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.第3章 高校2年、後期

53 自由時間は計画的に(1)

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 高2の秋はなかなかに慌ただしい。体育祭の翌月には修学旅行が待っている。
 健人兄が2年前に行ったのは沖縄だったけれど、私たちは九州。
 福岡に1泊、長崎に2泊。計3泊4日の日程だ。
 小夏は「沖縄がよかったなー」と言っていたけれど、私は九州でも充分楽しみだ。旅行の経験というと車に乗っての家族旅行が多いから、どうしても近場が中心になるし、九州に行った記憶はない。
 修学旅行中には、クラス単位でするバス観光と、生徒が自分で旅程を組む自由行動がある。一応は勉強に行くという建前なので、自由行動の旅程は調べ学習として授業の一環で組むことになっている。
 昼休み、一緒に弁当をつつきながら、小夏がウキウキと言った。

「楽しみだねぇ。グラバー園、一緒に淑女のコスプレしようねー」
「あ、いいね。小夏、背が高いからきっと似合うよ」
「男装の方が似合いそうだけどな」
「なにをぉ~?」

 横から口を出したのは慶次郎だ。小夏が睨みつける前で、私は思わず半眼になる。

「ほんっとあんた、いちいち一言多いよね……」

 呆れて言うと、慶次郎は悪びれもせず鼻を鳴らした。

「チビバナもせいぜい迷子にならないようにしろよ。なんせ小さいからな。迷子札でもつけとくか?」

 はぁぁぁあ~、ウザっ。

 私は全力で嫌悪感を顔に表しながら、あからさまなため息をついた。

「せっかくの修学旅行なのに、図体ばっかりデカいガキのお守りとかテンション下がる……」

 私の言葉に、「はぁ?」と上から目線の挑発が返ってきた。しかしそれには乗ってやらずに無視を決め込む。

 というのも、自由行動では小夏と組んで回る予定なのだけれど、班行動では男女が一緒にならなくてはいけない決まりになっている。
 そこで何の縁があってか(あるのは腐れ縁だけど!)、よりによって慶次郎を含む男子3名と組むことになったのだ。
 班行動は2日目から3日目。福岡から長崎まで、自力で移動することになっている日だ。長距離を移動する日だから、複数で動いた方がいいということなのだろうけれどーー
 それにしても憂鬱だ。

 先ほどの授業では、ちょうどその日程を話し合ったところだった。どういう経路で観光するかは生徒の裁量に委ねられているけれど、福岡からスタートして、夕方までに長崎に着くことを考えれば、寄り道をする余裕はほとんどない。それを鑑みた小夏が、無難そうな3案を示してくれた。

「福岡を少し観光して長崎に移動するか、ちょっと足伸ばして佐賀寄るか、とっとと長崎行ってゆっくり観光するか……」

 小夏が言い終わるかどうかのところで、私と慶次郎は同時に口を開いた。

「福岡」
「佐賀」

 その瞬間、互いににらみ合う。
 慶次郎はふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、

「福岡ったらラーメン食べないと行く意味ねーだろ。団体行動のとき食べられそうにないんだから、朝昼おやつにラーメン食って長崎だ」

 と訳の分からない理論を口にした。私は思い切り呆れながら反論する。

「朝からラーメンとか何言ってんの。あんたの胃袋にみんなが付き合えるわけないでしょーが。あんたと違って繊細にできてんの」
「繊細、の意味分かって言ってる? ただ胃袋が小さいだけだろ。だいたい、食わねーと成長しねーぞチビバナ」

 我ながら、小学生レベルの言い合いだ。
 結局は折衷案として、福岡に昼頃までいて、早めの昼を食べてから長崎に行くことになった。当然、朝ラーメンを食べるかどうかは各人に任される。
 それぞれスマホを持っているのだから、1、2時間ほど博多周辺で男女が別行動しても問題ないだろうーーという論だけど、もちろん先生が聞いたらNGになりそうなグレーゾーンだ。
 まあ、バレなければ大丈夫……なはず。
 そんなわけで、午前中、男子たちが朝ラーメンする間に私たちがどう時間を潰すかは、来週までに決めることになった。

 それにしても、行く前からこれでは、先が思いやられる。
 ため息をつきたくなる気持ちを切り替え、小夏に問うた。

「そういえば、小夏は九州行ったことあるの?」
「ん、鹿児島ね。って言っても、屋久島だけ行ったような感じだけど。礼奈は?」
「私はないなー」

 いや、正確に言えば1度行ったことはあるらしい。私がまだものごころつく前ーー1歳になるかどうかの頃。それも、行き先はまさに福岡だった。
 というのも、福岡には両親の勤める会社の支社があって、両親が結婚する直前、一時的に父がそこに勤めていたそうだ。
 私が産まれたときには両親共に育休を取っていたから、お世話になった人へ挨拶がてら、九州を旅行しようということになったらしい。
 でも、まだ赤ん坊だった私自身は覚えているわけもない。
 そんなことを思っていて、ふと顔を上げた。

「そうだ……小夏」
「うん?」
「福岡で、行きたいとこ……あった」

 思いつきでそう言うと、小夏が目を輝かせた。

「えっ、ほんと? どこ?」
「えーと……」

 でも、行けるかな。
 最寄り駅もさることながら、駅からどれくらい距離があるかも分からない。
 修学旅行先が九州だと決まるや、父に「交通網も距離感も、関東のノリで甘く見るなよ。九州は広いからな」と笑い混じりにアドバイスされたことを思い出した。
 ……そもそも、小夏が面白くないだろうし……。

 口にするにはこれという決め手にかけて、気持ちがしぼんでいく。

「あ……いや、やっぱなんでもない……」
「なんでもなくないでしょー。教えてよ」
「でも、小夏は面白くないかも」

 私が気弱に言うと、小夏が不思議そうに首をかしげた。

「とにかく、聞かせてよ。いくつか案出して決めればいいじゃん?」

 先をうながされ、私は周りを見渡す。
 慶次郎が聞いていないことを確認して、そっと小夏の耳もとに口を寄せた。

「お父さんの会社の支社なんだけど……」

 言った瞬間、小夏の目がキラリと輝いた。

「なんですと?」

 え、なに。なになに。
 その食い付き、逆に怖い。

「いいじゃーん、親のルーツを探る的な? テンション上がる~。博多から近いの?」
「ど、どうかな……詳しく聞いてないから、ちょっと聞いてみる」

 意外に乗り気な反応で、思わず戸惑いながら答えると、小夏はむふふと笑った。

「若かりし日のお父様に想いを馳せる旅ね。悪くないわぁ」

 笑いを含んだその横顔を見て、発案したのは間違いだったかも、と心配になる私だった。
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