爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

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第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)

12 おっさん言うな!

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 男に囲まれた澤田は、今にも崩れ落ちそうに見えた。俺の声に反応して、澤田を囲む二人の男がこちらを見る。
「何だよオッサン。何か用?」
 オッサン、なぁ。
「オッサンだとよ」
 むっとしつつ、腕に巻き付く美郷に言うと、笑い声が返ってきた。
「でしょうね、坊ちゃんたちから見たら」
「あー、そうかよ」
 俺は言いながら後ろ頭をかく。澤田は黒目がちな丸い目をこれ以上ないほどに見開いて俺を見ている。
 その目は期待と不安と困惑と、その他いろんな感情がごちゃまぜになって、涙で潤んでいる。今まで俺に見せていた瞳の強さはなりを潜め、そうか、と思い当たった。
 こいつも、大事に育てられたクチだったんだろうな。
 強い意思を宿してまっすぐ向けられた瞳は、他でもない、橘と似たものだったのだと今さら気づく。
 半ば自暴自棄になったような今の目に、彼女らしさは全くない。そのことが俺を苛立たせた。
 らしくねぇことしてんじゃねぇよ。
「ガキが来るようなところじゃねぇだろ。さっさと風呂入って寝てろ。おい、そこの青年。とっとと連れてけ」
 先ほど澤田と歩いていた若者に言うと、こちらも足が萎えているのか情けない目をしているだけだ。俺はやれやれと嘆息した。
「オッサンが口挟むなよ」
 ガラの悪い男の一人が俺を睨みつける。俺もそれに黙って視線を返した。胸の中に渦巻く苛立ちを視線に乗せて、俺は二人の男を睨みつけた。
「んだよ。文句あんのかよ。女連れだからって格好つけようっての?」
 男の一人がこちらに歩いてきた。
「やめた方がいいぜ、オッサン。怪我すると復活も遅いだろ?」
 お気遣いどうも。でもお前に気遣われたくはないな。
「やめといた方がいいのはどっちだろうな」
 苛立ち紛れに唸るように言う。
 売り言葉をあっさり無視できるほど人間できちゃいないんだよ。
「お前から見りゃ俺がオッサンなように、俺から見りゃお前はガキだ。母ちゃんのとこ帰って子守唄でも歌ってもらえ。ガキが出歩く時間じゃねぇぞ」
 俺は言いながらそれとなく美郷に離れるよう腕を振った。美郷は気遣わしげに俺を見上げたが、黙って後ろに下がる。
「オッサンの癖に、一対二で勝てると思ってんの?」
「はっ。いきがってんじゃねーぞ、ガキ。その細い腕で言われたってーー」
 拳が腹へと飛んできたので、とっさに言葉を止めて腹部に力を入れる。
 ドッ、と拳が腹に入った。
 痛ってぇ。このくそガキ。
「きかねぇな。しっかり腰入れろよ。それとも殴り方も知らねぇのか?」
 澤田は放心状態から少しずつ立ち直っているようだ。目の輝きが少しだけ取り戻されたように見える。
「強がってんじゃねぇよ、オッサン」
 馬鹿言え。喧嘩のときに強がらなくてどこで強がるってんだよ。
 俺は嘆息しながら鞄を美郷に投げやる。美郷は黙ってそれを受けとった。
「あーくん。流血沙汰はよくないよ」
「お前がそういう常識的なこと言うわけ?」
 あきれた俺が美郷へ視線を移しかけたとき、男が動いた。繰り出された拳を流しながら半身を引き、思い切り足を蹴り上げる。拳に乗って体重が前に流れていたこともあり、男はあっけなくバランスを崩した。俺はその背に膝を乗せ、腕を後ろ手に絡めとる。
「バーカ。お前みたいな馬鹿のやることはお見通しだ」
 言いながらも、心臓はドキドキしている。
 くそ、喧嘩なんか中学以来だっつーの。馬鹿なのは誰だ? 俺だよ俺。いい年こいて学生と喧嘩で病院送りなんざ、勘弁してくれよ。
 心中毒づきながら、澤田の隣に立つ男を睨みつけた。
 そちらはあまり好戦的ではないらしい。やれやれといった風情で嘆息すると、澤田の腰に手を回す。
 触るな、っつの。
 俺は舌打ちした。
「澤田。ぼうっとしてんじゃねぇ。こっちに来い」
 俺が唸ると、澤田ははっと我に返ってこちらへ走りだそうとした。が、男の手がそれを阻む。
「は、離してっ……!」
「オッサン、俺の友達解放してよ。じゃなきゃこの子も返せない」
 言いながら、男の手はいやらしく澤田の身体を撫でる。きっと本人が一番ぞっとしているだろうが、俺もそれを見て胸糞悪くなった。
 また舌打ちして、組み敷いた男を引き立たせ、背中を蹴ってそちらへ向かわせる。正直、体力的に組み敷くのが辛くなっていたのもあるのだが。
「おい。そいつを離せよ」
「あはは。オッサン、意外と素直なんだ」
 男は澤田から手を離さない。俺は澤田を見ながら舌打ちした。
 ったく。お前みたいな甘ちゃんが、こんなところに来ていい訳ねぇだろ。何考えてんだよ。自分の尻拭いぐらい、自分でしろーー
 心中で澤田に毒づくが、どう考えてもこの状況下では無意味だ。
「で、どーするの? 俺から取り返すの? さながら、ヒメを悪者から取り返すナイトのように?」
「ナイトぉ?」
 俺の手を逃れた男が悠長に笑う。
「この面でナイトとか、やめてよ。笑っちゃう」
 テメェ。さっきまで俺の足元で顔を歪ませてた癖しやがって。
 骨の一本でも折ってやればよかったかと思う。が、それも良識ある俺にはできなかったことだ。
 俺は自分を落ち着かせるために息を吐き出した。隣に、美郷が立つ。
「あーくん。私が代わろうか」
「はっ?」
「あの子の代わりぃ」
 美郷は言いながら俺に鞄を押し付け、ふわふわした足取りで男たちに近づく。
「ねぇ、坊ちゃんたち。お姉さんじゃ駄目かしら?」
「年増が何言ってんだ」
「そりゃ、年増は年増だけどぉ」
 美郷が笑いながら、ちらりと俺に視線を投げる。俺は嘆息しながら口を開いた。
「まあ抱き心地は良くないが、テクはあるぞ」
 男二人が少しだけ期待に満ちた目をする。
「あははは。素直な本音ね。嬉しくなぁい」
 美郷は言いながら、男たちの方へ歩いていく。
 その足は相変わらず、蹴れば折れそうだ。
 気にしないのだろう、この女は。誰に抱かれても、その行為がどんなに乱暴でも。
 自嘲して、けだるい笑顔を浮かべて、それで終わりにするに違いない。
 ーーでも。
 俺は鞄を投げ捨て、美郷の手首を掴んだ。
「やめろ。お前が行く価値もない」
 美郷は驚いたような顔で振り返る。この女の人間味のある表情を、俺は初めて見た。
「なぁに、それ。びっくり。あーくんがそんなこと言うなんて」
 俺だってびっくりだよ。
 思いながら美郷の先にいる澤田を見やる。子リスのような目は相変わらず怯えている。
 あんなに震えて、可愛そうに。
 そう思える、余裕が生まれた。
 美郷に任せて俺が逃げてどうする。
 ここで踏ん張れなきゃ、男じゃねぇだろ。
 俺は二人の男を睨みつけた。
 腕の一本二本折れたって、多少仕事に差し支えるくらいで生きていくには問題ない。命がありゃよしとしよう。
「二人も揃っててビビってんのかよ。女を盾にしなきゃ喧嘩もできねぇようなら、最初から喧嘩なんざ吹っかけて来んじゃねぇ」
 美郷を脇に押しやりながら、ジャケットを脱いでネクタイを外す。美郷にそれを押し付けて、腕時計を外しワイシャツの袖をめくる。視線は男二人を見たままだ。
 ジョーみたいに、武道でもやっときゃよかった。
 ここで無様に倒れるような男、格好悪すぎる。
 が、ここで逃げる方が、もっと格好悪い。
 よぎる後悔は先に立たず。俺は腰を据えて身構える。
「おいガキ、とっととしろ。俺は気が長い方じゃねぇぞ」
 気が長かったらイチイチこんなガキの喧嘩なんざ買うか、ボケ。
 男二人は視線を交わすと、舌打ちをして澤田を離した。膝から力が抜けたのだろう、澤田がくたりとしゃがみ込む。
 おいおい。せめてもう少し安全なところに行けよ。
 思うが、身体の自由が効かないのだろう。ったく甘ちゃんで困る。
 俺は拳の震えを緊張ではなく武者震いだと思うことにして、息を吐き出した。
「来いよ。オッサンも馬鹿にできないってこと、身体で分からせてやる」
 よくて相打ちだが、この際仕方ない。
 男二人が俺に向かって来る。俺は一人の拳を払い、一人の懐に飛び込んで腹に一撃を食らわせた。後ろからもう一人が首を締めて来る。その顎に頭突きをかましつつ、前の男を足蹴にする。首を締めた男は一瞬怯んだものの、その腕は緩まない。
 意外と根性あんのな。
 さすがに、このままじゃマズイ。
 背後を取られては身動きも取れない。
 前の男がにやりと笑い、下腹部に拳が飛んできた。
 ごふ、と息を吐き出すが、首は締められて息苦しい。
 くっそ。どうすりゃいいんだよ。
 自分の未熟さを呪ったとき、呑気な声が降ってきた。
「アーク。加勢、必要?」
 俺はその声に、恐怖とも安堵ともつかない動揺を覚える。
「ーージョー?」
 そこには、短髪童顔の男が、場に似つかわしくない笑顔で立っていた。
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