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第四章 曇天をさらう暴風雨 (ヒメ/阿久津交互)
10 思考思惑のスパイラル
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ほとんど売り言葉に買い言葉、でホテルに足を向けつつ、俺の気持ちは完全にささくれ立っていた。
何なんだよ、ったく。
下手に傷つけるのも悪い、と思っていた自分が馬鹿のようだ。
何でそこまでして、俺の近くにいたがる?
食事中、澤田が呟いていた言葉を思い出す。
もし、あのとき声をかけてたら、と。
覚えていない、こともない。
駅のコンコース。大きめの笹に結わえられた色とりどりの短冊飾り。横には小さな机があって、自由に短冊に願い事を書けるようになっていた。
ああ、今年もそんな季節かと、一瞥しただけで立ち去ろうとした。あれは何だと声をかけてきたアメリカ人。日本の伝統行事だと答えた俺。
それを、あの女は、見ていたんだろう。
七夕飾りの下から。
輪飾りや星型の色紙に彩られた、子ども騙しのような七夕飾りの下に、立ち尽くす少女のような女の姿を思い浮かべて、また口の中で舌打ちをする。
安易に想像がつきすぎて、嫌になる。
で、何か?
お前は一年一度の逢瀬を夢見る織り姫で、俺は天の川の向こうに暮らす彦星だと、そう思ったわけか。
七夕が引き合わせてくれた縁だと、本気で?
馬鹿みたいだ。
ガキじゃあるまいし。
適当なホテルに入り、部屋を指定し、鍵を受け取って向かう。
澤田は黙ってついて来た。
エレベーターに乗るとき、ちらりと見えた横顔は、決して暗い顔ではない。
そのことが、ますます俺の気持ちを暗くさせる。
どうすりゃいいんだよ。
ーーそのつもりがないなら、ちゃんと言ってあげなよ。片想いって、辛いんだから。
橘女史の言葉が、不意に耳に蘇った。
馬鹿言うなよ。お前に言われなくたって、そんなこと誰よりも分かってるんだよ。
何度、声にしようと思っただろう。いや、全く口にしなかった訳じゃない。
ーーそんなに彼氏欲しいなら、俺がなってやろうか?
ーーま、ほんとに結婚できないままだったら、俺がもらってやるよ。
ーー試しにつき合ってみる?
橘に口にした台詞を思い出して、自嘲気味に口の端を上げた。
そう、口にしなかった訳じゃない。でも、冗談に紛らわせられるギリギリの線で、あいつの気持ちを探ろうとした。
橘の返事はいつも変わらなかった。あいつはカラリと笑って、俺の肩を叩いた。
ーー何それ。ウケる。
ーーまあでも、阿久津なりに励ましてくれてるのは分かった。ありがと。
二人で何度飲みに行っても、それ以上には進まない関係。
自分の馬鹿さ加減に呆れつつも、あいつが疲れた顔で愚痴をこぼすと、つい飲みに誘った。
帰路を送り届けることすら、笑って拒む女。
自分が女であるという自覚もなければ、俺が男であるという認識もない女。
エレベーターが目的の階に止まった。俺はゆるゆると息を吐き出した。ドアが開き、前へ踏み出す。澤田も一歩遅れてそれに従った。互いに何も言わない。この女が期待しているのか絶望しているのか何も感じていないのか、それも俺には分からない。分からない方がいいような気がした。分かれば分かるほど、俺は足を取られて先に進めなくなる。
先に?
先、ってどこだよ。
とっくにお前は、立ち止まっていただろう。
自分を嘲笑う声が聞こえた。
そうだよ。俺はずっと、立ち止まったままだ。
仕事に逃げて。友達に逃げて。捨てたと言いながらその実、汚されたくない憧れだけを、後生大事に抱えている。
俺はドアを開けた。
澤田が目を上げる。
「入れよ」
顎で示すと、澤田はこくりと頷いて、部屋の中へ一歩踏み出した。
何なんだよ、ったく。
下手に傷つけるのも悪い、と思っていた自分が馬鹿のようだ。
何でそこまでして、俺の近くにいたがる?
食事中、澤田が呟いていた言葉を思い出す。
もし、あのとき声をかけてたら、と。
覚えていない、こともない。
駅のコンコース。大きめの笹に結わえられた色とりどりの短冊飾り。横には小さな机があって、自由に短冊に願い事を書けるようになっていた。
ああ、今年もそんな季節かと、一瞥しただけで立ち去ろうとした。あれは何だと声をかけてきたアメリカ人。日本の伝統行事だと答えた俺。
それを、あの女は、見ていたんだろう。
七夕飾りの下から。
輪飾りや星型の色紙に彩られた、子ども騙しのような七夕飾りの下に、立ち尽くす少女のような女の姿を思い浮かべて、また口の中で舌打ちをする。
安易に想像がつきすぎて、嫌になる。
で、何か?
お前は一年一度の逢瀬を夢見る織り姫で、俺は天の川の向こうに暮らす彦星だと、そう思ったわけか。
七夕が引き合わせてくれた縁だと、本気で?
馬鹿みたいだ。
ガキじゃあるまいし。
適当なホテルに入り、部屋を指定し、鍵を受け取って向かう。
澤田は黙ってついて来た。
エレベーターに乗るとき、ちらりと見えた横顔は、決して暗い顔ではない。
そのことが、ますます俺の気持ちを暗くさせる。
どうすりゃいいんだよ。
ーーそのつもりがないなら、ちゃんと言ってあげなよ。片想いって、辛いんだから。
橘女史の言葉が、不意に耳に蘇った。
馬鹿言うなよ。お前に言われなくたって、そんなこと誰よりも分かってるんだよ。
何度、声にしようと思っただろう。いや、全く口にしなかった訳じゃない。
ーーそんなに彼氏欲しいなら、俺がなってやろうか?
ーーま、ほんとに結婚できないままだったら、俺がもらってやるよ。
ーー試しにつき合ってみる?
橘に口にした台詞を思い出して、自嘲気味に口の端を上げた。
そう、口にしなかった訳じゃない。でも、冗談に紛らわせられるギリギリの線で、あいつの気持ちを探ろうとした。
橘の返事はいつも変わらなかった。あいつはカラリと笑って、俺の肩を叩いた。
ーー何それ。ウケる。
ーーまあでも、阿久津なりに励ましてくれてるのは分かった。ありがと。
二人で何度飲みに行っても、それ以上には進まない関係。
自分の馬鹿さ加減に呆れつつも、あいつが疲れた顔で愚痴をこぼすと、つい飲みに誘った。
帰路を送り届けることすら、笑って拒む女。
自分が女であるという自覚もなければ、俺が男であるという認識もない女。
エレベーターが目的の階に止まった。俺はゆるゆると息を吐き出した。ドアが開き、前へ踏み出す。澤田も一歩遅れてそれに従った。互いに何も言わない。この女が期待しているのか絶望しているのか何も感じていないのか、それも俺には分からない。分からない方がいいような気がした。分かれば分かるほど、俺は足を取られて先に進めなくなる。
先に?
先、ってどこだよ。
とっくにお前は、立ち止まっていただろう。
自分を嘲笑う声が聞こえた。
そうだよ。俺はずっと、立ち止まったままだ。
仕事に逃げて。友達に逃げて。捨てたと言いながらその実、汚されたくない憧れだけを、後生大事に抱えている。
俺はドアを開けた。
澤田が目を上げる。
「入れよ」
顎で示すと、澤田はこくりと頷いて、部屋の中へ一歩踏み出した。
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