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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。

25 仲良し母娘のうきうきランチ♪

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「ただいまー」
 金曜の夜は都内の自宅で過ごし、翌日、一通りの家事を済ませてから実家に帰った。
 私の実家は湘南にある。家事を済ませたこともあり、都内の自宅から実家に帰るともう昼時だ。
「おかえりー」
 私とよく似た容姿の母は、今年57歳。考えてみれば、今の私の歳には母はもう三児の母だ。
 そう気づいてから、気付かなければよかったとちょっと暗い気持ちになる。私は結婚どころか、彼氏だっていないのに。
 玄関からリビングに入って鞄を置くと、母が笑った。
「何、帰ってきたかと思ったらその顔」
 私の暗い気分はしっかり顔に出ていたらしい。私は嘆息しながら答えた。
「いや……お母さん、三十のときにはもう私たちみんな産んでたんだよね」
 母はその言葉を聞いて、うーん?と首を傾げた。わずかに考えた後、そうかと手を叩く。
「確かにそうかも。でも働いてなかったよ」
 26歳でいわゆる寿退社をした母は、専業主婦として子どもたちを育て、私たちが高校生になる頃から近所の福祉施設でパートを始めた。
「今からお昼ご飯作るけど。あ、それより食べに行く?お父さん、おじいちゃんちでご飯食べるから要らないし。女子会、女子会」
「あ、いいね女子会。行こうか」
 手荷物の中から財布とスマホを取り出す。一泊、二泊する分には、母の化粧品や服を借りればよいかと下着類しか持ってきていない。服のサイズや好みが近くて助かる。
「達哉たちは?」
「夕方帰って来るって」
「そっか」
 母もいそいそと鞄を手に取り、二人でまた玄関へ向かった。
「お母さん、靴ボロボロじゃん」
「そうなの。そろそろ買わなくっちゃ」
「明日一緒に見に行こうか。母の日何もあげられなかったし、プレゼントするよ」
「ほんとー?嬉しい。でも、自分で買うからいいよ」
 仲良し親子、とか、友達親子、とか言われる私と母の会話は、いつもこんな感じだ。
 私が持ってきた日傘を開き、母と共にその影に入る。
「ランチ、どこ行く?ファミレスじゃ味気ないよね。そういえば、あっちの角のとこ、新しいお店できたみたいだね。さっき来るとき見かけた」
「そうそう、カフェレストランね。この前近所の人と行ったよ。おいしかったから行ってみる?」
「うん、行く行く」
 話しながら、見慣れた道を歩いていく。大通りから一本入ったこの辺りは、昔からの地主も多くて、ほとんどが一軒家だ。我が家は別に昔からいるわけではないけれど、母が積極的にご近所つき合いしているお陰で割と周りの情報も入ってきている。
 ちなみに、通っていた高校は徒歩五分の距離にある。そこそこ難易度の高い学校なのだが、こんなに近くにあるのに他に行くのも馬鹿馬鹿しいと奮起したのを覚えている。近さで選んだと言えなくも無い。
 その高校で香子と幸弘に出会い、大学でもサークル仲間として仲良くやっていたわけだーーこんなに長いつき合いになるとは、出会ったときには想像もしてなかったけど。
「体育祭の準備かな。後輩らしい人がいっぱいいたよ」
 母校は夏休み明けにある体育祭がメインイベントだ。熱心なメンバーはほとんど夏休み返上で準備に顔を出すーーそう、例え受験を控えた三年生であっても。
「そうねぇ。懐かしい?」
 母に言われて首を傾げる。
「どうかなぁ……」
 どちらかというと大学の方が懐かしさを感じるような気がする。が、頭の中で過ぎた年月を数えてみて渋面になった。
「げっ、もう卒業して13年?」
「それくらいになるわねぇ」
 後輩たちから見たら、私なんていいオバサンだろう。
「うわぁ、ショック。そうか、大学卒業してからももう少しで十年経つんだ」
 ついこの間だったように思うのに、と呟くと、母が楽しげに笑った。
「そうよねぇ。そう思うよねぇ。分かる分かる」
 その横顔を見ながら、ふと思う。子どものときに母が言っていた「あっという間」という感覚はこういうことか。そういえば、子どものときに感じていた一年はとても長かったのに、今は「あっという間」に感じる。
「なんだか、大人になると成長している気がしないもんだね」
「まあ、子どもみたいに背が伸びたりしないからねぇ」
 私たちの横を、孫らしき子どもを連れたご近所さんが挨拶しながら通っていく。
「え、もしかしてお向かいの明日美お姉ちゃんの子ども?」
「そうそう、来年小学生だって」
「うわぁ、そうなんだ」
 よく遊んでくれた近所のお姉さんも、立派にお母さんをやっているようだ。
「そうだよねぇ。香子ももう二児の母だし」
「そうねぇ。そういえば、幸弘くんのところはどうなの?結婚早かったけど」
「うん、あそこは子どもまだみたい」
 私が言うと、母は相槌を打ってからしみじみ言った。
「そうよねぇ。里沙ももう三十だものねぇ」
 私は肩をすくめる。
 他の子たちが言われているらしい、結婚しろ、という言葉を、うちの家族は言わない。彼氏はいるのかとか、そういうことも聞いてこない。友達に子どもが産まれたと話しても、孫がどうのとは一度も聞いたことがない。
 私に結婚願望がないとは思っていないはずだ。そういうことに親が何を言っても無意味だと思っているのだろうか。それとも別に結婚も、孫も、どちらでもいいと思っているのだろうか。分からないが、何も言われないのはとても気が楽ーーという表現だと語弊があるかもしれない、ありがたいと思っている。実家に帰ってきても、ホッと落ち着くことができるから。
 母は馬鹿な人ではないーーむしろ、私は母ほど賢い女の人を知らない。賢い、というのは学力があるとか、知識があるとか、そういうことではない。出ていくべきところと控えるべきところをきちんとわきまえていて、人を立て、自分をおとしめずに社会生活を営める人。心から尊敬しているけれど、短気な私にはとても真似できない、と早々に諦めてしまった。
 そんな母は、娘の気持ちに対しても敏感だ。言わずとも、分かってくれている。そう信じていられることがどれだけ娘を心強くしてくれることか。
「あ、よかった。席空いてそう」
 目的の店を覗き込み、母が笑った。私も頷く。
 母が開けたドアをくぐると、ピザの香ばしい匂いがした。
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