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限定公開
最後の夜
「やあ! ルイザ!」
名前を呼ぶ声に後ろを振り向けば、そこにはやはり見知った顔があった。王国新聞の記者、コーニッシュである。
「ああ、こんにちわ。あら、もうこんばんわかしら?」
仕事終わりに夕飯の材料の買い出しに出た所、件の人物に見つかったという訳である。
悪い人間ではないのだろうが、その押しの強そうなところがなんとなく苦手に感じるのだ。特に今はあまり顔を合わせたくない相手だった。
苦手に感じるのは、この手の男性が側にいた経験がないからだろうか。思えば幼い頃から、幼なじみ以外の異性との交流はほぼなかった。
──……それってもてないって事よね
故郷にいた頃は、それはそれで少しは悩みもしたが、如何せん側にいるのが美形と言って憚らないグレアムである。
幼なじみという立場から自然と恋人に格上げになったとはいえ、彼の存在は他の男性陣の存在を補って余りある。だからそこまでひどく自尊心を傷つけられる事はなかったのだ。
ただし弊害もあった。昔から付き合いのある異性以外との付き合いがどうにもぎこちなくなるのだ。目の前にいるコーニッシュもしかり、である。
「近場の男性で練習してみたら?」
何気なくそのことを話してみると、エセルからそんな助言を受けてしまった。近場というと、オーガスト辺りだろうか。
確かに彼は人当たりが良く、優しい人柄である。『練習』にはもってこいの人物かも知れないが、このコーニッシュのような人物の応対にはあまり効果を発揮しない。
「そろそろこんばんわ、かな。仕事は終わった?」
いつもの人好きのする笑顔で聞いてくる。ルイザの方はと言えば、少々警戒気味だ。
「ええ。だから夕飯の買い出しに」
「そりゃあ丁度良かった! 俺もこれから夕飯なんだ。一緒に行かないか?」
毎度のお誘いである。工房に来ている時でもお構いなしに、言ってくるのだ。
みんなには『絶対に誘いに乗るな』と言われているが、どうしたものか。今日は残り物があるという言い訳が通用しない。先程買い出しに行くところだと言ったばかりだ。
──だから顔を合わせたくなかったんだけど……
困り顔のルイザに対し、満面の笑みでコーニッシュは誘いかけてくる。
「うまい店知ってるんだよ。なあ、飯ぐらい一回付き合っても罰当たらないとか思わないか?」
「何ですか? それ」
思わず口元を抑えて笑ってしまった。コーニッシュの言い方が、何だか哀れを誘うような代物だったのだ。
たかが食事。そこまで言うほどのものでもないだろうに。そう思ったからだろうか、つい口をついて出てしまった。
「お店はどの辺り?」
「お! やっと受けてくれる気になった!? ここからならそんな遠くないよ。帰りもちゃんと送るし!」
「この辺りなら遅くなっても人通りがあるから平気ですよ」
「いやいや、世の中何があるかわかったもんじゃないからね」
まったくだ、とルイザは違う事を考えた。三回分の人生を覚えているなんて、一体どこの誰が想像するだろうか。
しかもそのどの人生とも勇者という存在と関わろうとは。本当に世の中何があるかわかったものではない。
「と言う訳で、じゃあ行こうか」
あれよあれよという間に、行く事になってしまった。それもいいか、とルイザはどこか軽く考え、コーニッシュが促すままに歩き始めた。
店は確かにエドウズ商会からほど近い場所にあった。こんな所に、と思うような路地裏にあるが、店の中はとても暖かい雰囲気で居心地が良かった。
「こんな所に店があるなんて、知りませんでした」
こぢんまりとした店内は清潔で、所々に飾られた季節の花が彩りを添えていた。きょろきょろと見回せば、少なくないテーブルはどこも埋まっている。
「だろう? 隠れた名店ってところだよ」
「よく知ってましたね」
「そりゃあ、これでも新聞記者だからね」
そうおどけて言うコーニッシュに、ルイザも笑いを誘われる。今度エミーにでもこの店の事を聞いてみようか。知らなければきっと悔しがるだろう。
おまかせで選んだ料理はどれもおいしかった。この時期が旬の川魚には、臭みを取るためか香草が多く使われていて、それがまたとてもおいしいのだ。
肉料理の方も野鳥を焼いたものらしく、ほどよい油が食欲をそそる。思わず食べ過ぎてしまいそうだ。
「ああ、おいしい。でも食べ過ぎて太りそう」
「ルイザは太ってないよ。むしろもう少し肉つけてもいいんじゃないか?」
「嫌です」
つん、とそっぽを向きつつ言えば、正面のコーニッシュは苦笑していた。本気で言っていたのだろうか。
確かにルイザは太ってはいないが、がりがりにやせているという訳でもない。ルイザ自身は今の体型を気にいっているので、維持したいとしか思わないのだ。
「ああ、まあ胸の辺りはいい感じだけど」
「ちょ! どこ見てんですか!!」
慌てて腕で胸元を隠すが、コーニッシュは笑うばかりだ。それが欲を感じさせるものではないから、ルイザも少し訝しんでしまう。
「……何です?」
「いや、やっと素の顔が見られたかなって思って」
コーニッシュの言葉に、ルイザは首を傾げた。彼に対して、特に作った表情でいた覚えはないのだが。
有り体に言えば、そこまでする相手でもなかったというだけの話だ。彼は仕事の相手ではないし、顧客でもない。
「いつもどこか壁を感じたから……さ」
ああ、そう言う事か、と納得した。壁というか、警戒心の表れだったのだろう。
「それは仕方ない事だと思いますけど? 工房のみんなにも気をつけろって言われてるし」
「あいつら……まあ、いいや。ルイザ」
「何です?」
「少し、聞きたい事があるんだが」
いつにないコーニッシュの真顔に、つい釣られてルイザの方も表情を引き締めてしまった。
「ああ、いや、そんなに緊張しないで欲しいんだが……ごく個人的な事だよ」
「個人的?」
仕事の話ではないのだろうか。まさかまた勇者云々の話か。実際に勇者に関しては、神殿からのお達しもある以上、そうそうしゃべる訳にもいかないのだ。
もっともそれらがなくても口を開く気にはなれないが。
「勇者の事ならもう」
「そうじゃなくて」
「じゃあ……」
何を聞きたいのか、と問おうとして、口をつぐんだ。真剣な表情のコーニッシュに、どこか恐れを抱いたからだ。
「その……な、今誰かと付き合ってるとかって、ある?」
……そういう事か。ルイザは段々気分が落ち込んで行くのがわかった。それと同時に顔も俯き始める。
「ルイザ? 聞いちゃいけなかったか?」
「別に……今はいませんけど……」
「前は、いた?」
ルイザは答えなかった。そこまで言わなくてはいけないのだろうか。目の前の人物に。個人的にも程がある、と思ったが、それは口にせず沈黙を守った。
「誰かいいなって思う奴とか……いないか?」
「今は……そういった事より仕事の方が楽しくて」
笑ったつもりだったが、どこか弱々しくなってしまった。それでも言った事は本当だ。今は仕事に打ち込みたい。
工房のみんなにも言われていたから、もしかしたらそうかも、とは思っていた。でも、誰が相手でも恋をする気にはなれなかった。
最初から一人で生きていくつもりで王都に出てきたのだ。この先、もしかしたらそういう相手に巡り会う事もあるかも知れない。
でも、それは今じゃない。そして、目の前にいる人でも、ない。ルイザは自分の中にわき上がった残酷な意見を、口にしようとは思わなかった。
かえってはっきり口にした方がいいのかも知れないが、好きだと言われたわけでもないのに、そういう事を言うのはなんだかおかしい気がして言えなかった。
「そ……か……」
遠回しの、拒絶と取られかねない言葉は、正確に相手に届いたらしい。少ししょげて見えるが、ルイザは気のせいだと思う事にした。
「そうだな……ルイザの飾りは評判だもんな」
「そこまでではないと……思うけど……」
「いや、あるよ。もっと胸張っていいと思うぜ」
そうだろうか。ルイザは顔を上げてコーニッシュの方を見た。柔らかい瞳には、でも何かを決意したような力強さも感じる。でも何を?
疑問に思ったが、次の瞬間には消えてしまう程度のものだった。ルイザにとっては、コーニッシュはその程度と言える相手だ。
関わりすぎない。それが一番だ。
デザートまで綺麗に平らげてから店の外へ出る。そろそろこの時間帯でも肌寒さは感じない時期だ。仰ぎ見れば、空はようやく青から藍色へと変わろうとしている。
「日が長くなったなあ」
隣のコーニッシュも、似たような思いを抱いたらしい。ルイザはふと笑みが浮かぶのを感じた。
「何? どうかした?」
「いいえ、何でも。しいて言うなら新しい飾りを思いついたって所ですか」
「へえ、いいな。どんなのか教えてくれないか?」
「秘密です」
少しすまして言うルイザの横顔を、コーニッシュは見つめていた。自分の中の感情は自覚している。でも相手にそれを受け入れる余地がないのなら、今無理に押しつける事はしない方がいい。
ルイザに何があったかまでは知らないが、彼女は今は恋愛に気が向いていないようだ。
力尽くでも向かせるというのもありかも知れないが、今はその時間がない。コーニッシュはどこか諦めたような笑みを、顔にのせた。それは一瞬だったため、誰にも知られる事はなかったが。
「あーあ。勇者様達は今頃どこの空の下かねえ?」
「さあ? でも勇者達の情報なら新聞社の方が、一般の私なんかより持っているんじゃないんですか?」
そのルイザの声に、コーニッシュはずっと持ち合わせていた違和感の正体に気づいた。
「そういえば……」
「はい?」
「ルイザは勇者様に敬称、付けないんだね」
そう、彼女が勇者の事を言うときには、他の人のように『様』を付けずに言う。
貴族の中にも『様』をつけない者達はいるが、彼らは総じて『殿』をつけているのだ。ルイザはどちらでもない。
「そ……う?」
「ああ、自分で気づかなかったのか?」
「そう……ね。無意識だったのかも」
付ける気になれる訳がない。どいつもこいつも人を捨てて戻ってくる事のなかった連中だ。
グレアムに関してはまだ決まった訳ではないが、これまでの経験則もあるし、何より彼は幼い頃より慣れ親しんだ存在だ。今更『様』だのなんだのを付けて呼ぶきにはなれない。
ルイザの中で、グレアムは『勇者』でもあるが、その前にやはり『グレアム』なのだ。
──以外と簡単な理由よね
だからと言って誰にも話す事など出来はしないが。特に前世で関わった連中の事は。
「多分……最初に付けなかったから、そのままでいるんじゃないかしら? なんというか……実在の人じゃないような感じで」
実在どころではない。今では半ば伝説かしている四代目からこっちの勇者を全部知っている身だ。
「そうか……そういうもんなのかもな……」
コーニッシュの方を見れば、うまいこと騙されてくれたらしい。新聞記者がこれでいいのかと思わなくもないが、これ以上追求されてはルイザの方が困る。これでいいのだ、と思う事にしておいた。
「それじゃ。送ってくれてありがとうございました」
結局エドウズ商会まで送ってくれたコーニッシュに礼を言う。何かいいたそうにしている相手を、気づかなかったふりをしてドアを閉めようとした。
だが、閉められなかった。手で押さえられたのだ。何事かと思い、相手を見れば、どこか思い詰めたような表情が見える。
「あの?」
「ああ……いや、悪い。でも……これが最後だ。その……また、誘ってもいいか?」
「断ってもいいのなら」
即答だ。思わずコーニッシュはがっくりとうなだれてしまった。ルイザとしては、これ以上期待をさせるような事はしたくなかっただけなのだが。
自分では無理だ。それを言いたいが、言っていいものかどうかの判断が出来ない。だから口をつぐむ。誘われても、断るという道しかない。
「ああ、まあ……めげずに誘い続けるさ」
やや立ち直った風で、コーニッシュは別れの挨拶をして帰って行った。
その後、彼はしばらく姿を見せなくなるが、それにルイザが気づくのは、工房のみんなに言われてからだった。
※この後すぐコーニッシュは勇者一行についていく記者として志願、同行となりました。
名前を呼ぶ声に後ろを振り向けば、そこにはやはり見知った顔があった。王国新聞の記者、コーニッシュである。
「ああ、こんにちわ。あら、もうこんばんわかしら?」
仕事終わりに夕飯の材料の買い出しに出た所、件の人物に見つかったという訳である。
悪い人間ではないのだろうが、その押しの強そうなところがなんとなく苦手に感じるのだ。特に今はあまり顔を合わせたくない相手だった。
苦手に感じるのは、この手の男性が側にいた経験がないからだろうか。思えば幼い頃から、幼なじみ以外の異性との交流はほぼなかった。
──……それってもてないって事よね
故郷にいた頃は、それはそれで少しは悩みもしたが、如何せん側にいるのが美形と言って憚らないグレアムである。
幼なじみという立場から自然と恋人に格上げになったとはいえ、彼の存在は他の男性陣の存在を補って余りある。だからそこまでひどく自尊心を傷つけられる事はなかったのだ。
ただし弊害もあった。昔から付き合いのある異性以外との付き合いがどうにもぎこちなくなるのだ。目の前にいるコーニッシュもしかり、である。
「近場の男性で練習してみたら?」
何気なくそのことを話してみると、エセルからそんな助言を受けてしまった。近場というと、オーガスト辺りだろうか。
確かに彼は人当たりが良く、優しい人柄である。『練習』にはもってこいの人物かも知れないが、このコーニッシュのような人物の応対にはあまり効果を発揮しない。
「そろそろこんばんわ、かな。仕事は終わった?」
いつもの人好きのする笑顔で聞いてくる。ルイザの方はと言えば、少々警戒気味だ。
「ええ。だから夕飯の買い出しに」
「そりゃあ丁度良かった! 俺もこれから夕飯なんだ。一緒に行かないか?」
毎度のお誘いである。工房に来ている時でもお構いなしに、言ってくるのだ。
みんなには『絶対に誘いに乗るな』と言われているが、どうしたものか。今日は残り物があるという言い訳が通用しない。先程買い出しに行くところだと言ったばかりだ。
──だから顔を合わせたくなかったんだけど……
困り顔のルイザに対し、満面の笑みでコーニッシュは誘いかけてくる。
「うまい店知ってるんだよ。なあ、飯ぐらい一回付き合っても罰当たらないとか思わないか?」
「何ですか? それ」
思わず口元を抑えて笑ってしまった。コーニッシュの言い方が、何だか哀れを誘うような代物だったのだ。
たかが食事。そこまで言うほどのものでもないだろうに。そう思ったからだろうか、つい口をついて出てしまった。
「お店はどの辺り?」
「お! やっと受けてくれる気になった!? ここからならそんな遠くないよ。帰りもちゃんと送るし!」
「この辺りなら遅くなっても人通りがあるから平気ですよ」
「いやいや、世の中何があるかわかったもんじゃないからね」
まったくだ、とルイザは違う事を考えた。三回分の人生を覚えているなんて、一体どこの誰が想像するだろうか。
しかもそのどの人生とも勇者という存在と関わろうとは。本当に世の中何があるかわかったものではない。
「と言う訳で、じゃあ行こうか」
あれよあれよという間に、行く事になってしまった。それもいいか、とルイザはどこか軽く考え、コーニッシュが促すままに歩き始めた。
店は確かにエドウズ商会からほど近い場所にあった。こんな所に、と思うような路地裏にあるが、店の中はとても暖かい雰囲気で居心地が良かった。
「こんな所に店があるなんて、知りませんでした」
こぢんまりとした店内は清潔で、所々に飾られた季節の花が彩りを添えていた。きょろきょろと見回せば、少なくないテーブルはどこも埋まっている。
「だろう? 隠れた名店ってところだよ」
「よく知ってましたね」
「そりゃあ、これでも新聞記者だからね」
そうおどけて言うコーニッシュに、ルイザも笑いを誘われる。今度エミーにでもこの店の事を聞いてみようか。知らなければきっと悔しがるだろう。
