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番外編① 狂想之序曲(*R18 梨華主役)

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 身動きができないままの梨華の頬を、和樹の指先がそっとなぞる。
 優しいその動きに疼きを感じて、梨華は目をそらした。
 和樹がふと笑う息遣いが聞こえる。

(なんで)

 思うが、兄の目的は明確だった。
 理解しているが、分かりたくない。
 せめて、自分の願望が見せる幻想だと、思えればどれだけ気が楽か。

 和樹の指先が、梨華の細い髪をたぐる。
 絡みやすい梨華の髪は、和樹の指先に絡まった。
 すこしだけ引っ張られるような、感覚。
 梨華はちらりと和樹を見た。
 和樹は穏やかに微笑んでいる。
 まるで愛おしい者を見るように。
 確かに、愛おしい者なのだろう。和樹にとって梨華は、唯一の肉親。最も身近な存在。護りつづけてきた、妹なのだから。
 しかしその視線は、緩やかな呪縛を、梨華の身体にかけていく。

(逃れられない)

 それはほとんど本能的な直感だった。
 梨華は泣きそうな自分に気づく。

「ーーやめて」

 声は小さくなった。
 和樹は穏やかな微笑みを苦笑気味に歪め、梨華の髪を静かに撫で続ける。

「梨華」

 呼ぶ声はひどく、優しかった。
 狂暴だ、と叫びたい衝動を、喉奥で堪える。

(やめて。やめてやめてやめて)

 もはや意味をなさないほどに、心中で繰り返した。
 繰り返していないと、自分に許してしまいそうだったからだ。
 兄の優しい瞳に飲まれることにも。
 その甘い指先を感受することにも。
 そして、近づく唇を、受け止めることにも。

「お兄ちゃん」

 かろうじてあげた声は、かすれた悲鳴になった。
 耳に届いた自分の声が、絶望に満ちていて更に絶望を煽る。

(ああ、駄目だ)

 和樹は穏やかな目をしていた。
 穏やかな表情をしていた。
 そっと梨華の頬を手で覆い、そしてゆっくりと額を重ねた。
 自分によく似た色素の薄い瞳が、梨華を間近で覗き込んで来る。
 今、地球上に生きている人の中で、最も自分と近い血を持つ人。

「おにい、ちゃん」

 梨華の吐息がちな声が、和樹の口元に跳ね返って生温く梨華の口元に触れる。
 目を反らしたくても、反らせる距離ではなかった。

「……駄目だよ」

 言ったとき、和樹の目が弓なりに細められた。
 それが彼の欲しかった言葉なのだと気づいたとき、梨華の唇は兄のそれに塞がれた。


 * * *


「梨華ーー梨華」

 和樹の優しい声が、梨華の髪の先からつま先までを撫でていく。
 パジャマの前をはだけたまま、梨華の身体をまさぐる手は、荒れも節もなく滑らかだった。

「綺麗だよーー可愛い、梨華」

 梨華は言葉を発することなく、ただただ、和樹の愛撫に身体を預けている。
 拒もうとしても、できなかった。
 拒みきれなかった。
 そんな自分の馬鹿さに、自嘲する。

「っぁ」

 和樹が梨華の胸にしゃぶりついた。
 梨華は今まで出したこともない声が、自分の口から漏れ出たことに気づく。

「ん、は」
「ふふ」

 和樹が嬉しそうに笑い、梨華の身体に唇を這わせていく。
 兄の唇が触れ、濡れた肌を空気がなぜる度、梨華は震えて感じた。
 和樹の身体が梨華のどこかに触れる度、触れた部分が熱を持つ。痺れを持つ。同時に、下腹部がじわりと温もる。そして隠れたままのそこが、潤う。
 そういう一連の身体の変化を、ほとんど無音の部屋の中で、梨華は感じた。

 可愛いのに、可愛くない。

 今までの彼氏に言われた言葉が、一瞬脳裏を過ぎる。

『梨華ちゃんは、可愛いんだけど、可愛くないよね』

(ああ、当然だ)

 あまりに素直な身体の反応が悔しくて、梨華は目をつぶった。

(これが、感じるということなら……)

 心臓が高鳴る。目を開いても開かずとも、相手の動きに全身の神経が集中している。

(私は、今まで感じたことがない)

「っは……」

 梨華は吐息と共に、目を開く。
 視線が和樹の微笑みに行き当たり、戸惑いに目が揺れたとき、口づけが降ってきた。

「んっ……」

 和樹の舌は、ゆっくりと梨華の口内を蹂躙していく。
 隅々まで、味わい尽くすような動きで、隅から隅まで侵していく。

(もう、とっくに侵されているのに)

 不意に込み上げた想いに、梨華はふと頬を引き上げた。
 その気配を察して、和樹が唇を離す。

「どうかした? 梨華」

 声だけで、びりりと痺れが腰に走る。
 が、和樹の男を求める訳には行かない。

「……なんでもない」

 梨華はじっと、和樹を見上げた。
 自分の瞳が熱を持ち、潤んでいるのが分かる。
 言葉で語らずとも、伝わっているのだろう。
 和樹は嬉しそうに、微笑んだ。
 梨華の頬を、男の両手が包み込む。

「梨華……」

 囁く声が、互いの唇に挟まれ、飲まれた。
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