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第九章 七夕を待たずとも(ヒメ視点)
04 宣戦布告
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「駅まで送って行く」
言ってポケットに鍵つきの定期入れをつっこむ阿久津さんを、私は恨めしげに見上げた。
「……ほんとにこれでバイバイしちゃうんですか?」
「他に何があんだ」
「……デート、とか」
阿久津さんは言葉なくふんと鼻で笑った。私はむくれる。
「ちゃんと断って来ましたからね」
阿久津さんの目が説明を求めるように私に向けられる。その目をじっと見返しながら続けた。
「津田ちゃんに。私はつきあえないって、言ってきましたから」
阿久津さんはまたあきれ顔で嘆息した。
「お前もめげない奴だよなぁ」
「はいっ、めげませんっ!」
私が、ぴし、と敬礼すると、阿久津さんは目をそらして後ろ頭をかいた。
「じゃあ、今日は家政婦代わりに家事やりますっ。料理とか洗濯とか!」
女子力アピールを! と思って言ったのだけど、あんまり効果はなかったらしい。要らん、と一蹴されて口をつむぐ。
「とにかく今日は帰れ。俺も疲れた」
言われて目をまたたかせた。
「もしかして、阿久津さんもあんまり眠れませんでした?」
自分の身体の高ぶりを思い出しつつ、私は期待に胸を高鳴らせる。
阿久津さんは私を横目で見て、ちっと舌打ちした。
「テンポ崩されたからだよ。だからとっとと帰れ」
「はぁい」
ここで押しても意味がない気がしたし、明日はお互い仕事だ。疲れさせてもよくないと、大人しく身支度を始める。
キャリーバッグを閉めて立ち上げようと踏ん張ったら、横からひょいと持ち上げられた。驚いて見上げると、阿久津さんが軽々と玄関先に持って行った。
その背中に、抱き着く。
何も考えないうちに身体が動いていただけなんだけど。
「お前さ」
「何ですか」
「そうやって軽い気持ちで抱き着くの、やめろよ」
言われた私は、阿久津さんの背中に張り付いたまま、その顔を上目遣いに見上げる。
「どうして?」
「当たってんぞ。……胸」
居心地悪そうに阿久津さんは言った。私は思わず笑って、腕に力を込めた。
「出っ張ってるから仕方ないです」
言って、ちょっといたずら心がわく。できる限り爪先立ちになり、耳元に口を寄せて囁いた。
「柔らかくて気持ちいい?」
「ちっ」
舌打ちしてキャリーバッグを玄関に置いた阿久津さんは、乱暴に私の腕を解こうともがく。私は笑って腕を解いた。
家を出ると、阿久津さんはまた私のキャリーバッグを手にして、一歩前を歩いていく。私は歩きながら、昨日までの不安定な気持ちが嘘のように落ち着いていることに気づいた。
何だかんだ言って、阿久津さんは私を拒否しない。
そのことが、今はただ嬉しかった。
空いている方の阿久津さんの手を、不意をついて握る。
阿久津さんはびくりと身をすくませたが、私の顔を恨めしげに睨んで、それでも大人しくされるがままにした。
歩いているうちに、阿久津さんの指先が私の手を包むように折り曲げられる。
駅が見えてきた頃には、普通に手をつないでいるのと変わらなかった。
恋人みたいに。
「阿久津さん」
「ああ?」
不機嫌そうに言うけど、漂う空気は穏やかだ。
ついつい浮かぶ笑みをそのままに、私は阿久津さんの横顔を見上げる。
「ありがとうございました。先月、ホテルの前で。助けてくれて」
阿久津さんは少し驚いたように私を見下ろし、ああ、とあいづちを打った。
「ちゃんとお礼、言ってなかった気がして。阿久津さんだって、怖かっただろうし、痛かっただろうに……自分のことでいっぱいいっぱいで」
すみません、と頭を下げると、阿久津さんは目をそらした。
「まあ、そんなもんだろ。別に気にしてねぇよ」
言いながら、その横顔は照れている。
私は微笑んだまま、ため息をついた。
「阿久津さんにお礼したいんですけど、私に何ができるのかなぁ」
考えがそのまま、口をついて出る。阿久津さんは私を横目で見た。
「勝手にやったことだ。気にすんな」
その阿久津さんらしい言いぶりに、私は笑う。
「私だって、勝手にお礼したいだけです。気にしないでください」
阿久津さんは言い返せないらしい。ちょっと口をすぼめて、前を向いた。
「デート、誘ってもいいですか?」
もう、駅前の交差点についてしまった。赤信号で立ち止まる。
別れのときは目前だ。
「……勝手にしろ」
阿久津さんが返す。私は、ふふ、と笑った。
「朝、駅で会うのはやめます」
阿久津さんは驚いたように私を見下ろした。私はその顔を見上げる。
「代わりに、食事、行きましょ」
首を傾げて顔を覗き込んだとき、信号が青に変わった。
黙って歩き出した阿久津さんの歩調についていきながら、彼の腕を胸に抱き込む。押し付けられた膨らみに、阿久津さんがまた恨めしげな目で私を見下ろした。
いたずらが成功した私は笑う。
「覚悟してくださいね。もう、手段なんて選びませんから」
「元から選んでないだろうよ」
