神崎家シリーズSS集

松丹子

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安田夫婦関連

アイロン談義1/3

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「ジョー、シャツ、タグついたままだぞ」
 ジャケットを脱いだ俺に、マーシーが声をかけた。え、と言って脇腹当たりをみやると、確かに白いワイシャツの内側に、クリーニングのタグの色が浮いている。
「つーかお前、シャツ自分で洗ってねぇの」
 整った顔の先輩は呆れたようにそう言った。俺への声かけはかなり遠慮ないけど、割と可愛がってくれていることを知っている。まあ、俺のこと嫌いな人とかほとんどいないけど。たまにいてもあえて近づかないし。
「えー、だってアイロン面倒くさいじゃないですか。かけてくれる人いないし」
 唇を尖らせて見ると、マーシーはまた呆れたように嘆息した。
「俺だっていねぇよ。それくらい自分でやれ」
「いや、いるでしょ。マーシーならむしろさせてって言う女の子、いるでしょ」
 ぐいぐいと迫ってみると、やめろと肩を突き放される。俺は笑った。
「いたとしても触らせねぇよ。自分で洗うし自分でアイロンかける。傷ませたら嫌だし」
 なるほどこの先輩のこだわりは相当徹底しているらしい。思わずへぇと感心した声を出すと、またマーシーは呆れたようだった。
「だいたいお前、靴は綺麗にしてる癖して、なんでシャツはズボラなんだよ」
「え。だって、二番目の兄貴が営業で。小さいとき、靴磨いたら小遣いくれてたんですよ」
 俺の次兄は十七離れている。俺が小学生のときにはもう立派な社会人だ。砂埃だらけの靴で営業に行く訳にもいかず、かといって磨く時間もなく、靴を増やせば家族に怒られる、ということで、小さい俺に一週間千円で靴みがきを任せた。
 小学生にとって千円稼げるのは結構貴重だ。俺は学校から帰ってくると昨日履いた兄の靴を磨くことが習慣になった。
 そんなわけで、靴みがきは小学生のときからの習慣だ。兄の靴が自分の靴になったのだから、そりゃもっと気をつけて磨くことになる。
「いい靴履いてるもんなぁ。シャツもだけど」
 こだわりの強いこの先輩には、俺の身につけているものの質がわかるらしい。
 確かに甘やかされて育った俺は、割と平気で高価なものを買ってしまう。と言ってもよく知られたブランドではつまらない。その点、この先輩とよく似ていて、互いに持っているものによく目をつけ声をかける。その点も俺が可愛がられている理由だろう。
「だって、百円で洗ってもらってアイロンまでかけてくれるんだから、効率的じゃないですか」
 俺がからりと笑って言うと、マーシーは嫌そうな顔をして見せた。
「お前な。そのシャツ百円でクリーニング出してるの?……いや、安いからどうとかじゃないけどさ。場合によっては自分でやった方がよかったりするぞ」
 またマーシー論が炸裂するらしいと俺は身構える。どう身構えるのかというと、ふむふむと頷きながら、右から左へ聞き流す準備だ。マーシーは結構なーー言わばオカン気質なので、気のおけない人間にはついついアレコレ口を出す。聞き流さねばやりきれない。
「まあ、傷むとかもあるけどさーー」
 マーシーは言いかけて、ふと黙った。
 俺に効果的な言い方でも見つけたらしい。にやりと口の端を上げて俺を見やる。ねえ先輩、それ俺男だからいいけど、女の子にしたら一発でオチる表情だよ。自覚ある?
 ーーなんて心中で言ってみるけどもちろん口にはしない。それに翻弄される女子も、翻弄された女子に翻弄されるマーシーも、見ていて面白いから。
「そういやお前、女性のワイシャツ姿好きって言ってたよな」
「ああ、彼シャツってやつですか?」
 そういえば以前そんな話題で他の男たちと盛り上がったような気がする。
「自分でアイロンかけたシャツ、着てもらえたら嬉しいんじゃないか?」
 俺は笑い飛ばそうとして思い直した。いや、まだ俺は唯一無二の女性に出会っていないけれど、もし出会ったとしたら、他の男が触ったシャツを彼女に着せたいと思うだろうか。
 答えはーー否。
 急に押し黙ったかと思えば眉根を寄せた俺を見て、マーシーが戸惑ったような顔をしている。
「マーシー」
 俺はマーシーの両肩を急にがっしと掴んだ。
「アイロンのかけ方、教えて」
 俺の真顔に怯えたのか、マーシーは完全に引け腰になりながら、引き攣った顔で頷いた。
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