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第十章 つぶらな瞳にとらわれて(阿久津視点)
06 クリスマスイヴ その弐
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二人で食事に行くようになってから、澤田は進んで財布を出すようになった。
「おごられてばっかりなのはいやです。ペットじゃないんで」
そう笑って半額を出そうとするのだが、大体俺が札を一枚多く出しておつりを受け取らせる。
今夜の会計もそうやって店を出て、夜風に当たるやその冷たさに首をすくめた。
「寒いな」
「寒いですねぇ」
ちらりと見やった澤田の頬が、店との温度差で赤くなっている。
マフラー、買ってやればよかった。
自分だけが手にした紙袋に、猛烈な虚しさを覚える。
それでも、澤田は気にしていないらしい。俺の半歩前を、ややずれたテンポの鼻歌を歌いながら歩いていく。
ご機嫌らしい、と見て取って苦笑した。
変な奴。
思うと同時に、じわりと複雑な感情が胸に広がる。
「寒いから、今日はちゃんとお風呂入って寝てください。シャワーじゃ駄目ですよ。湯舟に浸かってくださいね」
クリスマスイヴを共に過ごす男が、搾取だけしてプレゼントを渡す気配すら見せないのに、全然気にしていないらしい。
それどころか、身体の心配ばかりしている。
俺は息を吐き出して、澤田の冷えた手を取った。
澤田が驚いて俺を見上げる。
「……寒いな」
顔を見るには、やっぱり勇気が足りなかった。
「来るか? うち」
澤田は驚いたように動きを止めて、しばらく戸惑ったように目をさまよわせた。
「で、でも……阿久津さん、疲れてるんじゃ」
「ああ、疲れてるよ」
クリスマスといえば年末だ。アラフォーの俺にとっちゃ、一年の疲れが出て当然だろう。
「……だから、来るか、って言ってんだ」
澤田は丸い目をぱちくりとまたたかせ、照れ臭そうに俯いた。
「今日、勝負下着じゃないんですけど……」
俺は速攻で澤田の後ろ頭をはたく。
「痛っ、え、何? ち、違うんですか?」
「違うわ。お前、それしか頭にないのか」
呆れながら言うと、澤田が唇を尖らせた。
「だって、男の人が部屋に誘ったら、そういうことかなって期待するじゃないですかぁ」
するな! そんなん!
俺は呆れた視線を澤田に向けた。澤田が笑う。
「阿久津さんがいいなら、お邪魔します」
俺の照れを冗談に紛れさせてくれたのか、天然なのかはわからない。
それでも、その嬉しそうな微笑みに、少しだけ溜飲を下げる俺だった。
家に何もないからと、紅茶のティーバッグを買った。ついでにケーキでもと思ったが、昨今のクリスマス競争は相当に過酷らしい。ケーキらしいケーキは軒並み売り切れて、二人では到底食べきれない大きさのものか、ケーキ以外の洋菓子しかなかった。
「仕方ないですね。来年はちゃんと考えます」
言いながらプリンを二つ選んだ澤田は、それでも嬉しそうに俺の手を握って歩いている。
その小さな身体のどこに、そんなに底抜けの明るさが詰まっているんだろう。不思議に思いながら隣を歩いた。
俺の家に着くと、澤田に言われるままに風呂を張る。「私はどうでもいいですけど、阿久津さんはちゃんと入って」と言う様は、まるで口うるさいオカンのようだ。
俺がポットに湯を沸かすと、お茶をいれると言って台所に並ぶ。
「こうしてると夫婦みたいですよね」
言ってまた嬉しそうに微笑んだ。
「勝手に言ってろ」
「うふふ」
ご機嫌にお茶をいれる様子を横目に、俺はソファに腰掛けてテレビをつける。
クリスマスを題材にした洋画がやっているらしい。ラブストーリーと見て取って眉を寄せ、消そうとするが、
「あ、それ面白いんですよ。阿久津さん、見たことあります?」
そう言われると切るのもためらわれて、乱暴にリモコンをソファ横へ置いた。