うんざりした調子で言うけれど、阿久津さんは腕を振り払おうとはしない。
私は笑いながら、ますます腕を胸に抱き寄せた。
言ってポケットに鍵つきの定期入れをつっこむ阿久津さんを、私は恨めしげに見上げた。
「……ほんとにこれでバイバイしちゃうんですか?」
「他に何があんだ」
「……デート、とか」
阿久津さんは言葉なくふんと鼻で笑った。私はむくれる。
「ちゃんと断って来ましたからね」
阿久津さんの目が説明を求めるように私に向けられる。その目をじっと見返しながら続けた。
「津田ちゃんに。私はつきあえないって、言ってきましたから」
阿久津さんはまたあきれ顔で嘆息した。
「お前もめげない奴だよなぁ」
「はいっ、めげませんっ!」
私が、ぴし、と敬礼すると、阿久津さんは目をそらして後ろ頭をかいた。
「じゃあ、今日は家政婦代わりに家事やりますっ。料理とか洗濯とか!」
女子力アピールを! と思って言ったのだけど、あんまり効果はなかったらしい。要らん、と一蹴されて口をつむぐ。
「とにかく今日は帰れ。俺も疲れた」
言われて目をまたたかせた。
「もしかして、阿久津さんもあんまり眠れませんでした?」
自分の身体の高ぶりを思い出しつつ、私は期待に胸を高鳴らせる。
阿久津さんは私を横目で見て、ちっと舌打ちした。
「テンポ崩されたからだよ。だからとっとと帰れ」
「はぁい」
ここで押しても意味がない気がしたし、明日はお互い仕事だ。疲れさせてもよくないと、大人しく身支度を始める。
キャリーバッグを閉めて立ち上げようと踏ん張ったら、横からひょいと持ち上げられた。驚いて見上げると、阿久津さんが軽々と玄関先に持って行った。
その背中に、抱き着く。
何も考えないうちに身体が動いていただけなんだけど。
「お前さ」
「何ですか」
「そうやって軽い気持ちで抱き着くの、やめろよ」
言われた私は、阿久津さんの背中に張り付いたまま、その顔を上目遣いに見上げる。
「どうして?」
「当たってんぞ。……胸」
居心地悪そうに阿久津さんは言った。私は思わず笑って、腕に力を込めた。
「出っ張ってるから仕方ないです」
言って、ちょっといたずら心がわく。できる限り爪先立ちになり、耳元に口を寄せて囁いた。
「柔らかくて気持ちいい?」
「ちっ」
舌打ちしてキャリーバッグを玄関に置いた阿久津さんは、乱暴に私の腕を解こうともがく。私は笑って腕を解いた。
家を出ると、阿久津さんはまた私のキャリーバッグを手にして、一歩前を歩いていく。私は歩きながら、昨日までの不安定な気持ちが嘘のように落ち着いていることに気づいた。
何だかんだ言って、阿久津さんは私を拒否しない。
そのことが、今はただ嬉しかった。
空いている方の阿久津さんの手を、不意をついて握る。
阿久津さんはびくりと身をすくませたが、私の顔を恨めしげに睨んで、それでも大人しくされるがままにした。
歩いているうちに、阿久津さんの指先が私の手を包むように折り曲げられる。
駅が見えてきた頃には、普通に手をつないでいるのと変わらなかった。
恋人みたいに。
「阿久津さん」
「ああ?」
不機嫌そうに言うけど、漂う空気は穏やかだ。
ついつい浮かぶ笑みをそのままに、私は阿久津さんの横顔を見上げる。
「ありがとうございました。先月、ホテルの前で。助けてくれて」
阿久津さんは少し驚いたように私を見下ろし、ああ、とあいづちを打った。
「ちゃんとお礼、言ってなかった気がして。阿久津さんだって、怖かっただろうし、痛かっただろうに……自分のことでいっぱいいっぱいで」
すみません、と頭を下げると、阿久津さんは目をそらした。
「まあ、そんなもんだろ。別に気にしてねぇよ」
言いながら、その横顔は照れている。
私は微笑んだまま、ため息をついた。
「阿久津さんにお礼したいんですけど、私に何ができるのかなぁ」
考えがそのまま、口をついて出る。阿久津さんは私を横目で見た。
「勝手にやったことだ。気にすんな」
その阿久津さんらしい言いぶりに、私は笑う。
「私だって、勝手にお礼したいだけです。気にしないでください」
阿久津さんは言い返せないらしい。ちょっと口をすぼめて、前を向いた。
「デート、誘ってもいいですか?」
もう、駅前の交差点についてしまった。赤信号で立ち止まる。
別れのときは目前だ。
「……勝手にしろ」
阿久津さんが返す。私は、ふふ、と笑った。
「朝、駅で会うのはやめます」
阿久津さんは驚いたように私を見下ろした。私はその顔を見上げる。
「代わりに、食事、行きましょ」
首を傾げて顔を覗き込んだとき、信号が青に変わった。
黙って歩き出した阿久津さんの歩調についていきながら、彼の腕を胸に抱き込む。押し付けられた膨らみに、阿久津さんがまた恨めしげな目で私を見下ろした。
いたずらが成功した私は笑う。
「覚悟してくださいね。もう、手段なんて選びませんから」
「元から選んでないだろうよ」
うんざりした調子で言うけれど、阿久津さんは腕を振り払おうとはしない。
私は笑いながら、ますます腕を胸に抱き寄せた。
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