97 / 368
.第4章 高校3年
94 お守り(2)
しおりを挟む
年明けからは短縮日程で、授業は午前中だけで終わる。どうせ真面目に出席する生徒も限られるし、午後は丸々自宅で勉強できるようにという配慮だろう。
帰宅しようとリュックを背負うと、慶次郎が「お疲れ」と声をかけてきた。私は顔を上げて「おつ」と返す。
二人で廊下を歩きながら、慶次郎が「あと一週間もすれば試験続きか」とぼやく。
「そうだね。もういっそ、早く来て欲しいような、もうちょっと待ってて欲しいような」
「集中力も保たねぇしな」
だよねぇ、と同意する。がんばるにも限度があるし、頭の中はもう受験対策のあれこれですし詰め状態だ。
「一緒に帰んないの?」
「もう、さすがにな。午前中で終わるのに、わざわざ待ってんのはしんどい」
昇降口に向かいながら交わす会話は、あえて誰、とは言わなくても伝わって、照れもせず答える姿がちょっとうらやましい。
私は「ふぅん」とあいづちを打った。
「高木はもう帰ったの?」
「うん。出席足りてる授業は出ないって言って、途中で帰った」
「割り切ってんなぁ、相変わらず」
私の答えに、慶次郎は半眼でため息をつく。私は笑ってから訊ねた。
「そういえば、経済学部は何日なの? 試験」
偶然にも、慶次郎は私と志望大学が一緒だ。私は文学部、彼は経済学部だから、試験日程も内容も違うけど。
「14日」
「えっ、バレンタインデーじゃん」
「バレンタインデー? 今年は関係ねぇだろ」
慶次郎が呆れたように半眼になるので、私は唇を尖らせた。
「えー、でもあーちゃんは?」
「さぁ」
「ドライだなー」
不満顔の私に、慶次郎は苦笑を返す。
「受験生って分かってるし、応援してくれてんだろ」
そうかもしれないけど。でも来年も、あーちゃんが受験だから一緒に過ごせないかもじゃん。
「お前は?」
「何が?」
「試験」
「13」
慶次郎は「へぇ」と言ってにやりとした。
「じゃ、バレンタインデーはゆっくり過ごせんじゃん。予定あんの?」
「そんなのあるわけ……」
私は笑いかけて、途中で引っ込めた。
ふとよぎった栄太兄の姿を、軽く首を振って掻き消す。
いやいや、違う。これはただの、小夏のせいだ。
「お父さんの誕生日パーティだな」
自信を持って断言すると、慶次郎は一瞬ぽかんとした後で「ああ」とあいづちを打った。
「……そういや、お前の父さん、バレンタインデーが誕生日だったっけ」
「うん、そうなの」
ふふふと笑うと、慶次郎が苦笑する。その話題になったのは中学のときだっただろうか。
バレンタインデーは誰にあげるだのあげないだの、騒がれるのが面倒くさくて、「私にとってはお父さんの誕生日だから」と答えてごまかしていたのだ。
そのときも慶次郎は驚いた顔をしていたのだった。「そりゃ難儀な日に産まれたもんだな」なんて言って。
あれからもう3年。過ぎてみればあっという間だ。
ずっと一緒にいる慶次郎とも、少しずつ関係が変わってきたし。
こうやって大人になっていくもんなのね、人っていうのは。
「そうかそうか、ファザコンを隠す気はなくなったんだな。こりゃ大学に入れたとしてもお一人様コースまっしぐらだな、おめでとう」
「うっ、うるさいなっ」
私は顔を赤くして、放っといてよ! と一足先に歩いていく。
私の背中を見た慶次郎は、「……ふぅん」と思わしげな声で呟いた。
「北野天満宮……」
ぎくっ。
「こっちは金閣寺……」
「あ、えと、これはほら、花火大会のときの従兄が」
「知ってる」
振り向きながら取り繕って、半ば無意識にリュックについたお守りを押さえようと手を伸ばしたけれど、慶次郎はもう興味を無くしたらしかった。あっさりそう答えて、スタスタと靴箱へ向かう。
「知ってるって……?」
ど、どういうこと?
もしかして、小夏に話聞いた?
私は頭にクエスチョンマークをいっぱい浮かべたけれど、慶次郎は淡々と靴を履き替えているだけだ。しゃがみ込んで、解いてある紐を結び直す。その指先は男の人らしい節があるけど、すらりと長い。
そういえば、中学時代にすでに、片手でバスケボールを持てるとかなんとか、自慢していたっけ。
またしても懐かしいことを思い出しつつ、ふと訊いた。
「……慶次郎はどうして、靴紐いちいち結び直すの」
別に理由なんてないかもしれないけど、そんな男子は珍しい。慶次郎はちらりと目だけで私を見上げて、「はー」とため息をつきながら立ち上がった。
「お前の鈍感さ、どうにかなんないの」
呟くようにそう言い残して、慶次郎はじゃあなと歩き出す。久々に小馬鹿にされて、イラッとする。
どういう意味、と問い詰めようと、急いで靴を履きかけたけれど、勝巳くんがその背中に衝突して合流したから、追いかけるのをやめた。
なによ、鈍感って。訳わかんない。
やっぱムカつく、慶次郎のやつ。
私は慶次郎の背中に思い切りしかめっ面をして、ぷんぷんしながら靴を履き替えた。
帰宅しようとリュックを背負うと、慶次郎が「お疲れ」と声をかけてきた。私は顔を上げて「おつ」と返す。
二人で廊下を歩きながら、慶次郎が「あと一週間もすれば試験続きか」とぼやく。
「そうだね。もういっそ、早く来て欲しいような、もうちょっと待ってて欲しいような」
「集中力も保たねぇしな」
だよねぇ、と同意する。がんばるにも限度があるし、頭の中はもう受験対策のあれこれですし詰め状態だ。
「一緒に帰んないの?」
「もう、さすがにな。午前中で終わるのに、わざわざ待ってんのはしんどい」
昇降口に向かいながら交わす会話は、あえて誰、とは言わなくても伝わって、照れもせず答える姿がちょっとうらやましい。
私は「ふぅん」とあいづちを打った。
「高木はもう帰ったの?」
「うん。出席足りてる授業は出ないって言って、途中で帰った」
「割り切ってんなぁ、相変わらず」
私の答えに、慶次郎は半眼でため息をつく。私は笑ってから訊ねた。
「そういえば、経済学部は何日なの? 試験」
偶然にも、慶次郎は私と志望大学が一緒だ。私は文学部、彼は経済学部だから、試験日程も内容も違うけど。
「14日」
「えっ、バレンタインデーじゃん」
「バレンタインデー? 今年は関係ねぇだろ」
慶次郎が呆れたように半眼になるので、私は唇を尖らせた。
「えー、でもあーちゃんは?」
「さぁ」
「ドライだなー」
不満顔の私に、慶次郎は苦笑を返す。
「受験生って分かってるし、応援してくれてんだろ」
そうかもしれないけど。でも来年も、あーちゃんが受験だから一緒に過ごせないかもじゃん。
「お前は?」
「何が?」
「試験」
「13」
慶次郎は「へぇ」と言ってにやりとした。
「じゃ、バレンタインデーはゆっくり過ごせんじゃん。予定あんの?」
「そんなのあるわけ……」
私は笑いかけて、途中で引っ込めた。
ふとよぎった栄太兄の姿を、軽く首を振って掻き消す。
いやいや、違う。これはただの、小夏のせいだ。
「お父さんの誕生日パーティだな」
自信を持って断言すると、慶次郎は一瞬ぽかんとした後で「ああ」とあいづちを打った。
「……そういや、お前の父さん、バレンタインデーが誕生日だったっけ」
「うん、そうなの」
ふふふと笑うと、慶次郎が苦笑する。その話題になったのは中学のときだっただろうか。
バレンタインデーは誰にあげるだのあげないだの、騒がれるのが面倒くさくて、「私にとってはお父さんの誕生日だから」と答えてごまかしていたのだ。
そのときも慶次郎は驚いた顔をしていたのだった。「そりゃ難儀な日に産まれたもんだな」なんて言って。
あれからもう3年。過ぎてみればあっという間だ。
ずっと一緒にいる慶次郎とも、少しずつ関係が変わってきたし。
こうやって大人になっていくもんなのね、人っていうのは。
「そうかそうか、ファザコンを隠す気はなくなったんだな。こりゃ大学に入れたとしてもお一人様コースまっしぐらだな、おめでとう」
「うっ、うるさいなっ」
私は顔を赤くして、放っといてよ! と一足先に歩いていく。
私の背中を見た慶次郎は、「……ふぅん」と思わしげな声で呟いた。
「北野天満宮……」
ぎくっ。
「こっちは金閣寺……」
「あ、えと、これはほら、花火大会のときの従兄が」
「知ってる」
振り向きながら取り繕って、半ば無意識にリュックについたお守りを押さえようと手を伸ばしたけれど、慶次郎はもう興味を無くしたらしかった。あっさりそう答えて、スタスタと靴箱へ向かう。
「知ってるって……?」
ど、どういうこと?
もしかして、小夏に話聞いた?
私は頭にクエスチョンマークをいっぱい浮かべたけれど、慶次郎は淡々と靴を履き替えているだけだ。しゃがみ込んで、解いてある紐を結び直す。その指先は男の人らしい節があるけど、すらりと長い。
そういえば、中学時代にすでに、片手でバスケボールを持てるとかなんとか、自慢していたっけ。
またしても懐かしいことを思い出しつつ、ふと訊いた。
「……慶次郎はどうして、靴紐いちいち結び直すの」
別に理由なんてないかもしれないけど、そんな男子は珍しい。慶次郎はちらりと目だけで私を見上げて、「はー」とため息をつきながら立ち上がった。
「お前の鈍感さ、どうにかなんないの」
呟くようにそう言い残して、慶次郎はじゃあなと歩き出す。久々に小馬鹿にされて、イラッとする。
どういう意味、と問い詰めようと、急いで靴を履きかけたけれど、勝巳くんがその背中に衝突して合流したから、追いかけるのをやめた。
なによ、鈍感って。訳わかんない。
やっぱムカつく、慶次郎のやつ。
私は慶次郎の背中に思い切りしかめっ面をして、ぷんぷんしながら靴を履き替えた。
0
あなたにおすすめの小説
傷痕~想い出に変わるまで~
櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。
私たちは確かに愛し合っていたはずなのに
いつの頃からか
視線の先にあるものが違い始めた。
だからさよなら。
私の愛した人。
今もまだ私は
あなたと過ごした幸せだった日々と
あなたを傷付け裏切られた日の
悲しみの狭間でさまよっている。
篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。
勝山 光との
5年間の結婚生活に終止符を打って5年。
同じくバツイチ独身の同期
門倉 凌平 32歳。
3年間の結婚生活に終止符を打って3年。
なぜ離婚したのか。
あの時どうすれば離婚を回避できたのか。
『禊』と称して
後悔と反省を繰り返す二人に
本当の幸せは訪れるのか?
~その傷痕が癒える頃には
すべてが想い出に変わっているだろう~
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる