「何気ない日々にちょっとしたスパイスがあると、人生楽しくなると思うけど」

藍月

文字の大きさ
22 / 35

8-1

しおりを挟む
 夏休みは無事に終わった。

 「おはよー!久しぶりだねっ!」

 桜木さんが元気いっぱいに言う。

 「・・・いや、昨日ぶりだったと思うけど」

 昨日も例の勉強会があったのだ。とはいっても、夏休み中、ほとんど毎日勉強会だった。しかし、一緒に雑談したり、ご飯を食べたりしていると、苦にならなかった。
 僕は呆れながら、ある事に気がついた。いつもなら、このタイミングでだいたい清水がいつものようにニカッと笑って僕に挨拶するのに。教室を見渡したが、清水の姿は見あたらない。

 「あれ、清水は?」

 彼女は少し顔をしかめる。

 「いやー、なんか風邪引いたらしいの」

 僕は驚いた。あのどんなウイルスにでも打ち勝てそうな清水が風邪?昨日は特に普段と変わった様子は見られなかった。

 「って事で、今日は学校が終わったらお見舞いに行こっ!」

 彼女は大きな声で言った。クラスの皆がこちらを見た。

 「何、もしかして清水、風邪とか引いたの?」

 「おい、あいつ大丈夫かよ」

 「清水くんが風邪引くなんて、意外~」

 などとみんな言った。
 僕は心の奥底で、何かが蠢いたのを感じた。学校を一日休んだだけで、クラスの皆に心配される。なぜか羨ましいと僕は思った。あぁ、この感情は――

 「嫉妬、ちょっとしちゃうなぁ~」

 能天気な彼女の声がした。まさに僕が今抱いている感情をズバリと当てられているような気がして、

 「えっ」
 と思わず声を漏らした。

 「どうしたの?」

 彼女が少し驚いたように僕の顔を覗き込む。僕は慌てて手を振って取り繕った。

 「なんでもないよ。それより、本当にお見舞い行くの?」

 「もちろんだよ!」

 「でもさ、僕じゃない人が行った方が清水も喜ぶんじゃない」

 僕が言うと、それに反応したのは彼女ではなく、一度も話した事のないクラスメイトだった。

 「俺はそうは思わない。清水、よく滝沢さんと一緒にいるじゃないか」

 彼は僕を真っ直ぐな目で見ていた。ものすごく申し訳ないのだが、僕は彼を知らない。いや、知らないという訳ではないのだが、名前も一切覚えてないし、第一、この人がクラスメイトの一人なのだと今初めて知ったのだ。

 「・・・すみません。君の、名前は・・・」

 尋ねるのが恥ずかしすぎて、僕の声はだんだん尻すぼみしていった。僕は後悔した。よし、今からでもきっと遅くない。最低でもクラスメイトの名前くらい名字だけでもいいから全員覚えておこう。

 「あぁ、俺の名前ね。俺は百瀬 悠(ももせ ゆう)。悠って呼んで」

 「は、はい・・・」

 彼女が爆笑しながら僕の背中をバシバシ叩いた。痛い。前から思っていたが、彼女は力が強い。

 「俺も滝沢さんの事、涼って呼んでいい?」

 悠が控えめに訊いた。

 「い、いいよ」

 すると悠は、パァっと笑顔になった。それはそれは嬉しそうで。僕の口角も、少しだけ自然に上がる。

 「じっ、実は俺、涼が結構前に読んでた本、俺も読んでたんだ。それで、前から話してみたいなって思ってて・・・」

 「僕も知ってる。君が読んでたの見たんだ。これでしょ?」

 僕は鞄から本を出した。僕のお気に入りの本。もう何回も読んだ。でもまた読みたくなって、今日学校に持ってきたのだ。

 「そうそうっ!それ、本当におもしろいよね!」

 悠は少し興奮しているのか、頬が紅潮していた。
 僕たちはその本について話していた。ここが良いだとか、主人公が格好いいだとか。しかし、僕たちが熱く語り合っていると、彼女が僕たちを止めた。

 「はいはい、一旦話はそこでお終い!もうすぐでホームルーム始まるよ!」

 僕は名残惜しかったが、自分の席に着いた。悠が僕に言った。

 「また今度話そう!」

 僕は嬉しくて、満面の笑みで頷いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...