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第一章 こちふかば
02 自然の摂理には逆らえない
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「まず靴を脱いで上がりたまえ!」
年下だろうとあたりをつけているので遠慮なく指示すると、人の良さそうな青年は戸惑いながらも靴を脱いでシートに上がった。
「寒っ……」
「うん、寒いよ。悪いね」
当然のように言って、当然のように青年の靴を一足ずつ私のそれと置き換える。
「……あの、一体何を」
「ネイチャーコール」
「は?」
「私の膀胱を守るためだから少しの間そこで待ってて」
鞄とスマホを手にして靴を履く。青年はぽかんとしたままその場に立ちすくんでいた。
「すぐ戻るから!」
言うや否や、走り出す。トイレはすぐそこ、見えているのだがこの距離がもどかしい。切迫した状況でトイレに駆け込み、個室のドアを勢いよく閉めてズボンを下ろすと、ようやく人心地ついた。
ーーっぶなかったぁ。
この歳でお漏らしも恥ずかしい。排尿が終わってもキリキリ痛む気がするが、大丈夫だろうか。本当に膀胱炎になってたらどうしよう。
思いながら個室を出て手を洗う。この水の冷たさがまた冷えた身体に堪えた。
場所を取ったシートまで戻ると、青年が諦めたように座って待っていた。体育座り。なんだか可愛らしくて笑いそうになる。
「ごめんごめん、いきなりでびっくりしたよね」
苦笑しながら言うと、青年も苦笑を返してきた。
「一人で場所取りなんて、無謀でしょう」
「そうだよね。そうなんだって痛感した。この反省は来年活かす」
彼の言葉に私も返す。彼は笑った。うん、なかなか気のいい青年である。私が見込んだだけある。
「で、あれでしょ。場所探してるんでしょ」
「ああ、そうそう、そうなんです。会社の花見で、大人八人なんですけど。もう、ほとんど桜が見えないところしか空いてなくて」
「八人かぁ。全員は無理だけど、うまい具合に繋げられる?うちはキャンセルが出たから大人四人と子ども二人」
シートは大きめに広げていたが、追加で入れても四人ほどだろう。大きな銀杏の木が邪魔をして桜は見にくくなるが、隣にシートを広げることはできそうだ。
「え、いいんですか?やった。ーー今、仲間呼んできます」
「トイレのお礼ね」
言いながら、ふと思った。安田さんにわざわざ早く来てもらう必要もないかもしれない。神崎さんにーーいや、ヨーコさんの方が早いかも。とにかく連絡しておこう。
安田さんのところは結婚してから三年だか四年が経つ。新婚さんという訳ではないが、奥さんのヨーコさんが年上で、結構な歳の差婚。安田さんが猛烈アタックしたらしく、いまだに妻を見る目がハートマーク。半ば一方的な桃色オーラを感じるのだ。
休みの日に二人きりの朝。大切にしたいに違いない。ーー我ながらいい後輩である。
ふんと満足げに鼻を鳴らしてスマホを取り出すと、青年が困ったような顔で立っていた。
「どうしたの?」
「いや、あの……靴、履いてもいいですかね?」
指されて見れば、重し代わりに角に置かれたスニーカー。
「忘れてた、ごめんごめん」
私は笑って靴を脱ぎ、自分のそれと彼のそれをまた入れ替えて並べてあげる。
「はい、どうぞ。失礼しました」
「いえ。じゃ、行っています」
「行ってらっしゃーい」
ひらりと手を振りながら、スマホにメッセージを打ち込みはじめた。
年下だろうとあたりをつけているので遠慮なく指示すると、人の良さそうな青年は戸惑いながらも靴を脱いでシートに上がった。
「寒っ……」
「うん、寒いよ。悪いね」
当然のように言って、当然のように青年の靴を一足ずつ私のそれと置き換える。
「……あの、一体何を」
「ネイチャーコール」
「は?」
「私の膀胱を守るためだから少しの間そこで待ってて」
鞄とスマホを手にして靴を履く。青年はぽかんとしたままその場に立ちすくんでいた。
「すぐ戻るから!」
言うや否や、走り出す。トイレはすぐそこ、見えているのだがこの距離がもどかしい。切迫した状況でトイレに駆け込み、個室のドアを勢いよく閉めてズボンを下ろすと、ようやく人心地ついた。
ーーっぶなかったぁ。
この歳でお漏らしも恥ずかしい。排尿が終わってもキリキリ痛む気がするが、大丈夫だろうか。本当に膀胱炎になってたらどうしよう。
思いながら個室を出て手を洗う。この水の冷たさがまた冷えた身体に堪えた。
場所を取ったシートまで戻ると、青年が諦めたように座って待っていた。体育座り。なんだか可愛らしくて笑いそうになる。
「ごめんごめん、いきなりでびっくりしたよね」
苦笑しながら言うと、青年も苦笑を返してきた。
「一人で場所取りなんて、無謀でしょう」
「そうだよね。そうなんだって痛感した。この反省は来年活かす」
彼の言葉に私も返す。彼は笑った。うん、なかなか気のいい青年である。私が見込んだだけある。
「で、あれでしょ。場所探してるんでしょ」
「ああ、そうそう、そうなんです。会社の花見で、大人八人なんですけど。もう、ほとんど桜が見えないところしか空いてなくて」
「八人かぁ。全員は無理だけど、うまい具合に繋げられる?うちはキャンセルが出たから大人四人と子ども二人」
シートは大きめに広げていたが、追加で入れても四人ほどだろう。大きな銀杏の木が邪魔をして桜は見にくくなるが、隣にシートを広げることはできそうだ。
「え、いいんですか?やった。ーー今、仲間呼んできます」
「トイレのお礼ね」
言いながら、ふと思った。安田さんにわざわざ早く来てもらう必要もないかもしれない。神崎さんにーーいや、ヨーコさんの方が早いかも。とにかく連絡しておこう。
安田さんのところは結婚してから三年だか四年が経つ。新婚さんという訳ではないが、奥さんのヨーコさんが年上で、結構な歳の差婚。安田さんが猛烈アタックしたらしく、いまだに妻を見る目がハートマーク。半ば一方的な桃色オーラを感じるのだ。
休みの日に二人きりの朝。大切にしたいに違いない。ーー我ながらいい後輩である。
ふんと満足げに鼻を鳴らしてスマホを取り出すと、青年が困ったような顔で立っていた。
「どうしたの?」
「いや、あの……靴、履いてもいいですかね?」
指されて見れば、重し代わりに角に置かれたスニーカー。
「忘れてた、ごめんごめん」
私は笑って靴を脱ぎ、自分のそれと彼のそれをまた入れ替えて並べてあげる。
「はい、どうぞ。失礼しました」
「いえ。じゃ、行っています」
「行ってらっしゃーい」
ひらりと手を振りながら、スマホにメッセージを打ち込みはじめた。
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