爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

文字の大きさ
78 / 114
第十章 つぶらな瞳にとらわれて(阿久津視点)

05 クリスマスイヴ その壱

しおりを挟む
「……阿久津さん、まだ本調子じゃないんですか?」
 くるんと大きな丸い目が、俺を見上げて来る。
 目が合った瞬間の既視感に、俺はつい目を反らした。
「何でもない」
 言いながら、完全に鼻声だと気づいている。
 澤田が心配そうに眉を寄せた。
「今日、早めにさよならしましょうか」
 意外な提案に、俺は澤田を見下ろした。
 今日はクリスマスイヴ。先週、馬鹿げたことにゲームセンターで散財した俺は、飲んだ後だったことも手伝いしっかり風邪を引いた。その結果、澤田との約束はキャンセルになったので、約二週間ぶりに会うのだ。
 俺が意外に思っていることを、澤田も察したのだろう。丸い目で俺を見上げながら、ちょっと不服げに唇を尖らせる。
「だって、二人で楽しく過ごしたいだけなのに、風邪こじらせちゃ元も子もないです。せっかく治りかけなのに」
 それもそうだと思うが、ずいぶん大人なことを言うものだとぼんやりその横顔を見ていた。
「でも、放っておいたらご飯も食べなそうだし。今日はお酒はなしね。バランスいいもの食べて、さよならしましょう」
 言って、澤田はにこりと笑った。柔らかそうな丸い頬、ぷっくりと艶やかなピンク色の唇、ハの字気味の眉。色素の薄い柔らかい髪には、金モールで縁取られた深い緑のシュシュをつけ、白いフェイクファーつきのピーコート。スカートの赤はきっとクリスマスをイメージしたのだろう。
 小柄なその姿を見下ろして、俺は目を反らした。
「……分かった」
 言って、澤田に手を引かれるままに歩いていく。こいつは方向音痴のくせに、やたらと迷いなく歩みを進める。俺はそれが不思議なのだが、本人は迷っているという自覚がないらしい。
「で、店の場所、分かってんのか?」
「え、もう一本こっちのはず。……あれ? コンビニが目印なのに、おかしいなあ」
「コンビニなんかこの辺あったか? 向こう口じゃねぇの?」
 呆れて手を差し出す。
「スマホに店の場所入れてんだろ。見せろ」
「はぁい」
 どうして方向音痴なくせに、こういう文明の理器に頼らないんだ、ったく。
「やっぱりこっちだ。最初で間違ってる」
「えー、すみません」
 謝るのはいつものことだが、結局改善は見られない。もはや俺も期待していないが。
 風がひゅぅと吹いた。澤田が慌てて俺の腕に抱き着いてくる。
「さむぅい!」
「……寒いな」
 答えつつ、コート越しにもわかる柔らかさに目をそらす。ほんと何だってこいつ、ここだけは立派に育っちゃったわけ。一種の凶器だ、凶器。
「阿久津さんが風邪こじらせないようにあっためるー!」
「要らんわ! だったら道に迷わせるな! 無駄に外を歩かせるな!」
 澤田はそれもそうだという顔をした。とたんに申し訳なさそうになる。
「……すみません」
「まあ、分かればよし」
 くるくると変わるその顔に弱い自分を自覚しつつ、俺は顔をそらした。澤田が予約した店を見つけ、ドアを開けて顎で示す。
「お前の名前で取ったんだろ」
 先に入るのを恐縮する澤田に言うと、こくりと頷いて中へ入った。俺も後に続く。
 澤田が予約したのはチーズフォンデュで有名な店らしい。あちこちに若いカップルがいて、俺は何となく肩を竦めた。
「シーフードとかいいですね。でも温野菜も捨てがたいなぁ」
 ウキウキしながら澤田がメニューを見ている。俺はあまりこだわりがないので、基本的に注文は澤田に任せることにしている。頼りなく見える澤田だが、意外と即断即決でぐだぐだしない。そこが橘とは違うところだーーとまた知らず比べる自分に呆れつつ、メニューを指差しながら店員に料理を頼む姿を見ていた。
「どうかしました?」
 首を傾げる澤田に、何でもないと首を振り返すと、微笑みが返って来る。
 口数の多い澤田に相槌を返しながら、食事をすすめた。
「あ。そうだ。これ、阿久津さんにクリスマスプレゼントです」
 差し出されたのは、小さな箱だった。俺はためらいながら、それを手にする。
「……ありがとう」
「開けてみてください」
 澤田が目を輝かせるので、俺は包装紙を開いた。中にあったのは紺地に臙脂色のステッチが入ったベルトだった。思ったよりもセンスがいい。
「この前、臙脂色のニット着てたから」
 澤田は俺の反応をじいっと見ながら、補足するように言った。
「……いまいちですか?」
「いや……」
 素直に喜びを表現できない自分がもどかしい。
「……ちょうど、オフのときのベルト買わないとなと思ってたとこだ。ありがと」
 笑顔すら浮かべられない俺に、澤田は嬉しそうに微笑んで来る。
 つきり、と胸が傷んだ。
 にこにこと愛想よく、楽しげに笑う澤田を見ながら、無愛想な自分にあきれる。
 もう少し優しくしてやれないもんか。
 でなくても、愛想よく接してやれないもんか。
 自分はこんなに不器用だったのかと、今さらに気づく。
 いつもにまして口数の少ない俺を、澤田が首を傾げて見上げた。
「大丈夫ですか? 疲れてます?」
 言って、チーズフォンデュを俺の皿にいくつか置いた。
「食べて、帰りましょうね。ありがとうございます。今日、つき合ってくれて」
 俺は、ああ、と言いながら、自分の皿に乗せられたそれを口に運んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

鳴宮鶉子
恋愛
貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

処理中です...