今度こそ幸せになります! 拍手の中身

斎木リコ

文字の大きさ
23 / 33
限定公開

最後の夜

「やあ! ルイザ!」
 名前を呼ぶ声に後ろを振り向けば、そこにはやはり見知った顔があった。王国新聞の記者、コーニッシュである。
「ああ、こんにちわ。あら、もうこんばんわかしら?」
 仕事終わりに夕飯の材料の買い出しに出た所、件の人物に見つかったという訳である。
 悪い人間ではないのだろうが、その押しの強そうなところがなんとなく苦手に感じるのだ。特に今はあまり顔を合わせたくない相手だった。
 苦手に感じるのは、この手の男性が側にいた経験がないからだろうか。思えば幼い頃から、幼なじみ以外の異性との交流はほぼなかった。
 ──……それってもてないって事よね
 故郷にいた頃は、それはそれで少しは悩みもしたが、如何せん側にいるのが美形と言って憚らないグレアムである。
 幼なじみという立場から自然と恋人に格上げになったとはいえ、彼の存在は他の男性陣の存在を補って余りある。だからそこまでひどく自尊心を傷つけられる事はなかったのだ。
 ただし弊害もあった。昔から付き合いのある異性以外との付き合いがどうにもぎこちなくなるのだ。目の前にいるコーニッシュもしかり、である。
「近場の男性で練習してみたら?」
 何気なくそのことを話してみると、エセルからそんな助言を受けてしまった。近場というと、オーガスト辺りだろうか。
 確かに彼は人当たりが良く、優しい人柄である。『練習』にはもってこいの人物かも知れないが、このコーニッシュのような人物の応対にはあまり効果を発揮しない。
「そろそろこんばんわ、かな。仕事は終わった?」
 いつもの人好きのする笑顔で聞いてくる。ルイザの方はと言えば、少々警戒気味だ。
「ええ。だから夕飯の買い出しに」
「そりゃあ丁度良かった! 俺もこれから夕飯なんだ。一緒に行かないか?」
 毎度のお誘いである。工房に来ている時でもお構いなしに、言ってくるのだ。
 みんなには『絶対に誘いに乗るな』と言われているが、どうしたものか。今日は残り物があるという言い訳が通用しない。先程買い出しに行くところだと言ったばかりだ。
 ──だから顔を合わせたくなかったんだけど……
 困り顔のルイザに対し、満面の笑みでコーニッシュは誘いかけてくる。
「うまい店知ってるんだよ。なあ、飯ぐらい一回付き合っても罰当たらないとか思わないか?」
「何ですか? それ」
 思わず口元を抑えて笑ってしまった。コーニッシュの言い方が、何だか哀れを誘うような代物だったのだ。
 たかが食事。そこまで言うほどのものでもないだろうに。そう思ったからだろうか、つい口をついて出てしまった。
「お店はどの辺り?」
「お! やっと受けてくれる気になった!? ここからならそんな遠くないよ。帰りもちゃんと送るし!」
「この辺りなら遅くなっても人通りがあるから平気ですよ」
「いやいや、世の中何があるかわかったもんじゃないからね」
 まったくだ、とルイザは違う事を考えた。三回分の人生を覚えているなんて、一体どこの誰が想像するだろうか。
 しかもそのどの人生とも勇者という存在と関わろうとは。本当に世の中何があるかわかったものではない。
「と言う訳で、じゃあ行こうか」
 あれよあれよという間に、行く事になってしまった。それもいいか、とルイザはどこか軽く考え、コーニッシュが促すままに歩き始めた。

