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第二章 彦星前線停滞中(阿久津視点)
01 少年だった頃
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四十を目前にして、つい自分の生き様を振り返り、あーこんなもんかと思った。
小さいときには、将来の夢を聞かれて、
野球の選手!
と答えると、
男の子らしくていいわねぇ。
と言われたものだが、それが許されるのも、精々中学生くらいまでか。
男の子はちょっと乱暴なくらいの方が安心よ。
と許されたのも幼少期までで、大人の都合なんてこんなもんだよなと斜に構えて過ごした思春期。
当時思った「大人」どころか、ほとんどそのまま、オヤジになってしまった気がする。
その事実に気づいて知らず顔をしかめた。元々女子供に受けの悪い三白眼は、こういう表情をするとますます怖がられると知ってはいるが、まあ見られて困る人もいない。せいぜい後輩が小気味よく馬鹿にしてくれる程度だが、その後輩も最近何やら男の気配がしていて不必要に肩身が狭い。
つーか、結婚してないことで何でこんなに肩身の狭い思いをしなければいけないのかもわからない。いい歳こいてと言われそうだが一人気ままで何が悪い。
仕事して税金納めて、金は遊びに使って経済に貢献してるんだ、後ろ指さされる筋合いはない……と主張したい気は山々だが、まあ一度は結婚してみろよとバツイチの友人に言われるとそんなもんかと思ってしまうこともある。
理由もなくこの歳まで独身ということもないだろうと思われるが、まあこれという理由も思いつかないのが正直なところだ。強いていうなら友人の結婚ラッシュの頃、振り向く見込みもない女に気を取られていたことか。三十過ぎる頃にはこのまま独身だったらどうしようと頭を抱えていたその女も、今ではすっかり三児の母で、ワーキングマザーをやっている。
たちの悪いことに、会社の同期でもあるそいつの笑顔は、いまだに時々俺の目を奪う。俺と同じく四十に届こうと言うのに、その豊かな表情と目の輝きは失われるどころか、ますます魅力を増していた。
それは、同じく同期であるその夫の影響も少なからずあるだろう。誰もを魅了してやまない男は、その気になるや否や、とっととそいつを手中に収めてしまった。それが、かれこれ七年も前のこと。
まあ一生お一人様も悪くない。一人が寂しくなったらその夫婦の家にでも転がり込んでやろうか、とも思っている。当人たちは勘弁してくれと笑っていたが、正直この案は諸刃の剣だ。結婚から六年経ち、三人の子持ちになってもこの同期夫婦は円満な関係ーーどころか、ハチミツ漬けのカステラにチョコレートソースと砂糖をまぶしたくらいに激甘な関係を維持しているのだから。
近くにいるときのあてられっぷりは、独身の俺にはかなりいただけない。スイートホームに爆弾でも仕掛けてやろうかと思うくらいだ。
まあそんな訳で、ある朝電車を降りるや否や、後ろからかけられた声に、身構えつつ振り向くと、そこには噂のワーキングマザー、橘彩乃が笑顔で手を挙げていた。
が、いつも仲良く出勤しているはずの夫の姿が見えない。
キョロキョロと見渡した俺に、橘女史ーー醸し出されるエリート臭から、俺がつけたあだ名だーーは笑った。
「保育園の送り時間、今日だけちょっと変更があって。私だけ先に出勤」
聞いたわけでもないのに、ご丁寧に説明してくれる。
あ、そ、と短く答えて、俺はきびすを返してまた歩き始めた。
橘の身長は平均より小柄だ。いつもよりスローペースになる歩みを、通勤時間帯の人込みのせいにしつつ改札へ向かう。
ICカードを懐から取り出したとき、橘が俺の脇腹をつついた。
「阿久津。知り合い?」
問われて目を上げると、そこには橘よりさらに小柄な女が一人立っている。
確かにその目は俺をしっかりととらえていた。
その潤んだ瞳に、俺は顔をしかめる。睨みつけているつもりはなくても、他人からはそう見えるらしい目つきは、こういうとき肩身が狭い。
「知らねぇよ」
俺が答えたとき、女はふるふると震え出したように見えた。
小さいときには、将来の夢を聞かれて、
野球の選手!