ソファやベッド、ダイニングセットは、うちの会社のものだ。試作品や展示品を安く買ったものだが、それなりの質のはず。
澤田もソファは気に入っているらしい。コップの一つを俺に渡し、俺の隣に腰掛けた。ソファでくつろぐ澤田を横目に、俺は紅茶に口をつける。
「あち」
「あ、ごめんなさい。熱すぎました?」
テレビ画面に向いていた澤田の視線が俺へと向く。今夜過ごした中で一番近い距離に、俺は少し上体を引いた。
相変わらずまっすぐな目が、俺を見つめて来る。
かと思うと、照れ臭そうな笑顔と共に反らされた。
「なんだよ」
「何でもないです」
言いながら、両手にコップを包み込み、口元へ運ぶ。
「嬉しいんです。今日、すぐバイバイになっちゃうなって、思ってたから」
その横顔は本当に幸福そうだった。
また、胸がちり、と痛む。
俺は喜ばせる努力など何もしていないのに、澤田はこうして幸せそうにしてくれる。
それがなんとなく、落ち着かない。
俺が喜ばせようとして喜ぶんだったら、こんな気持ちにはならないだろうに。
何かしてやれば、彼女は喜んでくれるだろう。そうとわかっていながら、素直に優しさを示せない自分の幼稚さにあきれる。
「……ちょっと、待ってろ」
「え?」
俺はソファを立つと、コップをテーブルに置いて、寝室へ引っ込んだ。
寝室には、どんと座って俺を見つめる子リスのぬいぐるみがいる。
……ちなみに、デカいのを取ろうとして、副産物で小さいのも一匹取れた。誰かにあげるにも閉店間際で、結局二つとも持ち帰ったのだったが、今はひとまずデカい方を手にする。
大きさは50センチを超えている。いや、1メートル弱あるかもしれない。
ダイニングに戻った勢いのまま、澤田の横にリスを乱暴に座らせた。
澤田がびっくりした顔でリスと俺の顔を見比べる。
その目があまりにリスとよく似ていて、俺は噴き出した。
「え? え? 何ですか、この子」
言いながら、澤田はコップをそっとテーブルに置き、リスの身体を撫でた。
「ふわふわー。こんな大きいぬいぐるみ、久しぶり。抱きしめてもいいですか?」
「好きにしろ」
俺は言ってから、またぶっきらぼうな言い方になったと反省した。
「……お前に似てるから取ってきた」
「取って? 買ったんじゃなくて?」
澤田はキョトンとしながら、子リスを膝上に抱く。
四つの丸い目が、俺を見てきた。
「かわいー。ゲーセンか何かですか?」
「ああ」
「すごい。阿久津さん、こんなの取れちゃうんだ」
俺は気まずさに目を反らした。
二万以上注ぎ込み、見かねた店員が数度位置を入れ替えてくれて、最後ようやく手にいれられた。が、その経緯は一生口にすまい。こんなぬいぐるみに数万払うくらいなら、服の一着でも買ってやった方がよっぽど効率的だっただろう。
俺の内省を気にも留めず、澤田はリスの耳やしっぽを撫でて楽しんでいる。
「かわいー。かわいー」
「持って帰れ」
「えっ?」
澤田は目をぱちぱちさせた。
ほんと似てるな、おい。
俺は笑って、その頭を撫でる。
ーー間違った。リスを撫でるつもりだったのに。
思って手を上げると、澤田が照れ臭そうに笑った。
「私のために取ってくれたんですか?」
俺はそうだともそうじゃないとも言えず、立ったまま紅茶を口にした。
澤田はふにゃりと微笑んで、リスに頬を寄せる。
「嬉しい。ーーありがとうございます」
言うと、目を閉じてリスに寄り掛かった。
つぶらなリスの目が、少し俺を反れたあたりを見ている。
俺はコップを置いて近づき、ソファの上に片膝をついて、ぬいぐるみごと澤田を抱きしめた。
澤田が驚いて身体を強張らせる。
「……阿久津、さん?」
俺は何も言えなかった。
幸福、を表現しつづけるこの女を、本当に俺がこうして囲ってしまっていいんだろうか。
もっと愛情表現のうまい男は、いくらでもいるだろう。
