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第九章 七夕を待たずとも(ヒメ視点)
01 キスの定義
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【東京で降りろ】
阿久津さんからのメッセージが来たのは、東京に着く直前だった。
「えっ? あっ、はいっ」
思わず口で返事をしながら、慌ててぱたぱたと準備をする。
どうにか東京駅に降り立つと、柱の横に寄ってスマホを取り出した。
【東京、着きました】
【○線の改札の中で待ってる】
「えっ」
思わず声が出て、周りの人からジロジロ見られる。
慌てて口を押さえながら、にやつきが止まらない。
えっ? えっ? 阿久津さん、ここまで迎えに来てくれたの?
もう風呂だからとか、言ってたのに。わざわざ?
私はキャリーバックを片手に、改札へ向かって歩き出す。
早く、会いたい。
阿久津さんが足りない。
枯渇したような感覚に、足の運びも早まる。
阿久津さんの待つ改札へたどり着いたときには、もうほとんど小走りになっていた。
ICカードを翳して改札に入りながら、壁に寄り添うように立つ阿久津さんを見つけ、胸が高鳴る。
阿久津さんは呆れているようだった。
「お前な、そんなに急いで来たら転ぶぞ」
半眼を向けられた私はたまらなくなった。
その気持ちに任せて、阿久津さんの身体に抱き着く。
私の手が離れて支えを失ったキャリーバッグがバタンと倒れた。
「うわ、ぶねっ」
受け止める構えができていなかった阿久津さんは、少したたらを踏んだけど持ちこたえた。
私は強く強く、腕に力を込める。
阿久津さんだ。阿久津さんだ阿久津さんだ阿久津さんだ。
本物の阿久津さんだ。
ぎゅぅうう、と黙ったまま抱き着いていると、阿久津さんは呆れたように、そしてあきらめたように、息を吐き出した。
私は阿久津さんの胸に顔を押し付けたまま笑う。
そうだよ。
もう、あきらめて。
私がこんなに想ってるんだから、もう逃げられなんてしない。
だから、あきらめて一緒にいてよ。
心の中で言いながら、またぎゅっと腕に力を込めた。
「……ったく」
式場でセットしたままの私の髪を、ふわりと撫でる。
その手の温もりが、くすぐったいくらいに気持ち良い。
「阿久津さん」
「あ?」
「好き」
「……」
「大好き」
「ちょっと待て」
「会いたかった」
「おい、待てって」
「やだ、待たない」
「澤田」
「待たないって、決めたもん」
私は笑って、顔を上げた。阿久津さんの困惑したような目がそこにある。
絡めた腕を、首に伸ばす。身長差のある私には、爪先立ちしないと阿久津さんの首に抱き着けない。
「こういう方が、私らしいんでしょ?」
まっすぐに阿久津さんの見つめると、阿久津さんがうろたえたように目をさまよわせた。その反応が嬉しくて、私はまた声をあげて笑った。
阿久津さんの家は、本当に駅から歩いてすぐだった。「お前が持ってると危なっかしい」とキャリーバッグを手にしてくれた阿久津さんの腕の力強さに見とれながら歩いていたらあっという間で、物足りなさすら感じたくらいだ。
しかも、結構新しい建物で、間取りもそこそこ広い。ソファとダイニングセットは一人暮らしにしては立派なしつらえだった。
「風呂、入れよ。疲れただろ」
「あ、ありがとうございます」
男の人の部屋に入るのは一年半ぶりだ。合コンで出会った彼氏とはその頃別れたから。
「でも、阿久津さんが入るつもりだったんじゃ?」
「女の方が髪乾かしたり何たり、時間かかんだろ。とっとと入れ」
言いながら、阿久津さんは新聞紙を広げてキャリーバッグをその上に置いてくれる。
綺麗好きなんだろうなと思ったのはそれだけじゃなくて、部屋もそこそこ片付いていたから分かった。
「……一緒に入ります?」
「馬鹿言うな」
呆れたような声で言って、阿久津さんはしっしっと振り払うような手をする。
私は笑いながら、キャリーバッグを開けて必要なものを取り出し始めた。
「……似合ってる」
「え?」
何のことだろうと振り返ると、阿久津さんはソファに腰掛けてそっぽを向いていた。
「そんな服、似合う奴なんかいないと思ってた」
その頬が、少しだけ赤いーーと、思いたい。
私は立ち上がった。Aラインのふんわりしたワンピースの裾が、膝周りにまとわりつく。背の高い人ならミニ丈になるのだろうけど、私の身長だと膝下丈でちょうどいい。
「そう言うんなら、ちゃんと見てください」
前に立って言うと、スカートの裾をつかみ上げる。阿久津さんは嫌そうなそぶりで私を見た。
私はくるりと回って見せる。
「ここのリボンが可愛くて、他のも迷ったんですけどこれにしたんです。ほんとはもう少し濃いピンクがいいなって思ったんですけど、着てみたら悪くないかなって思って」
言いながらまた阿久津さんを前に首を傾げた。
「もう一度言ってください」
「は?」
「似合う?」
阿久津さんは嫌そうな顔をして、またそっぽを向いた。私はむくれる。
「さっきと同じこと言ってくれればいいだけじゃないですか」
「そんな服似合う奴いると思わなかった」
「そこじゃないー!」
私は唇を尖らせて、阿久津さんの膝に向き合う形で乗る。阿久津さんはぎょっとして身体を引いた。
「な、何してんだよ」
「阿久津さんが見てくれないから、見せに来たんじゃないですか」
言いながら首に腕を絡める。じっと目を見つめる。
好き。
こんなに溢れそうな気持ち、どうやったら伝わる?
