177 / 368
.第7章 大学1年、後期
173 新年会
しおりを挟む
鎌倉に集まる、親戚の新年会。
予想通り、朝子ちゃんは就活――というか、受験勉強で来なかった。
孫世代で顔を出したのは、私と悠人兄だけだ。翔太くんはと聞けば「今日から研究室開けてもらえるらしくって」と母の香子さんが呆れている。同じく父の隼人さんは「いいよねぇ、そんなに熱心になれるものがあるって幸せだよ」と相変わらずおっとりと言った。
ハイボール片手に父が苦笑する。
「翔太はそのまま研究者になるつもりなのか?」
「うーん、そんなに甘い世界じゃないとは思うんですけど、逆に他のことしてるイメージが湧かないんですよね」
「タイミングもあるからね。関連する研究してる人が退職すれば、チャンスはあるかも」
父の問いに香子さんと隼人さんが答えて、悠人兄が笑った。
「翔太くんなら初志貫徹、その道で生きて行きそうですね」
「あら、そう言うなら悠人くんこそ。小さいときからの夢だったんでしょう、消防士」
香子さんに言われて、悠人兄は照れ臭そうに肩をすくめた。
「俺は、まあ……研究者ほど狭き門でもないし」
「そうかしら」
香子さんが首を傾げる横で、母が苦笑した。
「でも、ほんとびっくりよ。毎年のように出陣式に行ってるなぁとは思ってたけど、ただ見るのが好きなんだと思ってた。――まさかそうなるとは」
母の言葉に、悠人兄が照れ臭そうに笑う。そして、「朝子ちゃんは、予定通り公務員?」と従妹の話題に切り替えた。
香子さんが頷いて、「私と一緒なのも芸がないからって、県庁を受けるつもりみたい」と言う。
「そういえば、健人くんは?」
「健人? さあ――父さん、何か聞いてる?」
「聞いてるといえば聞いてるけど、聞いてないといえば聞いてない」
「つまり?」
悠人兄が首を傾げる。父は続けた。
「大学出たら、都内に一人暮らしするって。――てことは、都内のどっかに就職するつもりなんだろ。就活なんてしてるんだかどうだか、分かんないけどな」
「留学、一度も帰って来てないの?」
「ないね。少なくともそうは聞いてない」
「そうなんだ」
隼人さんがあいづちを打ち、父が苦笑した。
「お前並みに優秀だったら余裕なんだろうけどな。帰って来てすぐ内定もらうなんて芸当、なかなかできないはずだし」
「やだな、俺だって行く前にある程度調べてたよ。人のことを考えナシみたいに」
「うーん、若干そう見えるのは分かる」
くつくつ笑う妻の香子さんを一瞥して、隼人さんがむくれて日本酒に口をつけた。
「そういえば、庭小ぎれいになったよね。母さん、手入れしたの?」
話題を変えようというのか、隼人さんが祖母に声をかける。祖母はにこにこしながら頷いた。
「栄太郎が手伝ってくれたのよ。月に1、2度、来てくれるようになってね。次はいつ来る、って言って帰っていくから、そのときに合わせて少しずつ片付けたり――この前もトイレの電球換えてもらって」
「え、もしかしてそれ、今まで父さんか母さんがやってた?」
「そりゃ、そうよ。他に誰がやるの?」
「うん、まあそうだけど……」
隼人さんが香子さんと顔を見合わせる。香子さんが苦笑した。
「うちの母も、そういうときには呼ぶように言ってますけど、ついつい自分でやっちゃうみたいで。転んで何かあったら大変だし、栄太郎くんがやってくれるなら助かりますね」
「そうね。助かってるわ」
祖母は頷いてから、首を傾げた。
「でも――こないだまでは、早々休めないってぶーぶー言ってたじゃない? なのに、急にちょこちょこ顔出すようになって、仕事は大丈夫なのかねぇ」
祖母の言葉に、父が隼人さんと顔を見合わせた後で微笑んだ。
「気にしなくてもいいんじゃない。働き方変えたのかもよ。いい機会だよ」
「まあ……そうかもしれないけど」
「働き方かー。転職するなら、三十前半はちょうどいい頃かもねぇ」
「転職?」
隼人さんの呟きを聞きとめて、祖母がおうむ返しに問う。隼人さんは頷いた。
「だってあの働き方じゃ、定年までなんて無理でしょ」
隼人さんはコップを傾けながら、当然のように続ける。
「身体の無理が、心も削るようになってきたら、もう駄目だよ。栄太郎、ああ見えて繊細だからさ」
その言葉を聞いて眉を寄せたのは父だ。歳の離れた弟を見やり、ため息混じりに言った。
「……お前、気になること言うなよ。心配になるだろ」
隼人さんは「ああ、ごめん」と肩をすくめたけれど、悪びれた様子もなく続けた。
「奈良から帰って来て少ししたら、姉さんにも聞いてみようよ。そしたら、少し様子分かるかも。母親ってそういうの、鋭いし」
叔父のその言葉に、父がちらりと母を見る。
「……鈍感な母親もいるけどな」
「誰のことよ」
むくれる母に、父が笑った。香子さんと隼人さんも苦笑する。
私は聞くともなしに親たちのその会話を聞きながら、ひとり、ソフトドリンクに口をつけた。
転職。
奈良。
冬休みに入る前、父が言った言葉が脳裏をよぎる。
……栄太兄が、関東からいなくなる、可能性――
予想通り、朝子ちゃんは就活――というか、受験勉強で来なかった。
孫世代で顔を出したのは、私と悠人兄だけだ。翔太くんはと聞けば「今日から研究室開けてもらえるらしくって」と母の香子さんが呆れている。同じく父の隼人さんは「いいよねぇ、そんなに熱心になれるものがあるって幸せだよ」と相変わらずおっとりと言った。
