明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子

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.第3章 高校2年、後期

54 自由時間は計画的に(2)

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「九州支社? そんなとこ、行っても何もないぞ」

 部活を終えて帰宅すると、父はもうキッチンにいた。私の問いに、困惑した様子でそう返してくる。
 私は父の横で手を洗いながらその顔を見上げた。

「だって、そこでアキちゃんと出会って、阿久津さんとも仲良くなったんでしょ」
「あぁ……まあ、そうだけど」

 アキちゃんと阿久津さんは父の職場の仲間だ。2人とも大の酒好き。酒盛りとあらば必ず参加する人たちで、花見やらなんやらと、私も何かと会う機会が多かった。
 ヨーコさん夫婦共々、我が家とは家族ぐるみのつき合いだ。
 アキちゃんは福岡出身だから、酔うとときどき方言が出たりもする。先輩であるはずの父たちに対しても遠慮ない物言いをする、気前がよくて楽しい女性だ。
 一方の阿久津さんは私の両親と同期らしい。妻のヒメさんとは一回り以上年齢が離れていて、その子ども3人はまだ小学生やそこら。いつも末っ子扱いされる私にとっては新鮮な存在で、年下のイトコがいたらこんな感じだったかな、なんて思いながら可愛がっている。
 その2人と父が親しくなったのは、九州にいた期間でのことらしい。
 父が2人と話す様子は、他の友達や知人とはちょっと違う。互いに遠慮がないというか、すごく打ち解けているのだ。
 人好きのする父だけれど、本当に打ち解けて接する人は限られている。身内を除けば、二人とジョーさんくらいなもの。
 そのジョーさんとは、かなり長いこと近くで働いているらしいから納得もできるけれど、アキちゃんや阿久津さんと仕事したのは九州にいた数ヶ月だけらしい。だからきっと、何か絆を強めるような出来事があったのだろうと思っている。
 もちろん、その場に行ったからってそれが分かるわけもないけれど、せっかくの機会だから足を運んでみたいのだ。
 ……小夏も楽しみにしてるみたいだし。なぜだかよく分かんないけど。

「そこって、博多からは遠いの?」
「普通列車で一時間弱、特急で30分てとこかな」

 あっさり言われて動きが止まる。思っていたより遠そうだ。

「だから言ったろ、九州は広いぞって」

 私の気持ちを察したらしい父は、そう笑った。私は小さく唇を尖らせる。

「それは……分かってるけど」

 頭の中で時間を換算する。往復1時間。滞在時間1時間。……それなら、行けないこともない。
 そんなことを思っていたら、またしても私の思考を読んだらしい父が苦笑していた。

「そんなとこより、その近くの織物工場を見た方が面白いと思うけどなぁ……」

 父の呟きに顔を上げる。

「織物って、博多織?」
「まあ、そうだな」

 面白そう! と目を輝かせると、父が苦笑した。

「そこは仕事の連携先だったところだよ。当時の社長さんはもうだいぶ高齢で、世代交代したはずだけど……」
「え、いいな。行ってみたい!」
「ただ、駅から少し離れてるんだよな……車があればそんなに不便じゃないんだが」

 父は首をかしげて困ったような顔をした。

「そっか……なら無理かー」

 ちょっと期待した分、残念感が強い。
 肩を落とす私を、父はちらりと見下ろすと、ため息をついた。

「……日にちも差し迫ってるから、都合がつくか分からないけど……案内役になってくれそうな奴なら心当たりがあるよ。ダメ元で都合聞いてみるか?」
「えっ、ほんと? やった!」

 案内してくれる人がいるなら安心だ。私が手を叩くと、父は「都合がつくか分からないぞ、向こうも仕事してるんだから」とますます苦笑した。
 そのとき、玄関の方から声がする。

「ただいまぁ」
「あ、お母さん、おかえり」

 帰宅した母をご機嫌で出迎えると、母が訝しげな顔をして私と父を見比べた。
 父があらかたの事情を話すと、母が半眼になる。

「……それ、ヒカルちゃんに頼むつもり?」
「お母さんも知ってる人なの?」

 父が苦笑している横で、母が呆れたようにため息をついた。「挨拶したことはあるわ」と言うと、腰に手を当てて父に向き直る。

「まったく。ほんと礼奈には甘いんだから」
「そう言うなよ……自覚はしてるんだから」

 父が所在なさげに肩をすくめる。ヒカルちゃん、と言うからには両親からみて年下の人なのだろう。女性だろうか。それとも男性?

「まあ、みんな元気にしてるか気になってもいたところだし。もし礼奈が顔を見てきてくれるなら、俺も嬉しいよ」
「みんな?」
「ヒカルの家族」
「ふうん……」

 そんなに仲のいい人なのか。
 父の知らない一面を垣間見て、なんだかわくわくする。そんな気分を隠そうともしない私に、父がさらに苦笑を強めた。

「でも、礼奈。何度も言うようだけど、向こうの都合次第だからな」
「分かってるって!」

 さすがに私もそこまで馬鹿じゃないもの。そんなに何度も言われなくてもちゃんと覚えてるって!
 唇を尖らせると、私と父のやりとりを見ていた母があからさまなため息をついた。

 でも、こういうときには不思議と運が強い私である。
 父の知人である「ヒカルさん」は、幸い都合がつき、快く私の案内役を引き受けてくれた。
 ということで、私は晴れて、独身時代の父が過ごした辺りを案内してもらえることになったのだった。
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