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.第2章 高校2年、夏休み
35 イトコ会(2)
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祖母のエプロンを借りて流しに立つと、朝子ちゃんが隣に立った。
「みんなそれぞれ、個性的で面白いよね。笑っちゃう」
「うん、ほんと」
生真面目な悠人兄とお祭り気質の健人兄、マイペースな翔大くん。思い思いに過ごす様子を思い出して苦笑する。
こんなにバラバラで、よく一緒にいられるもんだ。学校でつるむ仲間とは違う感じが新鮮だけど、それも血の繋がりのなせるわざだろうか。
「栄太郎お兄ちゃんがおもしろがってた理由、最近ようやくわかってきた」
「栄太兄?」
「うん、そう」
朝子ちゃんが頷いて、「あ、そうだ」とスマホを取り出す。何やら操作して、食器棚の段差にスマホを置くと笑った。
「栄太郎お兄ちゃんに、さっきの写真送っといた。みんながわいわいやってるやつ」
「え、いつの間に撮ったの?」
私が困惑顔をすると、「男子だけでじゃれてたときに」と朝子ちゃんが笑う。私が写っていないらしいことにほっとして、洗い物を始めた。
「うちのお兄ちゃん、他の人からは『ミステリアス』に見えるらしいんだけどね。さっきのそうめん流しとか見ると、極端に面倒くさがりでマイペースな人だってよくわかるよね」
「ミステリアスかー……うん、まあでも、わかる気はする」
「えー、ほんとぉ? 私からしたら『なに考えてるかわからない』じゃなくて『興味があること以外なにも考えてない』って思うんだけど」
「妹だからね……つい辛口評価になるよね……」
分かる分かる、と頷く。
「健人兄もそうだよ。体育祭でリーダーやって、ほとんど神様みたいに崇め奉られててさ。私はいつも健人兄に振り回されてるから、呆れてたんだけど。ただのお祭り好きだよね」
「あははは、そっか、同じ学校だったもんね。大変だったでしょ」
「あっ、朝子ちゃんも?」
「うん、うちも同じ学校だったから気持ち分かる。健人くんとはまた違う意味で目立つからさ、うちのお兄ちゃん」
確かにそうだろう。翔太くんの天才気質は昔からだ。とにかく気になることだけを、寝食忘れるほどに徹底してやるタイプ。母親である香子さんも、よく呆れていた。
「なんか、嬉しい。朝子ちゃんとの共通点見つけた気分」
「うん、私も。礼奈ちゃんって可愛いし、部活も一所懸命だし、充実した生活送ってるんだろうなぁってちょっと羨ましかった」
「えっ、そ、そんなことないよ」
思わぬ賛辞に戸惑って、頬が赤くなる。
「と、朝子ちゃんこそ、成績優秀だし落ち着いてて大人っぽいし、すごく……お姉さんっていうか」
「ええー、ほんとぉ?」
朝子ちゃんは照れ臭そうに笑う。
「礼奈ちゃんてば、誉め上手だなぁ。誉めても何も出ないぞ」
「でも。今日だって、企画してくれたの朝子ちゃんだし……」
私は言葉を探して、目を泳がせる。
「私の予定を優先でって言ってくれたの、すごく嬉しかったんだ。いっつも、私のことは後回しっていうか……おまけ扱いみたいな感じだったから」
「そんなことないでしょ」
朝子ちゃんはくすくす笑った。
「政人さんたちだって、悠人くんたちだって、礼奈ちゃんのことお姫さまみたいに大切にしてるじゃない。だからこそ健人くん、学校でも放っておけなかったんじゃないかな」
朝子ちゃんは言って、思い出したように目を輝かせる。
「みんなのお姫さま。ふふ。可愛かったもんね、プリンセスのドレス着た礼奈ちゃん。栄太兄もしばらく待ち受けにしてたし」
……?
