった術式です。

 ああ、こんな事なら好き嫌いを言わず、全ての術式を習得しておくんでした!

「申し訳ありません……」
「いいのよ。何でもあなたに頼りすぎていたわ。もう少し、自分で何とかしなくてはね」

 いっその事、迷宮産の道具を感知出来る魔道具でもあればいいのですけど……

 シェサナさんのところに、ないでしょうか?



 結局、一度塔から下りて仕切り直す事になりました。ティージニール嬢とリジーニア嬢は、家には帰らず迷宮区の宿屋に泊まる事にしたそうです。

「では、部屋が空いていれば星の和み亭にご一緒しませんか?」
「そうね。話を詰めたいし」

 私とニカ様の言葉を聞いて、二人が顔を見合わせます。

「ご、ご迷惑ではありませんか?」
「私達にとってはありがたい話ではありますが……」
「部屋が空いていれば、ですよ。人気の宿ですから、埋まっていては泊まれません」
「そうと決まれば、早め部屋を確保しに行きましょう」
「待て待て、まずはここから無事に下りてからだろうが」

 カルさんが横から口を挟んできました。確かにその通りですが、ここまでの経路であれば、問題なく行き来出来ますよ。

「九階の拠点地までも、何度も行き来してますから問題ありません」
「え!?」
「え?」

 何故ティージニール嬢とリジーニア嬢がそんなに驚くのかしら。何だか怖いものを見るような目で、こちらを見てくるんですけど。

「……一応言っておくけどな。九階ですら、そんなに頻繁に行き来するような場所じゃねえんだよ、蒼穹の塔ってところはな」

 カルさんの言葉に、ニカ様と顔を見合わせてしまいます。確かに最初は幽霊の姿にちょっと驚きましたけど、二回目からは恐怖も感じませんでした。

「……そんなに大変かしら?」
「気付きませんでした」
「そうだよな、お嬢達はそういう存在だったわ……」

 カルさん、ちょっと失礼な言い方じゃありませんか? ……ティージニール嬢とリジーニア嬢も、引いてるのは何故でしょうね?



 十三階から一気に塔を下りました。やはり、大変さは感じませんね。

「さあ、一階に着きましたよ」
「こ、こんなに早く……」
「行きのあの苦労はなんだったんでしょう……」

 ティージニール嬢とリジーニア嬢がそんな事を言い合っています。きっと、あの護衛役の人達が弱かったのでしょう。

 そういえば、彼等は紅蓮組に所属していると言っていましたが……大きな組の人が悪さを働いても、いいのでしょうか?

「カルさん、十三階に放ってきた人達の事、協会に通報しなくていいんですか?」
「通報したって、意味ねえからな。言ったろ? 探索者は基本、迷宮の中で起こった事に関しては自己責任なんだよ」
「でも」
「この場合、向こうの嬢ちゃん達が欺されたのが悪い、って事になる。おそらく、協会を通じて護衛を雇わなかったんだろう」
「……そうすると、欺されないんですか?」
「協会側に紹介した責任が生じるからな。ただ、その分護衛料は仲介料を含んでいて高くなるんだ」

 護衛料は、行き先の階層が高くなればなる程高くなるそうです。彼女達がいた十三階までなら、協会を通すと小金貨七枚程度はいくのだとか。

「それを直で契約すると、小金貨一枚程度まで抑えられる。だから、あの二人もそうしたんだろうよ」

 なるほど。貴族の娘とはいえ、自由に使える金額はそう大きくないというところでしょうか。

 特にティージニール嬢は家に問題を抱えている訳ですから、大金を動かす訳にもいかなかったのでしょう。

「カルさん、今、大変な事に気付きました」
「何だ?」
「あの人達、あの場に転がしてきてしまいましたが、大丈夫でしょうか?」

 眠らせた、紅蓮組の人達です。ティージニール嬢達を連れて塔を下りる事が決まったので、あのまま転がしてきてしまいました。

 本当なら、担いで降ろした方が良かったのでしょうけど。

 気になってカルさんに確かめてみたのですが、返ってきたのは素っ気ない一言でした。

「ほっとけ」
「え……」
「言ったろ? 迷宮内における探索者のあれこれは全て自己責任だって。あの連中が欲をかいて向こうの嬢ちゃん達を襲わなきゃ、お嬢に眠らされる事もなかった。つまり、あのままあの連中がどうなろうと、それはあいつらの責任だ」

 それで、いいのでしょうか?

「ちなみに、あの場で眠っていて魔物が出た場合は……」
「そりゃ、命がないかもな」

 ちょっと胸が痛みますが、そもそも彼等はティージニール嬢達から護衛料を取ったにもかかわらず、よからぬ事に及ぼうとしてたのです。

 それを考えれば、気にする事もありませんね。



 塔を出てカルさんと別れ、四人で星の和み亭に来ました。

「四人なんですけど、部屋は空いてますか?」
「ああ、ちょうど四人部屋が空いたところだよ。それでいいかい?」
「はい! お願いします!」

 良かった!

 今回の部屋は、二階の端でした。

「さて、ではお話し合いをしましょうか?」

 ニカ様がにっこりと微笑むと、何故かティージニール嬢達が怯えているのですが。怖くないですよ? ただちょっと、詳しい話を聞きたいだけで。

 お互い寝台に座って、事情説明開始です。

「まず、ティージニールさん、あなたの父君はご存命かしら?」
「は、はい」
「では、跡取りの話は急ぐ事はないのね?」
「ですが……」
「異母妹の婚約話は一旦置いておいて。父君に、健康上の問題等は?」
「ありません。過ぎるくらい健康な人ですし」
「でも、メヴィゼーニル夫人は、あなたを後継者から外したい。それも、今すぐ」
「……」

 ティージニール嬢の顔色が悪いです。彼女にとって、家を継げない事はこの世の終わりのようなものなのでしょう。

 この辺りは個々人の価値観によるものですから、なんとも言えません。

「これは勝手な推測だけれど、メヴィゼーニル夫人はでたらめを言ってまで、あなたを迷宮に送り込みたかった。その理由は、迷宮であなたが命を落とす事を狙ったのでしょう」
「っ!」
「王女殿下! いくらなんでも――」
「ただの憶測よ。でも、あなた達も薄々は感じていたのではなくて?」

 ニカ様の確認の言葉に、ティージニール嬢もリジーニア嬢も何も言えません。

「……ニカ様の推測が正しいのなら、メヴィゼーニル夫人は焦っていますよね?」
「ええ。娘の婚約を整え、有利にしたはずなのに、何故そんなに焦る必要があるのか」
「……」

 もしかして、ティージニール嬢の父君は、既に後継者を決めているのではありませんか? おそらく、ティージニール嬢に。

 だから、メヴィゼーニル夫人は焦ってティージニール嬢が死ぬように仕向けた。刺客を放っている可能性も、ありますね。

「ニカ様、少しよろしいでしょうか?」
「ええ。ベーサの意見を聞かせてちょうだい」
「ティージニール嬢は、何もする必要はないかもしれません」
「え?」

 私の言葉に、ティージニール嬢とリジーニア嬢は驚いています。そうでしょうね。今まで、どうにかしなくてはと気を張っていたでしょうし。

 私は先程考えた事を説明しました。

「ニカ様同様、メヴィゼーニル夫人は焦っていると私も考えます。では、何故彼女は焦っているのでしょう? 娘マノア嬢に侯爵家の婚約者が出来、普通なら有利に立てたと思い焦る必要などありません。でも、違う。それは、ティージニール嬢の父君が、既に後継者をティージニール嬢に決めているからではありませんか?」
「え?」
「そんな……」

 二人からは信じられないという様子が見て取れます。

「そして、当然その事をメヴィゼーニル夫人も知っている。だから、焦っているのです。このままでは、マノア嬢が跡目を継ぐ事はありません。折角伯爵家の後妻に入り、子を為したのに」
「ベーサの考えには、一理あるわ。でも、だとしたら迷宮に追いやるだけなんて消極的な方法を採るかしら?」
「追加で刺客を送っているかもしれません。今、この時も」

 ティージニール嬢達は、怯えた様子で部屋のあちこちを見回します。

「この宿は男性は入れないから、刺客が女性でない以上安全よ」
「もし女性の刺客が来たとしても、私達と一緒の間は問題ありません。きちんと守りますから」

 ついでですけど。さすがにこの一言は言えませんでした。
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