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第三章 さくらさく
89 強さ
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「おっはよー、ございまーすっ」
翌朝、始業前にいきなり事業部に顔を出した私に、神崎さんが唖然としていた。
「おいおい、何だよそのテンションの差は。逆に怖ぇぞ」
神崎さんが本当に顔を引き攣らせながら私に歩み寄ってくる。
私はびしりと敬礼した。
「江原あきら、復活しました!」
「嘘だろ」
神崎さんは苦り切った顔だ。
「無理すんなっつってんのに」
「してません、してませんよ。はいっこれありがとうございましたー」
私はぺこりと頭を下げて昨日のハンカチを差し出した。神崎さんは不気味なものを見るような顔でそれを受けとる。
「洗ってありますよ、うち乾燥機つきなんで一晩で乾きます!」
「いやさすがにそこは疑ってないけど」
「そうですか、それならよかった。あとこれ」
私は笑顔でマグカップを差し出した。咲也の家で使っていた、熊のキャラクターのカップだ。
「コーヒー美味しかったです!またお願いしますね!」
神崎さんは口を開きかけたが、嘆息して苦笑した。
「三月末までな」
「戻ってきたらまたお願いしますよー」
「そんときゃ弟子入りしろ」
「えー。だったら先にヨーコさんに紅茶の弟子入りします」
神崎さんは笑った。ほっとしたようなその笑顔に、私もほっとするーー大丈夫、私たちの関係は壊れてない。そう無言の内に確認した。
その喜びと共にこみ上げてきた気恥ずかしさに、ちょっとだけ目を反らしてから、また神崎さんの顔を見上げた。
「咲也からは、他に何か?」
「いや、ただお前を頼むとだけ」
何があったんだと気遣わしげな目をしたが、あえて踏み込んで聞いては来ない。その距離感が神崎さんらしくて笑う。
「ま、ざっくり言ってフラれたって感じです」
私は神崎さんの肩越しに窓の外を見た。今日も天気は悪くない。
春はもう、すぐそこだ。
「フラれた、ねぇ」
神崎さんの表情は物言いたげだ。そりゃそうだろう。ただフラれたのであれば、咲也がいちいち神崎さんに連絡する意味がない。
が、この先輩に一から十まで説明する気もない。どうせ聞いても、この先輩のことだ、何とも言えない顔をして黙り込むに違いない。わざわざ彼の気を重くする荷物を押し付ける必要もない。
そう思って笑顔を浮かべると、再度気合いを入れ直して敬礼した。
「ということで、江原あきら、ますます仕事に邁進いたします!」
神崎さんは笑って私の肩を叩くと、
「ま、無理せずにな」
言ってひらりと手を挙げた。
事業部内の女子社員の目がこっちに向いているのを感じたけど、それもいつものことだ。
もう、自分をごまかして逃げようとするのはやめた。
この人達の近くにいるために、それが避けて通れないのならーー
甘んじて受けましょう、その妬み。
私は晴々とした笑顔を返し、颯爽と去ろうとドアに向かった。
開けようとしたドアは先に開いた。出勤して来たのは安田さんだ。
安田さんは私を目に留めると、少しだけ目を見開いてから微笑んだ。
「よかった」
ただ一言、そう聞こえただけの声音に、愛情深い思いやりがこもっている。彼のこの声を引き出す相手は、もちろん彼の妻しかいない。
ーーああ、ヨーコさんにも、心配をかけたんだなぁ。
そう改めて自覚して、私は安田さんに親指を立てて見せた。
「もう心配無用です」
安田さんは楽しそうに笑って、同じサインを返してくれた。
翌朝、始業前にいきなり事業部に顔を出した私に、神崎さんが唖然としていた。
「おいおい、何だよそのテンションの差は。逆に怖ぇぞ」
神崎さんが本当に顔を引き攣らせながら私に歩み寄ってくる。
私はびしりと敬礼した。
「江原あきら、復活しました!」
「嘘だろ」
神崎さんは苦り切った顔だ。
「無理すんなっつってんのに」
「してません、してませんよ。はいっこれありがとうございましたー」
私はぺこりと頭を下げて昨日のハンカチを差し出した。神崎さんは不気味なものを見るような顔でそれを受けとる。
「洗ってありますよ、うち乾燥機つきなんで一晩で乾きます!」
「いやさすがにそこは疑ってないけど」
「そうですか、それならよかった。あとこれ」
私は笑顔でマグカップを差し出した。咲也の家で使っていた、熊のキャラクターのカップだ。
「コーヒー美味しかったです!またお願いしますね!」
神崎さんは口を開きかけたが、嘆息して苦笑した。
「三月末までな」
「戻ってきたらまたお願いしますよー」
「そんときゃ弟子入りしろ」
「えー。だったら先にヨーコさんに紅茶の弟子入りします」
神崎さんは笑った。ほっとしたようなその笑顔に、私もほっとするーー大丈夫、私たちの関係は壊れてない。そう無言の内に確認した。
その喜びと共にこみ上げてきた気恥ずかしさに、ちょっとだけ目を反らしてから、また神崎さんの顔を見上げた。
「咲也からは、他に何か?」
「いや、ただお前を頼むとだけ」
何があったんだと気遣わしげな目をしたが、あえて踏み込んで聞いては来ない。その距離感が神崎さんらしくて笑う。
「ま、ざっくり言ってフラれたって感じです」
私は神崎さんの肩越しに窓の外を見た。今日も天気は悪くない。
春はもう、すぐそこだ。
「フラれた、ねぇ」
神崎さんの表情は物言いたげだ。そりゃそうだろう。ただフラれたのであれば、咲也がいちいち神崎さんに連絡する意味がない。
が、この先輩に一から十まで説明する気もない。どうせ聞いても、この先輩のことだ、何とも言えない顔をして黙り込むに違いない。わざわざ彼の気を重くする荷物を押し付ける必要もない。
そう思って笑顔を浮かべると、再度気合いを入れ直して敬礼した。
「ということで、江原あきら、ますます仕事に邁進いたします!」
神崎さんは笑って私の肩を叩くと、
「ま、無理せずにな」
言ってひらりと手を挙げた。
事業部内の女子社員の目がこっちに向いているのを感じたけど、それもいつものことだ。
もう、自分をごまかして逃げようとするのはやめた。
この人達の近くにいるために、それが避けて通れないのならーー
甘んじて受けましょう、その妬み。
私は晴々とした笑顔を返し、颯爽と去ろうとドアに向かった。
開けようとしたドアは先に開いた。出勤して来たのは安田さんだ。
安田さんは私を目に留めると、少しだけ目を見開いてから微笑んだ。
「よかった」
ただ一言、そう聞こえただけの声音に、愛情深い思いやりがこもっている。彼のこの声を引き出す相手は、もちろん彼の妻しかいない。
ーーああ、ヨーコさんにも、心配をかけたんだなぁ。
そう改めて自覚して、私は安田さんに親指を立てて見せた。
「もう心配無用です」
安田さんは楽しそうに笑って、同じサインを返してくれた。
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