おまかせで選んだ料理はどれもおいしかった。この時期が旬の川魚には、臭みを取るためか香草が多く使われていて、それがまたとてもおいしいのだ。
肉料理の方も野鳥を焼いたものらしく、ほどよい油が食欲をそそる。思わず食べ過ぎてしまいそうだ。
「ああ、おいしい。でも食べ過ぎて太りそう」
「ルイザは太ってないよ。むしろもう少し肉つけてもいいんじゃないか?」
「嫌です」
つん、とそっぽを向きつつ言えば、正面のコーニッシュは苦笑していた。本気で言っていたのだろうか。
確かにルイザは太ってはいないが、がりがりにやせているという訳でもない。ルイザ自身は今の体型を気にいっているので、維持したいとしか思わないのだ。
「ああ、まあ胸の辺りはいい感じだけど」
「ちょ! どこ見てんですか!!」
慌てて腕で胸元を隠すが、コーニッシュは笑うばかりだ。それが欲を感じさせるものではないから、ルイザも少し訝しんでしまう。
「……何です?」
「いや、やっと素の顔が見られたかなって思って」
コーニッシュの言葉に、ルイザは首を傾げた。彼に対して、特に作った表情でいた覚えはないのだが。
有り体に言えば、そこまでする相手でもなかったというだけの話だ。彼は仕事の相手ではないし、顧客でもない。
「いつもどこか壁を感じたから……さ」
ああ、そう言う事か、と納得した。壁というか、警戒心の表れだったのだろう。
「それは仕方ない事だと思いますけど? 工房のみんなにも気をつけろって言われてるし」
「あいつら……まあ、いいや。ルイザ」
「何です?」
「少し、聞きたい事があるんだが」
いつにないコーニッシュの真顔に、つい釣られてルイザの方も表情を引き締めてしまった。
「ああ、いや、そんなに緊張しないで欲しいんだが……ごく個人的な事だよ」
「個人的?」
仕事の話ではないのだろうか。まさかまた勇者云々の話か。実際に勇者に関しては、神殿からのお達しもある以上、そうそうしゃべる訳にもいかないのだ。
もっともそれらがなくても口を開く気にはなれないが。
「勇者の事ならもう」
「そうじゃなくて」
「じゃあ……」
何を聞きたいのか、と問おうとして、口をつぐんだ。真剣な表情のコーニッシュに、どこか恐れを抱いたからだ。
「その……な、今誰かと付き合ってるとかって、ある?」
……そういう事か。ルイザは段々気分が落ち込んで行くのがわかった。それと同時に顔も俯き始める。
「ルイザ? 聞いちゃいけなかったか?」
「別に……今はいませんけど……」
「前は、いた?」
ルイザは答えなかった。そこまで言わなくてはいけないのだろうか。目の前の人物に。個人的にも程がある、と思ったが、それは口にせず沈黙を守った。
「誰かいいなって思う奴とか……いないか?」
「今は……そういった事より仕事の方が楽しくて」
笑ったつもりだったが、どこか弱々しくなってしまった。それでも言った事は本当だ。今は仕事に打ち込みたい。
工房のみんなにも言われていたから、もしかしたらそうかも、とは思っていた。でも、誰が相手でも恋をする気にはなれなかった。
最初から一人で生きていくつもりで王都に出てきたのだ。この先、もしかしたらそういう相手に巡り会う事もあるかも知れない。
でも、それは今じゃない。そして、目の前にいる人でも、ない。ルイザは自分の中にわき上がった残酷な意見を、口にしようとは思わなかった。
かえってはっきり口にした方がいいのかも知れないが、好きだと言われたわけでもないのに、そういう事を言うのはなんだかおかしい気がして言えなかった。
「そ……か……」
遠回しの、拒絶と取られかねない言葉は、正確に相手に届いたらしい。少ししょげて見えるが、ルイザは気のせいだと思う事にした。
「そうだな……ルイザの飾りは評判だもんな」
「そこまでではないと……思うけど……」
「いや、あるよ。もっと胸張っていいと思うぜ」
そうだろうか。ルイザは顔を上げてコーニッシュの方を見た。柔らかい瞳には、でも何かを決意したような力強さも感じる。でも何を?
