15 / 29
安田夫婦関連
アイロン談義1/3
しおりを挟む
「ジョー、シャツ、タグついたままだぞ」
ジャケットを脱いだ俺に、マーシーが声をかけた。え、と言って脇腹当たりをみやると、確かに白いワイシャツの内側に、クリーニングのタグの色が浮いている。
「つーかお前、シャツ自分で洗ってねぇの」
整った顔の先輩は呆れたようにそう言った。俺への声かけはかなり遠慮ないけど、割と可愛がってくれていることを知っている。まあ、俺のこと嫌いな人とかほとんどいないけど。たまにいてもあえて近づかないし。
「えー、だってアイロン面倒くさいじゃないですか。かけてくれる人いないし」
唇を尖らせて見ると、マーシーはまた呆れたように嘆息した。
「俺だっていねぇよ。それくらい自分でやれ」
「いや、いるでしょ。マーシーならむしろさせてって言う女の子、いるでしょ」
ぐいぐいと迫ってみると、やめろと肩を突き放される。俺は笑った。
「いたとしても触らせねぇよ。自分で洗うし自分でアイロンかける。傷ませたら嫌だし」
なるほどこの先輩のこだわりは相当徹底しているらしい。思わずへぇと感心した声を出すと、またマーシーは呆れたようだった。
「だいたいお前、靴は綺麗にしてる癖して、なんでシャツはズボラなんだよ」
「え。だって、二番目の兄貴が営業で。小さいとき、靴磨いたら小遣いくれてたんですよ」
俺の次兄は十七離れている。俺が小学生のときにはもう立派な社会人だ。砂埃だらけの靴で営業に行く訳にもいかず、かといって磨く時間もなく、靴を増やせば家族に怒られる、ということで、小さい俺に一週間千円で靴みがきを任せた。
小学生にとって千円稼げるのは結構貴重だ。俺は学校から帰ってくると昨日履いた兄の靴を磨くことが習慣になった。
そんなわけで、靴みがきは小学生のときからの習慣だ。兄の靴が自分の靴になったのだから、そりゃもっと気をつけて磨くことになる。
「いい靴履いてるもんなぁ。シャツもだけど」
こだわりの強いこの先輩には、俺の身につけているものの質がわかるらしい。
確かに甘やかされて育った俺は、割と平気で高価なものを買ってしまう。と言ってもよく知られたブランドではつまらない。その点、この先輩とよく似ていて、互いに持っているものによく目をつけ声をかける。その点も俺が可愛がられている理由だろう。
「だって、百円で洗ってもらってアイロンまでかけてくれるんだから、効率的じゃないですか」
俺がからりと笑って言うと、マーシーは嫌そうな顔をして見せた。
「お前な。そのシャツ百円でクリーニング出してるの?……いや、安いからどうとかじゃないけどさ。場合によっては自分でやった方がよかったりするぞ」
またマーシー論が炸裂するらしいと俺は身構える。どう身構えるのかというと、ふむふむと頷きながら、右から左へ聞き流す準備だ。マーシーは結構なーー言わばオカン気質なので、気のおけない人間にはついついアレコレ口を出す。聞き流さねばやりきれない。
「まあ、傷むとかもあるけどさーー」
マーシーは言いかけて、ふと黙った。
俺に効果的な言い方でも見つけたらしい。にやりと口の端を上げて俺を見やる。ねえ先輩、それ俺男だからいいけど、女の子にしたら一発でオチる表情だよ。自覚ある?
ーーなんて心中で言ってみるけどもちろん口にはしない。それに翻弄される女子も、翻弄された女子に翻弄されるマーシーも、見ていて面白いから。
「そういやお前、女性のワイシャツ姿好きって言ってたよな」
「ああ、彼シャツってやつですか?」
そういえば以前そんな話題で他の男たちと盛り上がったような気がする。
「自分でアイロンかけたシャツ、着てもらえたら嬉しいんじゃないか?」
俺は笑い飛ばそうとして思い直した。いや、まだ俺は唯一無二の女性に出会っていないけれど、もし出会ったとしたら、他の男が触ったシャツを彼女に着せたいと思うだろうか。
答えはーー否。
急に押し黙ったかと思えば眉根を寄せた俺を見て、マーシーが戸惑ったような顔をしている。
「マーシー」
俺はマーシーの両肩を急にがっしと掴んだ。
「アイロンのかけ方、教えて」
俺の真顔に怯えたのか、マーシーは完全に引け腰になりながら、引き攣った顔で頷いた。
ジャケットを脱いだ俺に、マーシーが声をかけた。え、と言って脇腹当たりをみやると、確かに白いワイシャツの内側に、クリーニングのタグの色が浮いている。
「つーかお前、シャツ自分で洗ってねぇの」
整った顔の先輩は呆れたようにそう言った。俺への声かけはかなり遠慮ないけど、割と可愛がってくれていることを知っている。まあ、俺のこと嫌いな人とかほとんどいないけど。たまにいてもあえて近づかないし。
「えー、だってアイロン面倒くさいじゃないですか。かけてくれる人いないし」
唇を尖らせて見ると、マーシーはまた呆れたように嘆息した。
「俺だっていねぇよ。それくらい自分でやれ」
「いや、いるでしょ。マーシーならむしろさせてって言う女の子、いるでしょ」
ぐいぐいと迫ってみると、やめろと肩を突き放される。俺は笑った。
「いたとしても触らせねぇよ。自分で洗うし自分でアイロンかける。傷ませたら嫌だし」
なるほどこの先輩のこだわりは相当徹底しているらしい。思わずへぇと感心した声を出すと、またマーシーは呆れたようだった。
「だいたいお前、靴は綺麗にしてる癖して、なんでシャツはズボラなんだよ」
「え。だって、二番目の兄貴が営業で。小さいとき、靴磨いたら小遣いくれてたんですよ」
俺の次兄は十七離れている。俺が小学生のときにはもう立派な社会人だ。砂埃だらけの靴で営業に行く訳にもいかず、かといって磨く時間もなく、靴を増やせば家族に怒られる、ということで、小さい俺に一週間千円で靴みがきを任せた。
小学生にとって千円稼げるのは結構貴重だ。俺は学校から帰ってくると昨日履いた兄の靴を磨くことが習慣になった。
そんなわけで、靴みがきは小学生のときからの習慣だ。兄の靴が自分の靴になったのだから、そりゃもっと気をつけて磨くことになる。
「いい靴履いてるもんなぁ。シャツもだけど」
こだわりの強いこの先輩には、俺の身につけているものの質がわかるらしい。
確かに甘やかされて育った俺は、割と平気で高価なものを買ってしまう。と言ってもよく知られたブランドではつまらない。その点、この先輩とよく似ていて、互いに持っているものによく目をつけ声をかける。その点も俺が可愛がられている理由だろう。
「だって、百円で洗ってもらってアイロンまでかけてくれるんだから、効率的じゃないですか」
俺がからりと笑って言うと、マーシーは嫌そうな顔をして見せた。
「お前な。そのシャツ百円でクリーニング出してるの?……いや、安いからどうとかじゃないけどさ。場合によっては自分でやった方がよかったりするぞ」
またマーシー論が炸裂するらしいと俺は身構える。どう身構えるのかというと、ふむふむと頷きながら、右から左へ聞き流す準備だ。マーシーは結構なーー言わばオカン気質なので、気のおけない人間にはついついアレコレ口を出す。聞き流さねばやりきれない。
「まあ、傷むとかもあるけどさーー」
マーシーは言いかけて、ふと黙った。
俺に効果的な言い方でも見つけたらしい。にやりと口の端を上げて俺を見やる。ねえ先輩、それ俺男だからいいけど、女の子にしたら一発でオチる表情だよ。自覚ある?
ーーなんて心中で言ってみるけどもちろん口にはしない。それに翻弄される女子も、翻弄された女子に翻弄されるマーシーも、見ていて面白いから。
「そういやお前、女性のワイシャツ姿好きって言ってたよな」
「ああ、彼シャツってやつですか?」
そういえば以前そんな話題で他の男たちと盛り上がったような気がする。
「自分でアイロンかけたシャツ、着てもらえたら嬉しいんじゃないか?」
俺は笑い飛ばそうとして思い直した。いや、まだ俺は唯一無二の女性に出会っていないけれど、もし出会ったとしたら、他の男が触ったシャツを彼女に着せたいと思うだろうか。
答えはーー否。
急に押し黙ったかと思えば眉根を寄せた俺を見て、マーシーが戸惑ったような顔をしている。
「マーシー」
俺はマーシーの両肩を急にがっしと掴んだ。
「アイロンのかけ方、教えて」
俺の真顔に怯えたのか、マーシーは完全に引け腰になりながら、引き攣った顔で頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
色づく景色に君がいた
松丹子
現代文学
あの頃の僕は、ただただ真面目に日々を過ごしていた。
それをつまらないと思っていたつもりも、味気なく思ったこともない。
だけど、君が僕の前に現れたとき、僕の世界は急激に色づいていった。
そして「大人」になった今、僕は彼と再会する。
*タグ確認推奨
関連作品(本作単体でもお楽しみ頂けます)
「明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)」(妹・橘礼奈)
「キミがいてくれるなら(you are my hero)」(兄・橘悠人)
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる