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神崎さんちの3きょうだい
妊婦編
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三人目を授かったと分かったとき、正直驚いた。
年齢は三十六歳。確かに、ありえない訳ではないけれど、長女と長男はそれぞれ小学校三年と一年だ。
(まあ、この年齢なら、逆にお手伝いもしてくれるかもしれないし。どうにかなるか)
脳天気に構えていた美津子だったが、お腹が大きくなってくると、まだまだちょこまかと動き回る子どもたちを追いかけるのに苦労することになった。
買い物へ行っても、気付けば目の届かないところに行ってしまう。買い物カゴを持たせてみたり、キャリーカーを引かせてみたりと工夫した。
しかし、連れているのが片方だけならともかく、二人いるとだいたい、キャリーカーをわざともう一人にぶつけて喧嘩が始まり、美津子が一喝する、という状態だった。
どうにか会計を終えて袋詰めをすると、レジ横にあった漫画雑誌を目にしていた息子が駆け寄って来る。
「お母さん、お手伝いする!」
小学校一年生になった政人は、美津子の手から買物袋を取り上げた。その姿に、
(しまった)
つい、自分が持つつもりで、重さの配分を考えていなかった。
「重いからいいわよ」
「だ、大丈夫だもん」
政人は頬を膨らませるようにして、両手で荷物を抱えた。牛乳や根菜も入った袋は結構な重さになる。
「政人、落としたら夕飯抜きね」
姉の和歌子が横から言った。
「こら、和歌子。いじわる言わないの」
「だって、自分が持てるって言ったんじゃん」
和歌子は言いながら、美津子の手からもう一つの袋を取る。そちらは比較的軽い方で、小学三年生の和歌子でも片手で持てた。空いたもう片方を、母の手に絡める。
「政人、行くよー」
「もう、和歌子」
娘に手を引っ張られ、美津子は困惑した顔で政人を振り返った。政人は少し泣きそうに見えるが、ここで泣く気質でないのは重々知っている。
「政人は優しくて力持ちね。ありがとう。お母さんと半分ずつ持とう?」
言うと、ホッとしたように肩の力を抜いた。荷物を落とさないよう、そろりそろりと美津子に近づく。
どうにか近くまでたどり着くと、美津子が荷物の持ち手を一つ手にした。政人も片方を手にする。
身長はまだ美津子の方が高い。政人の方に荷重が行かないよう、荷物を持つ手に力を入れる。
(一人で持った方が楽だけどねぇ)
思うが、息子の優しさを無碍にもできない。美津子は懸命に歩く政人を見下ろして微笑んだ。
「お母さん、今日、ご飯なぁに?」
政人にヤキモチを妬いた和歌子が、ぐいぐいと腕を引っ張る。
「何にしようか。和歌子は何がいい?」
「私、辛いのがいい。麻婆豆腐」
「僕やだ。麻婆豆腐やだ」
「お子ちゃまねぇ。麻婆豆腐が嫌いだなんて」
和歌子が馬鹿にすると、政人は精一杯姉を睨みつけた。
「嫌いじゃないもん、食べられるもん」
「そうかしらぁ」
「和歌子。そんないじわるばっかりしてると、いじわるばあさんになっちゃうわよ」
言うと、和歌子が可愛らしい目をくるりと見開いた。
「何それ。いじわるばあさんって何?」
「ずーっと、いじわる言ってるおばあさん」
「やだぁ」
和歌子は笑う。政人も笑った。
「きっと、なるよ。お姉ちゃん。いじわるばあさん」
「政人ォ!」
半ば反射的に政人の頭上に落とされた手刀は、間にいた美津子にも防げない速さだった。
(空手の鍛練の成果を、こんな形で発揮しなくても)
見た目の愛らしさから、自衛のためにと習わせ始めた空手だったが、まさかここまで彼女の気質に合致するとは思わなかったのだ。
脳天に手刀を喰らった政人は、思わず荷物から手を離して頭を押さえる。
「痛ってぇえ! お姉ちゃん、暴力女!」
「うるさい! 生意気な!」
「やーめーなーさーいって」
美津子は言いながら、政人が離した荷物を持ち直した。和歌子の手はとっくに美津子から離れている。
「ほら、帰るよ」
「はぁい」
二人は同時に答えて、また互いに睨み合った。
(やれやれ)
まだ口うるさく言い合う二人を後ろに連れて歩きながら、美津子は大きなお腹の中でもぞもぞと動く赤ん坊に想いを馳せる。
