16 / 114
第三章 天の川は暴れ川(ヒメ/阿久津交互)
07 災い転じて
しおりを挟む
もうこれは偶然ではないわ。もはや運命!
コンビニの入口で絡まれていたのを救われた私は、不機嫌そうな阿久津さんの顔を見るや、感動のあまり動けなかった。
こうなれば、絡んできてくれた男性二人にも感謝する勢いだ。胸がどうのというセクハラ発言は大目に見てあげよう。
コンビニに入って行った阿久津さんを追い、ちゃんと社会人らしい挨拶をして、連絡先を渡した。
あえてアヤノさんにと言ったのはファインプレーだと思う。その名前を出す直前は受けとる気がないと見られた阿久津さんも、不承不承、黙って受け取ってくれた。
ああ、そんな不機嫌そうな顔も渋くてステキ。
恋は盲目。ピンク色のフィルターがかかっていると言われても構わない。
きっと怖がらせようとしているのだろう阿久津さんの睨みも、私にとっては快感でしかないのだ。
阿久津さんに駅までの道を教えてもらった私は、お礼を言って去ろうとした。
「ありがとうございます。お休みなさい」
ペコリとお辞儀したのだけど、阿久津さんは黙って私の進行方向に足を向ける。頭を上げて首を傾げると、阿久津さんが睨みつけてきた。
「補導されたらまた面倒だろ。駅まで保護者代わりになってやるからとっととしろ」
口は悪いけれど、道がわからない私が心配なんだろう。と、思っておく。私としては一緒にいる時間が伸びるのは大、大、大歓迎なのでーー緊張するけどーーついつい目が輝いた。
私のその目の輝きをとらえた阿久津さんは嘆息しながら顔を前方へ戻して歩き出す。
大股で進むその歩調についていこうと足を早めた。
背伸びした服装に合わせて、普段あんまり履かないヒール靴を選んだ私は、歩きにくさに辟易した。
カカトがガツガツつかないように足を運びながら、それでも阿久津さんの歩調についていこうとすると、どうしても小走りになる。背が高いから足も長いんだなぁなんて思いながら、懸命について行ってたのだが、だんだん息が上がってきた。
「きゃ」
コンクリートが欠けていたところがあったらしい。ヒールが嵌まって身体が傾ぐ。
阿久津さんが咄嗟に私の腰を支えた。身体の中心近くに触れた力強い腕に、私の鼓動が高鳴る。
「す、すみません。ありがとうございます」
さ、触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった!
思わず興奮に高鳴る胸を押さえてうつむきながら、私は足元を確認した。
阿久津さんが嘆息しながら後ろ頭を掻く。
「文句の一つくらい言ってみろよ。黙ってついて来やがって」
ぼやくように呟いて、阿久津さんはまた歩き出した。今度は私のペースに合わせているのだろう、かなりゆっくりだ。
私は首を傾げた。
「だって、駅まで送ってくださるだけでも、ありがたいですし……」
「あー、うるせぇ。もういいから黙ってろ」
歩くペースはゆっくりだが、その分足の運びが乱暴だ。道草をする少年のようにぶっきらぼうに足を運ぶ姿に、私はついつい微笑む。
その気配を察した阿久津さんは、また嘆息した。
「訳分かんねぇ」
何がですか、とまた口を開きかけて、やめた。黙ってろと言われたばかりだ。
でも、私が何か言おうとして黙ったことも、阿久津さんは分かったらしい。ちらりと私を一瞥して、また深々と嘆息して、黙った。
私たちは会話もせず、ただ黙って駅に向かって歩いていた。
先ほどまでギラギラしくて嫌悪感を抱いたネオンライトの明かりは、二人でいると不思議とその気持ちも薄らいで、ただぼんやりと色として視界に入る。カラフルで綺麗だなとすら思えて、人間て現金なものだなぁと一人笑った。
阿久津さんはそんな私の表情が変化する度に、ちらりと見ながら黙って歩いていく。そして私もその度に思う。気遣いのできる優しい人なんだなと。
本人は、そうと認めないような気もしたけれど。
二人で黙って歩く。
その沈黙は、つまらなくも怖くもない。
むしろ、仄かな甘さと喜びを感じるのは、わずかながら飲み会のアルコールが残っているからだろうか。
駅が見えてきた。
ああ、もうこの幸せな時間もおしまいか、と寂しく思う。わずかに阿久津さんが歩みを早めた気がして、その半歩後ろをついていく。
阿久津さんは、駅構内に立ち入る手前で何も言わずにきびすを返した。
「あの、ありがとうございました!」
その背に向けて、私は慌ててお礼を言う。阿久津さんは数歩変わらず歩いた後、考え直したようにわずかに足を止めかけたが、またペースを戻て去って行ってしまった。
去って行くその背を、見えなくなるまでじっと見送った。