疑問に思ったが、次の瞬間には消えてしまう程度のものだった。ルイザにとっては、コーニッシュはその程度と言える相手だ。
関わりすぎない。それが一番だ。
デザートまで綺麗に平らげてから店の外へ出る。そろそろこの時間帯でも肌寒さは感じない時期だ。仰ぎ見れば、空はようやく青から藍色へと変わろうとしている。
「日が長くなったなあ」
隣のコーニッシュも、似たような思いを抱いたらしい。ルイザはふと笑みが浮かぶのを感じた。
「何? どうかした?」
「いいえ、何でも。しいて言うなら新しい飾りを思いついたって所ですか」
「へえ、いいな。どんなのか教えてくれないか?」
「秘密です」
少しすまして言うルイザの横顔を、コーニッシュは見つめていた。自分の中の感情は自覚している。でも相手にそれを受け入れる余地がないのなら、今無理に押しつける事はしない方がいい。
ルイザに何があったかまでは知らないが、彼女は今は恋愛に気が向いていないようだ。
力尽くでも向かせるというのもありかも知れないが、今はその時間がない。コーニッシュはどこか諦めたような笑みを、顔にのせた。それは一瞬だったため、誰にも知られる事はなかったが。
「あーあ。勇者様達は今頃どこの空の下かねえ?」
「さあ? でも勇者達の情報なら新聞社の方が、一般の私なんかより持っているんじゃないんですか?」
そのルイザの声に、コーニッシュはずっと持ち合わせていた違和感の正体に気づいた。
「そういえば……」
「はい?」
「ルイザは勇者様に敬称、付けないんだね」
そう、彼女が勇者の事を言うときには、他の人のように『様』を付けずに言う。
貴族の中にも『様』をつけない者達はいるが、彼らは総じて『殿』をつけているのだ。ルイザはどちらでもない。
「そ……う?」
「ああ、自分で気づかなかったのか?」
「そう……ね。無意識だったのかも」
付ける気になれる訳がない。どいつもこいつも人を捨てて戻ってくる事のなかった連中だ。
グレアムに関してはまだ決まった訳ではないが、これまでの経験則もあるし、何より彼は幼い頃より慣れ親しんだ存在だ。今更『様』だのなんだのを付けて呼ぶきにはなれない。
ルイザの中で、グレアムは『勇者』でもあるが、その前にやはり『グレアム』なのだ。
──以外と簡単な理由よね
だからと言って誰にも話す事など出来はしないが。特に前世で関わった連中の事は。
「多分……最初に付けなかったから、そのままでいるんじゃないかしら? なんというか……実在の人じゃないような感じで」
実在どころではない。今では半ば伝説かしている四代目からこっちの勇者を全部知っている身だ。
「そうか……そういうもんなのかもな……」
コーニッシュの方を見れば、うまいこと騙されてくれたらしい。新聞記者がこれでいいのかと思わなくもないが、これ以上追求されてはルイザの方が困る。これでいいのだ、と思う事にしておいた。
「それじゃ。送ってくれてありがとうございました」
結局エドウズ商会まで送ってくれたコーニッシュに礼を言う。何かいいたそうにしている相手を、気づかなかったふりをしてドアを閉めようとした。
だが、閉められなかった。手で押さえられたのだ。何事かと思い、相手を見れば、どこか思い詰めたような表情が見える。
「あの?」
「ああ……いや、悪い。でも……これが最後だ。その……また、誘ってもいいか?」
「断ってもいいのなら」
即答だ。思わずコーニッシュはがっくりとうなだれてしまった。ルイザとしては、これ以上期待をさせるような事はしたくなかっただけなのだが。
自分では無理だ。それを言いたいが、言っていいものかどうかの判断が出来ない。だから口をつぐむ。誘われても、断るという道しかない。
「ああ、まあ……めげずに誘い続けるさ」
やや立ち直った風で、コーニッシュは別れの挨拶をして帰って行った。
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