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第二章 彦星前線停滞中(阿久津視点)
02 彦星疑惑
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ーーやべ。怖がらせた?
自分が適当な表情をとっていたことに気づいて目を反らす。
「こらこら、ガン飛ばさない。怖がってるじゃないの」
笑いながら俺の肩をたたいてくるのは橘女史だ。
「飛ばしてねぇよ。目つきの悪さは生れつきだ。誰かさんとは違って」
苦り切った顔で応じる。誰かさん、とはもちろん、彼女の最愛の夫だーー誰とでも当たり障りのない距離感で、振り撒く愛想も如才ない、ひどくいけすかない男。
いけすかないのに、どうにも気になって仕方がないのは、俺も奴の魅力に抗えないからだろうと自覚している。
「ひがまないひがまない」
軽やかに笑われて、ふん、と鼻息で応じる。
「ち、ちが、あのっ、お礼を」
ぶつ切りの言葉を発したのは、震えていた小柄な女だった。
「は?」
目を向けると、女はあわあわしながら、息継ぎ息継ぎ説明する。
「た、助けてもらって、二度も」
ーーはぁ?
完全に訝しい顔になった俺の横で、橘女史が驚きの表情を浮かべる。
「阿久津が?あなたを?」
橘女史は無遠慮に俺を見てきた。俺も眉を寄せてそれを見返す。
「あんた、人助けとかするの?」
「するかよ。マーシーじゃあるまいし」
「だからイチイチひがむなっての」
俺は口の中で小さく舌打ちして、面倒臭そうな目を女に向けた。女は小柄さ故か、未成年と言われても納得できる。それは服がオーバーサイズ気味だからかもしれないが、多分、仕方ないのだろうーー胸だけが大きいのは見るからに明らかだった。
「人違いだろ」
こんなときでも女の品定めをする自分自身に呆れ返りつつ、投げ捨てるように言った。いくら胸がデカくても、子供じみた女は俺の好みじゃない。
「そんなこと、ないですっ!」
彼女は大袈裟な動作で両手の拳を握る。目には何やら決意らしい熱意が伺えたが、俺は深々と嘆息した。何も言わず、大股で歩き出す。女も一拍遅れて、小走りについてきた。橘女史は俺たち二人の様子を伺いながら、ほどほどの距離をついて来る。
「あ、あの、阿久津さん、ておっしゃるんですよね」
俺たちの会話を聞いていたのだろう。
「ああ?」
ーーめんどくせぇなぁ。
苛立ちながら振り返ると、橘女史が呆れて言った。
「阿久津。もうちょっと優しくしてやんなよ。あんたみたいなコワモテに話しかけるなんてすごい勇気じゃないの」
くっそ。コイツがいるといちいち調子が狂う。
苛立つのは自分に対してだ。なるようになれと立ち止まると、女に向き合う。
女は顔を輝かせ、俺を仰ぎ見た。
ーー小っせぇ。蹴ったら飛んで行きそう。
脳内を一瞬、訳の分からない妄想が過ぎる。
「お、お名前教えてくださいっ」
「何であんたにそんなことーー」
即答しかけたとき、橘女史の殺意に似た視線に気づき舌打ちした。
「阿久津光彦」
答えると、
「へぇ、あんた光彦っていうんだ」
橘女史がやたらと納得したように目を輝かせた。
ーー俺の名前なんて興味ないってか。
浮かぶ苦笑は心中に留め、
「てめぇ。同期の名前くらい覚えとけ」
「多分うちの人も知らないよ」
「薄情な奴らめ」
流れる会話は出会った頃からさして変わらない。頭の回転の早いこの女は、どんなボールを投げてもきちんと返して来る。ときには辛口で。ときには快活に。この会話がなかったらーーきっと俺は、もっと早く、コイツを諦められたに違いない。
また知らず運びかけていた足を止めたのは、すっかり忘れていたもうひとりの女の声だった。
「ーー私の彦星様!」
ポカンとした俺の横で、橘女史が盛大に噴き出した。
腹を抱えて笑い出すそいつを強めにどつき、足早に連行する。
追って来るかと思った女は、俺たちが去っていくのをぼんやりと見ていた。
自分が適当な表情をとっていたことに気づいて目を反らす。
「こらこら、ガン飛ばさない。怖がってるじゃないの」
笑いながら俺の肩をたたいてくるのは橘女史だ。
「飛ばしてねぇよ。目つきの悪さは生れつきだ。誰かさんとは違って」
苦り切った顔で応じる。誰かさん、とはもちろん、彼女の最愛の夫だーー誰とでも当たり障りのない距離感で、振り撒く愛想も如才ない、ひどくいけすかない男。
いけすかないのに、どうにも気になって仕方がないのは、俺も奴の魅力に抗えないからだろうと自覚している。
「ひがまないひがまない」
軽やかに笑われて、ふん、と鼻息で応じる。
「ち、ちが、あのっ、お礼を」
ぶつ切りの言葉を発したのは、震えていた小柄な女だった。
「は?」
目を向けると、女はあわあわしながら、息継ぎ息継ぎ説明する。
「た、助けてもらって、二度も」
ーーはぁ?
