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第一章 こちふかば
28 憧れの存在
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「ーーっと、そろそろ俺帰るわ」
「え、門限あんの?」
「いや、逆門限」
神崎さんは笑う。
「これ以上遅くなるならもう帰ってくんなって」
「ははー、なるほど」
子どもがいると何かとバタバタする時間もあるだろうし、帰りを待っているのも大変なのだろう。
「うち泊まってけば?」
「有難迷惑。お前と一緒に夜明かししたら何を疑われるか分からん」
阿久津さんの提案に苦笑を返して、神崎さんは財布からお札を出した。
「残りは阿久津に出してもらえ」
「マジかよ」
「お前な。二人に迷惑かけた自覚持て」
言いながら身繕いを整える神崎さんに、
「あ、あのっ」
咲也くんが声をかけた。
「悠人くんにお礼を言いたいから、連絡先教えてもらってもいいですか?」
おお!なかなかの勇気。
私は思わずにやけそうになる口元をグラスで隠しつつ、横目で咲也くんの顔を見ていた。
自然さを取り繕うその様子が健気で可愛らしい。
「ああ、いいよ」
そんなヲトメな本心に全然気づく気配もない安定の神崎さんは、微笑んでスマホを取り出した。
連絡先を交換し終わると、咲也くんの顔がほころぶ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
神崎さんは優しい微笑みを残して、私たちにはじゃあなと手を挙げて帰って行った。
途中から日本酒に切り替えた阿久津さんは、神崎さんの姿を見送る私と咲也くんを見ながら、黙っておちょこを口に運んでいたが、私たち二人が机に目を戻すと、おちょこを机に置いた。
「いい男だよなぁ」
ぼやきながら、キムチを箸でつまみ上げる。
「え、阿久津さん、隠れ神崎さんファン?」
私が笑うと、
「黙れアキ」
三白眼の睨みが返ってきた。
まあ慣れっこだけどね。
「神崎さんのファンで、アヤさんに片想いしてて、二人が結婚してからも絡んでるんだ。阿久津さんドM」
阿久津さんは何も言わずに、私が頼んだ砂肝の串を取り上げて一気に口に入れた。
「あーっ!ひ、ひどい!」
阿久津さんはふんと鼻を鳴らしながら口の中のものを咀嚼する。
「お兄さん、砂肝もう一つ!」
私は手を挙げて店員さんに声をかけた。店員さんが笑顔で応じてくれる。
「まあ、素敵な夫婦ですけどね。砂吐きたくなるくらいに」
私は焼酎を口に運びつつ言う。困った顔で私たちを見比べていた咲也くんが、その言葉に微笑んだ。
「素敵な人なんだ、政人さんの奥さん」
「そりゃあもう。神崎さんにはもったいないくらい」
私はどや顔で胸を張った。私が入社したときの新人研修で何かと世話を焼いてくれた人事担当者が神崎さんの奥さん、アヤさんであり、存在を知ったのはそちらが先である。キリリとした仕事のできる美人だけど、ユーモアも忘れない姿に憧れた。
「私もあんな風になりたいなぁって思ったもん」
そういう意味では人事担当者で正解だったろう。入社した直後の後輩達が憧れる先輩像としてはぴったりだったと思っている。
「まあでも、アヤさんも神崎さんの前ではひたすら可愛い奥さんですよね。ね、ね、ねー」
黙り続けている阿久津さんに、無理矢理話を振ってみる。阿久津さんは相変わらずの目つきで私を一瞥したが、やっぱり何も言わない。
「ちょっとー、阿久津さん拗ねないで」
「拗ねてない」
「拗ねてるじゃないですか」
私たちの不毛な言い合いに、咲也くんが笑った。
「やっぱり、仲良しだ」
「やめてくれる?」
「マジ勘弁」
私と阿久津さんが心底嫌そうに声を合わせた。
「え、門限あんの?」
「いや、逆門限」
神崎さんは笑う。
「これ以上遅くなるならもう帰ってくんなって」
「ははー、なるほど」
子どもがいると何かとバタバタする時間もあるだろうし、帰りを待っているのも大変なのだろう。
「うち泊まってけば?」
「有難迷惑。お前と一緒に夜明かししたら何を疑われるか分からん」
阿久津さんの提案に苦笑を返して、神崎さんは財布からお札を出した。
「残りは阿久津に出してもらえ」
「マジかよ」
「お前な。二人に迷惑かけた自覚持て」
言いながら身繕いを整える神崎さんに、
「あ、あのっ」
咲也くんが声をかけた。
「悠人くんにお礼を言いたいから、連絡先教えてもらってもいいですか?」
おお!なかなかの勇気。
私は思わずにやけそうになる口元をグラスで隠しつつ、横目で咲也くんの顔を見ていた。
自然さを取り繕うその様子が健気で可愛らしい。
「ああ、いいよ」
そんなヲトメな本心に全然気づく気配もない安定の神崎さんは、微笑んでスマホを取り出した。
連絡先を交換し終わると、咲也くんの顔がほころぶ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
神崎さんは優しい微笑みを残して、私たちにはじゃあなと手を挙げて帰って行った。
途中から日本酒に切り替えた阿久津さんは、神崎さんの姿を見送る私と咲也くんを見ながら、黙っておちょこを口に運んでいたが、私たち二人が机に目を戻すと、おちょこを机に置いた。
「いい男だよなぁ」
ぼやきながら、キムチを箸でつまみ上げる。
「え、阿久津さん、隠れ神崎さんファン?」
私が笑うと、
「黙れアキ」
三白眼の睨みが返ってきた。
まあ慣れっこだけどね。
「神崎さんのファンで、アヤさんに片想いしてて、二人が結婚してからも絡んでるんだ。阿久津さんドM」
阿久津さんは何も言わずに、私が頼んだ砂肝の串を取り上げて一気に口に入れた。
「あーっ!ひ、ひどい!」
阿久津さんはふんと鼻を鳴らしながら口の中のものを咀嚼する。
「お兄さん、砂肝もう一つ!」
私は手を挙げて店員さんに声をかけた。店員さんが笑顔で応じてくれる。
「まあ、素敵な夫婦ですけどね。砂吐きたくなるくらいに」
私は焼酎を口に運びつつ言う。困った顔で私たちを見比べていた咲也くんが、その言葉に微笑んだ。
「素敵な人なんだ、政人さんの奥さん」
「そりゃあもう。神崎さんにはもったいないくらい」
私はどや顔で胸を張った。私が入社したときの新人研修で何かと世話を焼いてくれた人事担当者が神崎さんの奥さん、アヤさんであり、存在を知ったのはそちらが先である。キリリとした仕事のできる美人だけど、ユーモアも忘れない姿に憧れた。
「私もあんな風になりたいなぁって思ったもん」
そういう意味では人事担当者で正解だったろう。入社した直後の後輩達が憧れる先輩像としてはぴったりだったと思っている。
「まあでも、アヤさんも神崎さんの前ではひたすら可愛い奥さんですよね。ね、ね、ねー」
黙り続けている阿久津さんに、無理矢理話を振ってみる。阿久津さんは相変わらずの目つきで私を一瞥したが、やっぱり何も言わない。
「ちょっとー、阿久津さん拗ねないで」
「拗ねてない」
「拗ねてるじゃないですか」
私たちの不毛な言い合いに、咲也くんが笑った。
「やっぱり、仲良しだ」
「やめてくれる?」
「マジ勘弁」
私と阿久津さんが心底嫌そうに声を合わせた。
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