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第八章 天の川の渡り方(ヒメ/阿久津交互)
08 踏ん切り
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澤田からのメッセージが来たのは、土曜の夜のことだった。そろそろ風呂にでも入ろうと思っていた矢先だ。
結婚式だったはずだ、と思いながら画面を開くと、
【お土産渡したいので、会えませんか?】
とあった。
俺は思わず、苦笑する。
【無理。これから風呂】
返すと、電話が鳴る。
俺はあきれながら取った。
「もしもし?」
『あっ……、もしもし、阿久津さん』
何だよその、あ、って。
思いながら、気づく。
その口調は、最近聞かなくなっていた爽快さを持っていた。
思わず口の端が上がる。
よく分からないが、何か吹っ切れたんだろう。
でも、それで俺に電話してくるってことはーー
『あ、あの、今浜松から帰ってるとこなんですけど。今日、浜松に泊まるつもりだったから、夜空いてます!』
いや、知らねぇよ。空いてますじゃねぇよ。
「だから何だよ」
『阿久津さんの家、泊めてください!』
「馬鹿言うな」
澤田は電話の向こうでしゅんとしたようだった。いい案だと思ってでもいたのだろうか。俺はつい苦笑いする。
「親御さんに連絡して、家帰れよ」
『……じゃあ、ネカフェにでも泊まります』
俺は動きを止めた。
どうしてこいつはこう……
「……おい、よく聞けよ」
俺は頭をかきながら、言い聞かせるように言った。
「俺の部屋に泊まるったって、布団も何も一人分しかねぇんだぞ」
『はいっ! 喜んで!』
喜ぶな! 何を喜んでんだ、どっかの居酒屋の店員か!
俺は自分の言葉が何の意味も成さないことに気づき、頭が痛い思いをした。彼女を説得する言葉を探す。その間に、澤田が口を開いた。
『だって、会いたくなっちゃったんです。阿久津さんに』
あまりに素朴な口調で言われ、喉の奥が、ぐ、と鳴った。
一瞬、まぶたの裏に、上目遣いで俺を見上げる澤田の顔が浮かんだのだ。
ヤバい。相当毒されている。
ここで断らなければ、ほとんど泥沼ーー
『ダメ、ですか?』
開きかけた口は、澤田のその一言に塞がれた。
小さく、自信なさげにかすれた声。
俺はがくりとうなだれる。
深々と息を吐き出した。
「……N駅」
『え?』
「最寄り駅。着く前に教えろ。歩いて5分だから」
澤田は一種の間の後、
『はい……はいっ』
何度も頷いた。かと思うと、
『あ、あの、必要なものとかあったら買って行きますから言ってくださいっ』
「何だよ、必要なものって」
『え、そりゃ、その、ご、ゴムとか……』
「馬鹿言ってんじゃねぇ! とにかく迷わず変な奴に捕まらずに来ること考えろ、馬鹿!」
澤田の言葉を遮るように言って、俺は電話を切った。
知らぬ間に消耗した自分に気づき、ぐったりと机によりかかる。
「……ビール飲も」
立ち上がると、台所へ向かって冷蔵庫を開いた。
缶ビールを一本取り出し、タブを引く。
ーーだって、あるでしょ。男の子には、引けないときってのが。
蘇ったのは、ジョーのウィンクだ。
……いやいや。
口にした缶を、一度置いて首を振る。
違うぞ。今思い出すべき言葉じゃないぞ、それは。
じゃあ今思い出すべき言葉は何だと、思わず自分に問い掛ける。
ーー年齢差気にしてるなら、それって馬鹿馬鹿しいから考え直した方がいいっすよ。
お前と一緒にすんな! とあのとき口にすべきだった。ヨーコさんとジョーは十五離れている。馴れ初めがどんな風だったかは知らないが、まああの様子だとジョーからの猛烈なアタックにヨーコさんがほだされたんだろう。
……誰かに似ている気がして、思考をシャットダウンするように目を閉じる。
落ち着け、俺。年齢差だけが要件じゃない。俺と澤田の場合は容姿だって釣り合わないのだ。
ジョーとヨーコさんは隣り合っていても様になる。それはヨーコさんの雰囲気が、年齢をマイナスに見せないこともあるし、ジョーがほとんど執事のようにかしずいているからでもあるだろう。
俺は時計を見た。澤田がこちらに来るまでに、あと1時間半くらいはかかるだろうか。
家にいても悶々とするだけだと気づき、駅前のカフェに行くことにした。