(大きくなったと思っても、まだこんなじゃあ、大変そうだわ)
エレベーター前で立ち止まったとき、大きくひと蹴り、ぽこんとお腹が動いた。
年齢は三十六歳。確かに、ありえない訳ではないけれど、長女と長男はそれぞれ小学校三年と一年だ。
(まあ、この年齢なら、逆にお手伝いもしてくれるかもしれないし。どうにかなるか)
脳天気に構えていた美津子だったが、お腹が大きくなってくると、まだまだちょこまかと動き回る子どもたちを追いかけるのに苦労することになった。
買い物へ行っても、気付けば目の届かないところに行ってしまう。買い物カゴを持たせてみたり、キャリーカーを引かせてみたりと工夫した。
しかし、連れているのが片方だけならともかく、二人いるとだいたい、キャリーカーをわざともう一人にぶつけて喧嘩が始まり、美津子が一喝する、という状態だった。
どうにか会計を終えて袋詰めをすると、レジ横にあった漫画雑誌を目にしていた息子が駆け寄って来る。
「お母さん、お手伝いする!」
小学校一年生になった政人は、美津子の手から買物袋を取り上げた。その姿に、
(しまった)
つい、自分が持つつもりで、重さの配分を考えていなかった。
「重いからいいわよ」
「だ、大丈夫だもん」
政人は頬を膨らませるようにして、両手で荷物を抱えた。牛乳や根菜も入った袋は結構な重さになる。
「政人、落としたら夕飯抜きね」
姉の和歌子が横から言った。
「こら、和歌子。いじわる言わないの」
「だって、自分が持てるって言ったんじゃん」
和歌子は言いながら、美津子の手からもう一つの袋を取る。そちらは比較的軽い方で、小学三年生の和歌子でも片手で持てた。空いたもう片方を、母の手に絡める。
「政人、行くよー」
「もう、和歌子」
娘に手を引っ張られ、美津子は困惑した顔で政人を振り返った。政人は少し泣きそうに見えるが、ここで泣く気質でないのは重々知っている。
「政人は優しくて力持ちね。ありがとう。お母さんと半分ずつ持とう?」
言うと、ホッとしたように肩の力を抜いた。荷物を落とさないよう、そろりそろりと美津子に近づく。
どうにか近くまでたどり着くと、美津子が荷物の持ち手を一つ手にした。政人も片方を手にする。
身長はまだ美津子の方が高い。政人の方に荷重が行かないよう、荷物を持つ手に力を入れる。
(一人で持った方が楽だけどねぇ)
思うが、息子の優しさを無碍にもできない。美津子は懸命に歩く政人を見下ろして微笑んだ。
「お母さん、今日、ご飯なぁに?」
政人にヤキモチを妬いた和歌子が、ぐいぐいと腕を引っ張る。
「何にしようか。和歌子は何がいい?」
「私、辛いのがいい。麻婆豆腐」
「僕やだ。麻婆豆腐やだ」
「お子ちゃまねぇ。麻婆豆腐が嫌いだなんて」
和歌子が馬鹿にすると、政人は精一杯姉を睨みつけた。
「嫌いじゃないもん、食べられるもん」
「そうかしらぁ」
「和歌子。そんないじわるばっかりしてると、いじわるばあさんになっちゃうわよ」
言うと、和歌子が可愛らしい目をくるりと見開いた。
「何それ。いじわるばあさんって何?」
「ずーっと、いじわる言ってるおばあさん」
「やだぁ」
和歌子は笑う。政人も笑った。
「きっと、なるよ。お姉ちゃん。いじわるばあさん」
「政人ォ!」
半ば反射的に政人の頭上に落とされた手刀は、間にいた美津子にも防げない速さだった。
(空手の鍛練の成果を、こんな形で発揮しなくても)
見た目の愛らしさから、自衛のためにと習わせ始めた空手だったが、まさかここまで彼女の気質に合致するとは思わなかったのだ。
脳天に手刀を喰らった政人は、思わず荷物から手を離して頭を押さえる。
「痛ってぇえ! お姉ちゃん、暴力女!」
「うるさい! 生意気な!」
「やーめーなーさーいって」
美津子は言いながら、政人が離した荷物を持ち直した。和歌子の手はとっくに美津子から離れている。
「ほら、帰るよ」
「はぁい」
二人は同時に答えて、また互いに睨み合った。
(やれやれ)
まだ口うるさく言い合う二人を後ろに連れて歩きながら、美津子は大きなお腹の中でもぞもぞと動く赤ん坊に想いを馳せる。
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