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第四章 曇天をさらう暴風雨 (ヒメ/阿久津交互)
02 想いの楔
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午前中、出張を済ませた俺は、昼休みの終わり頃に帰社した。
ランチ帰りの雑踏の中で肩を叩かれると、ジョーが立っている。
「お疲れさまです」
にこりと笑う後輩に、珍しいこともあるもんだと横目をやった。
日ごろ、こいつが俺にわざわざ話しかけて来ることなどない。
ジョーは俺の顔を覗き込んで来る。
「まだ連絡先教えてあげてないんすか? 改札横の座敷童」
俺は思わず噴き出す。座敷童って。
「あ、ちなみにヨーコさんがネーミングしました。ぴったりでしょ?」
相変わらず愛妻のことを話すときにはにっこにこだな、お前。
「教えてやる筋合いはない。だいたい聞かれてない」
「えっ、そうなんすか!?」
ジョーは驚きに、丸い目をさらに丸くした。
「でも、今日も待ってましたよ。で、なんか男に声かけられてたんで、とりあえず追い払っておきました」
俺は黙ってジョーに半眼を向ける。
それでその男になびくならそれで終いなのに、なんつーことをしてくれるんだ。
「ヨーコさんが気にしてたんですもん。ああいう身体つきやと男に狙われるやろうなぁ、って」
ヨーコさんの真似をするときの顔がデレデレである。
すっかり忘れていたが、こいつの自発的な行動は基本的にすべて愛妻に起因する。
「まあヨーコさんはなぁ……」
日本人形のように大人しそうな顔立ちと、お嬢様然とした雰囲気に、漫画キャラのようなナイスバディがくっついてるんだ。
相当に男の目を引いたことだろうし、それが故に嫌な思いもしていることだろう。
「もしかして今、ヨーコさんは仕方ないって思いました?」
ジョーは変わらぬ笑みをうかべているが、目は完全に据わっている。
俺はそれを見て取った瞬間に危機感を覚える。
「ね、思ったでしょう。投げ飛ばしますよ」
「落ち着け。俺は何も言ってない」
ジョーの黒いオーラを払うように、俺は慌てて両手を振った。ジョーは不服げに嘆息する。
「ま、彼女が嫌な思いをする前に、決着つけてあげたらどうですか」
不意におとなびたことを言いながら、ジョーはスラックスのポケットに手をつっこむと、俺に背を向けた。
「アークに抱く想いが憧れでも好意でも、中途半端な期待は彼女を縛り付けるだけでしょう」
俺は思わず眉を寄せる。
そんなこと、お前に言われずとも。
十年前の自分を思い出す。
もしかしたら、振り返ってくれるかもしれない。
そんな期待を、持っていなかったわけではない。
それが、かすかなものであっても。
「想いが強ければ強いほど、そこから離れるのも時間がかかりますよ」
ジョーが顔だけ振り返った。その顔は無表情だが、初めて男らしさを感じる。
なんだこいつ、こういう顔もするんだ。
日頃、へらへら笑ってばかりの顔より、全然人間味があるじゃないか。
「なあ。それ、誰の話?」
薄々察しながらも、俺はジョーの表情を見つめた。
その途端、ジョーはいつもの軽薄な調子を取り戻し、にやりと笑って人差し指を自分の口元に当てる。
「なーいしょ」
不思議と違和感のないウィンクを一つすると、あ、そうだ、と思い出したように言う。
「こんな話するために声かけたんじゃないんすよ。アーク、お店の開拓が趣味でしょ? 今度、S駅のデパートでヨーコさんの好きな画家の展示会があるんで、二人で行こうと思ってるんすよ。ディナーにいいお店知ってたら教えてくださいよー」
なんだ、珍しく話しかけて来たと思ったらそういうことか。
俺は嘆息しつつ、後からメッセージで送ってやるよと答えた。
「あ、帰って来たー。遅いよ阿久津」
「あああ?」
何でお前こんなとこいんの?
