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第十章 つぶらな瞳にとらわれて(阿久津視点)
01 イヴのお誘い
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「一緒にいる」と宣言してから、一ヶ月弱。
十二月に入ると、世の中はクリスマスムード一色である。
すっかり縁遠いと思っていたそのイベントが、また身近なものになる可能性など、とんと考えていなかった。
活気づくイルミネーションや広告。
なんとなく嫌な予感がしつつも、何事もないことを祈りつつ過ごしていた俺に、澤田からメッセージが届いた。
【イヴに予定なんか入れないでくださいね!】
懇願するうさぎの絵と共に送られて来たメッセージを見て、がくりとうなだれる。
ーー入れよう。予定。
浮かれた街を浮かれた女と歩くのは、俺のような人間にはかなり勇気のいることに思われた。
しかし、予定を入れようにも、誘う相手がいないのが実際のところだ。
マーシーたちは当然家族で過ごすだろうし、アキのいる財務部は繁忙期真っ盛りだ。誘いでもすればその瞬間噛み付いて来るのが予想できた。
他の同期も、だいたい結婚してしまっている。
俺はちっ、と舌打ちをして、スマホをしまい込んだ。
澤田は宣言通り、改札に立つことがなくなった。
それでも、週に一度は一緒に過ごしたいと、平日や土日の予定を押さえてくる。
そろそろ帰るか、と俺が腰を上げようとするタイミングで、では次回は! と澤田がスケジュール帳を取り出すのがいつもの流れだ。
四度過ごしたうちの一度は休日だった。平日は無理だと言った俺に、澤田は涙ぐんで切々と訴えかけたものだ。
私阿久津さんに会えるのを楽しみに一週間過ごしてるんです会えないなんて私食事も喉を通らなくなって死んじゃうかもしれないそしたらお葬式来てくれますかそのときにはちゃんと阿久津さん呼ぶようにお母さんに言っておかなきゃ……
こんな調子で延々と続く話を止めようと、俺はあきれながら日曜に会う案を提示したのだった。
平日でないのなら、わざわざ夜に会う必要もない。そう思って昼に会うことにした。澤田が映画に行こうと言うので、たまにはそれもいいかと思ったのだが、澤田が提示してくるのはラブストーリーかヒューマンばかりだ。アクションじゃないなら寝るぞと宣言したら、唇を尖らせながらアクション系の映画にしていた。
俺はおかげで眠らずに済んだが、澤田は根っからの平和主義者なのか、暴力シーンになるや目を手で覆ったり、「うぇ」「痛っ」と呟いたり、正直うるさかった。もうこいつとは絶対映画館に来まい、と心中で思いつつ映画館を出ると、ひどく興奮した目をキラキラと輝かせ、俺を見上げてきた。
「すごい迫力でしたね! なんか、自分も強くなった気がする」
言って、どう見ても猫パンチにしか見えない拳を空中に繰り出す姿に、俺はまた和みそうになって目を反らした。
一時期は大人ぶろうとしていたらしい澤田だが、無駄な努力と諦めたらしい。その晴れやかな笑顔を見る度、そう分かってほっとする。彼女のいい面を殺してしまっては意味がない。もしそれが、俺と一緒にいるためだとしたら、俺は余計澤田と一緒になどいられない。それが伝わったのかどうかは分からないが、デートらしい逢瀬を交わすようになってから、澤田はますます自由奔放で、無邪気な子どものようにのびのびと過ごしていた。
俺はその姿に癒されている自分に気づき、内心苦笑していた。
クリスマスが二週間後に迫った頃、いつも通り仕事終わりに夕飯を共にしていると、澤田が俺の顔を覗き込んできた。
「クリスマスイヴ、何します? どこ行きます?」
「平日だろ、今年は」
「そうですけどぉ」
澤田は唇を尖らせた。
「でも、私お休みの日なんです。例えば、私が料理持参で阿久津さんちに」
「却下」
「えー」
あっさり棄却されて、澤田はむくれて見せた。が、それでめげる女ではない。
「じゃあ、水族館とかどうですか」
「人多いだろ」
「そんなこと行ったら、どこも行けませんよぉ」
「じゃあどこも行かない」
「だったら、阿久津さんちで」
「却、下!」
「えー」
同じ会話の繰り返しになりそうだと察したのか、澤田は諦めて料理を突きはじめた。相変わらず食べるのが遅いので、おしゃべりはそこそこに食べていただきたい。
とはいえ、話しながらくるくると変わる表情は、見ていて飽きない。どうしてこんなに表情豊かなのだろうと感心するほどだ。
「阿久津さんは、行きたいところないんですか」
「ないね。俺キリスト教徒じゃないし」
「そんなの、私だって違います」
ありがちな会話を交わしながら、澤田は相変わらずむくれている。
「せっかく堂々といちゃいちゃラブラブできる日なのにー」
「しなくていい。つぅかお前普通でもベタベタしてくるだろ」
そう、澤田は大概、その柔らかい胸を俺の腕に押し付けるようにして歩くのだ。俺がそれに弱いと察しているのか分からない。そろそろ慣れなくてはと思いつつ、基本的に貧相な胸にしか縁がなかった俺はいまだに身構えてしまう。
「だって、二人っきりになってくれないから、外でいちゃいちゃするしかないじゃないですか」
唇を尖らせて放たれた言葉をスルーして、俺はビールを傾ける。
「私だって、本当は阿久津さんと二人っきりで、あまーい時間を過ごしたいんですよぅ。人がたくさんいるところに行くよりも」
料理にフォークを刺しながら、上目遣いで俺を見上げて来る。
「……なかなか、抱いてくれないし」
俺はビールを噴き出しかけた。
ごほごほとむせて口元を押さえる。
「大丈夫ですか?」
俺は口を押さえたまま黙って睨みつけた。
澤田が悪びれもせず笑う。
「だって、ずぅっと待ってるのにぃ」
「待たなくていい。その気はない」
俺が言うと、澤田は唇を尖らせた。
「……まあ、いいか」
不意に、澤田は悟ったように呟いた。見やると、フォークをはむはむとくわえつつ、
「クリスマスなんて、イベントの一つに過ぎないですもんね。みんなと同じイベントを楽しむ必要もないし」
言いながら、だんだんとにやついてくる。ほとんど夢見るように恍惚とした表情になるや、むふ、と笑って言い始める。
「私たちにとっては出会った七夕こそ、大事な記念日……」
「気持ち悪い独り言言ってねぇで、とっとと食え。俺が食うぞ
「あっ、ダメです。私の海老ちゃん!」
澤田の皿に残してあった海老にフォークを伸ばすと、澤田は慌てて俺の手首を押さえた。
俺はやれやれと嘆息しながら、リスのように頬を食べ物で膨らませた女を見ていた。
十二月に入ると、世の中はクリスマスムード一色である。
すっかり縁遠いと思っていたそのイベントが、また身近なものになる可能性など、とんと考えていなかった。
活気づくイルミネーションや広告。
なんとなく嫌な予感がしつつも、何事もないことを祈りつつ過ごしていた俺に、澤田からメッセージが届いた。
【イヴに予定なんか入れないでくださいね!】
懇願するうさぎの絵と共に送られて来たメッセージを見て、がくりとうなだれる。
ーー入れよう。予定。
浮かれた街を浮かれた女と歩くのは、俺のような人間にはかなり勇気のいることに思われた。
しかし、予定を入れようにも、誘う相手がいないのが実際のところだ。
マーシーたちは当然家族で過ごすだろうし、アキのいる財務部は繁忙期真っ盛りだ。誘いでもすればその瞬間噛み付いて来るのが予想できた。
他の同期も、だいたい結婚してしまっている。
俺はちっ、と舌打ちをして、スマホをしまい込んだ。
澤田は宣言通り、改札に立つことがなくなった。
それでも、週に一度は一緒に過ごしたいと、平日や土日の予定を押さえてくる。
そろそろ帰るか、と俺が腰を上げようとするタイミングで、では次回は! と澤田がスケジュール帳を取り出すのがいつもの流れだ。
四度過ごしたうちの一度は休日だった。平日は無理だと言った俺に、澤田は涙ぐんで切々と訴えかけたものだ。
私阿久津さんに会えるのを楽しみに一週間過ごしてるんです会えないなんて私食事も喉を通らなくなって死んじゃうかもしれないそしたらお葬式来てくれますかそのときにはちゃんと阿久津さん呼ぶようにお母さんに言っておかなきゃ……
こんな調子で延々と続く話を止めようと、俺はあきれながら日曜に会う案を提示したのだった。
平日でないのなら、わざわざ夜に会う必要もない。そう思って昼に会うことにした。澤田が映画に行こうと言うので、たまにはそれもいいかと思ったのだが、澤田が提示してくるのはラブストーリーかヒューマンばかりだ。アクションじゃないなら寝るぞと宣言したら、唇を尖らせながらアクション系の映画にしていた。
俺はおかげで眠らずに済んだが、澤田は根っからの平和主義者なのか、暴力シーンになるや目を手で覆ったり、「うぇ」「痛っ」と呟いたり、正直うるさかった。もうこいつとは絶対映画館に来まい、と心中で思いつつ映画館を出ると、ひどく興奮した目をキラキラと輝かせ、俺を見上げてきた。
「すごい迫力でしたね! なんか、自分も強くなった気がする」
言って、どう見ても猫パンチにしか見えない拳を空中に繰り出す姿に、俺はまた和みそうになって目を反らした。
一時期は大人ぶろうとしていたらしい澤田だが、無駄な努力と諦めたらしい。その晴れやかな笑顔を見る度、そう分かってほっとする。彼女のいい面を殺してしまっては意味がない。もしそれが、俺と一緒にいるためだとしたら、俺は余計澤田と一緒になどいられない。それが伝わったのかどうかは分からないが、デートらしい逢瀬を交わすようになってから、澤田はますます自由奔放で、無邪気な子どものようにのびのびと過ごしていた。
俺はその姿に癒されている自分に気づき、内心苦笑していた。
クリスマスが二週間後に迫った頃、いつも通り仕事終わりに夕飯を共にしていると、澤田が俺の顔を覗き込んできた。
「クリスマスイヴ、何します? どこ行きます?」
「平日だろ、今年は」
「そうですけどぉ」
澤田は唇を尖らせた。
「でも、私お休みの日なんです。例えば、私が料理持参で阿久津さんちに」
「却下」
「えー」
あっさり棄却されて、澤田はむくれて見せた。が、それでめげる女ではない。
「じゃあ、水族館とかどうですか」
「人多いだろ」
「そんなこと行ったら、どこも行けませんよぉ」
「じゃあどこも行かない」
「だったら、阿久津さんちで」
「却、下!」
「えー」
同じ会話の繰り返しになりそうだと察したのか、澤田は諦めて料理を突きはじめた。相変わらず食べるのが遅いので、おしゃべりはそこそこに食べていただきたい。
とはいえ、話しながらくるくると変わる表情は、見ていて飽きない。どうしてこんなに表情豊かなのだろうと感心するほどだ。
「阿久津さんは、行きたいところないんですか」
「ないね。俺キリスト教徒じゃないし」
「そんなの、私だって違います」
ありがちな会話を交わしながら、澤田は相変わらずむくれている。
「せっかく堂々といちゃいちゃラブラブできる日なのにー」
「しなくていい。つぅかお前普通でもベタベタしてくるだろ」
そう、澤田は大概、その柔らかい胸を俺の腕に押し付けるようにして歩くのだ。俺がそれに弱いと察しているのか分からない。そろそろ慣れなくてはと思いつつ、基本的に貧相な胸にしか縁がなかった俺はいまだに身構えてしまう。
「だって、二人っきりになってくれないから、外でいちゃいちゃするしかないじゃないですか」
唇を尖らせて放たれた言葉をスルーして、俺はビールを傾ける。
「私だって、本当は阿久津さんと二人っきりで、あまーい時間を過ごしたいんですよぅ。人がたくさんいるところに行くよりも」
料理にフォークを刺しながら、上目遣いで俺を見上げて来る。
「……なかなか、抱いてくれないし」
俺はビールを噴き出しかけた。
ごほごほとむせて口元を押さえる。
「大丈夫ですか?」
俺は口を押さえたまま黙って睨みつけた。
澤田が悪びれもせず笑う。
「だって、ずぅっと待ってるのにぃ」
「待たなくていい。その気はない」
俺が言うと、澤田は唇を尖らせた。
「……まあ、いいか」
不意に、澤田は悟ったように呟いた。見やると、フォークをはむはむとくわえつつ、
「クリスマスなんて、イベントの一つに過ぎないですもんね。みんなと同じイベントを楽しむ必要もないし」
言いながら、だんだんとにやついてくる。ほとんど夢見るように恍惚とした表情になるや、むふ、と笑って言い始める。
「私たちにとっては出会った七夕こそ、大事な記念日……」
「気持ち悪い独り言言ってねぇで、とっとと食え。俺が食うぞ
「あっ、ダメです。私の海老ちゃん!」
澤田の皿に残してあった海老にフォークを伸ばすと、澤田は慌てて俺の手首を押さえた。
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