コンビニの入口で絡まれていたのを救われた私は、不機嫌そうな阿久津さんの顔を見るや、感動のあまり動けなかった。
こうなれば、絡んできてくれた男性二人にも感謝する勢いだ。胸がどうのというセクハラ発言は大目に見てあげよう。
コンビニに入って行った阿久津さんを追い、ちゃんと社会人らしい挨拶をして、連絡先を渡した。
あえてアヤノさんにと言ったのはファインプレーだと思う。その名前を出す直前は受けとる気がないと見られた阿久津さんも、不承不承、黙って受け取ってくれた。
ああ、そんな不機嫌そうな顔も渋くてステキ。
恋は盲目。ピンク色のフィルターがかかっていると言われても構わない。
きっと怖がらせようとしているのだろう阿久津さんの睨みも、私にとっては快感でしかないのだ。
阿久津さんに駅までの道を教えてもらった私は、お礼を言って去ろうとした。
「ありがとうございます。お休みなさい」
ペコリとお辞儀したのだけど、阿久津さんは黙って私の進行方向に足を向ける。頭を上げて首を傾げると、阿久津さんが睨みつけてきた。
「補導されたらまた面倒だろ。駅まで保護者代わりになってやるからとっととしろ」
口は悪いけれど、道がわからない私が心配なんだろう。と、思っておく。私としては一緒にいる時間が伸びるのは大、大、大歓迎なのでーー緊張するけどーーついつい目が輝いた。
私のその目の輝きをとらえた阿久津さんは嘆息しながら顔を前方へ戻して歩き出す。
大股で進むその歩調についていこうと足を早めた。
背伸びした服装に合わせて、普段あんまり履かないヒール靴を選んだ私は、歩きにくさに辟易した。
カカトがガツガツつかないように足を運びながら、それでも阿久津さんの歩調についていこうとすると、どうしても小走りになる。背が高いから足も長いんだなぁなんて思いながら、懸命について行ってたのだが、だんだん息が上がってきた。
「きゃ」
コンクリートが欠けていたところがあったらしい。ヒールが嵌まって身体が傾ぐ。
阿久津さんが咄嗟に私の腰を支えた。身体の中心近くに触れた力強い腕に、私の鼓動が高鳴る。
「す、すみません。ありがとうございます」
さ、触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった!
思わず興奮に高鳴る胸を押さえてうつむきながら、私は足元を確認した。
阿久津さんが嘆息しながら後ろ頭を掻く。
「文句の一つくらい言ってみろよ。黙ってついて来やがって」
ぼやくように呟いて、阿久津さんはまた歩き出した。今度は私のペースに合わせているのだろう、かなりゆっくりだ。
私は首を傾げた。
「だって、駅まで送ってくださるだけでも、ありがたいですし……」
「あー、うるせぇ。もういいから黙ってろ」
歩くペースはゆっくりだが、その分足の運びが乱暴だ。道草をする少年のようにぶっきらぼうに足を運ぶ姿に、私はついつい微笑む。
その気配を察した阿久津さんは、また嘆息した。
「訳分かんねぇ」
何がですか、とまた口を開きかけて、やめた。黙ってろと言われたばかりだ。
でも、私が何か言おうとして黙ったことも、阿久津さんは分かったらしい。ちらりと私を一瞥して、また深々と嘆息して、黙った。
私たちは会話もせず、ただ黙って駅に向かって歩いていた。
先ほどまでギラギラしくて嫌悪感を抱いたネオンライトの明かりは、二人でいると不思議とその気持ちも薄らいで、ただぼんやりと色として視界に入る。カラフルで綺麗だなとすら思えて、人間て現金なものだなぁと一人笑った。
阿久津さんはそんな私の表情が変化する度に、ちらりと見ながら黙って歩いていく。そして私もその度に思う。気遣いのできる優しい人なんだなと。
本人は、そうと認めないような気もしたけれど。
二人で黙って歩く。
その沈黙は、つまらなくも怖くもない。
むしろ、仄かな甘さと喜びを感じるのは、わずかながら飲み会のアルコールが残っているからだろうか。
駅が見えてきた。
ああ、もうこの幸せな時間もおしまいか、と寂しく思う。わずかに阿久津さんが歩みを早めた気がして、その半歩後ろをついていく。
阿久津さんは、駅構内に立ち入る手前で何も言わずにきびすを返した。
「あの、ありがとうございました!」
その背に向けて、私は慌ててお礼を言う。阿久津さんは数歩変わらず歩いた後、考え直したようにわずかに足を止めかけたが、またペースを戻て去って行ってしまった。
去って行くその背を、見えなくなるまでじっと見送った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる