81 / 114
第十章 つぶらな瞳にとらわれて(阿久津視点)
08 クリスマスイヴ その四
しおりを挟む
とりあえず、俺が渡したもので澤田が笑ってくれたことにほっとした。
何もしてやれない自分に嫌気がさしそうだったから。
澤田の言葉を思い出す。
笑っててほしいーー
それが、愛してる、か。
湯舟に浸かりながら、苦笑する。
俺はまだ誰にも、その言葉を使ったことはない。
軽く使うには、あまりに重さを感じる言葉だ。口にする方にも、される方にも。
そう思うのに、澤田に言われたその言葉に、嫌な重さは感じなかった。
ため息をつきながら、湯舟に首まで沈み込む。
温かい湯が身体中を温めていく。
久々に湯を張ったのでしっかりくつろいでしまった俺は、いつもよりずいぶん長湯になってしまった。
身体を拭き部屋着になってダイニングへ向かうと、ソファの上に座っていた澤田は、今やソファに横たわり、ぬいぐるみを抱えたまますやすやと眠っている。
俺は時計を見て、もう十二時を過ぎていると気づき、苦笑した。
部屋からふとんを持ってくると、その身体の上にかける。
ソファに無造作に広がったやわ毛と、閉じられた目。
少しだけ隙間があいた口元が、そのあどけなさをますます引き立てていた。
俺はその場に膝を折ると手を伸ばし、額から髪を撫でる。
それから、額に唇を寄せた。
しわのない肌に若さを感じる。
しっかりとぬいぐるみを抱きしめたままの手の甲に自分の手を重ねた。
小さな手はまるで子どものようだ。
俺は静かに息を吐き出した。起こさないようにその頬を指先で撫でてから、立ち上がる。
テレビを切ると、部屋が急に静かになった。
澤田は身じろぎもせず眠っている。
明日が休みだと聞いていてよかった。そうでなければ起こそうとしたかもしれない。
終電はないかもしれないが、タクシー代を出してやったろう。
澤田の寝顔をもう一度見て、テーブルに置いたままのカップを流しに持っていく。
身支度を整えてから、俺だけベッドに行こうかと思ったが、そのままソファで寝せておいて大丈夫か心配になった。
こいつのことだ、ソファから落ちないとも限らない。
そして俺自身、ソファで眠ったときには、寝返りが打ちにくいので起きたときに身体が痛んだことを思い出す。
俺はため息をつくと、寝室へつながる部屋のドアを開けた。
ベッド上の寝具をはいで準備をし、ソファに眠る澤田とぬいぐるみをふとんごと抱き上げる。
うっわ。軽っ。
ぬいぐるみでだいぶ嵩張っているが、身構えたほどの重みがなくて驚く。
いや、軽いっつってもきついけど。若いときならいざ知らず。
でも、50キロなさそうだな、と思いつつ、ベッドに澤田を横たえた。
くるんだふとんの隙間から、リスのぬいぐるみが俺をじぃっと見つめ返して来る。
眠ってしまった澤田の代わりをつとめるように。
そう見えて、俺は思わず笑った。
ベッドはシングルだが、幅が広めのものだ。この部屋を使うようになってから購入したので、家具の中では日が浅い。
澤田はベッドの上に横たえても、すやすやと眠っている。その寝顔があまりに無防備で、つい微笑んでしまう。
本人が目を開けているときには滅多に浮かべられない微笑みだと自覚しつつ、俺はまたソファで眠ろうと、ベッドから下りようとした。
が、澤田の手に袖を捕まれていることに気づく。
いつの間に、と思いつつ、少し引っ張ってみたが、ますます強く捕まれた。一本一本指を引きはがそうと手を添えたとき、澤田が身じろぎして、掴むものを袖から俺の手へと変える。
ますます離れられなくなって、俺は肩を落とした。
久しぶりに隣に横たわる温もりを、無視して眠れるとも思えない。
澤田からはいつか嗅ぎ取ったフローラル系の香りがする。
人の気も知らないで。
ちっと舌打ちする。
が、それも無意味だと気づいた。
抱かない、と決めているのは俺の方なわけで、こいつの方はむしろそのときを心待ちにしているのだ。
そうなると、無意味な抵抗も馬鹿馬鹿しい。
同意していないと騒ぎ立てる女でもないだろう。
なるようになれ、と、俺は澤田の手をこちらから繋ぎ直し、隣に横たわった。
すやすやと眠る澤田の寝息と、身じろぎするたびに鼻腔に届く花の香りに、俺は結局あまり眠れないまま、夜を明かすはめになった。
(第十章完 次章ヒメ視点です)
何もしてやれない自分に嫌気がさしそうだったから。
