爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

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第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)

19 寝坊

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 月曜日の朝、寝坊した。
 きっと、昨夜なかなか眠れなかったからだ。
 私は真っ青になって、髪もぐちゃぐちゃなまま、とにかく服を着替えた。
 洗顔も化粧もそこそこに、朝食を並べる母の横を通り抜ける。
「ヒメ、ご飯はー?」
「ごめん、要らないー!」
 バタバタと家を出て、駅へと向かうバスに飛び乗る。
 このバスに乗れれば、多分大丈夫。
 そう思ったのに、バスは駅前でいつも以上に渋滞して、なかなか駅に着けない。バスを降りると、駅の改札に向かって走り始める。
 何でこんな、今日に限って。
 どうしてくれるのよ、もしもーー
 息を切らして電車に乗った瞬間に、はたと気づいた。
 阿久津さんに、会ってもいいんだろうか。
 不意に浮かんだ自問に、焦った想いのせいで乱れた動悸が、違う意味での動悸に変わっていく。
 土日に散々悩んだのは、阿久津さんへの想いのせいだ。
 私が私でなくなるような、自分を見失いそうな感情。それをもたらすほどのこの想いを、私は持ちつづけるべきなのだろうか。
 それよりももっと平穏で平坦で、それでも温かい津田ちゃんのような人と、仲良くしていく方がいいんだろうか。
 いろんな人が入り混じる街。ガラの悪い人たちの中にあっても、違和感なく立っていられる阿久津さんの姿を思い出す。
 憧れた。素敵だなって思った。好きだなって思った。だけどそれは、私が幸せになれる恋なんだろうか。
 もし、このまま会わなければ。
 電車が駅につき、ドアが開く。
 次の駅が、阿久津さんの会社の最寄り駅だ。
 今乗っているのは、多分、いつも阿久津さんが乗っている電車の一本後。
 降りても、もう阿久津さんは行ってしまっていて、会えない可能性は高い。
 それでも、降りるか、どうするか?
 発車のアナウンスを聞きながら、私の気持ちはまだ揺れている。
 会わなければ、いずれ忘れられるだろうか。
 迷っている間に、駅はホームに滑り込んだ。ドアが開く。ドア近くにいた私はホームに押し出されて、でもいつもの場所へ足を向けるのをためらう。
 いないかもしれない。きっといない。だっていつも、私が先についていて、待っているから挨拶してくれてたんだ。
 ーーいないに違いない。
 自分に言い聞かせるように思って、電車に乗る人ごみと共にまた車内へと戻ろうとした。
 そのとき、不意に人波の隙間から、いつもの場所に男性のスーツが見えた。
「す、すみませんっ、すみません、私降ります! 降りまーすっ!!」
 私はあらん限りの声をあげて、人波を掻き分けホームへ戻る。ベルトコンベアのような人波から力づくで離脱すると、一気に疲れたように感じてがっくりと脱力した。
「なーにやってんだ。人様に迷惑だろ」
 頭上から声が降って来る。顔を見ないまま、私は泣きそうになった。
「……だって、いるかいないかわかんなかったから」
「いない方がよかったか?」
 うつむいたままの私に、阿久津さんはなぜか、ひどく優しい声で言った。
 おそらく初めて聞く優しい声音に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
 私は恐る恐る、顔を上げて阿久津さんを見た。
 阿久津さんは噴き出す。
「何お前、もしかしてすっぴん? 髪もひでぇぞ。寝起きそのままかよ」
 私ははっとして髪を押さえた。ふわふわしたくせっ毛は、朝セットしないと顔周りに広がる。
「だ、だっ、寝坊して、慌てて家出て」
「寝坊ぅ?」
 阿久津さんはまだ笑っている。そんなにおかしいかなぁ。私は居心地の悪さに目をさまよわせる。
「夜更かしして寝不足か?」
 にやりと言われて口をつぐむ。それを肯定と見て取って、阿久津さんは私の頭に手を置いた。
「ま、何にしろよかったよ、元気そうで」
 私は思わず、その顔を見つめる。阿久津さんはまた噴き出した。私は顔を赤くしてむくれる。
「な、何ですかー!」
「いや、化粧っけないとホント成人と思えないな、お前」
「ひ、ひどいー!」
 阿久津さんはけらけらと笑って背を向けた。
「ま、どうせいずれ歳取るんだからいいんじゃない、若く見えるってのは。じゃあな」
 そこで終えるのかと思いきや、顔だけ振り返った。
「また明日」
 そこにはいたずらっぽい笑顔が浮かんでいる。
 私はその言葉に口をぽかんと開け、背中が見えなくなると、ヘロヘロとベンチに腰掛けた。
 駄目だ。
 全然、駄目。
 私はベンチに座ったまま、両手で顔を覆う。身体がちょっとだけ、震えているのが分かった。
 ーー喜びに。
「好きすぎるぅぅぅう」
 にやける顔をぐちゃりと膝に寄せて、私はひとり、身悶えたのだった。
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