永久不変の剣を手に、人々の命の守護者となる

なで鯨

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第二章

第六十話 命を抱えて本部へ

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 ヒイラギは枕元に立てかけられていた自身の剣を、鞘から引き抜く。

 その刀身は変わらず、傷や汚れひとつない白銀色に輝いている。

「し、死にぞこないが……。調子に乗ってんじゃねえ!!」

 ヒイラギの瞳に気圧された異国の兵士は、自分の臆病な感情を吹き飛ばすために大声で怒鳴る。

 その言葉や怒気をそよ風のように感じながら、ヒイラギは寝具から降りる。

 裸足が床に着いた時、わずかにふらつき、壁に手をついた。

「へっ。本当に死にぞこないじゃねえか。おどかしやがって」

 異国の兵士の心に余裕が戻る。

「それはその通りです。は立っているのもやっとです。ただ――」

 左手で何かを庇うように体の横へ、白銀の剣は異国の兵士に向ける。

「お前からフォグを守るには、これくらいでも十分可能です」

 瞬間、いったん静まりかけていた異国の兵士の怒りが、再び頂点へと達した。

「死ねや雑魚があああああああああああああ!!!」

 ミシミシと軋むほど力強く握られた異国の剣。
 
 先ほどまでフォグを痛めつけていた刃が、猛烈な勢いでヒイラギへと迫る。

 自身に迫る凶刃の角度、力加減をわずかな時間で把握すると、白銀の剣を短く握り直し、相手の剣の先端めがけて振るった。

 耳を突き抜ける金属同士の衝突音。

 想像以上の衝撃に、ヒイラギはこらえきれず片膝をつく。

 反対に異国の兵士は、立ち尽くしていた。

 その手には、剣がない。

「……は?」

 剣を握っていたはずの手のひらからは血が滲み、痺れ、指が痙攣している。

 肝心の剣は、異国の兵士の後ろの壁に当たり、鈍く光っていた。

 そうして生まれた大きな隙。

 ヒイラギは片膝をついた状態から剣を振り上げながら立ち上がった。

 それは異国の兵士の鎧を切り裂き、守られていた体をも切り裂く。

「がはっ……!」

 異国の兵士は仰向けに倒れた。その背中が床に着いた時、あまりの重さに部屋全体が揺れた。

「クソが……!」

 痛みにうめき、傷を両手で押さえても、その怒りは収まらなかった。

 ヒイラギは白銀の剣を鞘に納めると、そんな異国の兵士の横を通り過ぎる。

 フラフラ歩くヒイラギを異国の兵士は睨みつけるが、自分が持っていた剣を拾い上げるところを見て、怒りから恐怖に感情が変わっていく。

「お、おい。それで何をするつもりだ、てめえ……!」
 
「何と言われましても、お前がもう命を奪えないようにするだけです」

 拾った剣を逆手に持ち、倒れている兵士の身体の上で狙いを定める。

「や、やめろ! やめやがれクソ野郎!!」

 兵士は必死に身体を動かして、剣先から逃れようともがいた。

 動くたびに、フォグに付けられた傷とヒイラギに斬られた傷から血が流れる。

「あまり動くと、命をなくしてしまいますよ」

 言葉の終わりに振り降ろされた剣。

 それは兵士の太ももを貫き、床と縫い留めた。

「いってえええええええええええ!!!!」
 
「そこでじっとしていれば、命は助かります。もう二度と、命を奪わないようにしてください」

 兵士の目をまっすぐに見つめ、叱るように言い残すと、剣の柄から手を離した。

「……さて、状況がよくわからないな。とりあえず、フォグを医者に診せないと……!」

 思考を回そうとした矢先に、腹部に強烈な痛みを感じる。

 ヒイラギが身にまとっているケガ人用の服が、じわりと赤く染まっていた。

「はぁ、はぁ……。あまり激しく動くのはまだ駄目そうだな……」

 ヒイラギは自分の状態をそうして把握すると、傷をおさえようともせず、気を失ってボロボロなフォグを抱き上げる。

 しっかりと抱き上げるまで何度か落としそうになったが、歯を食いしばってそれを耐えきった。

「フォグ。少しだけ我慢してね……」

 壁に肩を預けて、一歩一歩外へ向かう。

 普段ならばすぐに外へ出られる廊下も、今のヒイラギには果てしなく感じられた。

 それでもようやく出口にたどり着くと、既に開いていた扉から出る。

「……聞こえてはいたけど、これは……!」

 ――そこは戦場だった。

 傭兵と、さっきの兵士と同じ鎧を身にまとった兵士が、殺し合っている。

 飛び交う怒号、叫び声、断末魔。

 それらの先では、家々が炎に飲み込まれていた。

「……父さん」

 目の前の光景が過去の惨劇と重なる。

「うぅ……」
 
「! ごめんね、フォグ。痛かったよね」

 知らず知らずのうちにフォグを抱えている手に力が入ってしまったことに気付いたヒイラギは、頭を振って記憶を振り払う。

「今は昔のことを考えている場合じゃない。どこかに、安全な場所があるはず。そこへ急がないと」

 乱戦の中から、少しでも情報を探る。

 幸いにも敵はヒイラギの存在にまだ気づいていなかったが、味方もまた、気づいていなかった。

 集中して観察した末に、ヒイラギから見て右側から敵が来ていることをどうにか見極めると、左へ向かって動き始めた。

 道中に倒れている敵や味方の死体を避けて進む。

 ひとつ、またひとつと死体を通り過ぎる度に、どうしようもない怒りが込み上げてくる。

 その激情を進むための力に変えて、唇を噛みながら先へと進み、そうして乱戦地帯を抜けた。

「……傭兵会本部に向かおう。あそこなら、今の状況もわかるはずだ」

 ようやく落ち着いて周囲を見回し、自分の現在地を把握。そして目的地を傭兵会本部に定めた。

 傭兵会本部への最短経路を進むために小道に入ってすぐ、ヒイラギは足を止めた。

「よしよし、そろそろこういう逃げだしたやつが来る頃だと思ったんだ」

 小道の真ん中に、姿勢の悪い男が座っていた。

 手に持った鎖をせわしなくいじりながら、長い前髪に隠れていない片方の目で、ギョロリとヒイラギを凝視する。

「自分も傷を負って、傷を負った仲間を運んで、弱いやつがさらに弱くなっているぅ……!」

 歯をむき出して、声を出さずに笑う。

「そういうやつを、この鎖で少しずぅつ、すこしずぅぅつ、もっともっと弱くしていくのが、俺は大好きなんだよ」

 異国の鎧を身に着けていなくとも、その男が敵だということはすぐにわかった。

「いい趣味をしていると思いますが、あいにくと今は忙しいので、今回は失礼しますね」

 まだ男との距離があることを確認し、ヒイラギはじわじわと後ろへ下がっていく。

「そう。俺の前に来るやつは必ずそうやって逃げ出す。もう逃げられないのになぁ」

 そう言うと、前にのめった姿勢のまま立ち上がり、急加速して迫ってきた。

 ヒイラギはその動きを目で追いかけて、乱雑に振り抜かれた鎖を身をかがめてかわす。

 フォグを抱えて両手がふさがっている今は、回避に徹するしかなかった。

 初撃の後、何度も何度も、鎖の軌道を見切って避ける。

「はぁ……。はぁ……」

 ヒイラギの息が、あっという間に上がってきた。
 
 腹部の傷も徐々に熱を帯びてきており、病室を出た時よりも赤いしみが広がっていた。

「ほらほら。しっかりと避けないと、ぐったりしてるお仲間に当たるよぅ。こんな風に」

 鎖が振るわれる速度が、変則的に変わる。

 対応が遅れ、抱えるフォグの足へと鎖が迫る。

「ぐっ……!」

 その鎖が当たる直前に、ヒイラギは自らの身体を差し込む。

 金属でてきた武骨な鎖が、肉に食い込み骨に響いた。

 痛みに歪んだヒイラギの顔を覗き込むと、男はまたもや声もなく笑い始めた。

「これだよ。俺がエボニー隊長についていく一番の意味。こういうことは他の隊じゃできないからなぁ」

 ヒイラギの周囲をぐるぐると周り、鎖をずっといじり続ける。

「それじゃ、動きも止まったところで、続きをやらせてもらうよぅ」

 鎖をいじるのを止め、意気揚々と振りかぶった。

 その鎖は、再びフォグを捉える。
 
「間に合えー!!」

 掛け声とともに飛び込んできた人影。その手に持つバックラーを瞬時に構えて、鎖を防いだ。

「よかった。今回も、運がよかった。僕の……というよりは、ヒイラギくんの運がよかったんだね」
 
「誰? 傷ついていない元気な大人は帰ってほしい」

 鎖を引っ込め、身軽な動きで距離を取る男。

「僕は、”運と実力の盾”リビ。運の良さだけは少しだけ自信があるけど、ヒイラギくんをひとりで守る自信はなくて困っている者だ」
「ってわけで、俺も一緒に守らせてもらうぜ。名乗る通り名はまだないが、名はフェンディーと言う。この銀髪の少年をいたぶるのは止めてもらおうか」
 
「自信がないやつと、通り名がない傭兵。はぁ。五体満足なやつは帰ってほしい」

 心底嫌そうな気持ちを隠そうともしない男の前に立ちふさがるリビとフェンディー。

「ナーランさんからの護衛依頼。なんとか始められそうで本当に運がよかった」
「そうだな。それに、ヒイラギにようやく”武器狩り”のときの借りを返せそうだ」

 ふたつの心強い盾が、ヒイラギの前にそろった。
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