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第十章 つぶらな瞳にとらわれて(阿久津視点)
05 クリスマスイヴ その壱
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「……阿久津さん、まだ本調子じゃないんですか?」
くるんと大きな丸い目が、俺を見上げて来る。
目が合った瞬間の既視感に、俺はつい目を反らした。
「何でもない」
言いながら、完全に鼻声だと気づいている。
澤田が心配そうに眉を寄せた。
「今日、早めにさよならしましょうか」
意外な提案に、俺は澤田を見下ろした。
今日はクリスマスイヴ。先週、馬鹿げたことにゲームセンターで散財した俺は、飲んだ後だったことも手伝いしっかり風邪を引いた。その結果、澤田との約束はキャンセルになったので、約二週間ぶりに会うのだ。
俺が意外に思っていることを、澤田も察したのだろう。丸い目で俺を見上げながら、ちょっと不服げに唇を尖らせる。
「だって、二人で楽しく過ごしたいだけなのに、風邪こじらせちゃ元も子もないです。せっかく治りかけなのに」
それもそうだと思うが、ずいぶん大人なことを言うものだとぼんやりその横顔を見ていた。
「でも、放っておいたらご飯も食べなそうだし。今日はお酒はなしね。バランスいいもの食べて、さよならしましょう」
言って、澤田はにこりと笑った。柔らかそうな丸い頬、ぷっくりと艶やかなピンク色の唇、ハの字気味の眉。色素の薄い柔らかい髪には、金モールで縁取られた深い緑のシュシュをつけ、白いフェイクファーつきのピーコート。スカートの赤はきっとクリスマスをイメージしたのだろう。
小柄なその姿を見下ろして、俺は目を反らした。
「……分かった」
言って、澤田に手を引かれるままに歩いていく。こいつは方向音痴のくせに、やたらと迷いなく歩みを進める。俺はそれが不思議なのだが、本人は迷っているという自覚がないらしい。
「で、店の場所、分かってんのか?」
「え、もう一本こっちのはず。……あれ? コンビニが目印なのに、おかしいなあ」
「コンビニなんかこの辺あったか? 向こう口じゃねぇの?」
呆れて手を差し出す。
「スマホに店の場所入れてんだろ。見せろ」
「はぁい」
どうして方向音痴なくせに、こういう文明の理器に頼らないんだ、ったく。
「やっぱりこっちだ。最初で間違ってる」
「えー、すみません」
謝るのはいつものことだが、結局改善は見られない。もはや俺も期待していないが。
風がひゅぅと吹いた。澤田が慌てて俺の腕に抱き着いてくる。
「さむぅい!」
「……寒いな」
答えつつ、コート越しにもわかる柔らかさに目をそらす。ほんと何だってこいつ、ここだけは立派に育っちゃったわけ。一種の凶器だ、凶器。
「阿久津さんが風邪こじらせないようにあっためるー!」
「要らんわ! だったら道に迷わせるな! 無駄に外を歩かせるな!」
澤田はそれもそうだという顔をした。とたんに申し訳なさそうになる。
「……すみません」
「まあ、分かればよし」
くるくると変わるその顔に弱い自分を自覚しつつ、俺は顔をそらした。澤田が予約した店を見つけ、ドアを開けて顎で示す。
「お前の名前で取ったんだろ」
先に入るのを恐縮する澤田に言うと、こくりと頷いて中へ入った。俺も後に続く。
澤田が予約したのはチーズフォンデュで有名な店らしい。あちこちに若いカップルがいて、俺は何となく肩を竦めた。
「シーフードとかいいですね。でも温野菜も捨てがたいなぁ」
ウキウキしながら澤田がメニューを見ている。俺はあまりこだわりがないので、基本的に注文は澤田に任せることにしている。頼りなく見える澤田だが、意外と即断即決でぐだぐだしない。そこが橘とは違うところだーーとまた知らず比べる自分に呆れつつ、メニューを指差しながら店員に料理を頼む姿を見ていた。
「どうかしました?」
首を傾げる澤田に、何でもないと首を振り返すと、微笑みが返って来る。
口数の多い澤田に相槌を返しながら、食事をすすめた。
「あ。そうだ。これ、阿久津さんにクリスマスプレゼントです」
差し出されたのは、小さな箱だった。俺はためらいながら、それを手にする。
「……ありがとう」
「開けてみてください」
澤田が目を輝かせるので、俺は包装紙を開いた。中にあったのは紺地に臙脂色のステッチが入ったベルトだった。思ったよりもセンスがいい。
「この前、臙脂色のニット着てたから」
澤田は俺の反応をじいっと見ながら、補足するように言った。
「……いまいちですか?」
「いや……」
素直に喜びを表現できない自分がもどかしい。
「……ちょうど、オフのときのベルト買わないとなと思ってたとこだ。ありがと」
笑顔すら浮かべられない俺に、澤田は嬉しそうに微笑んで来る。
つきり、と胸が傷んだ。
にこにこと愛想よく、楽しげに笑う澤田を見ながら、無愛想な自分にあきれる。
もう少し優しくしてやれないもんか。
でなくても、愛想よく接してやれないもんか。
自分はこんなに不器用だったのかと、今さらに気づく。
いつもにまして口数の少ない俺を、澤田が首を傾げて見上げた。
「大丈夫ですか? 疲れてます?」
言って、チーズフォンデュを俺の皿にいくつか置いた。
「食べて、帰りましょうね。ありがとうございます。今日、つき合ってくれて」
俺は、ああ、と言いながら、自分の皿に乗せられたそれを口に運んだ。
くるんと大きな丸い目が、俺を見上げて来る。
目が合った瞬間の既視感に、俺はつい目を反らした。
「何でもない」
言いながら、完全に鼻声だと気づいている。
澤田が心配そうに眉を寄せた。
「今日、早めにさよならしましょうか」
意外な提案に、俺は澤田を見下ろした。
今日はクリスマスイヴ。先週、馬鹿げたことにゲームセンターで散財した俺は、飲んだ後だったことも手伝いしっかり風邪を引いた。その結果、澤田との約束はキャンセルになったので、約二週間ぶりに会うのだ。
俺が意外に思っていることを、澤田も察したのだろう。丸い目で俺を見上げながら、ちょっと不服げに唇を尖らせる。
「だって、二人で楽しく過ごしたいだけなのに、風邪こじらせちゃ元も子もないです。せっかく治りかけなのに」
それもそうだと思うが、ずいぶん大人なことを言うものだとぼんやりその横顔を見ていた。
「でも、放っておいたらご飯も食べなそうだし。今日はお酒はなしね。バランスいいもの食べて、さよならしましょう」
言って、澤田はにこりと笑った。柔らかそうな丸い頬、ぷっくりと艶やかなピンク色の唇、ハの字気味の眉。色素の薄い柔らかい髪には、金モールで縁取られた深い緑のシュシュをつけ、白いフェイクファーつきのピーコート。スカートの赤はきっとクリスマスをイメージしたのだろう。
小柄なその姿を見下ろして、俺は目を反らした。
「……分かった」
言って、澤田に手を引かれるままに歩いていく。こいつは方向音痴のくせに、やたらと迷いなく歩みを進める。俺はそれが不思議なのだが、本人は迷っているという自覚がないらしい。
「で、店の場所、分かってんのか?」
「え、もう一本こっちのはず。……あれ? コンビニが目印なのに、おかしいなあ」
「コンビニなんかこの辺あったか? 向こう口じゃねぇの?」
呆れて手を差し出す。
「スマホに店の場所入れてんだろ。見せろ」
「はぁい」
どうして方向音痴なくせに、こういう文明の理器に頼らないんだ、ったく。
「やっぱりこっちだ。最初で間違ってる」
「えー、すみません」
謝るのはいつものことだが、結局改善は見られない。もはや俺も期待していないが。
風がひゅぅと吹いた。澤田が慌てて俺の腕に抱き着いてくる。
「さむぅい!」
「……寒いな」
答えつつ、コート越しにもわかる柔らかさに目をそらす。ほんと何だってこいつ、ここだけは立派に育っちゃったわけ。一種の凶器だ、凶器。
「阿久津さんが風邪こじらせないようにあっためるー!」
「要らんわ! だったら道に迷わせるな! 無駄に外を歩かせるな!」
澤田はそれもそうだという顔をした。とたんに申し訳なさそうになる。
「……すみません」
「まあ、分かればよし」
くるくると変わるその顔に弱い自分を自覚しつつ、俺は顔をそらした。澤田が予約した店を見つけ、ドアを開けて顎で示す。
「お前の名前で取ったんだろ」
先に入るのを恐縮する澤田に言うと、こくりと頷いて中へ入った。俺も後に続く。
澤田が予約したのはチーズフォンデュで有名な店らしい。あちこちに若いカップルがいて、俺は何となく肩を竦めた。
「シーフードとかいいですね。でも温野菜も捨てがたいなぁ」
ウキウキしながら澤田がメニューを見ている。俺はあまりこだわりがないので、基本的に注文は澤田に任せることにしている。頼りなく見える澤田だが、意外と即断即決でぐだぐだしない。そこが橘とは違うところだーーとまた知らず比べる自分に呆れつつ、メニューを指差しながら店員に料理を頼む姿を見ていた。
「どうかしました?」
首を傾げる澤田に、何でもないと首を振り返すと、微笑みが返って来る。
口数の多い澤田に相槌を返しながら、食事をすすめた。
「あ。そうだ。これ、阿久津さんにクリスマスプレゼントです」
差し出されたのは、小さな箱だった。俺はためらいながら、それを手にする。
「……ありがとう」
「開けてみてください」
澤田が目を輝かせるので、俺は包装紙を開いた。中にあったのは紺地に臙脂色のステッチが入ったベルトだった。思ったよりもセンスがいい。
「この前、臙脂色のニット着てたから」
澤田は俺の反応をじいっと見ながら、補足するように言った。
「……いまいちですか?」
「いや……」
素直に喜びを表現できない自分がもどかしい。
「……ちょうど、オフのときのベルト買わないとなと思ってたとこだ。ありがと」
笑顔すら浮かべられない俺に、澤田は嬉しそうに微笑んで来る。
つきり、と胸が傷んだ。
にこにこと愛想よく、楽しげに笑う澤田を見ながら、無愛想な自分にあきれる。
もう少し優しくしてやれないもんか。
でなくても、愛想よく接してやれないもんか。
自分はこんなに不器用だったのかと、今さらに気づく。
いつもにまして口数の少ない俺を、澤田が首を傾げて見上げた。
「大丈夫ですか? 疲れてます?」
言って、チーズフォンデュを俺の皿にいくつか置いた。
「食べて、帰りましょうね。ありがとうございます。今日、つき合ってくれて」
俺は、ああ、と言いながら、自分の皿に乗せられたそれを口に運んだ。
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