澤田の笑顔を見たくて努力する男も、きっといくらでも、いるだろう。
思いながら、目を閉じて腕の中の温もりに浸る。
澤田は抱きしめられるがままに黙っていた。
「おごられてばっかりなのはいやです。ペットじゃないんで」
そう笑って半額を出そうとするのだが、大体俺が札を一枚多く出しておつりを受け取らせる。
今夜の会計もそうやって店を出て、夜風に当たるやその冷たさに首をすくめた。
「寒いな」
「寒いですねぇ」
ちらりと見やった澤田の頬が、店との温度差で赤くなっている。
マフラー、買ってやればよかった。
自分だけが手にした紙袋に、猛烈な虚しさを覚える。
それでも、澤田は気にしていないらしい。俺の半歩前を、ややずれたテンポの鼻歌を歌いながら歩いていく。
ご機嫌らしい、と見て取って苦笑した。
変な奴。
思うと同時に、じわりと複雑な感情が胸に広がる。
「寒いから、今日はちゃんとお風呂入って寝てください。シャワーじゃ駄目ですよ。湯舟に浸かってくださいね」
クリスマスイヴを共に過ごす男が、搾取だけしてプレゼントを渡す気配すら見せないのに、全然気にしていないらしい。
それどころか、身体の心配ばかりしている。
俺は息を吐き出して、澤田の冷えた手を取った。
澤田が驚いて俺を見上げる。
「……寒いな」
顔を見るには、やっぱり勇気が足りなかった。
「来るか? うち」
澤田は驚いたように動きを止めて、しばらく戸惑ったように目をさまよわせた。
「で、でも……阿久津さん、疲れてるんじゃ」
「ああ、疲れてるよ」
クリスマスといえば年末だ。アラフォーの俺にとっちゃ、一年の疲れが出て当然だろう。
「……だから、来るか、って言ってんだ」
澤田は丸い目をぱちくりとまたたかせ、照れ臭そうに俯いた。
「今日、勝負下着じゃないんですけど……」
俺は速攻で澤田の後ろ頭をはたく。
「痛っ、え、何? ち、違うんですか?」
「違うわ。お前、それしか頭にないのか」
呆れながら言うと、澤田が唇を尖らせた。
「だって、男の人が部屋に誘ったら、そういうことかなって期待するじゃないですかぁ」
するな! そんなん!
俺は呆れた視線を澤田に向けた。澤田が笑う。
「阿久津さんがいいなら、お邪魔します」
俺の照れを冗談に紛れさせてくれたのか、天然なのかはわからない。
それでも、その嬉しそうな微笑みに、少しだけ溜飲を下げる俺だった。
家に何もないからと、紅茶のティーバッグを買った。ついでにケーキでもと思ったが、昨今のクリスマス競争は相当に過酷らしい。ケーキらしいケーキは軒並み売り切れて、二人では到底食べきれない大きさのものか、ケーキ以外の洋菓子しかなかった。
「仕方ないですね。来年はちゃんと考えます」
言いながらプリンを二つ選んだ澤田は、それでも嬉しそうに俺の手を握って歩いている。
その小さな身体のどこに、そんなに底抜けの明るさが詰まっているんだろう。不思議に思いながら隣を歩いた。
俺の家に着くと、澤田に言われるままに風呂を張る。「私はどうでもいいですけど、阿久津さんはちゃんと入って」と言う様は、まるで口うるさいオカンのようだ。
俺がポットに湯を沸かすと、お茶をいれると言って台所に並ぶ。
「こうしてると夫婦みたいですよね」
言ってまた嬉しそうに微笑んだ。
「勝手に言ってろ」
「うふふ」
ご機嫌にお茶をいれる様子を横目に、俺はソファに腰掛けてテレビをつける。
クリスマスを題材にした洋画がやっているらしい。ラブストーリーと見て取って眉を寄せ、消そうとするが、
「あ、それ面白いんですよ。阿久津さん、見たことあります?」
そう言われると切るのもためらわれて、乱暴にリモコンをソファ横へ置いた。
ソファやベッド、ダイニングセットは、うちの会社のものだ。試作品や展示品を安く買ったものだが、それなりの質のはず。
澤田もソファは気に入っているらしい。コップの一つを俺に渡し、俺の隣に腰掛けた。ソファでくつろぐ澤田を横目に、俺は紅茶に口をつける。