ハイボール片手に父が苦笑する。
「翔太はそのまま研究者になるつもりなのか?」
「うーん、そんなに甘い世界じゃないとは思うんですけど、逆に他のことしてるイメージが湧かないんですよね」
「タイミングもあるからね。関連する研究してる人が退職すれば、チャンスはあるかも」
父の問いに香子さんと隼人さんが答えて、悠人兄が笑った。
「翔太くんなら初志貫徹、その道で生きて行きそうですね」
「あら、そう言うなら悠人くんこそ。小さいときからの夢だったんでしょう、消防士」
香子さんに言われて、悠人兄は照れ臭そうに肩をすくめた。
「俺は、まあ……研究者ほど狭き門でもないし」
「そうかしら」
香子さんが首を傾げる横で、母が苦笑した。
「でも、ほんとびっくりよ。毎年のように出陣式に行ってるなぁとは思ってたけど、ただ見るのが好きなんだと思ってた。――まさかそうなるとは」
母の言葉に、悠人兄が照れ臭そうに笑う。そして、「朝子ちゃんは、予定通り公務員?」と従妹の話題に切り替えた。
香子さんが頷いて、「私と一緒なのも芸がないからって、県庁を受けるつもりみたい」と言う。
「そういえば、健人くんは?」
「健人? さあ――父さん、何か聞いてる?」
「聞いてるといえば聞いてるけど、聞いてないといえば聞いてない」
「つまり?」
悠人兄が首を傾げる。父は続けた。
「大学出たら、都内に一人暮らしするって。――てことは、都内のどっかに就職するつもりなんだろ。就活なんてしてるんだかどうだか、分かんないけどな」
「留学、一度も帰って来てないの?」
「ないね。少なくともそうは聞いてない」
「そうなんだ」
隼人さんがあいづちを打ち、父が苦笑した。
「お前並みに優秀だったら余裕なんだろうけどな。帰って来てすぐ内定もらうなんて芸当、なかなかできないはずだし」
「やだな、俺だって行く前にある程度調べてたよ。人のことを考えナシみたいに」
「うーん、若干そう見えるのは分かる」
くつくつ笑う妻の香子さんを一瞥して、隼人さんがむくれて日本酒に口をつけた。
「そういえば、庭小ぎれいになったよね。母さん、手入れしたの?」
話題を変えようというのか、隼人さんが祖母に声をかける。祖母はにこにこしながら頷いた。
「栄太郎が手伝ってくれたのよ。月に1、2度、来てくれるようになってね。次はいつ来る、って言って帰っていくから、そのときに合わせて少しずつ片付けたり――この前もトイレの電球換えてもらって」
「え、もしかしてそれ、今まで父さんか母さんがやってた?」
「そりゃ、そうよ。他に誰がやるの?」
「うん、まあそうだけど……」
隼人さんが香子さんと顔を見合わせる。香子さんが苦笑した。
「うちの母も、そういうときには呼ぶように言ってますけど、ついつい自分でやっちゃうみたいで。転んで何かあったら大変だし、栄太郎くんがやってくれるなら助かりますね」
「そうね。助かってるわ」
祖母は頷いてから、首を傾げた。
「でも――こないだまでは、早々休めないってぶーぶー言ってたじゃない? なのに、急にちょこちょこ顔出すようになって、仕事は大丈夫なのかねぇ」
祖母の言葉に、父が隼人さんと顔を見合わせた後で微笑んだ。
「気にしなくてもいいんじゃない。働き方変えたのかもよ。いい機会だよ」
「まあ……そうかもしれないけど」
「働き方かー。転職するなら、三十前半はちょうどいい頃かもねぇ」
「転職?」
隼人さんの呟きを聞きとめて、祖母がおうむ返しに問う。隼人さんは頷いた。
「だってあの働き方じゃ、定年までなんて無理でしょ」
隼人さんはコップを傾けながら、当然のように続ける。
「身体の無理が、心も削るようになってきたら、もう駄目だよ。栄太郎、ああ見えて繊細だからさ」
その言葉を聞いて眉を寄せたのは父だ。歳の離れた弟を見やり、ため息混じりに言った。
「……お前、気になること言うなよ。心配になるだろ」
隼人さんは「ああ、ごめん」と肩をすくめたけれど、悪びれた様子もなく続けた。
「奈良から帰って来て少ししたら、姉さんにも聞いてみようよ。そしたら、少し様子分かるかも。母親ってそういうの、鋭いし」
叔父のその言葉に、父がちらりと母を見る。
「……鈍感な母親もいるけどな」
「誰のことよ」
むくれる母に、父が笑った。香子さんと隼人さんも苦笑する。
私は聞くともなしに親たちのその会話を聞きながら、ひとり、ソフトドリンクに口をつけた。
転職。
奈良。
冬休みに入る前、父が言った言葉が脳裏をよぎる。
……栄太兄が、関東からいなくなる、可能性――
0
あなたにおすすめの小説
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
サクラブストーリー
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。
しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。
桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。
※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる