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第一章 こちふかば
29 一軒だけでは終われない
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「ごちでしたー」
「ごちそうさまです」
店を出ると、私と咲也くんは阿久津さんに頭を下げた。何だかんだ言って兄貴肌で、神崎さんの言葉通り会計を持ってくれたのだ。
「でも、いいんですかね、俺まで」
「江原に迷惑かけられたのは君だろ」
「ええと、まあそれはその……」
そうだとも何とも言えず咲也くんは口ごもる。阿久津さんが知る由もないが、再会したときにも十二分に迷惑をかけた自覚はあるので私は黙っていた。
「じゃ、またな」
「えええ!?もう終わりですか!阿久津先輩とあろう者が!」
私が驚きの声を挙げると、阿久津さんは苦笑を返してきた。
「何だそれ。俺、明日朝早ぇんだよ。旅行行くから」
「さっき神崎さんには泊まるかって聞いてたじゃないですかー!」
「別につじつまの合わない話じゃないだろ」
まあ気心の知れた二人だから、どうとでも、というのは分かる気がするけれど。
「つまんなぁい」
唇を最大限尖らせて見せると、阿久津さんは呆れ顔だ。
「だったら、その青年につき合ってもらえ」
と鼻先で咲也くんを示す。
「阿久津さんまでそういうこと言うんですか?」
とは、神崎さんの言葉を思い出したからだ。
「相性は悪くないんだろ」
「身体の相性はどうか知りませんよ」
「そんなの俺も知らねぇよ」
軽口にもあっさり返された。ちぇ、とつぶやいて肩をすくめる。阿久津さんはじゃあなと手を振り、咲也くんに言った。
「食われないように気をつけろよ」
「なんだとー!?」
「気をつけます」
「こら!咲也くん!」
阿久津さんは笑って去って行った。
阿久津さんが見えなくなると、咲也くんは息を吐き出しながら肩の力を抜いた。知らず知らず緊張していたらしいとわかる。
「そんな、緊張しなくてもいいのに」
「ああ、うん」
咲也くんは苦笑した。
「でも、あの人ーー阿久津さんだっけ。鋭そうだから、すぐバレそうだなって、緊張しちゃって」
その割には神崎さんに見惚れていたように思うのだが、意地悪なことは言わないでおく。
「まあ鋭いのは確かだけど」
私は歩き出しながら言った。咲也くんも後に続く。
「でも、ヨーコさんにはすぐバレてたでしょ。で、咲也くんも気にしてなかったじゃない」
「それはお互いがお互いに無害だって分かったからでしょ」
咲也くんは私の隣を歩きながら前を向いている。そのやや中性的な面影とは不釣り合いに男性的な首元にある喉仏についつい目が行った。
「阿久津さんみたいな人と、ちょっと嫌な思い出があったから」
「ほほう」
まああの手のタイプは、敵と見なした相手のトラウマを平気で作って笑っていそうだ。
「咲也くんもいろいろあったんだねぇ」
「あきちゃんもね」
私はちらりと目を上げた。平均的な身長の咲也くんと目が合う。穏やかな目は何かを確信している。
「親の不仲のこと?そんなのいくらだってあるでしょ」
「うん、そうだね。俺のところも結構ややこしい方だから、気持ちは分かる。ーーあそこで政人さんの表情に大笑いする気持ちも」
私はふと笑った。咲也くんも笑う。何も言わなくても何となく通じるものを感じてーーむしろ言葉が互いの意思疎通を邪魔するようにすら思えて、二人で黙って歩いていく。
「二軒目」
「うん、いいよ」
「適当に買って家飲みでもいいなぁ」
「ああ、それもいいかもね」
じゃあそうしようよと私が言うと、咲也くんは笑った。
「俺、あきちゃんに食われちゃう?」
「どうかなぁ。美味しそうなら食べるかも」
首を傾げつつ、にやりとする。
「でも、私は神崎さんより阿久津さん派なの。外見だけで言えばね」
阿久津さんは男性的な顔立ちをしていて、神崎さんがやや中性的なら、咲也くんはもっと中性的だ。女性的と言ってもいいかもしれない。
それを聞いた咲也くんは、なるほどと納得してから、