完全に訝しい顔になった俺の横で、橘女史が驚きの表情を浮かべる。
「阿久津が?あなたを?」
橘女史は無遠慮に俺を見てきた。俺も眉を寄せてそれを見返す。
「あんた、人助けとかするの?」
「するかよ。マーシーじゃあるまいし」
「だからイチイチひがむなっての」
俺は口の中で小さく舌打ちして、面倒臭そうな目を女に向けた。女は小柄さ故か、未成年と言われても納得できる。それは服がオーバーサイズ気味だからかもしれないが、多分、仕方ないのだろうーー胸だけが大きいのは見るからに明らかだった。
「人違いだろ」
こんなときでも女の品定めをする自分自身に呆れ返りつつ、投げ捨てるように言った。いくら胸がデカくても、子供じみた女は俺の好みじゃない。
「そんなこと、ないですっ!」
彼女は大袈裟な動作で両手の拳を握る。目には何やら決意らしい熱意が伺えたが、俺は深々と嘆息した。何も言わず、大股で歩き出す。女も一拍遅れて、小走りについてきた。橘女史は俺たち二人の様子を伺いながら、ほどほどの距離をついて来る。
「あ、あの、阿久津さん、ておっしゃるんですよね」
俺たちの会話を聞いていたのだろう。
「ああ?」
ーーめんどくせぇなぁ。
苛立ちながら振り返ると、橘女史が呆れて言った。
「阿久津。もうちょっと優しくしてやんなよ。あんたみたいなコワモテに話しかけるなんてすごい勇気じゃないの」
くっそ。コイツがいるといちいち調子が狂う。
苛立つのは自分に対してだ。なるようになれと立ち止まると、女に向き合う。
女は顔を輝かせ、俺を仰ぎ見た。
ーー小っせぇ。蹴ったら飛んで行きそう。
脳内を一瞬、訳の分からない妄想が過ぎる。
「お、お名前教えてくださいっ」
「何であんたにそんなことーー」
即答しかけたとき、橘女史の殺意に似た視線に気づき舌打ちした。
「阿久津光彦」
答えると、
「へぇ、あんた光彦っていうんだ」
橘女史がやたらと納得したように目を輝かせた。
ーー俺の名前なんて興味ないってか。
浮かぶ苦笑は心中に留め、
「てめぇ。同期の名前くらい覚えとけ」
「多分うちの人も知らないよ」
「薄情な奴らめ」
流れる会話は出会った頃からさして変わらない。頭の回転の早いこの女は、どんなボールを投げてもきちんと返して来る。ときには辛口で。ときには快活に。この会話がなかったらーーきっと俺は、もっと早く、コイツを諦められたに違いない。
また知らず運びかけていた足を止めたのは、すっかり忘れていたもうひとりの女の声だった。
「ーー私の彦星様!」
ポカンとした俺の横で、橘女史が盛大に噴き出した。
腹を抱えて笑い出すそいつを強めにどつき、足早に連行する。
追って来るかと思った女は、俺たちが去っていくのをぼんやりと見ていた。
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