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第二夜 台風で濡れネズミになった結果。
(閑話)伊能くんのひとり言
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最初に佐川律子と会ったのは、就活の説明会だ。
たまたま隣の席についた彼女は、俺の顔を見るとにこりと微笑んだ。
特にその顔がタイプだったわけじゃない。もしレベルをつけるなら中の上というところか。一通り整ったパーツを持っているが、めだって美人ということもなかった。
説明会で熱心にメモを取り、登壇者の話にいちいちふむふむ頷く彼女は、正直視界の端でうるさかった。音は立てていないのだが、反応が賑やかなのだ。
とはいえ落ち着かないというわけではない。とにかくこの業界に興味があるのだろうと察して、間の休憩時間で声をかけてみた。
「君、他にはどこの説明会行ってるの?」
彼女は一瞬俺に話し掛けられたと思わなかったらしい。はっとした顔を俺に向け、その頬は少しだけ赤くなった。
そういう反応は慣れっこだ。その女の好みによって差はあれど、比較的ちやほやされてきた俺は、あえてにっこりと笑顔で彼女に接した。
「わ、私? 私は……」
挙げる会社は俺と同じくメーカー、商社、住宅設計その他、インテリアに関係するところばかりだった。
会社の規模で就職先を選ぼうとする人も多い中、中小企業も候補にいれてまで業界を選択しているところに決意めいたものを感じて好感を持った。
「インテリア系、志望?」
「そうなんです。学部は全然関係ないんですけど」
照れ臭そうに微笑む彼女はあまりに無垢で、幼さすら感じさせた。
「俺もなんだ。今あげてた会社、だいたい俺も考えてた」
「え、ほんと?」
目を輝かせた彼女は、おもむろにスマホを取り出した。
「あ、あの。もしよければ情報交換させてください」
「うん、いいよ」
言いながら俺もスマホを出して、連絡先を交換した。
俺の連絡先を得て嬉しそうにする彼女とは、就活中は情報交換と称して二度ほど会った。
就職後もやはり年1、2回会っていたが、自分の気持ちに気づいたのは、彼氏と別れたと聞いたときだ。
「お互い時間全然合わなくて。社会人になると、生活リズムの違う人は駄目だねぇ」
しみじみ言う姿は悲しそうでもない。聞けば「ほとんどフェードアウトして行ったから。あんまり実感ない」と笑っている。俺は適当に相槌をうちながら、そわそわし始めた。
そのときは俺にも彼女がいた。律と飲んで帰った翌日はデートだったのに、全然、楽しくなんて感じられなかった。
隣にいるのが、律なら。
そう考えている自分に気づいたときが、彼女への想いに気づいたときだと思う。
ーー律。律。
心の中や夢の中では、何度もその名前を呼び、頬を撫で、キスをして耳元で囁き続けた。
しかしおっとりした彼女は、がっかりするほど俺に警戒することもなく、へらへら笑っている。
だんだんと胸を占めていく焦燥感。
それでも、彼女の態度は変わりそうにない。
そこまで来ると、怖くなってきてしまった。
毎年2回。会って、話して、笑って。
失いたくなくて。その時間がかけがえもなく思えて。
どんどん、彼女のことを知って行った。
どんな食べ物が好きか。どんな酒が好きか。
どんな映画が好きで、どんな俳優が好きか。
毎回俺が店を探すことを、申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね、そっちの方が忙しいだろうに……いろいろ、調べてくれて」
「いや、いいんだ。店の開拓も結構楽しいし」
言うと、律は笑った。
「あ、そうだよね。デートの場所にいいかどうか、見極められるもんね。大事、大事」
からりと笑う彼女の表情に、俺にとってはこれがデートなのだと気づく気配は全くない。
それは彼女の気持ちが俺にないことを示していた。
でも、数年越しの想いは留めようもなく。
台風の日、自宅の最寄り駅でぬれそぼった彼女を見たときには、ようやくチャンスが巡ってきたかと思った。
家に招いて、半ば冗談のように渡した白いシャツ。
それを下着の上からまとった彼女を目にして、身体に痺れが走った。
……ちなみに、がばがばの短パンは狙ったわけではなかった。なのに、赤いそれから覗く白い脚が綺麗で、あまりに綺麗すぎて、困った。
「ああ……律」
囁きながら、律の身体を撫でさすった。
こんなに丁寧に愛撫したことなんて、彼女にもない。
この想いが伝わりますように。
ただのざれごとだと思われませんように。
彼女の身体を撫で回し、慈しみ、愛おしんだ。
気恥ずかしそうに喘ぐ彼女は、とてつもなく可愛かった。
身体に触れてそのまま別れては、次に会うときに気まずいだろうと思った俺は、映画に行こうと提案した。
案の定乗り気になり、映画を満喫した律は、いつも通りご機嫌だった。
昨夜俺と過ごしたことを忘れたように。
でも、それでは困る。
進展してもらわないと、困るんだ。
そう思って、彼女の好きな俳優に似た表情をして見せたら、途端に動揺し始めた。
表面上は余裕ぶった笑顔を浮かべながら、ぎゅっと胸が締め付けられる。