見つめているこの目で、伝わればいい。
思っていたら、阿久津さんは目を反らした。
少しは伝わってるのかな。
思って笑い、嬉しくて首に抱き着く。
「は、離れろ。さっさと風呂入って来い」
「やだー」
「っ、何言ってんだ。お前が入らないと俺も入れないだろうが」
私は笑って首を傾げた。
「じゃ、一緒に入る?」
「馬鹿言うなって」
阿久津さんは懸命に、渋い顔をしている。
私はくつくつ笑いながら、その頬に口づけた。
「澤田、酔ってんのか?」
「シャンパンくらいしか飲んでません」
「ぐだぐだじゃねぇか」
「甘えてるんです」
ぎゅぅと首にしがみつき、引きはがそうとする阿久津さんを拒む。
でも、阿久津さんだって、形だけそうしているだけだ。本当に嫌なら、力付くでひきはがしているはず。
迎えに来てくれたことも、部屋に上げてくれたことも、私を勇気付けてくれた。
だから、もう少しだけご褒美が欲しい。
「阿久津さん、キスして」
「だからそういうのよせって」
「キスしてくれなきゃ、お風呂入んない」
甘えたい放題甘えよう。困っている顔も嬉しくて、私はついつい、調子に乗る。
阿久津さんはぎゅぎゅっと渋面になって、あきらめたようにため息をついた。
「そしたら、入れよ」
「うん」
あきれたように見つめられて、下腹部がきゅんとうずくのを感じる。
好きの気持ちって、ここにあるのかな。
思いながら笑って、目を閉じて阿久津さんのキスを待った。
阿久津さんはまたため息をついてから、私の唇に唇を重ねた。
触れるだけで、離れる。
「ほら、入って来い」
「えー」
「約束は守れよ」
私は唇を尖らせて立ち上がった。ここで臍を曲げられてもよろしくない。
「キスの定義のすり合わせが必要でした」
「は?」
「もっと濃厚なのがよかった。ーーこの前みたいな」
言うと、阿久津さんはまたあきれた顔をした。
阿久津さんからのメッセージが来たのは、東京に着く直前だった。
「えっ? あっ、はいっ」
思わず口で返事をしながら、慌ててぱたぱたと準備をする。
どうにか東京駅に降り立つと、柱の横に寄ってスマホを取り出した。
【東京、着きました】
【○線の改札の中で待ってる】
「えっ」
思わず声が出て、周りの人からジロジロ見られる。
慌てて口を押さえながら、にやつきが止まらない。
えっ? えっ? 阿久津さん、ここまで迎えに来てくれたの?
もう風呂だからとか、言ってたのに。わざわざ?
私はキャリーバックを片手に、改札へ向かって歩き出す。
早く、会いたい。
阿久津さんが足りない。
枯渇したような感覚に、足の運びも早まる。
阿久津さんの待つ改札へたどり着いたときには、もうほとんど小走りになっていた。
ICカードを翳して改札に入りながら、壁に寄り添うように立つ阿久津さんを見つけ、胸が高鳴る。
阿久津さんは呆れているようだった。
「お前な、そんなに急いで来たら転ぶぞ」
半眼を向けられた私はたまらなくなった。
その気持ちに任せて、阿久津さんの身体に抱き着く。
私の手が離れて支えを失ったキャリーバッグがバタンと倒れた。
「うわ、ぶねっ」
受け止める構えができていなかった阿久津さんは、少したたらを踏んだけど持ちこたえた。
私は強く強く、腕に力を込める。
阿久津さんだ。阿久津さんだ阿久津さんだ阿久津さんだ。
本物の阿久津さんだ。
ぎゅぅうう、と黙ったまま抱き着いていると、阿久津さんは呆れたように、そしてあきらめたように、息を吐き出した。
私は阿久津さんの胸に顔を押し付けたまま笑う。
そうだよ。
もう、あきらめて。
私がこんなに想ってるんだから、もう逃げられなんてしない。
だから、あきらめて一緒にいてよ。
心の中で言いながら、またぎゅっと腕に力を込めた。
「……ったく」
式場でセットしたままの私の髪を、ふわりと撫でる。
その手の温もりが、くすぐったいくらいに気持ち良い。
「阿久津さん」
「あ?」
「好き」
「……」
「大好き」
「ちょっと待て」
「会いたかった」
「おい、待てって」
「やだ、待たない」
「澤田」
「待たないって、決めたもん」
私は笑って、顔を上げた。阿久津さんの困惑したような目がそこにある。
絡めた腕を、首に伸ばす。身長差のある私には、爪先立ちしないと阿久津さんの首に抱き着けない。
「こういう方が、私らしいんでしょ?」
まっすぐに阿久津さんの見つめると、阿久津さんがうろたえたように目をさまよわせた。その反応が嬉しくて、私はまた声をあげて笑った。
