「何気ない日々にちょっとしたスパイスがあると、人生楽しくなると思うけど」

藍月

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 「ごめん、待たせた」

 僕がコンビニから出ると、清水はスマホをいじっていた。

 「そういやさっき、お前財布ぶちまけてたな?」

 「あぁ、あれね・・・ちょっと上の空だったかもしれない・・・」

 少し微笑んで言う。大丈夫だ。大分気持ちは落ち着いた。

 「じゃ、行くか」

 清水の言葉に相槌をうちながら僕は自転車のペダルに足をかけた。



 
 「いらっしゃい。よく来てくれたわ。外は暑かったでしょう?今から飲み物持って行くわね」

 僕たちが桜木家に足を踏み入れたとき、この小柄で優しそうな女の人に出迎えられた。桜木さんのお母さんだろう。
 僕たちは礼を言って、桜木さんの部屋に入った。部屋に入った途端、僕は思わず声を上げた。

 「何ここ。寒っ」

 「前に言ったでしょ。私、暑がりなんだから」

 そんな事を言われた記憶はあるが、ここまでひどいとは思ってもなかった。

 「冷え症の僕には、これはきついんですが・・・?」

 「あら、冷え症なのね?それなら温度上げる」

 意外にもあっさりとエアコンの温度設定を上げてくれた。そこに、コンコンコンと、ドアがノックされた。彼女がドアを開けた。先ほどの女性が、お盆を持って立っていた。

 「ジュースと、ちょっとだけどお菓子ね。どうぞ楽しんでね」

 僕たち三人に微笑むと、パタンとドアを閉めた。

 「桜木のお母さん優しそーいいなー!俺の母さんなんて、勉強しなさいって俺に迫ってくるんだよ~」

 清水が羨ましそうに言った。僕はそんな彼を見て一言。

 「全然勉強しないんだもん、当たり前」

 「はいはい、すいませんね!ちゃんと勉強しますよ!」

 などと言って清水は開き直る。僕は清水を軽く睨んだ後、彼女を見た。どこか戸惑うような顔をしていたからだ。

 「どうしたの?」

 僕が尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべた。言おうか言わないか、悩んでいるような表情。前から気になってはいたが、今自覚した。彼女は、思ったことがすぐ顔に出る。だから、彼女が考えていることは大体把握できてしまう。

 「いや、言いづらいんだけど、今の女の人、私のお母さんじゃないんだよね」

 「「え?」」

 当然僕と清水は驚いた。てっきりあの女の人は、彼女のお母さんだと思っていたから。

 「でも、顔とか少し似てない?」

 清水が言った。僕は軽く頷いて、彼女を見た。

 「いや~、うん、まぁ、色々あって」

 彼女は苦笑いをしながら言葉を濁した。言いたくない事情でもあるのだろう。ならば、聞く必要はない。と僕は思っていたのに、清水はそうは思わなかったらしい。

 「色々って?」

 彼女があまりにも困惑したような表情をするので、僕は清水を諭すために清水の方に身体ごと向けた。

 「人には色々な事情がある。清水にだってきっとある。だから、そこは聞かなくていいんだよ。話してくれたら、きちんと聞いてあげる。これ多分常識。わかった?」

 「ふぅーん、分かった」

 清水は素直に頷いた。で、と僕は言って、さっそくバックから勉強道具を出し始めた。清水もそれに倣う。

 「勉強しよう」

 彼女は困ったような、そんな顔で教科書やらノートやらを取りに腰を上げた。

 「おい、滝沢。ここ分からねぇ」

 「ん?」

 開始から十分も経っていないうちに清水が聞いてきた。本人によると、得意な社会全般と国語全般は家でしっかり勉強しているらしい。苦手な数学、理科全般は、僕に教えてもらうため、という事で家では教えてもらった箇所を復習するだけだそうだ。
 僕はどちらかというと理系。彼女も理系。清水は文系だ。

 僕が教えると、清水はなるほど!と声を出した。僕は微笑んだ。人に何かを教えて、それを理解してもらえたときの快感は本当に気持ちよい。

 なんとなく彼女の手元を見た。計算の途中で、計算を見ていると、ケアレスミスが目立った。+と一を間違えていたり、計算ミスをしたりしている。普段はこんな事ない。
 彼女は正真正銘の理系で、文系の教科が有りえないほど彼女の足を引っ張っている。そんな彼女がケアレスミスを繰り返すなんて、おかしい。

 「ねぇ、計算、ケアレスミスしてるよ」

 僕が彼女に話しかけると、彼女はひどく驚いた顔をした。どこ?と聞かれたので、間違えている箇所を全て指差す。

 「え!?こんなに間違えてんの!?」

 彼女自身も、驚いたようだ。僕は心配になって言う。

 「どうかした?」

 「そうだぞ。なんかあったんだろ。そうでなきゃ、桜木が計算ミスするなんてないはず」

 清水は僕たちの会話を聞いていたのか、口を挟んできた。僕が頷くと、彼女はまた苦笑いをした。一体今日何回目の苦笑いだろう。こんな顔をするのを見るのは、きっと今日が初めてだ。

 「うん、あのね。私の話、ちょっと聞いてくれる?」

 彼女は心配そうに僕たちを見た。僕と清水は顔を見合わせた。きっと清水も、僕と同じ事を思っているのだろう。どうしたんだろう、桜木さんとあの女の人についてか?と。
 すると彼女は、静かに話し始めた。
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