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第十章 つぶらな瞳にとらわれて(阿久津視点)

04 プレゼントの選び方 その参

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 二人と別れた俺は、自宅の最寄り駅のホームで一息ついた。駅の外に広がるネオンとイルミネーションの明かりに、またため息が出る。
 情けねぇ。
 ここまで来て、ふんぎりがつかないままの自分にあきれる。お前が飽きるまで側にいてやる、とまで言った癖に、こんなちっぽけなイベント一つで動揺していては今後も不安だらけだ。
 ふらりと駅を出て行くと、ゲームセンターが見えた。店の表にあるクレーンゲームのガラス張りの中に、巨大なぬいぐるみが鎮座している。俺はよく知らないがリスのキャラクターらしい。その大きな目が、澤田のそれを思い出させた。
 そのぬいぐるみと、目が合う。
 いや、そんな気がしただけだ。
 酔ってるのか?
 たった一杯、ハイボールを飲んだだけだ。まさか酔っている訳もない。
 自問自答をしつつ目をそらすが、やはり視線を感じて見ると、どでかいぬいぐるみがじっと俺を見ていた。
 ……いやいや。
 いやいやいや。
 頭を振り、立ち去ろうとしたとき、若い男女連れがそれに近づいた。
「あ、あの大きいの可愛いー! ねぇ、取ってよ!」
「えー? こっちの小さいのにしようよ」
「あの大きいのがいいよー。ね、取って取って!」
「仕方ねぇなぁ」
 男が小銭を出して、クレーンを動かしはじめた。
 当然、どでかいぬいぐるみが一回で手に入る訳もない。アームはぬいぐるみを少し触っただけで、手ぶらのまま返ってきた。
「へたっぴー!」
「無理だろ、あんなデカいの」
「えー! がんばって! がんばって!」
 彼女に応援されて、男はまた小銭を出す。
 思わず足を止めたままの俺は、その様子をついつい見守っていた。
 若いカップルは数度挑戦したが、先に痺れを切らしたのは彼女の方だった。
「店員さんに言えば、近づけてくれるかも! 私、お願いしてくるー!」
 言って、店員を呼び、ぬいぐるみを少し取りやすい場所に寄せてもらう。
 いやいや反則だろ、それ。
 思ったが、すっかり帰るタイミングを逸した俺は、手に汗握りながらそれを見ていた。
 ってなんだよ、別にあんなぬいぐるみ、どうなってもいいだろうが。寒い中ゲーセンのバカップル見てて風邪引きましたなんて、馬鹿過ぎて笑い話にもなんねぇぞ。とっとと帰ろう。帰るんだ。
 頭ではそう思っているのに、店員の配慮によって一歩前へ出たぬいぐるみは、まだ俺のことを見ている。澤田と同じ真ん丸な目に、罪悪感すら覚える。
 カップルはそれからしばらく格闘したが、やはり獲物がデカすぎるのだろう。数度両替を経たとき、男が落胆したような声を挙げた。
「もうこれで最後な」
「えー! こんなにがんばったのに!」
「だってもう金ねぇよ」
 一万近くは使っているだろう。思いながら最後のワンゲームを見守る。
 ぬいぐるみはアームに押されて少したわみ、わずかに前傾したに見えたが、落ちることはなかった。
 それを見てほっとしている自分に気づく。
「あー! 惜しい!」
「悔しー!」
 カップルはわいわい言い、台を叩いて振動させてみたりするが、無駄な足掻きだ。しばらくすると、諦めてその場を離れて行った。
 俺とリスのぬいぐるみの目は、まだ合い続けている。
 いや。待てって。
 クレーンゲームなんて大学時代にやったくらいで、勘だって鈍ってる。
 そもそも、お前みたいなどでかい奴は一度だって成功したこたねぇんだ。
 だいたい、俺がお前持ち帰る様とか、想像するだに通報もんだろ。
 だからこっち見んな。
 心の中でつぶやくのだが、当然相手は気にもしない。ぬいぐるみだから当然だ。
 俺はため息をついて、一歩、踏み出す。
 ーーゲームセンターの方へ。
 いやいや、おい。
 待て俺。正気に戻れ。
 大人の俺が慌てて言い聞かせようとしている横で、
 いや、もしかしたら案外あっさり取れるかもしんねぇし。
 いたずら小僧の俺が口を出す。
 そして気付けば、クレーンゲームの前に佇んでいた。
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