爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

文字の大きさ
73 / 114
第九章 七夕を待たずとも(ヒメ視点)

05 ステップアップ

しおりを挟む
 阿久津さんとのデートは、金曜の夜になった。
 仕事が終わった後だから、夕食を食べるくらいしかできないけど。
 私は一番お気に入りのワンピースを着て、指定の駅に向かった。阿久津さんは午後出張になったとのことで、いつもとは少し違う駅になった。
 阿久津さんに似合う女になろうと、背伸びするのはやめた。無駄な努力のような気がしたからだ。
 ガーリーなワンピースに、フラットなバレエシューズ。
 ほとんど学生時代と変わらない服装。
 駅に着くと、お手洗いに入って髪や化粧を確認した。
 ちょっとだけ緊張している自分に気づき、にこ、と鏡に笑ってみる。
 大丈夫。きっと大丈夫。
 自分に言い聞かせて、よしっ、と拳を握ると、改札を出た。キョロキョロ見回してみると、阿久津さんはまだ来ていないらしい。
 改札前の柱に立って、時間を確認するためにスマホを見る。まだ約束の時間まで十分あった。
 ふぅ、と息を吐き出し、胸に手を当てる。
 ドキドキと鼓動が聞こえた。
 同時に胸に広がる幸福感に、口元が緩む。
 また一歩、近づけるだろうか。
 阿久津さんの心に。
 思いながらうつむいていると、
「君、誰かと待ち合わせ?」
 顔を上げると軽薄そうな男が立っていた。私は眉を寄せて目をそらす。こういう男は構わない方がいい。
「え、無視しないでよ。彼氏? それとも友達?」
 私はその人がいないものと自分に言い聞かせる。でも、かなり近くまで来られると、どうしても恐怖心がわく。
「ねぇーー」
「俺の女に何か用?」
 低い声にはっと目を上げた。待ちに待ったその人が、男を睨みつけている。
 私に声をかけた男は、あわてて取りつくろうように笑った。
「い、いや、うつむいてるから泣いてるのかと思っただけで。彼氏がいるなら大丈夫っすね、失礼しました」
 言いながら去っていく姿が見えなくなるまで、阿久津さんは男を睨みつけていた。
 が、男が去ると次は私を睨んで来る。私は肩をすくめた。
「お前、絡まれすぎ」
「そ、そう言われたって……」
 困惑した顔で私が言うと、阿久津さんは深々とため息をついた。
「行くぞ」
「あ、はい」
 言って歩き出すその背を、私が追う。
 半歩後ろを歩いていたら、阿久津さんがあきれたような顔をした。
「え?」
 私が首を傾げると、阿久津さんは黙って手を差し出す。
「え?」
 戸惑う私に、そっぽを向く阿久津さん。
 その横顔は、なんとなく不満げだ。
「繋ぐのか繋がないのかはっきりしろ」
 私は一瞬その言葉の意味を考えた後、
「つ、繋ぎますっ」
 あわてて両手を差し出した。
 まるでアイドルと握手するように掴んだので、阿久津さんが噴き出した。
「お前、ほんと馬鹿」
 破顔したまま私を見やり、手を繋ぎ直す。
 指が絡まったその繋ぎ方に、きゅんと心が締め付けられる。
 ど、どういうこと?
 どういうこと?
 以前、食事に誘ってくれたときのことを思い出す。
 油断は禁物。もしや、この先に落とし穴がーー
 私の心情は、はっきり表情に出ていたらしい。
 阿久津さんは笑った。
「いいよ」
「え?」
「一緒にいてやる。お前が飽きるまで」
 私は前を向く阿久津さんを見ながら、言葉が理解できず数度まばたきした。
 阿久津さんは歩きながら淡々と続ける。
「お前が腹くくったんなら、俺も腹くくんないとなと思っただけだ。ロリコンと見られようが何だろうが、とりあえず一緒にいてやるよ。ただし次が見つかったならはやく言えよ。俺みたいな年寄りには、次を探すにも時間がかかるんだからな」
 まったく私の顔を見ずに言いきった。
 私は頭がぐるぐるして、心臓がどきどきして、阿久津さんの横顔と繋がった手に気を取られて、何もないところで躓く。
 その身体を、阿久津さんがあわてて支えてくれた。
 ようやく、目が合う。
「あ、あのーーそれって」
 阿久津さんは気まずげに目を反らした。
 私はだんだんと、口元が緩んでくるのを感じた。
「阿久津さんっ」
 震えるような喜びに堪えられず、タックルするように抱き着く。
「お、おいやめろ、駅前で」
「だって、だって、嬉しいからっ」
 私は背中に回した手に力を込めた。
 一緒にいられるんだろうか。ずっと。この人と。
「阿久津さん、好き。大好き」
「う、うるさい」
 真っ赤になった阿久津さんは、心底嫌そうに私を引きはがそうとした。が、そうはさせてあげない。
「ね、ね、阿久津さん。このままホテル行きます?」
「行くか! 馬鹿か! お前は!」
「だぁって、愛情確認」
「甘えるな! 離れろ! その出っ張りを俺に押し付けるな!」
「えええええ」
 するりと身体を離すと、阿久津さんはとたんにほっとしたような顔になる。
 私はいたずら心に、またしてもその腕を胸元に抱き込んだ。阿久津さんは慌てる。
「お、おいこらっ」
「お腹空きましたね。何食べましょうか。あ、そうだ。そのうち、私阿久津さんの家でご飯作りますね。ほら、男子の胃を掴むのが大事って言うし」
「お前、人の話を」
「阿久津さん食べ物は何が好きなんですか? そっか、考えてみたらお互いのこと全然知らないんですね。私、すっぱいものと辛いものはちょっと苦手ですけど、そんなに好き嫌いはないつもりです。あ、スリーサイズも教えておきましょうか?」
「要らねぇ。マジで要らねぇ」
「気になりません? ブラのカップとか」
 阿久津さんは、一瞬黙った。
 が、その直後に舌打ちをする。
「頼まれても抱かねぇからな」
「えー! 何でですか! いいじゃないですか、彼女なら」
「まだ彼女って言ってねぇだろうが!」
「じゃあどうやったら彼女になれるんですか!」
 阿久津さんはふと黙り、苦り切った顔で私を睨む。
「知るか。……どうせ、半年もすればお前だって飽きるだろ。一時的な関係とわかってて、イチイチそんな肩書き必要ねぇよ」
 私はまばたきをした。
 確かに、今までの彼氏は、だいたい半年くらいで別れている。長くても一年か一年半くらいか。
 でも、阿久津さんとの関係がそうなるとは、想像もできなかった。
「じゃあ、半年したら、彼女って言ってもいいですか?」
 阿久津さんはちらりと私を見やる。
「本当に半年、もつならな」
「でも、阿久津さんと出会ってからは、もう四ヶ月ですよ」
 阿久津さんは眉を寄せた。
 私は笑って、抱きしめた腕に額を擦り寄せる。
「阿久津さん」
「何だよ」
「大好き」
 小さな声で、心のままにつぶやくと、阿久津さんは大層照れたように私の額を小突いた。
 形だけ、痛、と押さえて唇を尖らせてみたけれど、その優しい小突きに、また私の胸はときめいたのだった。

(第九章完 次章、阿久津視点です)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

鳴宮鶉子
恋愛
貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

処理中です...