と答えると、
男の子らしくていいわねぇ。
と言われたものだが、それが許されるのも、精々中学生くらいまでか。
男の子はちょっと乱暴なくらいの方が安心よ。
と許されたのも幼少期までで、大人の都合なんてこんなもんだよなと斜に構えて過ごした思春期。
当時思った「大人」どころか、ほとんどそのまま、オヤジになってしまった気がする。
その事実に気づいて知らず顔をしかめた。元々女子供に受けの悪い三白眼は、こういう表情をするとますます怖がられると知ってはいるが、まあ見られて困る人もいない。せいぜい後輩が小気味よく馬鹿にしてくれる程度だが、その後輩も最近何やら男の気配がしていて不必要に肩身が狭い。
つーか、結婚してないことで何でこんなに肩身の狭い思いをしなければいけないのかもわからない。いい歳こいてと言われそうだが一人気ままで何が悪い。
仕事して税金納めて、金は遊びに使って経済に貢献してるんだ、後ろ指さされる筋合いはない……と主張したい気は山々だが、まあ一度は結婚してみろよとバツイチの友人に言われるとそんなもんかと思ってしまうこともある。
理由もなくこの歳まで独身ということもないだろうと思われるが、まあこれという理由も思いつかないのが正直なところだ。強いていうなら友人の結婚ラッシュの頃、振り向く見込みもない女に気を取られていたことか。三十過ぎる頃にはこのまま独身だったらどうしようと頭を抱えていたその女も、今ではすっかり三児の母で、ワーキングマザーをやっている。
たちの悪いことに、会社の同期でもあるそいつの笑顔は、いまだに時々俺の目を奪う。俺と同じく四十に届こうと言うのに、その豊かな表情と目の輝きは失われるどころか、ますます魅力を増していた。
それは、同じく同期であるその夫の影響も少なからずあるだろう。誰もを魅了してやまない男は、その気になるや否や、とっととそいつを手中に収めてしまった。それが、かれこれ七年も前のこと。
まあ一生お一人様も悪くない。一人が寂しくなったらその夫婦の家にでも転がり込んでやろうか、とも思っている。当人たちは勘弁してくれと笑っていたが、正直この案は諸刃の剣だ。結婚から六年経ち、三人の子持ちになってもこの同期夫婦は円満な関係ーーどころか、ハチミツ漬けのカステラにチョコレートソースと砂糖をまぶしたくらいに激甘な関係を維持しているのだから。
近くにいるときのあてられっぷりは、独身の俺にはかなりいただけない。スイートホームに爆弾でも仕掛けてやろうかと思うくらいだ。
まあそんな訳で、ある朝電車を降りるや否や、後ろからかけられた声に、身構えつつ振り向くと、そこには噂のワーキングマザー、橘彩乃が笑顔で手を挙げていた。
が、いつも仲良く出勤しているはずの夫の姿が見えない。
キョロキョロと見渡した俺に、橘女史ーー醸し出されるエリート臭から、俺がつけたあだ名だーーは笑った。
「保育園の送り時間、今日だけちょっと変更があって。私だけ先に出勤」
聞いたわけでもないのに、ご丁寧に説明してくれる。
あ、そ、と短く答えて、俺はきびすを返してまた歩き始めた。
橘の身長は平均より小柄だ。いつもよりスローペースになる歩みを、通勤時間帯の人込みのせいにしつつ改札へ向かう。
ICカードを懐から取り出したとき、橘が俺の脇腹をつついた。
「阿久津。知り合い?」
問われて目を上げると、そこには橘よりさらに小柄な女が一人立っている。
確かにその目は俺をしっかりととらえていた。
その潤んだ瞳に、俺は顔をしかめる。睨みつけているつもりはなくても、他人からはそう見えるらしい目つきは、こういうとき肩身が狭い。
「知らねぇよ」
俺が答えたとき、女はふるふると震え出したように見えた。
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