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第四十一話 残念でした
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そろそろ日が落ちる頃です。空は大分濃さを増し、辺りも暗くなってきています。
「いよいよか……」
カルさん、緊張してますね。
「肩の力を抜きなさいよ、カル。力んでいても、結果は変わらないわよ?」
「わ、わかってるよ」
ニカ様に言われたカルさん、その場で変な動きをしています。
「カルさん、何かの踊りですか?」
「違う! これは体をほぐす体操なんだよ」
「たいそう?」
踊りとは違うんですね。以前、魔物討伐で寄った村に伝わる伝統の踊りにちょと似ていたんですけど。
「美容と健康にもいいって聞くぜ? やってみるか?」
「遠慮しておきます」
「私も」
「何だよ二人とも。ノリ悪いなあ」
軽口を叩きながら、カルさんは体操とやらを続けています。そうしている間にも、空はどんどん暗くなり、星が見え始めました。
もうじき、月も昇るでしょう。
周囲が暗くなるのに合わせて、カルさんの様子が落ち着きません。体操をしつつも、周囲をきょときょと見回しています。
壁から少し離れたここは、周囲を木に囲まれていて目隠しは万全です。迷宮区からどころか、そこへ通じる道からも見えませんよ。
もっとも、こんな時間に道を行く人も獣車もありませんけど。
「そろそろね」
空を見上げてニカ様が呟きました。その声に、カルさんの肩がびくっと震えます。
そうして、とうとう完全に夜になり、月が明るく輝きます。
カルさんは!?
「あ」
彼の方を見ると、一瞬からだが光ったかと思うと、その後には見慣れた姿がありました。
見事な、狼です。ニカ様も私も、大きな溜息を吐いてしまいました。
「ダメだったか……」
カルさんも落ち込んでいるようです。やはり、そう簡単にはいかないんですね。
「今回はダメだったけど、望みがない訳じゃないわ。また上を目指しましょう」
「……一緒に行ってくれるか?」
「もちろんよ。私達にとっても、解呪の水は必要なものなんだから」
「そっか……」
カルさんにしては、珍しく気弱になってます。やはり、解呪出来なかった事が大きいようですね。
その夜はそのまま野営をして、翌日も壁の外にいます。今夜の月明かりで、カルさんの姿を戻さないといけませんから。
「二十六階でもないとしたら、一体どこまで上れば見つかるんだろうなあ」
「そもそも、上階としか記述されていない辺りで不親切よね」
「多分、必死で上ったんだよ。だから階数を数えるのを忘れたんだ」
迷宮の中には、ここが何階かと示すようなものはありません。ですから、今自分達が何階にいるか、自分達で数えておく必要があるんです。
「いっそ、二十一階から上には階段付近に『ここは何階』って書いた看板でも掲げておきましょうか?」
「掲げたとして、それを魔物達が壊さないとも限らない……ああ!」
な、何です? いきなり大きな声を出して。今は狼の姿なんですから、怖いですよ。
「掲げるんじゃなくて、書いておけばいいんじゃないか!?」
「書く? どこに?」
「階段の壁だよ! 彫るのは……多分壁に傷を付けても修復されるだろうから、消えにくい染料か何かで!」
「なるほど」
塔の中では、階段には魔物が出ないと言われているそうです。……二十階から二十一階に上る階段には、出ましたよね。あれは例外なんでしょうか。
ともかく、一度試してみようという事になりました。
「まあ、それもこれも明日以降だな」
「ですね」
空はまだ明るく澄み渡っています。今夜の月明かりで、カルさんの姿が戻らない事には、迷宮区に入れませんよ。
夜になり、再び月が輝きました。
「ああ、やっと戻れる……」
「えーと、お疲れ様でした」
今日は一日、野営地に籠もっていたので体力的には疲れていませんが、カルさんは精神的に疲れているようです。
月の光を浴びて、再び人へ……今回はちゃんと、ニカ様と私は天幕に入ってます。
着替えもありますし、準備は万端です。
「今回は残念だったわ」
天幕の中、ニカ様がぽつりとこぼされました。
「そうですね」
うまくいけば、サヌザンドの王宮を正常に戻すことが出来たかもしれないのに。
本当に、文献に記載されているような水場は、あるのでしょうか。ちょっと疑ってしまいます。
「ともかく、今回の事を教訓に、水が本物かどうか確かめてから兄上に連絡するようにしましょう」
「う……その時までに、連絡方法が確立していればいいのですが……」
「ああ、ベーサを責めた訳ではないのよ。今度兄上がいらした時には、人を使って連絡を取る方法を提案しようと思うの」
「人を……ですか?」
「ええ。大体、兄上はベーサに頼りすぎだと思うわ」
そ、そうでしょうか? 私から見る黒の君は完璧すぎて、誰かを頼るような姿は思いつきませんが。
私の意見に、ニカ様が笑います。
「頼っているでしょう? あんな宿題まで出して。本来なら、兄上がご自分で連絡手段を考え出すべきなのよ」
「……ニカ様は、黒の君に厳しいのですね」
「一応、妹ですからね」
王族であれば、兄妹とはいえ気安く接するものではないと思っていましたが、間違っていたようです。
一人娘の私には、兄弟姉妹の関わりはわかりません。でも、黒の君とニカ様の関係性は、ちょっとうらやましく感じます。
「ともかく、次に兄上がいらっしゃるか、誰か手の者をよこすかした時に、文献の話と塔の事を伝えましょう。あと、連絡手段はそちらが用意しろ、ともね」
そう言って笑うニカ様は、どことなく黒の君に似てらっしゃいます。ああ、これが血のつながりというものなのですね。
「いよいよか……」
カルさん、緊張してますね。
「肩の力を抜きなさいよ、カル。力んでいても、結果は変わらないわよ?」
「わ、わかってるよ」
ニカ様に言われたカルさん、その場で変な動きをしています。
「カルさん、何かの踊りですか?」
「違う! これは体をほぐす体操なんだよ」
「たいそう?」
踊りとは違うんですね。以前、魔物討伐で寄った村に伝わる伝統の踊りにちょと似ていたんですけど。
「美容と健康にもいいって聞くぜ? やってみるか?」
「遠慮しておきます」
「私も」
「何だよ二人とも。ノリ悪いなあ」
軽口を叩きながら、カルさんは体操とやらを続けています。そうしている間にも、空はどんどん暗くなり、星が見え始めました。
もうじき、月も昇るでしょう。
周囲が暗くなるのに合わせて、カルさんの様子が落ち着きません。体操をしつつも、周囲をきょときょと見回しています。
壁から少し離れたここは、周囲を木に囲まれていて目隠しは万全です。迷宮区からどころか、そこへ通じる道からも見えませんよ。
もっとも、こんな時間に道を行く人も獣車もありませんけど。
「そろそろね」
空を見上げてニカ様が呟きました。その声に、カルさんの肩がびくっと震えます。
そうして、とうとう完全に夜になり、月が明るく輝きます。
カルさんは!?
「あ」
彼の方を見ると、一瞬からだが光ったかと思うと、その後には見慣れた姿がありました。
見事な、狼です。ニカ様も私も、大きな溜息を吐いてしまいました。
「ダメだったか……」
カルさんも落ち込んでいるようです。やはり、そう簡単にはいかないんですね。
「今回はダメだったけど、望みがない訳じゃないわ。また上を目指しましょう」
「……一緒に行ってくれるか?」
「もちろんよ。私達にとっても、解呪の水は必要なものなんだから」
「そっか……」
カルさんにしては、珍しく気弱になってます。やはり、解呪出来なかった事が大きいようですね。
その夜はそのまま野営をして、翌日も壁の外にいます。今夜の月明かりで、カルさんの姿を戻さないといけませんから。
「二十六階でもないとしたら、一体どこまで上れば見つかるんだろうなあ」
「そもそも、上階としか記述されていない辺りで不親切よね」
「多分、必死で上ったんだよ。だから階数を数えるのを忘れたんだ」
迷宮の中には、ここが何階かと示すようなものはありません。ですから、今自分達が何階にいるか、自分達で数えておく必要があるんです。
「いっそ、二十一階から上には階段付近に『ここは何階』って書いた看板でも掲げておきましょうか?」
「掲げたとして、それを魔物達が壊さないとも限らない……ああ!」
な、何です? いきなり大きな声を出して。今は狼の姿なんですから、怖いですよ。
「掲げるんじゃなくて、書いておけばいいんじゃないか!?」
「書く? どこに?」
「階段の壁だよ! 彫るのは……多分壁に傷を付けても修復されるだろうから、消えにくい染料か何かで!」
「なるほど」
塔の中では、階段には魔物が出ないと言われているそうです。……二十階から二十一階に上る階段には、出ましたよね。あれは例外なんでしょうか。
ともかく、一度試してみようという事になりました。
「まあ、それもこれも明日以降だな」
「ですね」
空はまだ明るく澄み渡っています。今夜の月明かりで、カルさんの姿が戻らない事には、迷宮区に入れませんよ。
夜になり、再び月が輝きました。
「ああ、やっと戻れる……」
「えーと、お疲れ様でした」
今日は一日、野営地に籠もっていたので体力的には疲れていませんが、カルさんは精神的に疲れているようです。
月の光を浴びて、再び人へ……今回はちゃんと、ニカ様と私は天幕に入ってます。
着替えもありますし、準備は万端です。
「今回は残念だったわ」
天幕の中、ニカ様がぽつりとこぼされました。
「そうですね」
うまくいけば、サヌザンドの王宮を正常に戻すことが出来たかもしれないのに。
本当に、文献に記載されているような水場は、あるのでしょうか。ちょっと疑ってしまいます。
「ともかく、今回の事を教訓に、水が本物かどうか確かめてから兄上に連絡するようにしましょう」
「う……その時までに、連絡方法が確立していればいいのですが……」
「ああ、ベーサを責めた訳ではないのよ。今度兄上がいらした時には、人を使って連絡を取る方法を提案しようと思うの」
「人を……ですか?」
「ええ。大体、兄上はベーサに頼りすぎだと思うわ」
そ、そうでしょうか? 私から見る黒の君は完璧すぎて、誰かを頼るような姿は思いつきませんが。
私の意見に、ニカ様が笑います。
「頼っているでしょう? あんな宿題まで出して。本来なら、兄上がご自分で連絡手段を考え出すべきなのよ」
「……ニカ様は、黒の君に厳しいのですね」
「一応、妹ですからね」
王族であれば、兄妹とはいえ気安く接するものではないと思っていましたが、間違っていたようです。
一人娘の私には、兄弟姉妹の関わりはわかりません。でも、黒の君とニカ様の関係性は、ちょっとうらやましく感じます。
「ともかく、次に兄上がいらっしゃるか、誰か手の者をよこすかした時に、文献の話と塔の事を伝えましょう。あと、連絡手段はそちらが用意しろ、ともね」
そう言って笑うニカ様は、どことなく黒の君に似てらっしゃいます。ああ、これが血のつながりというものなのですね。
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