「……待ち受け……? 何を?」
「え、プリンセス姿の礼奈ちゃん」
朝子ちゃんはまばたきした。
「覚えてない? ほら……水色の……私は小学生になったところだったから、礼奈ちゃんは小学生になる前だったと思うけど……」
いや、覚えてる。憧れていたアニメのプリンセスのドレス。母にねだっても買ってもらえなかったけど、ひょんなことから、栄太兄が買ってくれたのだ。
着る機会がないから、親戚の集まりに一度着て……
「たしかに……写真はあった気がするけど……」
「ふふ、まだ持ってるんじゃないかなぁ。今度聞いてみたら?」
私は思わずひきつった顔で朝子ちゃんを見やる。
「……そんなん待ち受けにしてたとか……変態じゃない……?」
私が小学生に上がる前といえば、栄太兄は高校生だ。男子高校生が未就学児の写真を待ち受けって……どう考えてもおかしい。
朝子ちゃんは笑った。
「でも、可愛かったから分からなくもないよ。もう一度見たいな、あのときの写真。探したら見つかるかな」
「やめてよぅ……」
私を茶化すモードに切り替わったと察して苦笑する。
そんな調子で話しながら食器を洗っていると、食事を終えたらしい悠人兄がのれんをくぐって台所へ入ってきた。
「ずいぶん楽しそうだね」
空になった食器をシンクに置き、「代わるよ」と朝子ちゃんに声をかける。「じゃあ、濯いでくれる? 私拭いていくから」と朝子ちゃんがふきんを手にした。
「そういえば、悠人くん、トレーニングか何かしてるの? 身体、ガッチリしたよね」
ふきんを手にした朝子ちゃんが見上げると、悠人兄が一瞬目をさ迷わせた。私が代わりに口を挟む。
「大学入ってから、走ったりジム行ったりしてるの。何でかは知らないけど」
「あ、そうなんだ」
朝子ちゃんは笑うと、
「それ、さっきの話に関係するのかな」
いたずらっぽい目で悠人兄を見上げた。
「さっきの話?」
「うん。就職の」
私が首を傾げ、朝子ちゃんは意味ありげに微笑んでいる。
悠人兄は困ったような苦笑を浮かべた。
「朝子ちゃんには敵わないな」
「当たりね?」
「これ以上はノーコメント」
悠人兄は人差し指を立てた。朝子ちゃんも真似をするように人差し指を唇に当てる。
「了解。いずれね」
「そうだね。いずれ」
二人の様子を見ながら、食器を洗い終える。
「お兄ちゃん、はやく濯いでくださーい」
「あ、はい。すみませーん」
兄が泡のついた食器を手にした。私もふきんを手にして、朝子ちゃんと拭き始めた。
「みんなそれぞれ、個性的で面白いよね。笑っちゃう」
「うん、ほんと」
生真面目な悠人兄とお祭り気質の健人兄、マイペースな翔大くん。思い思いに過ごす様子を思い出して苦笑する。
こんなにバラバラで、よく一緒にいられるもんだ。学校でつるむ仲間とは違う感じが新鮮だけど、それも血の繋がりのなせるわざだろうか。
「栄太郎お兄ちゃんがおもしろがってた理由、最近ようやくわかってきた」
「栄太兄?」
「うん、そう」
朝子ちゃんが頷いて、「あ、そうだ」とスマホを取り出す。何やら操作して、食器棚の段差にスマホを置くと笑った。
「栄太郎お兄ちゃんに、さっきの写真送っといた。みんながわいわいやってるやつ」
「え、いつの間に撮ったの?」
私が困惑顔をすると、「男子だけでじゃれてたときに」と朝子ちゃんが笑う。私が写っていないらしいことにほっとして、洗い物を始めた。
「うちのお兄ちゃん、他の人からは『ミステリアス』に見えるらしいんだけどね。さっきのそうめん流しとか見ると、極端に面倒くさがりでマイペースな人だってよくわかるよね」
「ミステリアスかー……うん、まあでも、わかる気はする」
「えー、ほんとぉ? 私からしたら『なに考えてるかわからない』じゃなくて『興味があること以外なにも考えてない』って思うんだけど」
「妹だからね……つい辛口評価になるよね……」
分かる分かる、と頷く。
「健人兄もそうだよ。体育祭でリーダーやって、ほとんど神様みたいに崇め奉られててさ。私はいつも健人兄に振り回されてるから、呆れてたんだけど。ただのお祭り好きだよね」
「あははは、そっか、同じ学校だったもんね。大変だったでしょ」
