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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!

80 部屋を明るくして、離れて見ましょう。

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 前田は私のルームウェアに手を入れ、ゆっくり引き上げた。パジャマに前開きの服が多いのってこういうためなのかな、なんて、馬鹿みたいなことを思いながら、恥ずかしさを感じたとき、はっと気づく。
「前田。電気消そう、電気」
 私の言葉に、前田は数度まばたきをして、首を傾げた。
「何で?」
「何でって」
 恥ずかしいからに決まってるでしょう。
 そう言おうとしたけれど、同時に思った。私の姿が前田から見えなくなるのは事実だけれど、私も前田の姿が見えなくなるんだ。ーーこの挑発的な表情も。
 そう思うとちょっともったいないような気もして、口の中でもごもごと言う。
 前田は笑った。
「眼鏡してないもん。よっぽど顔近づけなければ、輪郭くらいしか見えないよ」
 私はそれを聞いてちょっとだけほっとした。
「前田って、視力いくつ」
「裸眼だと、どっちも0.1以下」
「れいてんいち……」
 私には想像もできない数字に眉を寄せた。と同時に、それならばこのままでもいいか、と思い直す。私はたっぷり、前田の姿を堪能できて、前田は私の姿を、ぼんやり堪能すればいい。
 途端に満足げになった私の気分を、前田は察したらしい。ふ、と笑うと、ルームウェアを胸元まで一気に引き上げた。例のサーモンピンクの下着があらわになる。
「わ、ちょ」
「ふふ」
 前田は笑いながら、私のへその辺りに唇を落とした。ルームウェアを引き上げた片手をそのままに、脇腹をもう一方の手でさする。
 あらわになった部分に視線を投げた前田は、私の耳元に口を寄せた。
「綺麗だよ。里沙」
 ぞくぞくぞく、と身体中を甘い悪寒が駆ける。脇腹をさする手はそのままゆっくりと上下に動いて、時々ブラジャーの脇をかすり、時々ズボンの中をかすめる。
 前田の手が触れたところがやたらと熱く感じて、触れられるたびに下腹部の辺りがしくしく疼いて、その内側に無意識に力が入る。
 前田は私の耳の下から首筋へとキスを落として行った。
「……は、恥ずかしい」
 私は思わず顔を覆う。顔が真っ赤なのはもう分かってる。視界だって涙でちょっと歪んでる。何で目が潤んでるんだろう。恥ずかしさと、触れられている喜びと、なんだかいろんな気持ちが入り混じっていて、でも心臓はばくばく言ってて、自分でも何がどうなっているのか分からない。
「隠さないで」
 前田は私の手をやんわり掴んでどけた。優しい笑顔にまた身体の奥が疼く。
 ーー触って。
 恥ずかしがっているはずなのに、本能は要求する。
 ーーもっと、触って。私の身体に。全てのパーツに。そして、甘く疼いているそこにも。
 きゅんきゅん、どころではない。擬音にするならぎゅんぎゅん、前田の一挙一動は私を女にしていく。雌にしていく。一方で、そんな自分に戸惑ってしまう。
「腕、上げて」
 言われて両手を上げると、ルームウェアを脱がされた。上半身はブラジャーだけをまとい、心許ない。
「ほんと、よく食べる割に細いよね」
 前田はルームウェアを無造作にベッド脇に投げ捨てながら、私の首筋から肩を撫でた。その触れ方が絶妙過ぎて、私はぞくぞくする身体を持て余す。
「前田のそれ」
 悔しくて、迫力のない睨みを前田に向けた。
「わざとなの?」
 つつつ、と、指を滑らせるだけの触れ方。物足りない程の力加減が、欲求を増長させる。
「わざとって?」
 前田はまた数度、目をまたたかせた。
 前田の白目は青白くて、黒目とのコントラストがはっきりしている。その目に見られると、貫かれるような錯覚に陥る。
「ーーそういう聞き方するってことは」
 前田はにやりと笑った。
 その悪そうな顔。普段、あんまり見ない。
 それだけで胸が締め付けられる。
「イイんだ、こういう触り方」
 確信犯じみた響きで言うと、前田は首筋から肩、切り返して脇から脇腹へ指先を下げていった。かと思うと、今度はへそから鎖骨の中央まで、指を滑らせる。
 鎖骨のくぼみまでたどり着くと、前田はそこに唇を寄せた。
 ちゅ、と音を立てて吸い付き、鎖骨沿いに舐め上げる。
「や」
 思わず口から出た甘い声に、私は顔を覆った。何、今の声。どっかのAVみたい。
 あわてふためく私を余所に、前田は嬉しそうにくすくすと笑う。その息遣いが肌に触れて私を益々熱くする。
「声、可愛い」
 前田は私の胸元に向かってそう囁くと、ブラジャー沿いにキスを落としていった。両手を私の背中に滑らせ、ホックにまでたどり着く、が、
「……何これ。どうなってんの?」
 まあ、そうだよね。
 私は迷ってから、自分で手を後ろに回し、ホックを外した。唯一身体を包んでいたそれが浮き上がって、胸元にひんやりとした空気が入り込む。
「あ、あの……」
「何?」
「私、全然胸なくて……」
 言い訳じみた言葉が口から出るが、自分でも何が言いたいのか分からない。いや、だって、弟たちは巨乳好きだって豪語してたから。男はみんなオッパイが好きなんだよと、散々聞かされた貧乳の姉はすっかり自信がないのである。
「関係ないよ」
 前田は言いながらブラジャーを剥ぎ取った。
「比べる経験もないし」
 肩にかかる紐を取り、二人とも、半身が生まれたままの姿になる。
 咄嗟に胸を隠そうとした私の手をベッドに縫い止め、前田は満足げに微笑んだ。
「綺麗だよ」
 言って、嬉しそうに、私の身体を抱き寄せる。
「綺麗だ」
 いつもよりも、ちょっと強めの抱擁。少しだけ息苦しいけど、いつも以上に温かくて、照れ臭くて、幸せを感じる。
 前田の背中に手を回す。肩甲骨と背骨の窪みに手が触れた。考えもなく、そこを静かに撫でる。
「また」
 前田は急に離れた。温もりが離れてちょっと寂しく思う。
「何、またって」
 私が言うと、
「それ、自覚なし?」
 前田はむっとした顔で、私の手のひらを掴んだ。かと思うと、私の指先を口に含む。
「ちょ、ちょっと」
 指先を生温かく湿った舌先で舐めとられ、そのざらつきにぞわぞわと身体が反応した。前田は私の反応を見ながら、指先を丁寧に弄ぶ。
「アイス屋さんで自分がしたことでしょ」
 ちゅ、と音を立てて人差し指を吸い上げた後、前田は言った。
 前田の手についたアイスを舐め取ったあれか、と気づく。
「だ、だってあれは」
 前田がいけない。
 だって、だって、
 すごい、色っぽいんだもん。
 私の言葉は、前田の口づけで塞がれた。
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