阿久津さんの家は、本当に駅から歩いてすぐだった。「お前が持ってると危なっかしい」とキャリーバッグを手にしてくれた阿久津さんの腕の力強さに見とれながら歩いていたらあっという間で、物足りなさすら感じたくらいだ。
しかも、結構新しい建物で、間取りもそこそこ広い。ソファとダイニングセットは一人暮らしにしては立派なしつらえだった。
「風呂、入れよ。疲れただろ」
「あ、ありがとうございます」
男の人の部屋に入るのは一年半ぶりだ。合コンで出会った彼氏とはその頃別れたから。
「でも、阿久津さんが入るつもりだったんじゃ?」
「女の方が髪乾かしたり何たり、時間かかんだろ。とっとと入れ」
言いながら、阿久津さんは新聞紙を広げてキャリーバッグをその上に置いてくれる。
綺麗好きなんだろうなと思ったのはそれだけじゃなくて、部屋もそこそこ片付いていたから分かった。
「……一緒に入ります?」
「馬鹿言うな」
呆れたような声で言って、阿久津さんはしっしっと振り払うような手をする。
私は笑いながら、キャリーバッグを開けて必要なものを取り出し始めた。
「……似合ってる」
「え?」
何のことだろうと振り返ると、阿久津さんはソファに腰掛けてそっぽを向いていた。
「そんな服、似合う奴なんかいないと思ってた」
その頬が、少しだけ赤いーーと、思いたい。
私は立ち上がった。Aラインのふんわりしたワンピースの裾が、膝周りにまとわりつく。背の高い人ならミニ丈になるのだろうけど、私の身長だと膝下丈でちょうどいい。
「そう言うんなら、ちゃんと見てください」
前に立って言うと、スカートの裾をつかみ上げる。阿久津さんは嫌そうなそぶりで私を見た。
私はくるりと回って見せる。
「ここのリボンが可愛くて、他のも迷ったんですけどこれにしたんです。ほんとはもう少し濃いピンクがいいなって思ったんですけど、着てみたら悪くないかなって思って」
言いながらまた阿久津さんを前に首を傾げた。
「もう一度言ってください」
「は?」
「似合う?」
阿久津さんは嫌そうな顔をして、またそっぽを向いた。私はむくれる。
「さっきと同じこと言ってくれればいいだけじゃないですか」
「そんな服似合う奴いると思わなかった」
「そこじゃないー!」
私は唇を尖らせて、阿久津さんの膝に向き合う形で乗る。阿久津さんはぎょっとして身体を引いた。
「な、何してんだよ」
「阿久津さんが見てくれないから、見せに来たんじゃないですか」
言いながら首に腕を絡める。じっと目を見つめる。
好き。
こんなに溢れそうな気持ち、どうやったら伝わる?
見つめているこの目で、伝わればいい。
思っていたら、阿久津さんは目を反らした。
少しは伝わってるのかな。
思って笑い、嬉しくて首に抱き着く。
「は、離れろ。さっさと風呂入って来い」
「やだー」
「っ、何言ってんだ。お前が入らないと俺も入れないだろうが」
私は笑って首を傾げた。
「じゃ、一緒に入る?」
「馬鹿言うなって」
阿久津さんは懸命に、渋い顔をしている。
私はくつくつ笑いながら、その頬に口づけた。
「澤田、酔ってんのか?」
「シャンパンくらいしか飲んでません」
「ぐだぐだじゃねぇか」
「甘えてるんです」
ぎゅぅと首にしがみつき、引きはがそうとする阿久津さんを拒む。
でも、阿久津さんだって、形だけそうしているだけだ。本当に嫌なら、力付くでひきはがしているはず。
迎えに来てくれたことも、部屋に上げてくれたことも、私を勇気付けてくれた。
だから、もう少しだけご褒美が欲しい。
「阿久津さん、キスして」
「だからそういうのよせって」
「キスしてくれなきゃ、お風呂入んない」
甘えたい放題甘えよう。困っている顔も嬉しくて、私はついつい、調子に乗る。
阿久津さんはぎゅぎゅっと渋面になって、あきらめたようにため息をついた。
「そしたら、入れよ」
「うん」
あきれたように見つめられて、下腹部がきゅんとうずくのを感じる。
好きの気持ちって、ここにあるのかな。
思いながら笑って、目を閉じて阿久津さんのキスを待った。
阿久津さんはまたため息をついてから、私の唇に唇を重ねた。
触れるだけで、離れる。
「ほら、入って来い」
「えー」
「約束は守れよ」
私は唇を尖らせて立ち上がった。ここで臍を曲げられてもよろしくない。
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