 店は確かにエドウズ商会からほど近い場所にあった。こんな所に、と思うような路地裏にあるが、店の中はとても暖かい雰囲気で居心地が良かった。
「こんな所に店があるなんて、知りませんでした」
 こぢんまりとした店内は清潔で、所々に飾られた季節の花が彩りを添えていた。きょろきょろと見回せば、少なくないテーブルはどこも埋まっている。
「だろう? 隠れた名店ってところだよ」
「よく知ってましたね」
「そりゃあ、これでも新聞記者だからね」
 そうおどけて言うコーニッシュに、ルイザも笑いを誘われる。今度エミーにでもこの店の事を聞いてみようか。知らなければきっと悔しがるだろう。
 おまかせで選んだ料理はどれもおいしかった。この時期が旬の川魚には、臭みを取るためか香草が多く使われていて、それがまたとてもおいしいのだ。
 肉料理の方も野鳥を焼いたものらしく、ほどよい油が食欲をそそる。思わず食べ過ぎてしまいそうだ。
「ああ、おいしい。でも食べ過ぎて太りそう」
「ルイザは太ってないよ。むしろもう少し肉つけてもいいんじゃないか?」
「嫌です」
 つん、とそっぽを向きつつ言えば、正面のコーニッシュは苦笑していた。本気で言っていたのだろうか。
 確かにルイザは太ってはいないが、がりがりにやせているという訳でもない。ルイザ自身は今の体型を気にいっているので、維持したいとしか思わないのだ。
「ああ、まあ胸の辺りはいい感じだけど」
「ちょ! どこ見てんですか!!」
 慌てて腕で胸元を隠すが、コーニッシュは笑うばかりだ。それが欲を感じさせるものではないから、ルイザも少し訝しんでしまう。
「……何です?」
「いや、やっと素の顔が見られたかなって思って」
 コーニッシュの言葉に、ルイザは首を傾げた。彼に対して、特に作った表情でいた覚えはないのだが。
 有り体に言えば、そこまでする相手でもなかったというだけの話だ。彼は仕事の相手ではないし、顧客でもない。
「いつもどこか壁を感じたから……さ」
 ああ、そう言う事か、と納得した。壁というか、警戒心の表れだったのだろう。
「それは仕方ない事だと思いますけど? 工房のみんなにも気をつけろって言われてるし」
「あいつら……まあ、いいや。ルイザ」
「何です?」
「少し、聞きたい事があるんだが」
 いつにないコーニッシュの真顔に、つい釣られてルイザの方も表情を引き締めてしまった。
「ああ、いや、そんなに緊張しないで欲しいんだが……ごく個人的な事だよ」
「個人的?」
 仕事の話ではないのだろうか。まさかまた勇者云々の話か。実際に勇者に関しては、神殿からのお達しもある以上、そうそうしゃべる訳にもいかないのだ。
 もっともそれらがなくても口を開く気にはなれないが。
「勇者の事ならもう」
「そうじゃなくて」
「じゃあ……」
 何を聞きたいのか、と問おうとして、口をつぐんだ。真剣な表情のコーニッシュに、どこか恐れを抱いたからだ。
「その……な、今誰かと付き合ってるとかって、ある?」
 ……そういう事か。ルイザは段々気分が落ち込んで行くのがわかった。それと同時に顔も俯き始める。
「ルイザ? 聞いちゃいけなかったか?」
「別に……今はいませんけど……」
「前は、いた?」
 ルイザは答えなかった。そこまで言わなくてはいけないのだろうか。目の前の人物に。個人的にも程がある、と思ったが、それは口にせず沈黙を守った。
「誰かいいなって思う奴とか……いないか?」
「今は……そういった事より仕事の方が楽しくて」
 笑ったつもりだったが、どこか弱々しくなってしまった。それでも言った事は本当だ。今は仕事に打ち込みたい。
 工房のみんなにも言われていたから、もしかしたらそうかも、とは思っていた。でも、誰が相手でも恋をする気にはなれなかった。
 最初から一人で生きていくつもりで王都に出てきたのだ。この先、もしかしたらそういう相手に巡り会う事もあるかも知れない。
 でも、それは今じゃない。そして、目の前にいる人でも、ない。ルイザは自分の中にわき上がった残酷な意見を、口にしようとは思わなかった。
 かえってはっきり口にした方がいいのかも知れないが、好きだと言われたわけでもないのに、そういう事を言うのはなんだかおかしい気がして言えなかった。
「そ……か……」
 遠回しの、拒絶と取られかねない言葉は、正確に相手に届いたらしい。少ししょげて見えるが、ルイザは気のせいだと思う事にした。
「そうだな……ルイザの飾りは評判だもんな」
「そこまでではないと……思うけど……」
「いや、あるよ。もっと胸張っていいと思うぜ」
 そうだろうか。ルイザは顔を上げてコーニッシュの方を見た。柔らかい瞳には、でも何かを決意したような力強さも感じる。でも何を?
 疑問に思ったが、次の瞬間には消えてしまう程度のものだった。ルイザにとっては、コーニッシュはその程度と言える相手だ。
 関わりすぎない。それが一番だ。

