さくやこの

松丹子

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ボーナストラック

96.1 兄貴分と妹分(『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』完結記念)

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これから先は阿久津主役の話、『爆走織姫~』の後日談を含みます。未読の方はご注意ください

 * * *


「阿久津さん、ご結婚されたそうですね。可愛らしい方ってお聞きしましたよ」
 一通り食事や飲み物を楽しみ、一息ついたとき、咲也が阿久津さんに話しかけた。
 言われた阿久津さんがぴくりと眉を寄せた。
 それは結婚前後に見せるようになった先輩の照れ隠しだ。私は気づきながら笑いをかみ殺す。
「あー……まあね」
「あっ、可愛いって認めた!ヒメちゃんに言わなきゃ」
「要らんことすんな!」
 アヤさんの嬉しげな声を、阿久津さんが一蹴する。その横で神崎さんお手製のハイボールを口にした安田さんが笑った。
「そうですよー。わざわざ言う必要ないっしょ。結婚したら当然毎日言ってるだろうし」
 ごふっ。
 私は口に含んだ愛する黒糖焼酎を勢いよく噴き出した。あまりの動揺にむせ返る。喉にアルコールの辛みが伝わる。
 咲也が困惑した表情でタオルを出そうとポケットをまさぐる横から、ぽんと違うタオルが降ってきた。
「拭いとけ。なんなら結婚祝いにくれてやる」
 咲也が神崎さんに返したばかりのタオルだ。神崎さんを見やると笑っている。
「変わんねぇなぁ、江原も」
 その笑顔を私の横で見て、咲也が照れた。ああ、無自覚の罪。
 私はどうもとお礼を言って、濡れた場所をタオルで拭く。
「……安田さんは毎日言ってるんですか」
 聞きたいような聞きたくないような、しかし聞かねばならないような、複雑な気持ちでつぶやくように問うと、両手でコップを包んだヨーコさんがふわりと微笑んだ。
「せやなぁ……」
 それ以上は言わない。
 うん、それなら私も聞かない。どうせ詳しく聞いたらあれだ、砂吐かないとやってられないような言葉が流れ出るに違いない。
「お前と一緒にすんな」
 阿久津さんが安田さんに呆れている。安田さんが丸い目をますます丸くした。
「えっ、言わないんですか?えっ。マーシーは?」
「っ……何のことだ」
 つ、と視線を反らした神崎さんの頬がわずかに赤くなる。
 ぐ、見るんじゃなかった。
「その顔が答え言うてるで」
 くすくすと笑うヨーコさんの声が色気たっぷりでぞわぞわする。あああもう、当てられるなんてどころじゃない。
 落ち着かない私は勢いよく立ち上がった。
「よし!悠人くんたち、遊ぶぞー!」
「やったー!」
「あきちゃん怪獣やってー!」
「か、怪獣!?」
 困惑する私の声を聞いて、先輩方が笑った。

 昼が過ぎ、小さい子たちもどこか眠そうになってきたころ、阿久津さんのスマホが鳴った。
「……馬鹿か!駅着いたら連絡しろっつったろ!」
 出て説明を聞くなり、阿久津さんが呆れ返った声で言う。
「お前方向音痴なのいい加減自覚しろ!駅に戻れるか?今から行くからーー戻れない?だったらそこでじっとしてろ!」
 渋面になるこわもての先輩に、子どもたちが怯えて親に擦り寄っていく。その小さな身体を受け止めながら、アヤさんと神崎さんはちらりと視線を交わして笑った。
 私も阿久津さんの横顔を見ながら笑いを堪える。
 電話を切った阿久津さんは、ジャケットを掴んで私たちに声をかけた。
「迎え行ってくる。ったく、世話のやける……」
「車出そうか?」
「いや、大丈夫だろ。そんなに距離ないしーー」
 神崎さんの提案に答えかけた阿久津さんが、ふと迷ったような目をする。
 神崎さんは笑って、リビングのドア横にかかった車の鍵を手にした。
「彩乃、ちょっと頼んだな」
「はぁい。行ってらっしゃい」
「……悪いな、マーシー」
「お安いご用」
 神崎さんはズボンのポケットに手を突っ込んだ。


 二人のやりとりに意味深さを感じていた私は、男二人が連れて帰った阿久津さんの妻(って言っても私よりも六歳下)のヒメちゃんを見て目を見開いた。
「あ、あきらさーん。おかえりなさぁい!」
「ふわぁあああ!ヒメちゃん!ママになるの!?」
「あははは、そうなんですー!あれっ、光彦さん、言ってなかったの?」
 ヒメちゃんはふっくらしたお腹を撫でながら笑った。ヒメちゃんは小柄で、少女と言ってもいいくらいの雰囲気があるのでちょっと不思議な感じだ。
「触らせてー!予定日いつなの?」
「7月ですー」
「これからどんどん重くなるよー。足元気をつけてね」
 横から先輩ママのアヤさんも言う。わやわやと始まった賑やかな会話に、男たちはついていけないらしい。
 光彦さん(今でも聞くと笑いそうになる)と呼ばれた阿久津さんは黙って顔を反らし、神崎さんは苦笑した。
「そっか。だからヒメちゃん迷ったって聞いてあんなに慌ててたんですね!もー水臭いなー。言ってくださいよー!」
「お前に言う必要を感じない」
「ヒメちゃん。あんまり阿久津に心配かけないでやってね」
 照れ臭いのだろう、ご機嫌ナナメな阿久津さんを見て、神崎さんがフォローするようにヒメちゃんに声をかけた。
「そうっすよねー。心配で寿命縮んだら大変だよ」
 まったく悪気もなく言った安田さんの頭を、ヨーコさんが黙ってはたいた。
「堪忍な。悪気はないねん」
「あ、大丈夫ですよー。そんなん気にしてたらやってられませんからー」
 眉尻を落とすヨーコさんに、ヒメちゃんがからりと笑う。
 強い。そう、この子、こう見えて結構精神的にタフなのだ。まっすぐなエネルギーを持つからこそ、あれだけひねくれてた阿久津さんがほだされたのだろうと頷ける。
 二人の年齢差はヨーコさんのところとほぼ真逆だ。何かと気になることもあるだろう。そう思いつつ二人のやりとりを見守る。
「阿久津さんもお父さんになるんですね」
 しみじみと、咲也が言った。私ははっとする。
「そ、そうか……」
「……あきちゃん、そっちは考えてなかったの……?」
「いや、うん、まあ……」
 私は複雑な表情でうつむいた。
 そうだよね。ヒメちゃんが母になるってことは、阿久津さんが父になるってことで。
「っていうか、二人がそういうことをしたから、子どもを授かったわけで」
「おいおいおいおいちょっと待て。アキ。お前何を想像している」
「いや何ってナニを……」
「お前エロオヤジか」
「こんな可愛いヒメちゃんを組み敷いて鳴かせているおじさんに言われたくないです」
「あ、あきらさんってば……」
 私がヒメちゃんの肩を引き寄せると、ヒメちゃんが頬を赤くした。
 ふわふわの色素の薄い髪と丸い目。幼く見えるのはその目と、柔らかそうな白い頬のせいだ。
 うっすら桃色に染まった頬。上目遣いの瞳。
 うはー可愛い。結婚式のときも思ったけど、ほんと阿久津さんと並ぶと、
「美女と野獣みたい」
「おい」
 あっしまった。心の声が漏れてた。
「いや、でもほら、ハッピーエンドじゃないですか」
「あきちゃん……何のフォローにもなってないよ……」
「あ、そう?」
 まあフォローするつもりもないけど。
 思いつつ、ヒメちゃんをじっと見つめる。
 きょとんとして、首を傾げるヒメちゃん。
「はぁあ。可愛い」
 私がぎゅっと抱きしめると、ヒメちゃんも笑いながら抱きしめ返してくれた。
「ヒメちゃん……阿久津さんが意地悪ばっかりなときは、いつでもうちに来ていいからね……私の嫁になっていいからね……」
「婚姻届を持参している奴が何を言う」
「え、あきらさんも結婚するんですかー!おめでとうございますー!」
「まあそうなんですけど」
 私と阿久津夫婦のやりとりを見ながら、咲也が笑っている。
 私も笑ってヒメちゃんから離れると、その肘を引き寄せた。
「これ、大澤咲也。よろしくね、ヒメちゃん」
「よろしくお願いします」
「うわぁ。よろしくお願いしますー」
 ほにゃり、とヒメちゃんが笑った。
 咲也もつられてふにゃりと笑う。
 どことなく似てる笑顔だなぁなんて思いながら、私は黒糖焼酎に手を伸ばした。
「ヒメちゃんの安産祈願に、江原、飲みまーす!」
「……なんでもお前の飲む理由になるだけだな」
 阿久津さんが呆れながら、ヒメちゃんにソフトドリンクを入れて渡し、元々飲んでいたビールを手にした。
「ま、お前もおめでと、アキ」
「あざぁーっす!」
 プラスチックのコップは、かちんと乾いた音を立ててぶつかった。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

るーま
2018.05.04 るーま

 後れ馳せながら読了致しました。
 人間誰しもが持つ「狡さ」が絶妙でした。良くも悪くもある狡さ?仮面?長所と短所と表現すべきでしょうか……上手く伝えられないのがもどかしい。いずれにしても生きるには必要なスキルであって、成長未満の変化を繰り返すことで人生を歩む姿は力強い。
 登場人物全員が臭いのですよ、プンプンしちゃってもう大変(もちろん、これもいい意味でです!!)私が普段生息している恋愛カテ作品にはない、奥深い人間味がドッと脳内に流れ込んできた感覚です。
 過去があっての今で、だからこその未来がある。それぞれの選択に幸多き未来を祈るばかりです。

追伸
 ヒロイン目線のジョーが今までと違った彼の一面を見せてくれました。それを踏まえた上で、安田夫妻大ファンとしてもう一度シリーズを読み返して参ります。ワクワクが止まりません☆

2018.05.04 松丹子

るーま様

こちらまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

シリーズ中ちょっと異色な内容でしたが、楽しんでいただけたようでホッとしました。
キャラの濃さには私も楽しみつつ振り回されました…が、お気に召していただけたのなら幸いです(^_^)

ジョーに発見があったとのこと、どこだろう…作者は無自覚ですが、自分の目から見た自分と他者から見た自分のズレ、色んな人からの評価の違い、は書きながら楽しく思っていたところなので、少しでも感じていただけたなら嬉しいです。

ありがとうございました!

 松丹子 拝

解除

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