「中身は?」
「どっちもパスー」
私の即答に、軽やかな笑い声が返ってきた。
「ごちそうさまです」
店を出ると、私と咲也くんは阿久津さんに頭を下げた。何だかんだ言って兄貴肌で、神崎さんの言葉通り会計を持ってくれたのだ。
「でも、いいんですかね、俺まで」
「江原に迷惑かけられたのは君だろ」
「ええと、まあそれはその……」
そうだとも何とも言えず咲也くんは口ごもる。阿久津さんが知る由もないが、再会したときにも十二分に迷惑をかけた自覚はあるので私は黙っていた。
「じゃ、またな」
「えええ!?もう終わりですか!阿久津先輩とあろう者が!」
私が驚きの声を挙げると、阿久津さんは苦笑を返してきた。
「何だそれ。俺、明日朝早ぇんだよ。旅行行くから」
「さっき神崎さんには泊まるかって聞いてたじゃないですかー!」
「別につじつまの合わない話じゃないだろ」
まあ気心の知れた二人だから、どうとでも、というのは分かる気がするけれど。
「つまんなぁい」
唇を最大限尖らせて見せると、阿久津さんは呆れ顔だ。
「だったら、その青年につき合ってもらえ」
と鼻先で咲也くんを示す。
「阿久津さんまでそういうこと言うんですか?」
とは、神崎さんの言葉を思い出したからだ。
「相性は悪くないんだろ」
「身体の相性はどうか知りませんよ」
「そんなの俺も知らねぇよ」
軽口にもあっさり返された。ちぇ、とつぶやいて肩をすくめる。阿久津さんはじゃあなと手を振り、咲也くんに言った。
「食われないように気をつけろよ」
「なんだとー!?」
「気をつけます」
「こら!咲也くん!」
阿久津さんは笑って去って行った。
阿久津さんが見えなくなると、咲也くんは息を吐き出しながら肩の力を抜いた。知らず知らず緊張していたらしいとわかる。
「そんな、緊張しなくてもいいのに」
「ああ、うん」
咲也くんは苦笑した。
「でも、あの人ーー阿久津さんだっけ。鋭そうだから、すぐバレそうだなって、緊張しちゃって」
その割には神崎さんに見惚れていたように思うのだが、意地悪なことは言わないでおく。
「まあ鋭いのは確かだけど」
私は歩き出しながら言った。咲也くんも後に続く。
「でも、ヨーコさんにはすぐバレてたでしょ。で、咲也くんも気にしてなかったじゃない」
「それはお互いがお互いに無害だって分かったからでしょ」
咲也くんは私の隣を歩きながら前を向いている。そのやや中性的な面影とは不釣り合いに男性的な首元にある喉仏についつい目が行った。
「阿久津さんみたいな人と、ちょっと嫌な思い出があったから」
「ほほう」
まああの手のタイプは、敵と見なした相手のトラウマを平気で作って笑っていそうだ。
「咲也くんもいろいろあったんだねぇ」
「あきちゃんもね」
私はちらりと目を上げた。平均的な身長の咲也くんと目が合う。穏やかな目は何かを確信している。
「親の不仲のこと?そんなのいくらだってあるでしょ」
「うん、そうだね。俺のところも結構ややこしい方だから、気持ちは分かる。ーーあそこで政人さんの表情に大笑いする気持ちも」
私はふと笑った。咲也くんも笑う。何も言わなくても何となく通じるものを感じてーーむしろ言葉が互いの意思疎通を邪魔するようにすら思えて、二人で黙って歩いていく。
「二軒目」
「うん、いいよ」
「適当に買って家飲みでもいいなぁ」
「ああ、それもいいかもね」
じゃあそうしようよと私が言うと、咲也くんは笑った。
「俺、あきちゃんに食われちゃう?」
「どうかなぁ。美味しそうなら食べるかも」
首を傾げつつ、にやりとする。
「でも、私は神崎さんより阿久津さん派なの。外見だけで言えばね」
阿久津さんは男性的な顔立ちをしていて、神崎さんがやや中性的なら、咲也くんはもっと中性的だ。女性的と言ってもいいかもしれない。
それを聞いた咲也くんは、なるほどと納得してから、
「中身は?」
「どっちもパスー」
私の即答に、軽やかな笑い声が返ってきた。
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