澤田の言葉を思い出す。
笑っててほしいーー
それが、愛してる、か。
湯舟に浸かりながら、苦笑する。
俺はまだ誰にも、その言葉を使ったことはない。
軽く使うには、あまりに重さを感じる言葉だ。口にする方にも、される方にも。
そう思うのに、澤田に言われたその言葉に、嫌な重さは感じなかった。
ため息をつきながら、湯舟に首まで沈み込む。
温かい湯が身体中を温めていく。
久々に湯を張ったのでしっかりくつろいでしまった俺は、いつもよりずいぶん長湯になってしまった。
身体を拭き部屋着になってダイニングへ向かうと、ソファの上に座っていた澤田は、今やソファに横たわり、ぬいぐるみを抱えたまますやすやと眠っている。
俺は時計を見て、もう十二時を過ぎていると気づき、苦笑した。
部屋からふとんを持ってくると、その身体の上にかける。
ソファに無造作に広がったやわ毛と、閉じられた目。
少しだけ隙間があいた口元が、そのあどけなさをますます引き立てていた。
俺はその場に膝を折ると手を伸ばし、額から髪を撫でる。
それから、額に唇を寄せた。
しわのない肌に若さを感じる。
しっかりとぬいぐるみを抱きしめたままの手の甲に自分の手を重ねた。
小さな手はまるで子どものようだ。
俺は静かに息を吐き出した。起こさないようにその頬を指先で撫でてから、立ち上がる。
テレビを切ると、部屋が急に静かになった。
澤田は身じろぎもせず眠っている。
明日が休みだと聞いていてよかった。そうでなければ起こそうとしたかもしれない。
終電はないかもしれないが、タクシー代を出してやったろう。
澤田の寝顔をもう一度見て、テーブルに置いたままのカップを流しに持っていく。
身支度を整えてから、俺だけベッドに行こうかと思ったが、そのままソファで寝せておいて大丈夫か心配になった。
こいつのことだ、ソファから落ちないとも限らない。
そして俺自身、ソファで眠ったときには、寝返りが打ちにくいので起きたときに身体が痛んだことを思い出す。
俺はため息をつくと、寝室へつながる部屋のドアを開けた。
ベッド上の寝具をはいで準備をし、ソファに眠る澤田とぬいぐるみをふとんごと抱き上げる。
うっわ。軽っ。
ぬいぐるみでだいぶ嵩張っているが、身構えたほどの重みがなくて驚く。
いや、軽いっつってもきついけど。若いときならいざ知らず。
でも、50キロなさそうだな、と思いつつ、ベッドに澤田を横たえた。
くるんだふとんの隙間から、リスのぬいぐるみが俺をじぃっと見つめ返して来る。
眠ってしまった澤田の代わりをつとめるように。
そう見えて、俺は思わず笑った。
ベッドはシングルだが、幅が広めのものだ。この部屋を使うようになってから購入したので、家具の中では日が浅い。
澤田はベッドの上に横たえても、すやすやと眠っている。その寝顔があまりに無防備で、つい微笑んでしまう。
本人が目を開けているときには滅多に浮かべられない微笑みだと自覚しつつ、俺はまたソファで眠ろうと、ベッドから下りようとした。
が、澤田の手に袖を捕まれていることに気づく。
いつの間に、と思いつつ、少し引っ張ってみたが、ますます強く捕まれた。一本一本指を引きはがそうと手を添えたとき、澤田が身じろぎして、掴むものを袖から俺の手へと変える。
ますます離れられなくなって、俺は肩を落とした。
久しぶりに隣に横たわる温もりを、無視して眠れるとも思えない。
澤田からはいつか嗅ぎ取ったフローラル系の香りがする。
人の気も知らないで。
ちっと舌打ちする。
が、それも無意味だと気づいた。
抱かない、と決めているのは俺の方なわけで、こいつの方はむしろそのときを心待ちにしているのだ。
そうなると、無意味な抵抗も馬鹿馬鹿しい。
同意していないと騒ぎ立てる女でもないだろう。
なるようになれ、と、俺は澤田の手をこちらから繋ぎ直し、隣に横たわった。
すやすやと眠る澤田の寝息と、身じろぎするたびに鼻腔に届く花の香りに、俺は結局あまり眠れないまま、夜を明かすはめになった。
(第十章完 次章ヒメ視点です)
0
あなたにおすすめの小説
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
ズボラ上司の甘い罠
松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる