艶色談話

松丹子

文字の大きさ
17 / 24
第三夜 帰宅途中ひったくりに襲われた結果。

(閑話)安斎さんのひとり言

しおりを挟む
 佐藤小絵さんが俺の勤めている整体院に来たのは、三年ほど前のことだ。
 俺は担当として施術を引き受けた。
 寝違えてしまったという彼女に施術をしてみると、首から肩、腰と身体の強張りがあって、全身施術を勧めた。
 彼女は関節の可動域が広くて、細く見えるのに女性らしい膨らみはしっかりあることは、施術していて分かった。
 特段美人という顔立ちではなくとも、表情や応答で好感度の高い女性だった。こういう仕事をしていて得したなぁと不埒な想いを感じていたが、一つだけ困ったのは、彼女が極度のくすぐったがりだということだ。

「ひゃっ」
「ぅふっ」
「のぁっ」

 首や腿裏、背中や脇、あらゆるところでぴくんぴくんと反応する彼女は歳よりも幼く見えて、可愛い。

「あ、安斎さんっ、そこっ」
「くすぐったいですか」
「はぃ、ぁあっ」

 これだけくすぐったがるってことは、感度もいいんだろうなぁ。
 ついあらぬ想像をしてしまうのは、若い男の本能だ。

「にゃ!」
「あぅぅぅぅ……!」

 バリエーション豊かな悲鳴に笑いを噛み殺しつつ、気づけば毎月通ってくる彼女を心待ちするようになっていった。


 三年も施術を担当していると、どこが弱くてどこにさわられるのが好きか分かってくる。でも、ときどき忘れたふりでくすぐったがるところに触れたりした。
 その度に彼女は小さな悲鳴をあげて、ぴくんと身体を跳ねさせる。

 ……これが、寝具の上だったら。
 彼女を組み敷き、三年のうちに充分知った彼女の弱点に触れ、喘がせることができたら。

 そんな妄想に浸りながら、自身を慰める。
 同時に一人の顧客として彼女を見られないことに、自己嫌悪も感じていた。



 その日は仕事の後、駅周辺をぶらついて帰宅しようと思っていた。
 そこにたまたま彼女を見かけ、声をかけようとついて行ったら、駆け抜けた自転車が彼女のかばんを掴んだ。
 とっさにかばんを死守した彼女が横転したのを見て、俺は慌てて駆け寄った。

「小絵さん、大丈夫ですか」

 横転した弾みにかばんの中のものが散らばり、呆然とした様子だった彼女は、俺を見るとほっとした顔をした。
 散乱した荷物をかき集めていると、紙袋に入った小さな箱があった。
 ちらりと見えた中身に、眉を寄せそうになるのを堪える。
 心中の動揺を悟られないようにしながら、彼女を整体院へと連れていった。

 先日も、彼氏はいないと言っていたのに。
 どうしてーー避妊具が必要なんだ?

 それを使う男を想像して、腹の中をえもいわれぬ感情がめぐった。
 何食わぬ顔で院へと案内し、一通り彼女の身体を解した後、一人で帰るのは怖いだろうと自宅まで送ることにした。
 どうにかもう一歩近づきたい、これがチャンスなのではと思いはするが、顧客と施術師の関係以上に踏み込むことができない。
 そんな自分を情けなく思いながら別れようとしたとき、呼び止められて部屋に上げてもらった。
 彼女の家はシンプルだった。都心だからあまり広い家に住めないこともあるだろうが、ライトベージュと爽やかな黄緑を基調にした室内は居心地が良くて、彼女らしかった。
 そして、彼女の匂いがした。
 コンロの前に立ち、湯を沸かしてお茶を入れる準備をする彼女の背中。
 無防備なその姿に、決意を固める。
 後ろから抱きしめると、その肩は思った以上に華奢だった。
 バッグを引っ張られて引き倒されたときの姿を思い出し、胸が締め付けられる。
 何もなくてよかった。
 もしあれがただの引ったくりじゃなくて、強姦魔だったら。
 華奢で人のいい彼女は、ちょっとした演技ですぐ騙されてしまいそうだ。
 だってーーこんな俺のことも、部屋に入れてしまうのだから。

 小絵さん。
 この想いを、もう止められそうにない。
 君のことをただの顧客と思うことは、俺にはできないんだ。
 だってこんなにも、君が愛おしい。
 俺が耳元で囁く度に。
 てのひらで愛撫する度に。
 ぴくんぴくんと反応し、頬を染め、目を潤ませる君を。

 ーー誰にも、渡したくない。

(次話、ヒロイン視点に戻ります)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...