さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

19 ネクストステージ

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「いい先輩だね」
 安田夫妻が去ると、咲也くんはぽつりと言った。
 私はその横顔をちらりと見やって、まあねと頷く。
 その言葉が具体的に何を示しているのかわからず、私はテーブルに残った食べ物を皿に取った。ついでに咲也くんの皿にも盛る。
「食べたまえ青年。そんなに少食では世の中渡り歩いて行けんぞ」
「あはは。ありがとう。あきちゃんだってあんまり食べないじゃない。だから細いのかな」
「幼児体型なんだよね。ヨーコさんみたいなナイスバディに憧れる」
「憧れる、か」
 咲也くんは苦笑して、杯を傾ける。カランと氷が鳴った。
「でも、苦労してそうだけど」
 さらりと言われて、私はまた横目で咲也くんを見た。
 もしかして、私が何年もつき合っていて気づかなかったことに、彼はもう気づいたのだろうか。
 今まで私が単純に憧れを抱いていた彼女の色気が、彼女の人生に与えてきた影響ーー
 私は深々と息を吐ききった。咲也くんが一瞬の間の後笑う。
「なに、どうしたの」
「いやー、なんかちょっと頭がぐるぐる」
「酔ったんじゃない?」
「違う。そうじゃない」
 ぶんぶんと首を振って否定しながら、皿の上の料理を一気に口に掻き込んだ。次いで、グラスをぐいと傾ける。
「ごちそうさまでしたっ」
「わ、ちょっと待って」
 咲也くんが慌てて自分の皿と箸を持つ。そこで食べ切らなくてもいっかー、ってならないところが好感度高い。
「いいよ、ゆっくり食べて」
「そうもいかないよ」
 口の中に食べ物を掻き込みつつ、咲也くんは答える。一口分残っていたグラスを傾けると、慌てたからか咳き込んだ。
「あらま、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ、げほ」
「すみませーん、お冷、一つください」
 お店の人が持ってきてくれた水を口に含んで、咲也くんはぷは、と息を吐き出した。
「ああ、ありがとう」
「どういたしまして」
 私は言って、さてと席を立ち上がる。咲也くんはわずかに意外そうな面持ちのまま同じように立ち上がった。
「何?」
「え?」
「なんか意外そうな顔してるから」
「ああ、だって」
 咲也くんは苦笑した。
「さっき、まだ飲み足りないみたいなこと言ってたから」
「ああ、それ」
 私はコートを着て、ヨーコさんから受けとったお札を手に、財布を出す。
「撤回してないよ」
「は?」
「飲み直し。あの二人に当てられちゃったから場所変えようと思って」
 咲也くんがぽかんとして立っている。私はにやりと笑った。
「もちろん、つき合ってくれるよね?」
 咲也くんは途端に引き攣った笑顔を浮かべた。
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