「あち」
「あ、ごめんなさい。熱すぎました?」
テレビ画面に向いていた澤田の視線が俺へと向く。今夜過ごした中で一番近い距離に、俺は少し上体を引いた。
相変わらずまっすぐな目が、俺を見つめて来る。
かと思うと、照れ臭そうな笑顔と共に反らされた。
「なんだよ」
「何でもないです」
言いながら、両手にコップを包み込み、口元へ運ぶ。
「嬉しいんです。今日、すぐバイバイになっちゃうなって、思ってたから」
その横顔は本当に幸福そうだった。
また、胸がちり、と痛む。
俺は喜ばせる努力など何もしていないのに、澤田はこうして幸せそうにしてくれる。
それがなんとなく、落ち着かない。
俺が喜ばせようとして喜ぶんだったら、こんな気持ちにはならないだろうに。
何かしてやれば、彼女は喜んでくれるだろう。そうとわかっていながら、素直に優しさを示せない自分の幼稚さにあきれる。
「……ちょっと、待ってろ」
「え?」
俺はソファを立つと、コップをテーブルに置いて、寝室へ引っ込んだ。
寝室には、どんと座って俺を見つめる子リスのぬいぐるみがいる。
……ちなみに、デカいのを取ろうとして、副産物で小さいのも一匹取れた。誰かにあげるにも閉店間際で、結局二つとも持ち帰ったのだったが、今はひとまずデカい方を手にする。
大きさは50センチを超えている。いや、1メートル弱あるかもしれない。
ダイニングに戻った勢いのまま、澤田の横にリスを乱暴に座らせた。
澤田がびっくりした顔でリスと俺の顔を見比べる。
その目があまりにリスとよく似ていて、俺は噴き出した。
「え? え? 何ですか、この子」
言いながら、澤田はコップをそっとテーブルに置き、リスの身体を撫でた。
「ふわふわー。こんな大きいぬいぐるみ、久しぶり。抱きしめてもいいですか?」
「好きにしろ」
俺は言ってから、またぶっきらぼうな言い方になったと反省した。
「……お前に似てるから取ってきた」
「取って? 買ったんじゃなくて?」
澤田はキョトンとしながら、子リスを膝上に抱く。
四つの丸い目が、俺を見てきた。
「かわいー。ゲーセンか何かですか?」
「ああ」
「すごい。阿久津さん、こんなの取れちゃうんだ」
俺は気まずさに目を反らした。
二万以上注ぎ込み、見かねた店員が数度位置を入れ替えてくれて、最後ようやく手にいれられた。が、その経緯は一生口にすまい。こんなぬいぐるみに数万払うくらいなら、服の一着でも買ってやった方がよっぽど効率的だっただろう。
俺の内省を気にも留めず、澤田はリスの耳やしっぽを撫でて楽しんでいる。
「かわいー。かわいー」
「持って帰れ」
「えっ?」
澤田は目をぱちぱちさせた。
ほんと似てるな、おい。
俺は笑って、その頭を撫でる。
ーー間違った。リスを撫でるつもりだったのに。
思って手を上げると、澤田が照れ臭そうに笑った。
「私のために取ってくれたんですか?」
俺はそうだともそうじゃないとも言えず、立ったまま紅茶を口にした。
澤田はふにゃりと微笑んで、リスに頬を寄せる。
「嬉しい。ーーありがとうございます」
言うと、目を閉じてリスに寄り掛かった。
つぶらなリスの目が、少し俺を反れたあたりを見ている。
俺はコップを置いて近づき、ソファの上に片膝をついて、ぬいぐるみごと澤田を抱きしめた。
澤田が驚いて身体を強張らせる。
「……阿久津、さん?」
俺は何も言えなかった。
幸福、を表現しつづけるこの女を、本当に俺がこうして囲ってしまっていいんだろうか。
もっと愛情表現のうまい男は、いくらでもいるだろう。
澤田の笑顔を見たくて努力する男も、きっといくらでも、いるだろう。
思いながら、目を閉じて腕の中の温もりに浸る。
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