キーケースと財布を手に家を出た俺だったが、駅に着く頃、カフェでも状況は同じだと気づき、もう一足伸ばして東京へ向かうことにした。
(第八章完 次章、ヒメ視点です)
結婚式だったはずだ、と思いながら画面を開くと、
【お土産渡したいので、会えませんか?】
とあった。
俺は思わず、苦笑する。
【無理。これから風呂】
返すと、電話が鳴る。
俺はあきれながら取った。
「もしもし?」
『あっ……、もしもし、阿久津さん』
何だよその、あ、って。
思いながら、気づく。
その口調は、最近聞かなくなっていた爽快さを持っていた。
思わず口の端が上がる。
よく分からないが、何か吹っ切れたんだろう。
でも、それで俺に電話してくるってことはーー
『あ、あの、今浜松から帰ってるとこなんですけど。今日、浜松に泊まるつもりだったから、夜空いてます!』
いや、知らねぇよ。空いてますじゃねぇよ。
「だから何だよ」
『阿久津さんの家、泊めてください!』
「馬鹿言うな」
澤田は電話の向こうでしゅんとしたようだった。いい案だと思ってでもいたのだろうか。俺はつい苦笑いする。
「親御さんに連絡して、家帰れよ」
『……じゃあ、ネカフェにでも泊まります』
俺は動きを止めた。
どうしてこいつはこう……
「……おい、よく聞けよ」
俺は頭をかきながら、言い聞かせるように言った。
「俺の部屋に泊まるったって、布団も何も一人分しかねぇんだぞ」
『はいっ! 喜んで!』
喜ぶな! 何を喜んでんだ、どっかの居酒屋の店員か!
俺は自分の言葉が何の意味も成さないことに気づき、頭が痛い思いをした。彼女を説得する言葉を探す。その間に、澤田が口を開いた。
『だって、会いたくなっちゃったんです。阿久津さんに』
あまりに素朴な口調で言われ、喉の奥が、ぐ、と鳴った。
一瞬、まぶたの裏に、上目遣いで俺を見上げる澤田の顔が浮かんだのだ。
ヤバい。相当毒されている。
ここで断らなければ、ほとんど泥沼ーー
『ダメ、ですか?』
開きかけた口は、澤田のその一言に塞がれた。
小さく、自信なさげにかすれた声。
俺はがくりとうなだれる。
深々と息を吐き出した。
「……N駅」
『え?』
「最寄り駅。着く前に教えろ。歩いて5分だから」
澤田は一種の間の後、
『はい……はいっ』
何度も頷いた。かと思うと、
『あ、あの、必要なものとかあったら買って行きますから言ってくださいっ』
「何だよ、必要なものって」
『え、そりゃ、その、ご、ゴムとか……』
「馬鹿言ってんじゃねぇ! とにかく迷わず変な奴に捕まらずに来ること考えろ、馬鹿!」
澤田の言葉を遮るように言って、俺は電話を切った。
知らぬ間に消耗した自分に気づき、ぐったりと机によりかかる。
「……ビール飲も」
立ち上がると、台所へ向かって冷蔵庫を開いた。
缶ビールを一本取り出し、タブを引く。
ーーだって、あるでしょ。男の子には、引けないときってのが。
蘇ったのは、ジョーのウィンクだ。
……いやいや。
口にした缶を、一度置いて首を振る。
違うぞ。今思い出すべき言葉じゃないぞ、それは。
じゃあ今思い出すべき言葉は何だと、思わず自分に問い掛ける。
ーー年齢差気にしてるなら、それって馬鹿馬鹿しいから考え直した方がいいっすよ。
お前と一緒にすんな! とあのとき口にすべきだった。ヨーコさんとジョーは十五離れている。馴れ初めがどんな風だったかは知らないが、まああの様子だとジョーからの猛烈なアタックにヨーコさんがほだされたんだろう。
……誰かに似ている気がして、思考をシャットダウンするように目を閉じる。
落ち着け、俺。年齢差だけが要件じゃない。俺と澤田の場合は容姿だって釣り合わないのだ。
ジョーとヨーコさんは隣り合っていても様になる。それはヨーコさんの雰囲気が、年齢をマイナスに見せないこともあるし、ジョーがほとんど執事のようにかしずいているからでもあるだろう。
俺は時計を見た。澤田がこちらに来るまでに、あと1時間半くらいはかかるだろうか。
家にいても悶々とするだけだと気づき、駅前のカフェに行くことにした。
キーケースと財布を手に家を出た俺だったが、駅に着く頃、カフェでも状況は同じだと気づき、もう一足伸ばして東京へ向かうことにした。
(第八章完 次章、ヒメ視点です)
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