 デザートまで綺麗に平らげてから店の外へ出る。そろそろこの時間帯でも肌寒さは感じない時期だ。仰ぎ見れば、空はようやく青から藍色へと変わろうとしている。
「日が長くなったなあ」
 隣のコーニッシュも、似たような思いを抱いたらしい。ルイザはふと笑みが浮かぶのを感じた。
「何? どうかした?」
「いいえ、何でも。しいて言うなら新しい飾りを思いついたって所ですか」
「へえ、いいな。どんなのか教えてくれないか?」
「秘密です」
 少しすまして言うルイザの横顔を、コーニッシュは見つめていた。自分の中の感情は自覚している。でも相手にそれを受け入れる余地がないのなら、今無理に押しつける事はしない方がいい。
 ルイザに何があったかまでは知らないが、彼女は今は恋愛に気が向いていないようだ。
 力尽くでも向かせるというのもありかも知れないが、今はその時間がない。コーニッシュはどこか諦めたような笑みを、顔にのせた。それは一瞬だったため、誰にも知られる事はなかったが。
「あーあ。勇者様達は今頃どこの空の下かねえ?」
「さあ? でも勇者達の情報なら新聞社の方が、一般の私なんかより持っているんじゃないんですか?」
 そのルイザの声に、コーニッシュはずっと持ち合わせていた違和感の正体に気づいた。
「そういえば……」
「はい?」
「ルイザは勇者様に敬称、付けないんだね」
 そう、彼女が勇者の事を言うときには、他の人のように『様』を付けずに言う。
 貴族の中にも『様』をつけない者達はいるが、彼らは総じて『殿』をつけているのだ。ルイザはどちらでもない。
「そ……う?」
「ああ、自分で気づかなかったのか?」
「そう……ね。無意識だったのかも」
 付ける気になれる訳がない。どいつもこいつも人を捨てて戻ってくる事のなかった連中だ。
 グレアムに関してはまだ決まった訳ではないが、これまでの経験則もあるし、何より彼は幼い頃より慣れ親しんだ存在だ。今更『様』だのなんだのを付けて呼ぶきにはなれない。
 ルイザの中で、グレアムは『勇者』でもあるが、その前にやはり『グレアム』なのだ。
 ──以外と簡単な理由よね
 だからと言って誰にも話す事など出来はしないが。特に前世で関わった連中の事は。
「多分……最初に付けなかったから、そのままでいるんじゃないかしら? なんというか……実在の人じゃないような感じで」
 実在どころではない。今では半ば伝説かしている四代目からこっちの勇者を全部知っている身だ。
「そうか……そういうもんなのかもな……」
 コーニッシュの方を見れば、うまいこと騙されてくれたらしい。新聞記者がこれでいいのかと思わなくもないが、これ以上追求されてはルイザの方が困る。これでいいのだ、と思う事にしておいた。

「それじゃ。送ってくれてありがとうございました」
 結局エドウズ商会まで送ってくれたコーニッシュに礼を言う。何かいいたそうにしている相手を、気づかなかったふりをしてドアを閉めようとした。
 だが、閉められなかった。手で押さえられたのだ。何事かと思い、相手を見れば、どこか思い詰めたような表情が見える。
「あの?」
「ああ……いや、悪い。でも……これが最後だ。その……また、誘ってもいいか?」
「断ってもいいのなら」
 即答だ。思わずコーニッシュはがっくりとうなだれてしまった。ルイザとしては、これ以上期待をさせるような事はしたくなかっただけなのだが。
 自分では無理だ。それを言いたいが、言っていいものかどうかの判断が出来ない。だから口をつぐむ。誘われても、断るという道しかない。
「ああ、まあ……めげずに誘い続けるさ」
 やや立ち直った風で、コーニッシュは別れの挨拶をして帰って行った。


 その後、彼はしばらく姿を見せなくなるが、それにルイザが気づくのは、工房のみんなに言われてからだった。


※この後すぐコーニッシュは勇者一行についていく記者として志願、同行となりました。
感想 1

あなたにおすすめの小説

今度こそ幸せになります! 小話集

斎木リコ
ファンタジー
『今度こそ幸せになります!』の小話集です。

『姉に全部奪われた私、今度は自分の幸せを選びます ~姉の栄光を支える嘘を、私は一枚ずつ剥がす~』

六角
恋愛
復讐はしない。——ただ「嘘」を回収する。 礼儀と帳簿で宮廷の偽りを詰ませる“監査官令嬢”の華麗なる逆転劇。 王家献上宝飾の紛失事件で濡れ衣を着せられ、家族にも婚約者にも捨てられて追放された子爵家次女リリア。  数年後、彼女は王妃直属の「臨時監査官」として、再び宮廷の土を踏む。  そこで待っていたのは、「慈愛の聖女」として崇められる姉セシリアと、彼女に心酔する愚かな貴族たち。しかし、姉の栄光の裏には、横領、洗脳、そして国を揺るがす「偽造魔石」の陰謀が隠されていた。  「復讐? いいえ、これは正当な監査です」  リリアは感情に流されず、帳簿と証拠、そして真実を映す「プリズム」を武器に、姉が築き上げた嘘の城を一枚ずつ剥がしていく。  孤立無援の彼女を支えるのは、氷のように冷徹な宰相補佐レオンハルトと、豪快な近衛騎士団長カミュ。  やがてリリアは、国中を巻き込んだ姉の洗脳計画を打ち砕き、自分自身の幸せと、不器用な宰相補佐からの溺愛を手に入れる——。

姉から全て奪う妹

明日井 真
ファンタジー
「お姉様!!酷いのよ!!マリーが私の物を奪っていくの!!」 可愛い顔をした悪魔みたいな妹が私に泣きすがってくる。 だから私はこう言うのよ。 「あら、それって貴女が私にしたのと同じじゃない?」 *カテゴリー不明のためファンタジーにお邪魔いたします。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?