口から出そうになった言葉を飲み込み、俺は深々と嘆息した。
なぜか俺の椅子に座る橘女史は、隣のデスクの女性と顔見知りだったらしい。楽しげに話していたようだ。
社内にどんだけ知り合いいるんだ、お前。
「出張だったんだから仕方ないだろ」
「でも昼休み終わっちゃう」
知るか。
「じゃあ戻れよ」
「つれないこと言わないでよー」
橘女史は笑いながら俺の手を引き、廊下に連れて行った。
「ね、ね、でどうなの?」
「何がだよ」
「そりゃヒメちゃんよ」
橘女史の目はきらきらと輝いている。
無駄。ほんと無駄。その愛嬌。
「えー。でも、今日も待ってたじゃない」
改札横の座敷童こと澤田ヒメは、マーシーや橘女史とも挨拶を交わすようになったらしい。
出社の時間は俺の方が早いことが多く、大体俺が去ると奴も去るので、頻繁ではないようだが。
「知らねぇよ」
俺は吐き出すように言って、もう終いだとデスクへ足を踏み出した。その腕を橘が掴む。
「どうする気なの?」
その声音が真剣なものに変わったことに気づいて、俺は振り向いた。
橘はまっすぐに俺を見上げている。
「ずるずる伸ばして、もうかれこれ一ヶ月になるじゃない。そのつもりがないなら、ちゃんと言ってあげなよ」
橘はうつむき、拗ねたように続けた。
「片思いって、つらいんだから」
胸が軋んだのが分かった。
お前に言われなくても。
自嘲気味な笑みが口元に浮かぶ。
「いちいち、えぐって来んな」
かろうじて吐き出した強がりに、橘女史は首を傾げた。
ランチ帰りの雑踏の中で肩を叩かれると、ジョーが立っている。
「お疲れさまです」
にこりと笑う後輩に、珍しいこともあるもんだと横目をやった。
日ごろ、こいつが俺にわざわざ話しかけて来ることなどない。
ジョーは俺の顔を覗き込んで来る。
「まだ連絡先教えてあげてないんすか? 改札横の座敷童」
俺は思わず噴き出す。座敷童って。
「あ、ちなみにヨーコさんがネーミングしました。ぴったりでしょ?」
相変わらず愛妻のことを話すときにはにっこにこだな、お前。
「教えてやる筋合いはない。だいたい聞かれてない」
「えっ、そうなんすか!?」
ジョーは驚きに、丸い目をさらに丸くした。
「でも、今日も待ってましたよ。で、なんか男に声かけられてたんで、とりあえず追い払っておきました」
俺は黙ってジョーに半眼を向ける。
それでその男になびくならそれで終いなのに、なんつーことをしてくれるんだ。
「ヨーコさんが気にしてたんですもん。ああいう身体つきやと男に狙われるやろうなぁ、って」
ヨーコさんの真似をするときの顔がデレデレである。
すっかり忘れていたが、こいつの自発的な行動は基本的にすべて愛妻に起因する。
「まあヨーコさんはなぁ……」
日本人形のように大人しそうな顔立ちと、お嬢様然とした雰囲気に、漫画キャラのようなナイスバディがくっついてるんだ。
相当に男の目を引いたことだろうし、それが故に嫌な思いもしていることだろう。
「もしかして今、ヨーコさんは仕方ないって思いました?」
ジョーは変わらぬ笑みをうかべているが、目は完全に据わっている。
俺はそれを見て取った瞬間に危機感を覚える。
「ね、思ったでしょう。投げ飛ばしますよ」
「落ち着け。俺は何も言ってない」
ジョーの黒いオーラを払うように、俺は慌てて両手を振った。ジョーは不服げに嘆息する。
「ま、彼女が嫌な思いをする前に、決着つけてあげたらどうですか」
不意におとなびたことを言いながら、ジョーはスラックスのポケットに手をつっこむと、俺に背を向けた。
「アークに抱く想いが憧れでも好意でも、中途半端な期待は彼女を縛り付けるだけでしょう」
俺は思わず眉を寄せる。
そんなこと、お前に言われずとも。
十年前の自分を思い出す。
もしかしたら、振り返ってくれるかもしれない。
そんな期待を、持っていなかったわけではない。
それが、かすかなものであっても。
「想いが強ければ強いほど、そこから離れるのも時間がかかりますよ」
ジョーが顔だけ振り返った。その顔は無表情だが、初めて男らしさを感じる。
なんだこいつ、こういう顔もするんだ。
日頃、へらへら笑ってばかりの顔より、全然人間味があるじゃないか。
「なあ。それ、誰の話?」
薄々察しながらも、俺はジョーの表情を見つめた。
その途端、ジョーはいつもの軽薄な調子を取り戻し、にやりと笑って人差し指を自分の口元に当てる。
「なーいしょ」
不思議と違和感のないウィンクを一つすると、あ、そうだ、と思い出したように言う。
「こんな話するために声かけたんじゃないんすよ。アーク、お店の開拓が趣味でしょ? 今度、S駅のデパートでヨーコさんの好きな画家の展示会があるんで、二人で行こうと思ってるんすよ。ディナーにいいお店知ってたら教えてくださいよー」
なんだ、珍しく話しかけて来たと思ったらそういうことか。
俺は嘆息しつつ、後からメッセージで送ってやるよと答えた。
「あ、帰って来たー。遅いよ阿久津」
「あああ?」
何でお前こんなとこいんの?
口から出そうになった言葉を飲み込み、俺は深々と嘆息した。
なぜか俺の椅子に座る橘女史は、隣のデスクの女性と顔見知りだったらしい。楽しげに話していたようだ。
社内にどんだけ知り合いいるんだ、お前。
「出張だったんだから仕方ないだろ」
「でも昼休み終わっちゃう」
知るか。
「じゃあ戻れよ」
「つれないこと言わないでよー」
橘女史は笑いながら俺の手を引き、廊下に連れて行った。
「ね、ね、でどうなの?」
「何がだよ」
「そりゃヒメちゃんよ」
橘女史の目はきらきらと輝いている。
無駄。ほんと無駄。その愛嬌。
「えー。でも、今日も待ってたじゃない」
改札横の座敷童こと澤田ヒメは、マーシーや橘女史とも挨拶を交わすようになったらしい。
出社の時間は俺の方が早いことが多く、大体俺が去ると奴も去るので、頻繁ではないようだが。
「知らねぇよ」
俺は吐き出すように言って、もう終いだとデスクへ足を踏み出した。その腕を橘が掴む。
「どうする気なの?」
その声音が真剣なものに変わったことに気づいて、俺は振り向いた。
橘はまっすぐに俺を見上げている。
「ずるずる伸ばして、もうかれこれ一ヶ月になるじゃない。そのつもりがないなら、ちゃんと言ってあげなよ」
橘はうつむき、拗ねたように続けた。
「片思いって、つらいんだから」
胸が軋んだのが分かった。
お前に言われなくても。
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