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第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)
15 トモダチ
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「阿久津さん……」
去っていくその背へ呼びかける声は小さくなった。私が招いた種で、阿久津さんに痛い思いをさせてしまった。胸中を罪悪感が満たす。
阿久津さんの背を見送る私に、津田ちゃんがおずおずと近づいてきた。
阿久津さんから何か言われてたみたいだったけど、少し距離があった私には何を言われたのか分からない。
津田ちゃんはいつもの優しくて気弱な笑顔を浮かべ、私に手を差し出した。
「行こっか、ヒメちゃん」
私はこの数分の出来事がまだうまく飲み込めない。ぐちゃぐちゃ頭のまま、その手を取って歩き出した。
津田ちゃんは私の手をぎゅっと握って、ホテルの連なる通りを抜け、駅へ向かって歩いていく。
津田ちゃんと二人きりでいるときに、こんなに長く沈黙したのは初めてだと気づいた。途端に、握った手に違和感を覚える。
どうして、手を取ってしまったんだろう。
怖い思いをしたから、人恋しかった。何も考えていなかった。さっき頭を撫でてくれたお姉さん、ヨーコさんに甘えるような感覚そのまま、津田ちゃんの手を取ってしまった。
でも、繋いでみると、津田ちゃんの手は男の人の手だった。
どうしよう。どうやってこの手を離そう。
困って足元を見る。津田ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「気分、悪い? どこかで休もうか?」
休む、という言葉にギクリとして周りを見たら、幸いもうホテルのない通りに来ていた。それにほっとした私を見て、津田ちゃんが苦笑する。
「俺、あいつらとは違うよ」
「そ、そんなこと分かってるよぉ」
取り繕ってへらりと笑うが、津田ちゃんは苦笑を浮かべたまま黙ってうつむいた。
「……格好悪いなぁ、俺」
ぽつり、と呟いたその声が、しみじみとした切なさを感じさせて、私は慌てる。
「な、何で。そんなこと」
ないと言い切れず、押し黙る。津田ちゃんは、私が男たちに絡まれているのを助けられなかったのが悔しいのだろう。そこに現れた阿久津さんは、本当にヒーローみたいだった。
さらにその上現れたジョーさんは、逆に迫力ありすぎて悪役にすら見えたけど。
「ヒメちゃん、俺のこと男だって思ってないでしょ」
不意に問われて、言葉に詰まった。私にとって津田ちゃんは、仲のいい友達の一人。それ以上でも以下でもない。
「二人きりで部屋にいても、緊張も何もしないし。昼寝すらするし」
「そ、そんなことあったっけ」
「あったよ。ソラちゃんちでプレゼン演習の準備したとき」
「そ、そうだったかなぁ」
言いながら、私の目は助けを求めるようにさまよう。なんだかこの会話はまずい。まずい気がする。
「でも、一緒にいたくてずっと黙ってた俺も悪いのかも」
何か。何か他の話題を。
「そ、ソラちゃんの結婚祝い、何がいいかちょっとお店見てみよっか。あ、もう閉まってるかな。あはは」
津田ちゃんは苦笑した。
「ヒメちゃん。ごまかさないで」
私は取り繕った笑い顔から力を抜く。
「……だって、津田ちゃん、まるで……」
言いにくくて、唇を尖らせ、うつむいた。
「まるで、私に告白するみたいな言い方、してる」
津田ちゃんは笑う。
「してるよ。だって、するもん」
「やだ」
「何で?」
「だ、だって、津田ちゃんは私の友達だもん。ソラちゃんとか、新木くんと一緒に、ずっと仲良くしてたいもん」
「だからだよ」
津田ちゃんの笑顔はいつも通り穏やかだったけど、その目はいつもよりも力強さを感じさせた。
決意した人の目、ってこういうのなのかな。
思いながら、私は戸惑いに視線をさまよわせる。
「俺は言いたいことを隠して仲良くし続けるのに疲れたんだ」
一気に言い切ると、津田ちゃんは息を吸った。
「好きだよ、ヒメちゃん。大学の頃からずっと君が好きだった。今でも忘れてない。忘れられない」
津田ちゃんの顔からは、いつもの気弱な笑顔が消えていた。
まっすぐ真剣に見つめられて、私は気圧される。
何か答えなきゃと思うのに、私の頭も口も、うまく動いてくれない。
自分が情けなくなって、津田ちゃんの視線を受け止め切れず、うつむいた。
「……怖い思いをした後で、疲れてるよね」
津田ちゃんは静かに言った。
「混乱、させてごめんね。でも……俺、弱っちいけど、喧嘩とかできないけど、ヒメちゃんのこと大切にしたい。そもそもそんな、喧嘩なんか巻き込まれないところで、ちゃんと付き合って行きたい」
その言葉はさりげなく、阿久津さんのことを思わせる。
「返事、すぐじゃなくていいんだ。待つから。切り換えに時間がかかるなら、俺もゆっくり付き合うつもりだし……でも、俺、あの人は」
「言わないで」
私はほとんど悲鳴のように、津田ちゃんの言葉を止めた。
「言わないで」
耳を覆い、唇を噛み締める。
他人から、阿久津さんと私が釣り合って見えるかどうかなんて、聞きたくなかった。
聞く勇気、なかった。
「……ごめん」
津田ちゃんは言った。
沈黙の後、私も手を下ろす。
「……今日は、帰る。疲れちゃった」
「そうだね。俺も……疲れたかも」
津田ちゃんは、いつもの気弱そうな笑顔で言った。私も思わず微笑んだ。
離れた手はもうつながることのないまま、駅へと二人で歩いて行った。
去っていくその背へ呼びかける声は小さくなった。私が招いた種で、阿久津さんに痛い思いをさせてしまった。胸中を罪悪感が満たす。
阿久津さんの背を見送る私に、津田ちゃんがおずおずと近づいてきた。
阿久津さんから何か言われてたみたいだったけど、少し距離があった私には何を言われたのか分からない。
津田ちゃんはいつもの優しくて気弱な笑顔を浮かべ、私に手を差し出した。
「行こっか、ヒメちゃん」
私はこの数分の出来事がまだうまく飲み込めない。ぐちゃぐちゃ頭のまま、その手を取って歩き出した。
津田ちゃんは私の手をぎゅっと握って、ホテルの連なる通りを抜け、駅へ向かって歩いていく。
津田ちゃんと二人きりでいるときに、こんなに長く沈黙したのは初めてだと気づいた。途端に、握った手に違和感を覚える。
どうして、手を取ってしまったんだろう。
怖い思いをしたから、人恋しかった。何も考えていなかった。さっき頭を撫でてくれたお姉さん、ヨーコさんに甘えるような感覚そのまま、津田ちゃんの手を取ってしまった。
でも、繋いでみると、津田ちゃんの手は男の人の手だった。
どうしよう。どうやってこの手を離そう。
困って足元を見る。津田ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「気分、悪い? どこかで休もうか?」
休む、という言葉にギクリとして周りを見たら、幸いもうホテルのない通りに来ていた。それにほっとした私を見て、津田ちゃんが苦笑する。
「俺、あいつらとは違うよ」
「そ、そんなこと分かってるよぉ」
取り繕ってへらりと笑うが、津田ちゃんは苦笑を浮かべたまま黙ってうつむいた。
「……格好悪いなぁ、俺」
ぽつり、と呟いたその声が、しみじみとした切なさを感じさせて、私は慌てる。
「な、何で。そんなこと」
ないと言い切れず、押し黙る。津田ちゃんは、私が男たちに絡まれているのを助けられなかったのが悔しいのだろう。そこに現れた阿久津さんは、本当にヒーローみたいだった。
さらにその上現れたジョーさんは、逆に迫力ありすぎて悪役にすら見えたけど。
「ヒメちゃん、俺のこと男だって思ってないでしょ」
不意に問われて、言葉に詰まった。私にとって津田ちゃんは、仲のいい友達の一人。それ以上でも以下でもない。
「二人きりで部屋にいても、緊張も何もしないし。昼寝すらするし」
「そ、そんなことあったっけ」
「あったよ。ソラちゃんちでプレゼン演習の準備したとき」
「そ、そうだったかなぁ」
言いながら、私の目は助けを求めるようにさまよう。なんだかこの会話はまずい。まずい気がする。
「でも、一緒にいたくてずっと黙ってた俺も悪いのかも」
何か。何か他の話題を。
「そ、ソラちゃんの結婚祝い、何がいいかちょっとお店見てみよっか。あ、もう閉まってるかな。あはは」
津田ちゃんは苦笑した。
「ヒメちゃん。ごまかさないで」
私は取り繕った笑い顔から力を抜く。
「……だって、津田ちゃん、まるで……」
言いにくくて、唇を尖らせ、うつむいた。
「まるで、私に告白するみたいな言い方、してる」
津田ちゃんは笑う。
「してるよ。だって、するもん」
「やだ」
「何で?」
「だ、だって、津田ちゃんは私の友達だもん。ソラちゃんとか、新木くんと一緒に、ずっと仲良くしてたいもん」
「だからだよ」
津田ちゃんの笑顔はいつも通り穏やかだったけど、その目はいつもよりも力強さを感じさせた。
決意した人の目、ってこういうのなのかな。
思いながら、私は戸惑いに視線をさまよわせる。
「俺は言いたいことを隠して仲良くし続けるのに疲れたんだ」
一気に言い切ると、津田ちゃんは息を吸った。
「好きだよ、ヒメちゃん。大学の頃からずっと君が好きだった。今でも忘れてない。忘れられない」
津田ちゃんの顔からは、いつもの気弱な笑顔が消えていた。
まっすぐ真剣に見つめられて、私は気圧される。
何か答えなきゃと思うのに、私の頭も口も、うまく動いてくれない。
自分が情けなくなって、津田ちゃんの視線を受け止め切れず、うつむいた。
「……怖い思いをした後で、疲れてるよね」
津田ちゃんは静かに言った。
「混乱、させてごめんね。でも……俺、弱っちいけど、喧嘩とかできないけど、ヒメちゃんのこと大切にしたい。そもそもそんな、喧嘩なんか巻き込まれないところで、ちゃんと付き合って行きたい」
その言葉はさりげなく、阿久津さんのことを思わせる。
「返事、すぐじゃなくていいんだ。待つから。切り換えに時間がかかるなら、俺もゆっくり付き合うつもりだし……でも、俺、あの人は」
「言わないで」
私はほとんど悲鳴のように、津田ちゃんの言葉を止めた。
「言わないで」
耳を覆い、唇を噛み締める。
他人から、阿久津さんと私が釣り合って見えるかどうかなんて、聞きたくなかった。
聞く勇気、なかった。
「……ごめん」
津田ちゃんは言った。
沈黙の後、私も手を下ろす。
「……今日は、帰る。疲れちゃった」
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津田ちゃんは、いつもの気弱そうな笑顔で言った。私も思わず微笑んだ。
離れた手はもうつながることのないまま、駅へと二人で歩いて行った。
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