律。……律。
どうか、俺の気持ちに応えてくれますように。
(次話、ヒロイン視点に戻ります)
たまたま隣の席についた彼女は、俺の顔を見るとにこりと微笑んだ。
特にその顔がタイプだったわけじゃない。もしレベルをつけるなら中の上というところか。一通り整ったパーツを持っているが、めだって美人ということもなかった。
説明会で熱心にメモを取り、登壇者の話にいちいちふむふむ頷く彼女は、正直視界の端でうるさかった。音は立てていないのだが、反応が賑やかなのだ。
とはいえ落ち着かないというわけではない。とにかくこの業界に興味があるのだろうと察して、間の休憩時間で声をかけてみた。
「君、他にはどこの説明会行ってるの?」
彼女は一瞬俺に話し掛けられたと思わなかったらしい。はっとした顔を俺に向け、その頬は少しだけ赤くなった。
そういう反応は慣れっこだ。その女の好みによって差はあれど、比較的ちやほやされてきた俺は、あえてにっこりと笑顔で彼女に接した。
「わ、私? 私は……」
挙げる会社は俺と同じくメーカー、商社、住宅設計その他、インテリアに関係するところばかりだった。
会社の規模で就職先を選ぼうとする人も多い中、中小企業も候補にいれてまで業界を選択しているところに決意めいたものを感じて好感を持った。
「インテリア系、志望?」
「そうなんです。学部は全然関係ないんですけど」
照れ臭そうに微笑む彼女はあまりに無垢で、幼さすら感じさせた。
「俺もなんだ。今あげてた会社、だいたい俺も考えてた」
「え、ほんと?」
目を輝かせた彼女は、おもむろにスマホを取り出した。
「あ、あの。もしよければ情報交換させてください」
「うん、いいよ」
言いながら俺もスマホを出して、連絡先を交換した。
俺の連絡先を得て嬉しそうにする彼女とは、就活中は情報交換と称して二度ほど会った。
就職後もやはり年1、2回会っていたが、自分の気持ちに気づいたのは、彼氏と別れたと聞いたときだ。
「お互い時間全然合わなくて。社会人になると、生活リズムの違う人は駄目だねぇ」
しみじみ言う姿は悲しそうでもない。聞けば「ほとんどフェードアウトして行ったから。あんまり実感ない」と笑っている。俺は適当に相槌をうちながら、そわそわし始めた。
そのときは俺にも彼女がいた。律と飲んで帰った翌日はデートだったのに、全然、楽しくなんて感じられなかった。
隣にいるのが、律なら。
そう考えている自分に気づいたときが、彼女への想いに気づいたときだと思う。
ーー律。律。
心の中や夢の中では、何度もその名前を呼び、頬を撫で、キスをして耳元で囁き続けた。
しかしおっとりした彼女は、がっかりするほど俺に警戒することもなく、へらへら笑っている。
だんだんと胸を占めていく焦燥感。
それでも、彼女の態度は変わりそうにない。
そこまで来ると、怖くなってきてしまった。
毎年2回。会って、話して、笑って。
失いたくなくて。その時間がかけがえもなく思えて。
どんどん、彼女のことを知って行った。
どんな食べ物が好きか。どんな酒が好きか。
どんな映画が好きで、どんな俳優が好きか。
毎回俺が店を探すことを、申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね、そっちの方が忙しいだろうに……いろいろ、調べてくれて」
「いや、いいんだ。店の開拓も結構楽しいし」
言うと、律は笑った。
「あ、そうだよね。デートの場所にいいかどうか、見極められるもんね。大事、大事」
からりと笑う彼女の表情に、俺にとってはこれがデートなのだと気づく気配は全くない。
それは彼女の気持ちが俺にないことを示していた。
でも、数年越しの想いは留めようもなく。
台風の日、自宅の最寄り駅でぬれそぼった彼女を見たときには、ようやくチャンスが巡ってきたかと思った。
家に招いて、半ば冗談のように渡した白いシャツ。
それを下着の上からまとった彼女を目にして、身体に痺れが走った。
……ちなみに、がばがばの短パンは狙ったわけではなかった。なのに、赤いそれから覗く白い脚が綺麗で、あまりに綺麗すぎて、困った。
「ああ……律」
囁きながら、律の身体を撫でさすった。
こんなに丁寧に愛撫したことなんて、彼女にもない。
この想いが伝わりますように。
ただのざれごとだと思われませんように。
彼女の身体を撫で回し、慈しみ、愛おしんだ。
気恥ずかしそうに喘ぐ彼女は、とてつもなく可愛かった。
身体に触れてそのまま別れては、次に会うときに気まずいだろうと思った俺は、映画に行こうと提案した。
案の定乗り気になり、映画を満喫した律は、いつも通りご機嫌だった。
昨夜俺と過ごしたことを忘れたように。
でも、それでは困る。
進展してもらわないと、困るんだ。
そう思って、彼女の好きな俳優に似た表情をして見せたら、途端に動揺し始めた。
表面上は余裕ぶった笑顔を浮かべながら、ぎゅっと胸が締め付けられる。
律。……律。
どうか、俺の気持ちに応えてくれますように。
(次話、ヒロイン視点に戻ります)
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