「あっ、朝子ちゃんも?」
「うん、うちも同じ学校だったから気持ち分かる。健人くんとはまた違う意味で目立つからさ、うちのお兄ちゃん」
確かにそうだろう。翔太くんの天才気質は昔からだ。とにかく気になることだけを、寝食忘れるほどに徹底してやるタイプ。母親である香子さんも、よく呆れていた。
「なんか、嬉しい。朝子ちゃんとの共通点見つけた気分」
「うん、私も。礼奈ちゃんって可愛いし、部活も一所懸命だし、充実した生活送ってるんだろうなぁってちょっと羨ましかった」
「えっ、そ、そんなことないよ」
思わぬ賛辞に戸惑って、頬が赤くなる。
「と、朝子ちゃんこそ、成績優秀だし落ち着いてて大人っぽいし、すごく……お姉さんっていうか」
「ええー、ほんとぉ?」
朝子ちゃんは照れ臭そうに笑う。
「礼奈ちゃんてば、誉め上手だなぁ。誉めても何も出ないぞ」
「でも。今日だって、企画してくれたの朝子ちゃんだし……」
私は言葉を探して、目を泳がせる。
「私の予定を優先でって言ってくれたの、すごく嬉しかったんだ。いっつも、私のことは後回しっていうか……おまけ扱いみたいな感じだったから」
「そんなことないでしょ」
朝子ちゃんはくすくす笑った。
「政人さんたちだって、悠人くんたちだって、礼奈ちゃんのことお姫さまみたいに大切にしてるじゃない。だからこそ健人くん、学校でも放っておけなかったんじゃないかな」
朝子ちゃんは言って、思い出したように目を輝かせる。
「みんなのお姫さま。ふふ。可愛かったもんね、プリンセスのドレス着た礼奈ちゃん。栄太兄もしばらく待ち受けにしてたし」
……?
「……待ち受け……? 何を?」
「え、プリンセス姿の礼奈ちゃん」
朝子ちゃんはまばたきした。
「覚えてない? ほら……水色の……私は小学生になったところだったから、礼奈ちゃんは小学生になる前だったと思うけど……」
いや、覚えてる。憧れていたアニメのプリンセスのドレス。母にねだっても買ってもらえなかったけど、ひょんなことから、栄太兄が買ってくれたのだ。
着る機会がないから、親戚の集まりに一度着て……
「たしかに……写真はあった気がするけど……」
「ふふ、まだ持ってるんじゃないかなぁ。今度聞いてみたら?」
私は思わずひきつった顔で朝子ちゃんを見やる。
「……そんなん待ち受けにしてたとか……変態じゃない……?」
私が小学生に上がる前といえば、栄太兄は高校生だ。男子高校生が未就学児の写真を待ち受けって……どう考えてもおかしい。
朝子ちゃんは笑った。
「でも、可愛かったから分からなくもないよ。もう一度見たいな、あのときの写真。探したら見つかるかな」
「やめてよぅ……」
私を茶化すモードに切り替わったと察して苦笑する。
そんな調子で話しながら食器を洗っていると、食事を終えたらしい悠人兄がのれんをくぐって台所へ入ってきた。
「ずいぶん楽しそうだね」
空になった食器をシンクに置き、「代わるよ」と朝子ちゃんに声をかける。「じゃあ、濯いでくれる? 私拭いていくから」と朝子ちゃんがふきんを手にした。
「そういえば、悠人くん、トレーニングか何かしてるの? 身体、ガッチリしたよね」
ふきんを手にした朝子ちゃんが見上げると、悠人兄が一瞬目をさ迷わせた。私が代わりに口を挟む。
「大学入ってから、走ったりジム行ったりしてるの。何でかは知らないけど」
「あ、そうなんだ」
朝子ちゃんは笑うと、
「それ、さっきの話に関係するのかな」
いたずらっぽい目で悠人兄を見上げた。
「さっきの話?」
「うん。就職の」
私が首を傾げ、朝子ちゃんは意味ありげに微笑んでいる。
悠人兄は困ったような苦笑を浮かべた。
「朝子ちゃんには敵わないな」
「当たりね?」
「これ以上はノーコメント」
悠人兄は人差し指を立てた。朝子ちゃんも真似をするように人差し指を唇に当てる。
「了解。いずれね」
「そうだね。いずれ」
二人の様子を見ながら、食器を洗い終える。
「お兄ちゃん、はやく濯いでくださーい」
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